CROSS CAPTURE15 「動き出す意思」
男性陣の部屋にカイリとオパールが来て少し経った頃。
別行動していたキサラも合流し、今はヴェンとテラと談笑していた。
「二人も、元気そうで良かった」
「カイリ達もな。でもさ…俺達と違って、どうしてそんなに回復してるの?」
「言われてみればそうだな…俺達と同じぐらい、ボロボロだった筈なのに…」
ふと、未だにベットの上で治療されているヴェンとテラが疑問を呟く。
エンとの戦いでは全員動く事も出来ないぐらい痛めつけられた筈なのに、女性陣の方はやけに回復が早い。
この疑問に、オパールも首を傾げた。
「それもそうよね…」
「ああ。彼女達の荷物にあった薬を拝借したんだよ。少しは足しになるかと思ったんだけど、意外にもかなり効いてね」
「薬?」
この疑問にセイグリットが答えると、覚えがないのかカイリが目を丸くする。
そんな中、何故かオパールの顔が真っ青になった。
「あ、あのさ…その薬、もしかして二重に赤い紙で包んでた?」
「はい。『ラストエリクサー』に似てたから、使わせて貰いましたが」
「な…何ですってぇぇぇーーーーーーーっ!!!??」
王羅が教えると共に、オパールから絶叫が上がる。
あまりにも五月蝿い声に、神月は耳を押さえながらも睨みつけた。
「おい、静かにって言っただろ!?」
「静かにしていられるかぁぁぁ!!! ああぁ…あたしの最高傑作の結晶がぁぁぁ!!!」
神月の注意を一蹴するなり、オパールは頭を押さえて天井を見上げる。
この只ならぬ様子に、キサラは目を丸くして聞いた。
「それほど…大切な物だったんですか?」
「当たり前でしょ!!! 『ラストエリクサー』に『癒しの結晶』、『たそがれの結晶』、『プレミアオーブ』と滅多に手に入らない材料使って作り上げた回復薬の大作…『ファイナルエリクサー』がぁぁぁ…!!! 完成まで数ヶ月かかったのにぃ…!!!」
心からの嘆きと共に、その場に蹲るオパール。
この様子を見て、ヴェンとテラは顔を見合わせた。
「そんなに凄い材料で作ったんだ…」
「嘆くのも、少し分かる気がするな…」
彼女に聞こえない様に、ヴェンとテラがヒソヒソと言い合っていた時だった。
「本当に、変わらないな…」
「リク?」
突然リクの呟きが聞こえ、カイリが振り向く。
見ると、リクは顔を俯かせて拳を震わせていた。
まるで、湧き上がる感情を抑えるかのように。
「あいつの強さに勝てず、ソラや他の人も助けられず…俺達は完全に敗北した。なのに…どうしてお前は、そう平然としているんだ…?」
戦いに負けたのにいつもの調子を保つオパールに、何処か辛そうにリクが見つめる。
その時の記憶を思い出し誰もが口を閉ざす中、当の本人は軽く首を傾げた。
「それが何よ?」
「なにっ…!?」
「言っとくけど、こっちはこう言った経験沢山してるの。目の前で家族や故郷が消えて、恩人が消えて…少し前に友達だって消えた」
リクが何かを言おうとするが、それを遮る様にオパールは身の内話を明かす。
話す内にその時の記憶を思い出したのか、顔を俯かせ胸を押さえる。
「そりゃあ悲しかったし、悔しかった。何も出来ない非力な自分に情けを感じた。でも、そうやって後ろ見て何か変わるの? 消えた人が戻って来るの?…そうじゃないでしょ!? どんな時だって、あたし達は前を向かなきゃいけない!! 違うのっ!?」
「…ッ!」
オパールの説教にリクが口を閉ざしていると、神月が割って入る。
「オイ、騒ぐなってさっき――!!」
「少し黙っててっ!!!」
「ハ、ハイ…」
彼女の全身から滲み出る気迫に、さすがの神月も怯んでしまう。
邪魔者が居なくなり、オパールはリクに近づくと更に怒鳴り付ける。
「立ち止まって、落ち込んで、諦めて…あんた、本当にそれでいい訳!? こんな時、ソラがいたらどうするか考えてみなさいよ!! 親友でしょ!?」
「ソラが…」
思わず無意識にリクが呟くと、状況を見ていたカイリが微笑んだ。
「《みんながいるから、何だって出来るだろ?》…ソラならそう言うよ、きっと」
「カイリ…」
「思い出しなさいよ、闇に染まっても自分を失わない…あんたの心の強さ」
そう言うと、オパールは強気に笑いかける。闇の賢者となった自分の姿に。
この二人の姿に、リクは何処か羨ましげな目を作った。
「強いんだな、二人とも…」
「忘れた? 私、一年前はソラと一緒に旅してたでしょ?」
「どんなに辛くても前を向くって事、恩人に教えられたから。それに…あたし達には、託された物があるでしょ?」
カイリは腰に手を当てて笑い、オパールは笑いながらポーチから追加データのディスクを取り出して見せつける。
幼い頃の友達と、シルビアが渡したこれからの道標を。
塔の頂上で冷たく吹き荒れる風の中、クウは仰向けになって空を見上げていた。
ここに来て、どれくらいの時間が経ったか分からない。それでもこのままでいたい。そんな事を考えていた時だ。
「まるで翼を失った鳥ね。もう飛べなくなっても、空に憧れ見上げている」
突然、後方から女性の声が響く。
首をずらして後ろを見ると、長い黒髪の絶美の美女―――イリアドゥスが立っている。
普段ならここで声をかけてナンパするが、もはやその気力すらもない。クウは虚ろげな目でイリアドゥスを見た。
「…あんた、誰?」
「イリアドゥス。このセカイに一番初めに産まれた存在であり、『神理』と呼ばれる存在」
「…そう…」
目の前の女性が《神》と呼ばれる存在でも、今のクウには何かを思うだけの心がない。
しかし、気にしていないのかイリアドゥスは腕を組んだ。
「――単刀直入に聞かせて貰う。あなたは、エンと同じ存在? それとも違う存在?」
エンと言う言葉を聞いた瞬間、クウは反応するようにイリアドゥスに視線を送る。
「あんた…あいつを、知ってるのか…!?」
「彼とは敵と言った関係よ。カルマと手を組んでいるから」
「カルマ…あの女か…」
スピカを敵にし、目の前でソラに仮面を付けさせようとしたキーブレード使いの女性。
クウが記憶を蘇らせていると、イリアドゥスが再び口を開いた。
「だからこそ、聞きたい。あなたはエン? それとも…違う?」
この質問に、クウは再び空を見上げて呟いた。
「…分かんねーよ、そんなの…」
「自分の事なのにか?」
「自分の事だからだよ…――俺はあいつらを消したんだ」
悲しそうに呟くなり、クウは腕で目の部分を覆う。
顔に出る感情を隠すように。
「ずっと大事だなんだ思って置きながら…俺は、スピカを見捨てた。その結果、レイアとウィドまでも傷付けた。例え傷が治ったとしても…その時の“痛み”は消えない…!!」
その時の情景を思い出し、拳を強く握りしめる。
すぐ傍で自分を庇いレイアが刺された瞬間、そして自分の手でウィドを傷付けたと分かった時、身体の奥が鷲掴みされてとても苦しかった。今思い出しても、薄れる事はない。
「ソラもそうだ!! 俺が闇の力を暴走させなければ、あいつが身代わりで消える事は無かった!! あいつらが止めるよりも早く、エンを消していれば良かったのに!! シルビアだって、俺が無理にでも逃がせばきっと…!!」
クウが心の思いをぶつけている内に、胸が苦しくなり喉が締め付けられる。
そうして感情が堪え切れなくなったのか、腕で押えてる部分から涙が流れ落ちる。
「何でだよ…!! 何で“いつも”俺の前で誰かが傷つくんだよ!? 誰かが消えなくちゃならないんだよ!? どうして俺はこうして助かっているんだよぉ!!?」
初めて心に溜め込んだ思いをぶつけるクウの叫びを、イリアドゥスは黙って聞き入れる。
やがて言いたい事を全て吐いたクウは呼吸を荒くすると、黙っていたイリアドゥスが静かに話しかける。
「私はその場にいなかったから説得力が欠けるだろう――…けど、これはあなたの記憶。そして他の仲間達の記憶を読み取って導いた答えよ」
そう言うと、イリアドゥスはクウを見て自身の答えを告げた。
「あなた達は、間違った事はしていない。それだけはハッキリ言える」
この答えに、クウはゆっくりと腕を下ろす。
だが、その目には怒りが宿っている。
「間違いじゃない…そんな訳あるかよ!? 仲間を守れなかったのに、正しい訳が――!!」
「なら問うわ。世界ではなくスピカを選んでいたら彼女はどうしてた?」
「それは――っ!!」
クウは荒ぶる感情のままに起き上り、反論をぶつけようとする。
しかし、質問の意味を理解した瞬間、途中で口を止めると顔を俯かせた。
「…喜ぶ訳、ない…後で、絶対張っ倒される」
「その後、あなたは剣で貫かれたレイアを見て絶望した。でも、彼女が助けなかったら…あなたがそうなっていた。そうなれば、あなたの感じた絶望はレイアの物となっていた。シルビアもそうだから…あなた達を助けようとしたのでしょう」
「誰かを、犠牲にして…助かっても、嬉しくない…」
「でも、あなたもそうしようとした。違う?」
厳しい言葉を投げつけられ、クウは口を閉ざしてしまう。
二人の間で沈黙が過る中、ポツリとクウが呟く。
「あいつも…ソラも、か?」
「そうね。記憶を読み取る限り、彼はとても仲間思いの少年よ。だから、闇に落ちようとするあなたをを止めたかった」
ここで言葉を切ると、何処か鋭い目でクウを見据える。
「もし、暴走した力でエンを消せば…あなたは闇の存在と化したでしょうね。例え正気だとしても…もうあなたはあなたではない。消すべき存在に」
あの状態で止めを刺せば、彼は人として生きていけなくなる。それが分かったから、三人は止めたのだ。敵を倒すよりも、仲間を大事にしてるから。
こうして全ての事をイリアドゥスが語り終えるが、クウは未だに顔を上げない。
「まだ納得しないって顔ね?」
「理由はどうあれ、俺の所為には変わりないだろ…それに、俺達はエンに負けた。仲間を失った。あんたらの世界に逃がされた。もう戦う力も無い。これ以上、どうしろって言うんだよ…」
「それは、彼が教えてくれるみたいよ」
それだけ言うと、イリアドゥスは後方にある階段の出入り口を見る。
クウも同じように目を向けると、そこには自分よりも包帯を少なく身体に巻いた無轟がいた。
その手には、あの戦いで折れた筈の刀が握られている。
「オッ、サン…」
思わずクウが呟くと、無轟は呆れた溜息を零した。
「随分と酷い顔をしてるな」
「…何の、用だよ」
あれだけの事があったのに何も変わらない無轟に、クウは顔を逸らす。
すると、無轟は何時になく真剣な声でクウに問いかけた。
「クウ、お前はこれからどうするつもりだ?」
「どうする? どうしようもねえだろ…」
「諦めるか、全てを」
この言葉に、クウの中で何かが燻り出す。
「…あんただって、もう知ってるだろ…!!」
ギリッと歯を食い縛ると、クウは立ち上がって無轟を睨みつける。
「俺はあいつと…――エンと一緒なんだよ!! レイアやウィド、スピカもソラもシルビアの事も何も出来なかった!!! どうせ俺には誰かを守る事なんて出来ない!! 傷付けるしか出来ないんだ!! もうほおっておいてくれよ!!!」
自分の中に仕舞いこんでいた弱音を、思いっきり吐きつけるクウ。
そんなクウに、無轟はただ呆れたように肩を竦める。
直後、後ろに回り込んで首筋に鞘で納めた刀を叩きつけた。
「がはっ…!」
突然の攻撃に、クウは意識を失いその場に倒れ込む。
だが、寸前の所で無轟がクウを抱え込む様に受け止める。
そうして気絶したクウを肩に抱えるように持ち上げると、イリアドゥスを見た。
「頼みがある」
「何?」
「――場所を借りたい。戦えるような、広い場所を」
彼の記憶を読み取ったイリアドゥスは、これから無轟が何をしたいのかを理解して一つ頷いた。
「分かった。すぐにその場所まで移動させよう」
「すまない、助かる」
「気にしなくていい」
軽く首を振ると、イリアドゥスは持ち上げられている意識の無いクウを見つめた。
「彼女達が頑なに信じている彼の力―――私も、この目で見定めたい」