CROSS CAPTURE16 「託すと言う事」
その頃、オルガ達が訪れたアイネアスの執務室でも一つの動きを見せていた。
「まったく…脱走した一人を見つけたと思えば、何やら勝手に物事を進めて…もう少し私の指示を守って貰いたいものだ」
「あはは…すいませーん…」
部屋に入り次第アイネアスの小言を受けて数分、ようやく説教が終わるなりアーファは引き攣った笑みを浮かべてしまう。
他の四人も居心地が悪そうにしていると、シュテンが酒を飲みながら助け船を出した。
「まあいいじゃねーか、それぐらいはよ。で、アルカナから聞いたお守りってのはどれだ?」
「こ、これでーす…」
ようやく説教から解放されたものの、それなりに堪えたのかシャオは恐る恐る例のお守りを取り出す。
さっそくシャオからお守りを受け取ると、三人はすぐに触ったり魔方陣を出したりして詳しく調べ始めた。
「どう、分かる?」
期待を込めてアーファが聞くと、少ししてからアイネアスが口を開いた。
「…なるほど。何らかの力を封じているようだな」
「「「「「封じる?」」」」」
この言葉に五人が首を傾げると、サイキも顔を上げて説明を始めた。
「これには“宿す力”を感じる。それを無暗に解放させない為に、“錠”をかけているのよ」
「“錠”か…これで外せるかな?」
思いついた様に、シャオは腕を伸ばして手を広げる。
すると、手の内が光り出し、彼の武器でもあるキーブレードが出現した。
「キーブレード…!」
「話には聞いてたけど、本当に使えるんだね…」
初めて知ったアイネアスはもちろん、元々情報を得ていたイオンも驚きを見せる。
その間に、シャオはシュテンの持つお守りに向かって切っ先を向ける。
だが、キーブレードもお守りも何の変化が見えない。
「出来ない、みたい…」
「そりゃそうだ。錠はその女の感情…要は心の一部で出来ている。幾らキーブレードでも解く事は出来ない」
「じゃあ、どうすれば解く事が出来るんだ?」
落ち込むシャオに、シュテンは首を横に振って言い聞かせる。
そこを更にオルガが質問すると、サイキが笑って答えた。
「目には目を、歯には歯をって言うでしょう? その封印は、何らかの『思い』で消えるようね」
「何かの思いって、具体的には?」
アーファが尤もな質問を繰り出すと、サイキは僅かに口を引く付かせてしまう。
「えっ!? そ、それは…ねえ、アイネアス?」
「何故そこで私に振るんだ…!」
どうやら話題を振られたアイネアスも、答えが分からないのか顔を逸らす。
思わず五人が落胆しかけたその時、分からない二人に変わってシュテンが答えを出した。
「『信頼』だ、こいつを開く鍵はな」
「「「「「信頼?」」」」」
五人が一斉に聞き返すと、シュテンは大きく頷いて説明を始める。
「心に錠をかけるってのは、心を殻で閉じ込めるのと同じだ。自分を見せたくないとか人と関わりたくないとか…要は、不安やら疑心と言った感情だ」
そう説明すると、シャオに向かってお守りを投げる。
とっさの事で驚きつつもどうにかキャッチすると、シュテンはさらに説明を続ける。
「お前らはシャオと出会ったばっかりなのに、もう仲良くなってるだろ? それは互いを信頼しているからこそ出来る事だ。だから、その女が一番に信頼している奴にだけ心の錠が解けて…そいつに力が宿るって寸法だよ」
こうして仕組みを教えると、オルガ達五人は何となくだが理解する。
その女の子はきっと、シャオの持つお守りを通して誰かに力を託そうとしている。それが誰なのかは分からないが、よほど信頼をしている人なのだろう。半神でも解けない心の錠で力を封じているのだから。
改めて女の子が渡した『思い』の意味を感じながら、オルガはシャオの手にあるお守りを見た。
「信頼してる人物にしか解けない、か…」
「少なくとも、シャオじゃないね」
オルガに続く様にペルセも頷くと、シュテンが笑いながら締め括った。
「恐らくはお前達の誰かか、また別の奴なのか…何がともあれ、俺達が協力出来るのはここまでだ」
「そうね。錠の仕組みは分かっても、解く鍵までは持ってないもの」
「何だろ…ふりだしに戻った気分…」
サイキも苦笑を浮かべると、イオンが疲れた顔をする。
いろんな人に相談してあちこち回った結果、やるべき事は最初にやった聞き込みになったのだ。これでは遠回りしただけである。
他の三人も若干疲れを見せる中、シャオはある事を思い出した。
「あ、そうだ! オルガさん達から聞いたけど、この城ってアイネアスさんとサイキさんの何だよね? だったら、師匠が何処にいるか知らない?」
笑顔で聞くシャオに対し、アイネアスとサイキの表情が強張る。
「師匠…」
「…あなたの師匠、確かエンと同じ存在なのよね?」
若干、疑いの篭った声でサイキが質問を返す。
この言葉に、シャオは怒りを見せて二人に怒鳴り付けた。
「あいつはボクの師匠じゃないっ!! ボクの師匠は、師匠だけだ!!」
「シャオ、落ち着いて!?」
「アイネアスさん、どうしてエンについて情報を…?」
突然怒り出すシャオをイオンが宥める中、アーファが驚きを見せる。
この質問に、アイネアスは肩を竦めて説明した。
「先程、ミュロスから報告ついでに情報が手に入ったんだ。彼らは宿主とノーバディと言う関係だと聞いたが…違うのか?」
「「「「「ノーバディっ!!?」」」」」
アイネアスから聞かされた新たな情報に、シャオを含めた五人が驚きのまま叫ぶ。
この五人の驚き様に、シュテンは訝しそうにシャオを見た。
「お前らはともかく、シャオも知らなかったのか?」
「う、うん…。でも、師匠とエンは違うよ!! エンはボクの師匠と違ってとっても礼儀正しいし、紳士的だし、言葉遣いだって丁寧で本当に師匠とは真逆の性格なんだからっ!!!」
「話を聞いてると…エンの方がよほど人間として出来ているのでは…?」
「俺もどちらかと言うと、シャオの師匠よりはエンの方に鍛えさせて欲しいかな…」
庇っているのか貶しているのか分からないシャオの話に、サイキとオルガはコソコソと心に思った意見を言い合う。
残りの人達も微妙な顔を浮かべていると、シャオは不意に顔を俯かせる。
「そう…師匠とエンは違う。だって、師匠は世界を危機に陥れようとしない。異世界の人でも、見知った人を傷つけたりしない」
オルガ達から聞いた、この世界での危機にエンが関わっていた事。レイディアントガーデンでのノーバディによる襲撃や異世界の知り合いと戦っていた悲惨な光景。
その時の悔しさや悲しさ、何よりもクウが疑われていると言う事に怒りを感じて拳を握り締める。
「特に女の人を悲しませるような事、師匠は絶対にしない…!!」
女性を平然と傷付け、悲しませる。女好き体質で…誰よりも辛い体験をした自分の世界のクウは決して行わない行為だ。
そんな“師匠”に対して絶対的な信頼を寄せるシャオに、ペルセは優しく微笑んだ。
「シャオは、その師匠の事を尊敬しているんだね」
「もちろんだよ! 師匠はボクにいろんな事教えてくれたし、憧れだからねっ!」
「ハハハッ! お前さんの言う師匠ってのは凄い奴みたいだな!」
「憧れ、か…――なんか、僕も会ってみたいな。シャオの師匠に」
大笑いするシュテンの横で、イオンも思わず笑みを浮かべる。
さっきまでの重い空気が軽くなっていると、突然アーファが手を叩いた。
「あっ! どうせだから、お守りを解く人物探すのと一緒にその師匠も探さない?」
「アーファ、いい考えだな。まさに一石二鳥だ」
「そうだな。オルガ達と一緒に行動してくれるなら一石三鳥にもなる」
アーファの考えにオルガが笑いかけると、アイネアスも意味ありげに頷く。
オルガ達もシャオと一緒に行動するのであれば、これ以上余計な心配ごとを増やさずに済むからだ。
こんなアイネアスの私的な考えなど思いつかないのか、イオンが首を傾げた。
「え? どうして?」
「こっちの事よ。それより、途中でバテないようにね。この城広いから」
とっさにサイキが話題を戻すように話を誘導させると、シュテンが自前の酒を持ってシャオに笑顔で話しかけた。
「その師匠に会ったら伝えとけ! 一度酒の相手になってやるってな!」
「うん、伝えとくよ! 若い頃の師匠もお酒飲めるだろうから、相手してやって!」
「いいのかな、本人に何の相談もなく言っちゃって…?」
「いいんじゃない、お酒飲めるって話だし」
本人の知らない所で勝手に約束をするシャオに、イオンが不安げな表情を浮かべる。
そんなイオンに対し、アーファが呑気に話を纏めた時だった。
「ん? この通信は…?」
突然、アイネアスの近くに通信用の魔方陣が現れる。
これにはサイキやシュテンだけでなくオルガ達も注目する中、アイネアスは通信の相手を確認して連絡を取り出した。
「シムルグ、どうした?」
「アイネアス、緊急事態よ!! 早く修練場に来て!!」
「どうした!?」
何やら只ならぬ様子のシムルグに、アイネアスも焦りを浮かべる。
その時、外の方から大きな爆発音が聞こえ室内に響き合わった。
「何だ!? 今の爆発っ!?」
上層であるにも関わらずハッキリと聞こえた音に、オルガが窓の外を見る。
アイネアスやサイキも何事かと辺りを見回していると、今度はブレイズの声が聞こえた。
「神無に似た人物が、誰かを襲っている!! 母様もいるが、どう言う訳か手を出そうとしないんだ!!」
「またか!? まったく…どうなっているんだ、お前の仲間達はっ!?」
彼らが来てから次々と起こる問題や騒動に、さすがのアイネアスも頭痛を感じながらシャオに怒鳴ってしまう。
だが、当の本人は何故か部屋の窓を開けて外を見回して何かを探していた。
「シャオ…?」
「オルガさん!! 修練場って、もしかしてあの煙が出てる建物っ!?」
思わず隣にいたオルガが声をかけると、シャオは少し離れた場所にある神殿の様な建物を指差す。
確かにそれは自分も鍛錬の為に使っている修練場である。だが、シャオの言う通り何故か黒い煙が出ている。
「あ、ああ…――って、シャオ!? 危ねぇ!?」
シャオが窓の淵に足を乗せるのを見て、慌てて後ろから抱き締めた。
「ちょ、放してよ!? 早くあそこに行かないと!!」
「確かにここから飛び降りれば早いが、どれだけの高さがあると思っているんだ!?」
「そうだよ、シャオ!! 幾ら何でも死んじゃうでしょ!?」
目の前で窓から飛び降りようとするシャオを、オルガとアーファが必死で引き留めようとする。
これに対しシャオも必死で抵抗するものの、相手は二人だ。敵う訳もなく部屋の中に引き戻されてしまう。
だが、ここでシャオは最後の意地を見せた。
「――『テレポ』!!」
「「へ?」」
魔法を発動させると共に、二人が掴んでいた筈のシャオが消える。
予想しなかった行動にオルガとアーファが顔を上げると、窓の外にシャオの姿が現れる。
特別何か付いていたり施したりしてない状態で空中に浮かぶはずもなく、そのまま重力に従って落下した。
「「「シャオォ!!?」」」
オルガとアーファだけでなく、イオンも叫びながら窓から身を乗り出して遥か下を覗き込む。
そんな三人の目の前で、何故かシャオのキーブレードが近づいて―――光り出す。
すると、一瞬でキーブレードがハンググライダーに変化し、猛スピードで落ちるシャオに向かって飛んでいく。それをシャオは落下しながら飛び乗ると、神殿に向かって移動する。
あまりにも鮮やかな一連の行動に、さすがのオルガ達も茫然とするしかなかった。
「キーブレードが…乗り物に…?」
「ねえ、イオン…キーブレードって、凄いんだね」
「そう…だね…」
「お前ら、放心してる場合かよ…ひっく」
「シュテン、あなたも人の事言えないわよ…?」
部屋の中で一騒動あっても呑気に酒を飲むシュテンに、サイキも思わず頭を押さえたと言う。