CROSS CAPTURE17 「無轟の布告」
それは事件が起きる僅かな前の事である。
塔からイリアドゥスの力で修練場の広間に降り立った無轟はクウを肩に抱えたまま、広間の広さに感嘆の一息を上げる。
「…随分とデカイのだな」
「此処は皆の修練の場として作られた。多少、暴れても問題ないだろう」
移動させた張本人イリアドゥスは淡々と言い、言い終えるや二人から距離をとった。
彼女は見定める為に、無轟の協力を応じたのだから。
その期待に小さく苦笑の笑みを作った無轟は抱えている意識を失っている彼を、
「起きろ、クウ」
軽く放り捨てるように地面に落とす。その痛みに呻きを洩らしながらクウの意識は復活する。
「うっ………ってめ、なにを―――ッ!?」
先の不意討ちなど言いたいことがある起きかけた彼へと問答無用に茜色の刃が突きつけられた。
突然の行為に、当惑するクウへ無表情な無轟は静かな、しかし、気迫を帯びた声で問いただす。
「もう一度、聞こう。―――クウ、お前は全てを諦めたのか?」
「ッ……」
塔で本音をぶちまけた事で妙な平静がクウにはあった。だからこそ、冷静に状況を見ることが出来た。
目の前には無轟、少し離れたところに、イリアドゥスと名乗った女性がいた。
そして、無轟は今、自分へ切っ先を突きつけている。非情にまずい状態ということが、理解できた。
「それとも、塔でぶちまけた弱音が本心か?」
「俺は―――!」
彼へと言い返す刹那、一気に燃え上がった刀が迫っていた。
その一撃を、クウは―――。
爆発音が轟いた修練場へ大急ぎで向かっている者達、それは神無や、神月、毘羯羅やミュロスたちであった。
下層に居た彼らは修練場に居たシムルグの連絡を聞きつけて、駆け出したのだった。
位置的にも近い為、眼と鼻の先であった。
「ああ、クソ! なんで、凛那の奴もなに手ェ貸していやがるんだ!!」
神無は駆けながら、事件に協力しているだろう所有者思いの強すぎる刀に怒声を上げる。
凛那の様子は神無の眼から見ても瞭然な様子だった。異なる世界の無轟に戸惑いながらもどう接するか解らない。
だからこそ、彼女が無轟に一緒に行動すると言った時、その戸惑いを晴らした期待と『このような事になる』危険性を見据えてもいたのだった。
「今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 早く止めに行かないと…!」
ミュロスはやや焦る様子で、神無を一喝する。そんな中、毘羯羅が神妙な雰囲気を和らげるように別の話題へ変えた。
聳えて見える修練場の神殿に対して、言う。
「直ぐに近くに建てていて正解だったな」
「入って真っ直ぐ行けばすぐだ! 行くぞ!」
そうして、彼らは修練場の入り口、続いて真っ直ぐに突き進むと中央にある修練場の広間へと辿り着いた。
一面広がる光景は茜色の炎が壁のように遮り、煌々と照らす奇異な光景であった。
一つはその炎の壁の向こう側に『明王・凛那』を手に持つ無轟、クウがいた。
更に、炎の壁の前には真っ直ぐ二人の様子を見据えた端然とあるイリアドゥス。
彼女へ必死な様子で話しかけている半神たち…シムルグとブレイズがいたのであった。
神無ら一向はまず炎の壁の前にいる彼らへと近づき、まずは神無が神妙な声をかけた。
先ほど吐露した怒りはミュロスの一喝で冷め、冷静にイリアドゥスへと問いかける。
「おい、イリアドゥス。色々と言いてぇことはあるが……今は、後回しだ。
答えろ。無轟に協力して此処にクウと一緒に連れてきたのか?」
「神無、今はそれどころじゃ――!」
「…ええ。無轟に頼まれたからな」
母への言動にブレイズが遮りかけたが、淡々と返した彼女にますます困った表情でブレイズは変わらず視線をイリアドゥスを見て問いかける。
「な、何故なのです!」
「見定めるため。もし、二人を止めるというなら、容赦はしない」
淡々と同じ答えを返し、漸く視線を神無らへと向けて、瞳に覇気を宿して、怜悧な警告を告げる。
警告の相手は神無らでブレイズは視野に入ってなかった。続けて無視されたブレイズは涙目になり、シムルグの後ろに回りこんで小さく身を縮めこんだ。
シムルグは落ち込む妹を宥めるため、会話に割り込むことはなしかった。神無はそんな様子へ嘆息のため息を吐きだし、了承せざるを得なかった。
「……ただ、アイツがヤバくなったら問答無用で割り込むからな?」
「そうだな。そうなったらそれでいい」
見定める間も無く、果敢無く散るというのなら追随する事も無駄になる。淡々と斬り捨てる姿勢をとるイリアドゥスは端然と了承する。
言い合う合間も、炎の壁は聳え、その向こう側ではクウと無轟が戦っている…否、一方的に襲われているのであった。
しかし、クウは反撃よりも攻撃を回避していることが窺えた。
「……此処まで来て、眺めるだけしかない、か」
「いったい、お爺は何を考えてるんだ…?」
そんな炎の向こう側の様子を憂い見やる嘆息と共に吐き捨てる毘羯羅、神月は異なる世界の無轟を祖父の呼び名で不安に見据える。
そして無轟が凛那を携えて、クウへと戦いを本格的に挑み始めていた。
「――ふふっ」
燃え盛る茜色の炎を背に、無轟はクウを見て、怜悧に笑みを浮かべた。
向けられたクウは怪訝に思う。その表情を見て、無轟は応じるように笑んだ意図を打ち明かす。
「何……『全てを諦めた』のなら、生をも諦めたと思った」
「っ……!」
言葉通りの意味を真に受け、実行したのかと、無轟に対してクウは呆れを通り越して怒りを懐いた。
だが、無轟はその怒りの視線に冷酷な言葉を突きつけた。
「…『諦める』というのはそういうことだ。生きる意味も、死する理由も考えず、終わる。
―――だが、お前は反射的に俺の攻撃を躱した……果たして、何故だろうな」
愛想の薄い普段の彼が笑みを浮かべ、その笑みに怒りを燃やすクウは吐き捨てるように怒声を上げる。
「うるせぇ!! 俺は、俺はッ……!」
「……」
笑みを一瞬で閉ざし、真剣みが増した愛想のない表情でじわりとクウににじり寄る。
刀身に炎を渦巻かせ、必殺の一刀を繰り出す所作を取った。
先ほどの先手の一刀『炎産霊神』もクウは驚異的な反応で躱したのだった。
もし、本当に諦めていた自分ならあの一撃は避けられなかった筈なのに。何故。
しかし、考える間に無轟の攻撃が迫ってきていた。
「…諦めたと言うのなら、これで終いだッ!!」
「―――師匠ーーーーッ!!!」
「なっ!?」
炎産霊神の一撃の余波で大きく開いた天井の穴、黒煙を突き破り、聞き憶えの在る少年の声に思わず面を上げる。
高速で飛来し、振り下ろされた爆炎の一刀を鍵状の剣で防ぎ、懸命に抑え込む。
「シャオッ!?」
「ほう」
眼前に現れた少年シャオにクウは驚きの声を、無轟は真っ向から受け止めた威勢に短い感嘆の声をそれぞれ上げた。
シャオは鍔競りながら、鋭く無轟を見据えて問いただす。
「何を、しているんです……か、無轟さん…!?」
シャオの問いかけに冷笑を交えて、返す。
「そこの諦めた男に少々『焼きいれ』……といえばいいかな」
「何故です!」
鍔競りをシャオはあえて崩させ、無轟の力の勢いを乱す。
乱れた彼へと追撃を繰り出した。刀身に光が一瞬で集束、巨大な光刃の剣を手に切り込んだ。
「これ以上はやめてくださいッ!!」
「……やめろ、か」
追撃の一撃『フォトンセイバー』の光刃を凛那の刀身で傲然と受け止める無轟にシャオは言葉を失う。
激しい火花を散らす中、その視線をクウへと向けた。現れ、己を護ろうとしているシャオに唖然とし、何故助けるのだ、と困惑にも似た表情を見せている。
そんな彼への姿勢を何かを思うように目を閉じ、静かに口を開いた。
「………クウ、一つ勝負をしよう」
「何だと…?」
「…?」
「うわぁっ!?」
シャオの一撃を受け止めていた光刃が爆発し、彼をクウのほうへと吹き飛ばした。
それは無轟が凛那の刀身に力を集束し、開放したことによる爆破爆風を兼ね備えたものだった。
吹き飛ばされた彼を受け止め、シャオに声をかける。
「シャオ!?」
「だ、大丈夫…!」
「――クウ、シャオと一緒に俺を倒してみせろ。それすら出来ないのなら、ここで終わりだ」
燃え盛る炎を背に、逆光を浴びた無轟が無情の言葉と瞳を開かせ、凛那の刀身に炎を渦巻かして、彼らへと告げた。