CROSS CAPTURE18 「選択」
その頃、治療室では暴れるウィドを数名の女性達が取り押さえていた。
「放せぇ!! あいつの所にいかせろぉ!!」
「駄目です!! 大人しくしてください!!」
セイグリットとキサラによって押え込まれるウィドに向かって、王羅が再びその手に心剣を取り出す。
そのまま切先を向けて秩序の光を当てると、ウィドはすぐに抵抗の意を無くした。
「つぅ…!」
そうして意識を無くしたのか、その場で膝を折って倒れ込む。
どうにかセイグリットとキサラが両側から支える中、カイリは王羅の心剣を見て驚いていた。
「凄い…何処から剣を…?」
「それについては後です。まずは彼を運ばないと」
この言葉に、カイリもキサラ達と一緒にウィドをベットに運ぶのを手伝う。
そんな三人を見つつ、ヴェンは騒ぎの元凶を思い浮かべていた。
「でも、クウを探しに言った筈なのにどうしてこんな事…!?」
「…多分、見ていられなくなったんじゃないかな?」
「え?」
思わぬ所から答えが返り、ヴェンは視線を向ける。
そこには、何故かオパールがリクから目を逸らす様に不機嫌な表情を浮かべて腕を組んでいた。
「どっかの誰かさん、姿が変わったからってネガティブになってあたし達から離れて別行動しようとしたんだもん。あの時、引っ叩いてなかったらどうなっていたのかしらね〜?」
何やら棘のある言葉にヴェンが冷や汗を垂らしていると、ウィドをベットに運び終わったカイリがリクを睨みつけた。
「…リク?」
「どうしてそこで俺になるんだ…!?」
「この中で姿変わってるのリクしかいないでしょ?」
正論を言いながらギロリとカイリに睨まれては、リクは顔を逸らす以外の行動がとれない。
この二人を見ていると、不意にオパールが顔を俯かせた。
「今のクウも、多分そうだと思う。だって、大切な人や仲間を目の前で助けられなかったし、敵だと思った人物が自分自身なんだもん…あたしもクウと同じ立場なら、さすがにへこむわよ」
「…確かに、そんなクウを見たらあの人は怒るな。今みたいに」
無轟と一緒に行動していたテラも頷きつつ、爆発の聞こえる方向に顔を向ける。
「それでも…俺達、何も出来ないのかな? 仲間がピンチなのに…ここで待ってるしか出来ないのか…?」
ベットの上で悔しそうにヴェンは拳を握り締めると、脳裏に何も出来なかった自分達が思い浮かぶ。
気持ちはテラも一緒なのか、悔しそうに顔を歪ませていた時だ。
「オパール…頼めるか?」
突然リクが口を開き、オパールを真っ直ぐに見つめる。
その視線に宿る意思を汲み取ったのか、オパールはキサラを見た。
「…回復薬はある?」
「え?」
「回復薬よ! あるんなら、何でもいいから出して!!」
「は、はいっ!?」
キサラは返事をすると、近くにあった薬の入った箱をオパールに手渡す。
すぐにその中から幾つか薬を取り出すと、調合するように手を動かす。この合成の様子に、カイリは思った事を聞いた。
「何を作るの?」
「『ファイナルエリクサー』には及ばないけど、ある程度回復させる薬…!! この材料なら一時的だけど、戦えるまでには回復する筈だから…!!」
「それ、ホント!? あ、でも…」
ヴェンは喜びを露わにするが、何処か申し訳なさそうに王羅達を見る。
すると、今まで黙っていたビラコチャが大きく溜息を吐いた。
「お前さん達の好きにするといい。ただし…お前さん達が選ぼうとする選択は、言い訳はもちろん泣き事すらも許されないぞ?」
「それでも、あんた達はあの場所に向かうのかい?」
ビラコチャに続き、セイグリットも真剣な表情でヴェン達を見る。
神の力を持つ二人の問いに…ヴェンとテラは力強く笑った。
「――行くよ。近くにいるのに、何も出来ずにいた方が辛いから」
「俺も同じです。クウも無轟も共に旅をした仲間であり…俺の友です」
迷いも戸惑いも感じない答えを述べると同時に、オパールの合成が終わった。
「出来たわよ、自信作の『ウルトラポーション』!!」
そう言うと、オパールは出来上がった薬をヒュっと上に投げつける。
すると、リク、ヴェン、テラの身体の傷が癒される。リクは身体の調子を確認しながら、ベットから降りた。
「動ける?」
「…ああ、行くぞ」
「うん!」
動ける事を確認してオパールに合図すると、カイリも頷いて三人一緒に部屋を出ていく。
それに続くようにヴェンとテラも部屋を出ていくと、セイグリットが苦笑を浮かべながら開きっぱなしの扉を眺めた。
「結局、こうなったね」
「でも、これでいいのではないでしょうか?」
「僕らは話を聞いただけだけど――…彼らは辛くて悲しい思いをした。それなら、やりたいと思う事をさせてあげた方が彼らの為です」
何処か満足そうに笑いながら、キサラと王羅も彼らが去った後を見送った。
燃え盛る茜色の炎が作り出す灼熱の空間。
その中にある聳え立つ炎の壁により、誰の干渉も許さぬ戦いが繰り広げられていた。
「『ブリザガ』!」
「くっ…!」
無轟が放つ炎をシャオは氷結の魔法で相殺する中、クウは身を翻して避ける。
先程から反撃はもちろん、攻撃すらしないクウを見てシャオは冷静に分析する。
(師匠は今戦えない状態なんだ…ここは――)
これからの算段を立てると、シャオは腕をクロスさせ力を解放させる。
「第一段階―――『ミラージュ・モード』!!」
魔法重視の能力を解放させると共に、シャオの姿がその場で掻き消える。
突然消えたシャオに、クウは思わず足を止めた。
「消えた…?」
「隙だらけだぞ!!」
隙を見せてしまったクウに、無情にも無轟が灼熱の炎を宿して斬り込もうとする。
「させない!! 『ミニマム』!!」
「へ!?」
シャオの声が響くなり、クウに異変が起こる。
その間にも、無轟は一気に横に薙ぎ払う。だが、どう言う訳か斬った感触が伝わらない。
炎が晴れる中でクウのいる場所を確認した直後、目を見開いた。
「「こ、これは…?」」
目の前の光景に無轟だけでなく、刀である凛那まで驚愕の声を出す。
そこには、クウが掌サイズにまで小さくなってその場で座り込んでいたのだ。
「ぬぉ!? 何で俺小さぐぇ!?」
叫んでる途中で潰れる様な悲鳴を上げると共に、クウの姿が掻き消える。
どうにか無轟が我に返ると、横で僅かに足音がした。
「『トリプルプラズマ』!!」
「甘い、『炎魔覇煌閃』」
放れた場所から電撃の弾を三つほど飛んで来るのを見て、無轟はすぐに刀に炎を施して薙ぎ払う。
魔法を打ち消す炎によって電撃は掻き消え、更に余波に当てられてシャオの姿も露わになる。よく見ると、左手には小さくなったクウを握っている。
「っ…――第二段階、『ダーク・モード』!!」
その状態で腕を交差させるなり、今度は闇を纏い黒と赤の衣装に変える。
それからニット帽にクウを乗せるなり、キーブレードを構え上空に浮かびあがる。
「師匠、しっかり掴まっといて!! 『ダークオーラ』っ!!」
「うぐぅ…!?」
何度も高速で無轟の周りに瞬間移動しては斬り付けるシャオの上で、クウは情けなく感じながらも振り落されまいと力の限りニット帽を握り締める。
だが、この攻撃も無轟は刀を使って的確に防御する。攻撃してるシャオは防がれてる事を理解しつつ、地面に剣を突き刺して周りに衝撃波を放つ。
しかし、最後の攻撃も無轟は炎熱の波濤を周りに放つ事で辺りの衝撃波から身を守った。
「そんな…!!」
自身の攻撃が全て防がれた事に、思わず悔しさを見せるシャオ。
一方、『火之毘古』を放った無轟は最低限に構えたまま状態でシャオを見据えた。
「シャオ、だったな…お前はどうしてそいつの事を庇おうとする? クウとエンの事は分かっているだろう?」
「…確かに、エンの事を考えれば師匠は危険な存在かもしれない」
シャオは顔を俯かせ、キーブレードを握り締める。
この様子にクウだけでなく戦いを傍観している神無達も黙っていると、シャオが胸に手を当てた。
「でも、ボクは師匠の事を信じてる…――ううん、信じていたいんだっ!!」
「っ!?」
何処までも真っ直ぐなシャオの言葉に、頭に乗ってるクウが息を呑む。
そんな中、無表情だった無轟の口元が僅かに緩んだ。
「信じる、か」
「なんで…だよ…」
不意に、シャオの頭からポツリと声が漏れる。
軽く視線を向けると、小さくなったクウがニット帽を掴みながら震えていた。
「俺は…お前の師匠じゃない!! 姿が似ただけの赤の他人だろ!! だから、これ以上首を突っ込むなよ!!」
「師匠…」
「頼むから…」
そう言うと、悲しそうに頭を下げるクウ。
一瞬だけシャオに悲愴の色が浮かぶが、すぐに気持ちを押し込めて目の前にいる無轟を見据えた。
「…ごめん、出来ないよ。ボクの心がそう命じてるから」
この言葉にクウがニット帽を強く掴む中、シャオは更に言葉を紡ぐ。
「信じる事を諦めたら、楽かもしれない。投げ出せば、何もかも簡単に物事が終わる。けどさ…それじゃあ、駄目なんだよ」
淡々と語るシャオに、ニット帽を掴んでいるクウの手が僅かに緩む。
そして、シャオはこことは別の世界での物語を思い出す。
「知ってるんだ。疑心の結果、引き裂かれた物語の結末が。本物と偽物の狭間で、どちらかしか選べない二つの約束の話。心が無くても感じた、大切な人との悲しい別れを」
三人のキーブレードマスターを目指す若者達が、闇と眠りによって離れ離れになってしまった。
本物の記憶が偽の記憶にすり替わった結果、彼らはどちらかの別れを選択しなければいけなかった。
ノーバディとレプリカ。二人は望んでもいないのに、互いの存在を奪い合う運命に晒された。
「物事に偶然などない、あるのは必然だけ……でも、未来が選べない訳じゃないっ!!! 例えその先が絶望しかなかったとしても…希望を持って進む事は出来るっ!!!」
例え二人の友と別れても、時を得て帰るべき場所で彼らは再会出来た。
一度は闇に呑まれたが、闇を恐れずに向かい合った事で自身の力にした。
痛みを癒しに変えていく事で見つけたデータは、未来に繋がる一つの道標。
敵の策略で闇に落ちて眠りについたが、光となった友が救ってくれた。
父親の言葉と何度も語ってくれた物語の意味を思い出しながら、シャオは自身の力を湧き上がらせる。
「だからボクは選ぶよ、師匠が闇に落ちない未来を!! 皆を助ける未来を!! その為には…ここで負けちゃいけないんだぁ!!!」
再びシャオは腕を交差させ、全身を光らせる。
今の自分が持つ力の全てを集中させながら。
「最終段階――…『マスターキー・モード』っ!!!」
シャオが力を解放すると共に激しい閃光が広がり、壁の外にいる人達が目を覆う。
そんな中、無轟とイリアドゥスは平然を保ちながら黙って見ていた。
二つの鍵と剣を携えたシャオを…。
治療室を出た五人は、修練場に向かって廊下を駆ける。
何度か廊下の角を曲がった時、テラとヴェンが庭園に目を向けると何故かアクアの姿があった。
「「アクア…」」
「どうしたの、二人とも?」
思わず足を止める二人に、カイリも立ち止まって声をかける。
すると、ヴェンとテラは互いに目配せするとカイリ達に言った。
「皆は先に行って!」
「俺達もすぐに合流する!」
「分かった!」
二人の言葉にカイリが頷くと、先で待っていたオパールとリクと共に再び駆け出す。
それを見送らぬ内に、テラとヴェンは庭園にいるアクアの元に向かった。
■作者メッセージ
今回から重要な話になってくるので、もうしばらくは私のターンが続きます。