CROSS CAPTURE20 「新たな力」
目の前に広がる光景に、誰もが息を呑んでいた。
茜色の火の粉に混じるように、黒と白の羽根が舞っている。
その中央には、傷を負ったシャオを抱えたクウが黒と白の双翼を携えて立っている。
肩で息をする彼の手には―――キーブレードが握られている。
「キーブレード!? なんでクウが!?」
選ばれた者しか手に出来ない筈の武器に、カイリが叫ぶ。
尚、形状は白と黒の翼が合わさり、キーホルダーも白と黒の羽根で出来ている。
「師匠…」
そんな中、シャオがゆっくりと顔を上げてクウを見る。
すると、クウは先程までの様子と違って優しく微笑んだ。
「シャオ、休んでろ」
「でも…!」
「大丈夫だ」
そう言うと、強気の笑みを浮かべる。
「――こうしてお前を守れたんだからな」
「師匠…!」
クウの目に自信に満ちた輝きが宿った事に、シャオの顔が綻ぶ。
だが、この一時はすぐに打ち破られる。
「話すのはいいが、現状を分かっているか?」
「凛那の言う通りだ。今はまだ…戦いの最中だぁ!!」
無轟の雄叫びと共に、再び刀に炎熱を纏って斬りかかる。
繰り出される『炎産霊神』の攻撃に、クウは翼を羽ばたかせ上空に回避した。
「くそ!! ちょっとぐらい休憩させろぉ!!」
「うわぁ!?」
シャオを抱えながら炎を避けていると、手に握るキーブレードが目に入る。
数年ぶりに握った武器に懐かしさを感じると、昔の記憶が過った…。
とある特殊な世界にある森の中のちょっとした広場。
夕日が沈み夜になろうとする時刻で、まだ子供である自分が傷だらけの状態で仰向けに倒れている。
傍らには、自分を鍛えてくれる師匠が呆れた顔で立っている。
『うぁ、はっ…!!』
『まあ、今日はここまでにするか…ほら、さっさと立て』
『こんだけ、ボコボコにされてるのに…立てる、かよ…!』
『ったく、甘えるな。そん位は唾付けて治せ』
そっけなく言いながら指示を飛ばすが、そんな余裕も力も残っていない。
何も出来ないまま横になっていると、師匠は軽く肩を竦めその場に座り込んだ。
『ま、立ち上がる気力が回復するまでは待ってやる。どうせ今日の食事当番はセヴィルだしな』
今日の飯は何だろなー、などと呟きながら夕暮れの空を眺めるので、同じように眺める。
師匠に闇の世界からこの世界連れて来られ、もう一ヶ月以上になる。最初はそれなりにこなしてた修行も、今では厳しさを増している。
不意に心に不安が芽生え、隣にいる師匠に口を開く。
『…師匠』
『あん?』
『師匠は…世界を救ったりした事あるのか?』
『世界を救う、ねぇ…『組織』にいる時点で守る部類には入るが、どうなんだろうな。急にどうした?』
師匠が話を聞く体制に入るのを見て、横になったまま手に力を込める。
そうして自身の手にキーブレードを出現させると、それを見つめながら心の中の不安を口にした。
『キーブレードってのは、世界を救ったり守ったりする為の武器何だろ? 俺、本当にこいつを使えるのか不安で…』
『普通、お前みたいな年頃のガキだったら喜んで勢いづくもんだろ? なのに、なーに情けない事言ってんだよ?』
『さ、最初は俺だって特別なんだって思ったさ!! でも、セヴィルからいろいろ話聞いたり修行したりしてたら、なんか不安が湧き上がって…』
『ハハ、あいつは頭固いし真面目だからな』
話を聞いて師匠が苦笑を浮かべるが、すぐに穏やかに笑いこちらを見つめた。
『バカ弟子。もし、お前の知ってる人達が悲しんでたり怖がってたりしてたら、どう思う?』
『…そりゃあ、嫌な気持ちになる』
『じゃあ、楽しそうに笑っていたり嬉しそうにしていたら?』
『まあ…こっちも嬉しくはなるかな』
『要はそれでいいんだよ。世界救うとか守るとか、大層な事よりはこっちの方が実行しやすいだろ?』
そう言うと、師匠は徐に立ち上がる。
ズボンのポケットに両手を入れ、遥か遠くに目を向けて空を見上げる。
『この魂と心で出来た世界もそうだが、俺達の知らない所で可愛い女子が笑っていたり、美女達が幸せに過ごしたり、高齢のマダムが世界の平穏を感じていられる。そう考えたら、何かやる気出るだろ?』
師匠は言い聞かせるように語ると、こちらに顔を向けてニッと笑いかける。
この世界は闇の世界ではないが、光の世界でもない。肉体を失った魂が集う、死の牢獄の世界。それでも誰かが生き、守るべき世界である事に変わりない。
だが、そんな事よりも一つ思う事があった。
『つーか、見事に女ばっかだな…』
『当たり前だ。野郎の笑う顔なんざ、一文の得にもならん』
何の躊躇もなく宣言すると、鼻で笑う師匠。
何があってもぶれないその性格に、思わず笑みを零しながら上半身を起こした。
『――でも、そうだな。俺が戦った事で、知らない人が知らない場所で笑顔で過ごせる。ちょっと寂しいけど、凄くやる気が出てきた』
『その意気だ。『組織』もそうだが、セヴィルの言う使命は大事だ。だからと言って、全てを重く捉えないでいい』
そう言うと、師匠は自分の頭に手を乗せる。
その手は大きくて、温かくて…力強い。
『お前はお前でいろ…――どんな事があっても、お前は自分を忘れるな。その心さえ忘れなければ――』
琥珀色の瞳を自分の黒い瞳へとしっかりと合わせ、師匠は言った。
『――お前はどこまでも強くなれる』
炎の中で互いの刃がぶつかり合い、甲高い金属音が修練場全体に鳴り響く。
二人は何度も武器を鳴らし、やがて鍔迫り合いの状況に持ち込んだ。
「――ッ!!」
至近距離にある無轟の顔を見ながら、クウは自分自身に驚いていた。
キーブレードを使って戦うのは数年と言うブランクがあるのに、未だに身体が覚えているのは何故だろう?
「今までと違い、強くなったものだ」
そんな事を考えていると、無轟が獰猛な笑みを浮かべる。それは戦いを心から楽しんでいる証拠だ。
これには怒りを通り越し、もはや笑いしか出てこない。
「ハハハ…そりゃ、こっちはあんたと違って死に物狂いだからなぁ…!! それに…思い出したんだよ…!!」
「思い出す?」
無轟が僅かに眉を寄せるのを見て、クウは小さく笑う。
脳裏に浮かぶのは、『信じる』と言ってくれた銀の少女。
「シルビアは今も俺を信じてくれている…――その期待に答えてこそ、男ってものだろぉ!!?」
自分の中にある揺るぎない信念を言葉に乗せ、握る手に更に力を込めようとする。
その時、左の脇に抱えているシャオのポケットから何かに反応するかのように光が溢れた。
「え!?」
「何だ…!?」
突然の事にシャオだけでなく、無轟も目を見開き自ら間合いを取る。
その光にまるで感化したのか、クウの握っているキーブレードが白黒に光り出す。
やがて光が弾けると共に、何とクウの右手に黒の片翼、左手には白の片翼のキーブレードが握られていた。
「キーブレードが二本!?」
「クウ、一体どうした!?」
「や、その…俺も、初めてなんだけど…? どうなってんだよ、これ…?」
二刀流の姿にオパールと神無が驚く中、当の本人も理由が分からず茫然となってしまう。
「師匠ぉ!!」
シャオの叫びに、クウは我に返る。
見ると、無轟が刀に纏った炎を増長させて振り下ろそうとしている。
『炎魔覇討』の動作を見たクウは、即座にある行動に出た。
「シャオ、我慢しろぉ!!」
「うわあぁ!?」
抱えていたシャオを神無達に向かって投げ飛ばす。
その力で回転しながら、二つのキーブレードに闇を宿す。
「『ブラッティ…ウェーブ』っ!!!」
武器を振るうと、闇の衝撃波をそれぞれシャオと無轟に向かって放つ。
無轟はそれを『炎魔覇討』で薙ぎ払い、シャオは衝撃波に呑み込まれたると炎の壁の外へとはじき出された。
「シャオ!?」
こちら側に飛ばされたシャオにカイリ達が駆け寄る中、刀を振るった無轟は体制を立て直したクウを見た。
「さすがだな。だが、二本に増えた所で何も変わらん」
「当たり前だ!! 俺も二刀流ってのはこれが初めてなんだよ!! まあいい…こうなりゃヤケだぁ!!!」
吹っ切る様に叫ぶなり、左手に握ったキーブレードを逆手に持って無轟を睨む。
その双剣の構えは、エンそのものだ。
「なるほど…その構え、同一だからこそ為せる技か」
「あいつは俺、それを逆手に取っただけだ!!」
何の悪ぶれも無く言い切ると、バッと間合いを詰める。
そのまま動を薙ぎる様に振るうが、すぐに刀で阻まれる。
「だが…甘い!!」
軽い動作でクウを弾き返すなり、『炎産霊神』で斬り裂こうと振るう。
直後、一人の人物がキーブレードを握りながら無轟の足元へと突き刺す。これにより無轟は攻撃を中断する中、クウはキーブレードを握る人物に目を見開いた。
「テラ!?」
「クウ…お前は俺に教えてくれた。闇に染まっても、変わらぬ心の事を」
クウに背を向けながら立ち上がると、テラはその身から闇の力を立ち上らせる。
「だからこそ…この力、友の為に使う!!」
宣言すると共に、テラの握るキーブレードが闇で包まれる。
全体が黒く禍々しく、強大な力を感じさせるキーブレード―――『カオスリーパー』へと形状を変える。
新たな力にクウが息を呑んでいると、背後にある炎の壁が消された。
「私は…信じると言っておきながら、テラやあなたの事を心のどこかで疑ってた」
氷結の魔法で炎を消したアクアは、心の内を語りながらクウへと近づいて行く。
「でも、今度こそ信じるわ。友として…仲間としてっ!!」
アクアが持っているキーブレードが光に包まれると、全体が青く打ち寄せる波を現した鍵―――『ブライトクレスト』へと姿を変える。
そんな二人に紛れ、空いた壁からヴェンもクウの傍へと駆け付けた。
「俺はマスターになる為の修行中の身だ。テラやアクアと比べたら、まだ未熟かもしれない。そんな俺だって…友達の力になれるだろっ!?」
ヴェンがキーブレードを取り出すが、その形状は全体が銀で欠けた心と翼を模った鍵―――『ロストメモリー』となる。
新しいキーブレードを手に戦おうとする三人に、無轟は若干訝しげな表情を浮かべる。
「戦いに水を差すか?」
「少なくとも、『一人で戦え』と言うルールはないはずだ!!」
「私は仲間として、あなたを止めて見せます!!」
「一人より二人、二人より沢山!! そうすれば、あんたにだって勝てるだろ!!」
無轟の言葉に怯む事無く、三人は構えを解く事無く睨みつける。
これにはクウも声を失っていると、後ろから更に誰かが近づいた。
「もう、あたし達の事も忘れないでよ!! 誰がレイアを連れてきたと思ってんの!!」
「結構酷い事しておいて、よくそんな事言えるな」
「障害は乗り越える物よ。記憶しときなさい」
こんな状況にも関わらず、何処か緊張感のない会話が繰り広げられる。
「オパール、リク…」
クウは振り向きながら、後ろにいるオパールとリクに笑いかける。
更なる仲間に、さすがの無轟も呆れの混じった溜息を吐いた。
「お前達も邪魔するか…」
「あたしは戦えないレイアとカイリの代理よ。クウ、あんたに伝言…『どんな時だって傍に居るから』だって」
「俺もソラとシャオの代理だ。シャオからの伝言だ…『必ず勝って』だとよ」
「ったく…あいつららしい声援だな」
この二人の伝言に、クウは笑いを堪え切れず顔に出す。
同じ目的を持った彼らが集う光景を見て、何かに気付いた様に凛那は静かに無轟に問いかけた。
「これが、望んでいた事か?」
「――いや、まだだ」
『うん…本番はここからさっ!!』
姿を見せぬまま炎産霊神が叫ぶと、空間全体が灼熱の炎で包まれる。
今までよりも更に力を解放させる無轟に、他の人達は武器を構える。
そんな中、クウは無轟に切先を向けて口を開いた。
「一つだけ教えろ…――オッサンが俺に剣を向けたのは、これを望んでいたからか?」
悟ったようなクウの言葉に、無轟の目の色が僅かに変わる。
しかし、すぐにその感情を押さえ込むと首を横に振った。
「半分、違うな」
「半分?」
「あとの半分は…頼まれたからだ。お前達の事をな」
「頼まれた? 誰に?」
意外だったのか、クウが訝しげに問いかける。
すると、無轟は鋭く対峙する六人を睨んだ。
「知りたいのならば…――問い質して見せろぉ!!!」
全身に炎を纏わせながら、そう無轟は高らかに宣言した。
■作者メッセージ
と言う訳で、クウの強化と共にBbsで登場する最後に手に入れるキーブレード習得のシーンも書いた所で私のターンは終了です。
この後のバトルは、夢さんに託してターンエンドです。
この後のバトルは、夢さんに託してターンエンドです。