CROSS CAPTURE22 「戦いの末に」
全てをかき消すような溢れんばかりの光と闇が修練場を覆い尽し、漏れた天井からもその余波が轟いていた。
神無たちにも衝撃の余波にどうにか踏みとどまった。
そして、溢れる光と闇に視界を奪われながら、神無の足元近くに何かが突き刺さる音がしたのだった。
「?」
ゆっくりと瞳を開くとそこは『明王・凛那』であった。それはさっきまで無轟が振るっていた筈の得物が何故。
考える意味を確かめるように、神無は無轟がいた方向へと顔を上げて、眼を凝らし、瞠目した。
「親父…!!」
「マジ…かよ、おい」
神無、神月、親子ともども絶句と共に無轟を直ぐに見つけだした。
其処には全員の同時攻撃を『全て直撃』して、『緋乃炎産霊神』すらまとっていない。
呻き声をかすかに洩らしなが、立ち上がろうしているボロボロの無轟が居た。
手に持っていた凛那は自分の傍に突き刺さっている。と、刺さった凛那が火を渦巻かして、神無が知る女性の姿になる。
声をかけるのを憚る気迫を漂うその表情は険しい表情を深めすぎて、憤怒そのものであった。
だが、彼女はクウらに怒りを向けたのではなかった。彼女の向けた視線の先には無轟だったのだ。
「おい……凛那。なんで、親父は……直撃したんだよ! 防ぐなり、手段はあっただろうが!!」
「落ち着け、神無」
荒れている彼へと冷静に諌める毘羯羅に、それでも神無は彼女へと問いかける声を振り出した。
無轟の実力、それは例え異なる彼であっても理解はしていたつもりだった。
その不可解な行動を取った無轟の真意を理解を求めるように協力していた凛那に想わぬ怒声で問い詰めていた。
「………そんな力など、無轟には無かった」
「!」
神無が肩を掴み、その状態を悟る。小さく体も声も震えている凛那が静かに呟いた。
あの攻撃が、全て届く前に無轟は凛那(わたし)を手放した。そして、小さく。
『ありがとう』
「――そう、いったんだ……!!」
唖然とした表情で彼女を見る。凛那は険しい表情を崩れそうに、しかし、耐えるように瞼を閉じて唇を噛み締めていた。
一方のクウらも戸惑いながらも無轟に歩み寄って、助け出そうとした。
『―――駄目だよ』
「!」
クウらの前に、火を散らして顕現してきた炎産霊神が普段とは異なった厳かな声と表情で前に立ちはだかった。
それでもその威圧にテラたちは止まってしまうが、クウだけは一人、一歩前に出て、彼へと言い寄る。
「炎産霊神、そこを退いてくれ」
『断るよ。無轟を哀れむようなら僕が許さない』
頑なな姿勢を造り、静かな怒りを声に出している。
「…なら、どうして無轟は私たちの攻撃を全て受け止めたの!? あの人なら―――……まさ、か……?」
アクアは戸惑いの叫びと共に、無轟の最後の笑みを思い出した。
その様子を見た炎産霊神は立ち上がろうとしている無轟に視線を向けながら、それでも立ち阻んだままに言った。
『……無轟の体は本当はぜんぜん回復なんてしていなかった。あくまで動ける程度に、だった。
それでも必死に装って、こっち側の凛那に協力してもらって最低限に戦える状態にした』
「最低限…?」
その言い分にクウは呆れるように思い返した。無情の様相で自分に襲い掛かったあの無轟を。
シャオを追い込み、圧倒していた無轟の姿を。その表情を見た炎産霊神が深い息を零し、凛那のほうへを見た。
『シャオと戦って勝てたのは凛那のおかげだよ。彼女が刀の状態で、力を無轟に注ぎ、護ってくれていた』
「なんだと…? じゃあ、『緋乃炎産霊神』の姿は―――!?」
剣を交えたテラの驚きの声に、炎産霊神は首を振って言い続ける。
『まさにハリボテさ。……君たちを全力で戦わせる為に、見てくれがけが人じゃあ不相応だろう?』
「……………」
全力で戦ったテラたちは言葉を完全に失う。
それぞれが、最後の全力攻撃を思い返し、完全に言葉が出なかったのだ。
そんな彼らの表情を、姿勢を見た炎産霊神が怒りの表情と声を上げた。
『僕が此処まで言ったのは哀れと思うなの気持ちで言ったんだ! 戦いを強要したのは僕たちだ!! この結果は――――ッ……僕たちの、結果……だから』
「炎…産、霊神……なく…な」
いつしか涙声で彼らを一喝した炎産霊神に幽かな男の声が放たれる。
全員が声の方へと視線を向けた。そう、立ち上がろうと必死に這っていた無轟がゆっくりと立ち上がったのだ。
かすかな呼吸を洩らしながら、炎産霊神の方までゆっくりと歩み寄ろうとしていた。
『う―――うう……ぁあああッ!』
炎産霊神は彼の歩みに待ちきれずに、彼に抱きついた。必死に装った表情も泣き崩れて、嗚咽を零していた。
抱きとめた無轟はその手で彼の頭を撫で、ゆっくりと朧気な視線を凛那へと向けた。
「――凛那、ありがとう。お前のおかげで、俺は……戦えた」
「………」
その表情は、かつて見た最後の主に似ていた。どんなに自分が苦しみに苛まれていても、自分を優しく見つめる表情。
凛那は亡き無轟を思い出し、込み上げて来る感情を隠そうと俯いた。そんな彼女を静かに微笑み返し、静かに呼吸を整えて、次にクウらへと視線を向けた。
「クウ……お前たちに刃を向けた事を……すまないと思っている。だが、お前のあの姿を見てしまっては、我慢…できなかった」
「……」
「絶望に、何もかも諦めかけていたお前をどうにか目覚めさせるキッカケが必要だった。シャオやレイアは……いい子だな。
お前を心配していた。エンの事など知った事か、と言い切れるようだった」
喜色に交えた静かな声を黙して返す。無轟はそれに応じて、話を続ける。
「お前たちが俺の前に現れた時、これでよかったと思った。―――例え、こうなろうとも」
「なら、親父。なんで最後に凛那を手放したんだ。あの状況、凛那の力で動いていたなら―――」
問いかけてきた神無は凛那をつれて近づいてきていた。無轟は短くその問いかけを遮るように返した。
「二度も喪うわけには行かない。それだけだ」
「…そうかよ」
険しい表情を浮かべながら、神無は言う事を言い終えたのか黙る。
そんな中、戦いを見届けたイリアドゥスが無轟の前に姿を現す。無轟はまず現れた彼女にゆっくり頭を一礼してから口を開いた。
「協力してくれて…礼を言う。――見定める事は出来たか?」
「ああ、確りと。お前はその身を賭して、彼らの気焔を再び燃やしたのだな」
イリアドゥスは頷き返し、彼に無表情ながらも心の篭った微笑みを向けた。
無轟は彼女の言葉を聞き、小さく瞠目して直ぐに安堵した表情をした。
「気焔……。ああ、そうだった――――そうか……良かった」
綻んだ笑みを浮かべた途端、立つ気力を使い果たしたように膝から崩れ落ちる。
そんな彼を直ぐに受け止めたのは複雑な表情を噛み締めている神無であった。
「――ったく、こんな時の顔まで親父にそっくりだ。本当に、困った親父だよ」
そういいながら、神無は無轟を抱えながら彼らに背を向け、修練場の入り口へ足を運んでいく。
クウたちは呼び掛ける言葉が無かった。ただ、黙ってその姿が消えていくのを見届けていた。そして、少しの静寂が修練場を包んだ。
「……一先ずはこれで終わったのか?」
リクが不安な様子で口火を切った。その問いかけをイリアドゥスが淡々と頷き、天井を仰ぐ。
「ああ。……そろそろ日が沈むな」
空いた天井には夕暮れの空が広がっている。釣られるようにリクらも見ていた。すると、
「うぅ…」
『クウッ!?』
力尽きたようにクウが仰向けに倒れこんだ。それに驚いてリクたちは近づき、身を起こす。
疲労感が顔に見えるほど疲れた表情と声を洩らしながら、呻くように彼は呟いた。
「もう、駄目……ね……る―――」
呟きと共にクウは寝息を立てた。その様子にリクたちはくすくすと笑い声を零した。
やれやれと呆れながらも安堵したリクたちも毘羯羅たちと共にクウを抱えながら城へと戻ることになる。
彼らが城の方へと戻っていく中、イリアドゥスは最後まで修練場に居た。そして、視線をある方向に向け、その者へと声をかける。
「いつまで落ち込んでいるのだ、ブレイズ」
「……」
彼女はイリアドゥスに無視されてからと言うものずっと落ち込んでいた。
やれやれと彼女に傍まで歩み寄り、屈んでその顔を見た。泣いていたのか、涙の後も見て取れた。
イリアドゥスは苦笑を小さく浮かべ、その頭を撫でた。
「さあ、戻ろう」
「……はい」
ゆっくりと立ち上がったブレイズは、母に見せてしまった不甲斐ない自分を諌めるように表情を険しくした。
『こういう所は、ヴェリシャナに通ずるものがあるわね……』
内心に在るレプキアは呆れたように呟き、ブレイズと共にイリアドゥスは大破している修練場を後にしていった。
修理をどうするかは城に戻ってから考えよう。アイネアスやベルフェゴルが悲鳴をあげそうではあったが。