CROSS CAPTURE23 「休息−1」
城へと先に戻っていた神無は再び、無轟たちが居た部屋のベッドに彼を横にさせる。
戻ってきた知らせを聞き、ビラコチャや王羅がすぐさま彼の治療を開始した。
「……相当のダメージを受けているな。生きているのが奇跡のようだ」
ビラコチャは負傷した無轟の治療を施しながら、小さく驚く声を洩らした。
「ハッ――あいつらも殺す気でやった訳じゃあないさ。『倒す気』でぶちのめしただけだからな」
失笑を言いながら神無は椅子にもたれかかり、眠りについている無轟を見やった。
全力で止めるタイミングはいくらでもあった。だが、それをしていたら俺は刃を向けられていただろう。
彼の漂う雰囲気に、その荒れた言動に王羅は怪訝そうに彼に問いかける。
「なんだか、怒ってませんか? 神無さん」
「怒ってねえよ。――ただ、止める事が出来なかった。それだけさ」
そう言って険しい表情を崩した神無は席を立ち、その足取りは入り口へと向かった。
だが、彼は最後に立ち止まって、振り向かずに二人に小さく声を零した。
「無轟を頼んだ、ビラコチャ…王羅」
「解った」
「うん、任せて下さい」
それぞれの了承を聞き、彼は部屋をそのまま出て行った。
彼が戻った場所は自分らに用意された客室。親子らで入る事になった為、広い客室に入れてもらったのだ。
部屋へたどり着いても晴れない気難しい気分を懐きながら、神無は部屋へと入った。
「! あなた…」
入ってきた事に反応し、彼女は歩み寄り、神無の顔を見て、とても心配そうに見つめている。
その視線を受け、神無は申し訳ない気分で取り繕った笑顔で和らげようとした。
「ハハッ、情けない顔見せちまったな」
「……神無、おいで」
深いため息をこぼし、ツヴァイはベッドに座って、軽く太ももをたたいて誘った。
神無は小さく苦笑を浮かべながらも、何も言わずに歩み寄って、横になると共に膝枕を受け入れた。
静かな間を経て、ツヴァイは彼を見下ろす。取り繕うように見せていた陽気さは今はなく、憂うような、悔やんでもいるような悲痛さ、それらををかみ締めた表情を見せていた。
ツヴァイはあえて、深くは問わなかった。ただ、こうして彼に優しくしてあげることしか出来ないとわかっているのだから。
「―――」
更に静かな間が経つ、ゆっくりとその間を破ったのは神無であった。
遠くを見つめる彼はどこか悔いるように言葉をこぼしていた。
「俺は、何も出来なかった。唯、見てるしか出来なかった。一緒に戦うという決断も下せたはずなのにな……」
「お義父さんは、あえて一人で戦おうとした。大勢を相手にすることも覚悟していたと思うわ」
「……」
「彼らがもう一度、戦える力を取り戻させる―――お義父さんはそれを望んでいた。彼らが絶望を乗り越えるはずだと、信じて」
「―――そういう、ものか」
困ったように呟いた神無に、ツヴァイは微笑み返して、頷いた。
「そうか。……解ってても不思議なもんだ」
そう言うや、彼はツヴァイから離れ、身を起こして立ち上がった。
ツヴァイはどこかへと向かおうとしている雰囲気を察し、あえて、問いかける。
「ちょっと野暮用だ。すまねえな」
「いってらっしゃい」
自分を笑顔で見送るツヴァイに、彼は何処かスッキリした様子で部屋を出た。
神無は自分と同じように苦しんでいるであろう彼女の元に歩き出していった。
そして、リクたちも城へと戻り、クウを当初とは別室で休養させる。ウィドの件もある為の配慮である。
リクら男性陣は再びウィドらのいる部屋に戻り、少しの休息を取った。分かれたオパールたちはそれぞれどうするか考えていた。
「レイアちゃんはやっぱりクウさんの看護よね」
其処に同伴していたのは紗那やヴァイ、修練場に居あわせた女性たちであった。
紗那はレイアにからかうように声をかけ、言われた彼女は顔を紅くして慌てた口調で言い返す。
「え、ええ!?」
「そうねー、そのほうがクウも嬉しいでしょ」
気楽に、紗那のからかいに便乗するように笑みを浮かべたオパール。
レイアは直ぐに知り合ったヴァイに救いを求めるように振り向いた。
「さ、いこっか! 部屋の場所も教えてもらってるから!!」
「……」
救いなんて無かった、と悟ると共に、沈黙した彼女を紗那たちが押して連れて行く。
その様子を毘羯羅とアクアがそれぞれ呆れたように肩をすくめる。
「はあ……あの子達ったら」
「ふふ、いかにも小娘らしい事だ」
「――あれだけ騒動起こしておいて、だろう」
割ってはいるように声を上げた女性アレスティアが先へと進んでいったレイアたちを見ながら言っていた。
その言葉にアクアは反論する言葉をもてなかった。
アレスティアは深く弾劾する気は無く、あくまで言っておく忠告程度につぶやいたのであった。
「まあ、アイネアスは気苦労耐えんな」
今頃、サイキの隣で頭を抱えて唸っているだろうと、思いながらも口ではそう言ってアレスティアは身を翻し、歩き出した。
「? 何処にいくのだ?」
「……母と妹たちを迎えにさ」
小さく笑い返して、彼女はそのまま歩き出していった。
すると、彼女らへ歩み寄ってくる男が居た。オパールはその男を見た途端に声を上げる。
「……よお」
その男――刃沙羅は引き攣った笑顔を浮かべながら、オパールに声をかけた。
レイアらも気まずそうな表情でオパールに視線を向けた。
刃沙羅は修練場へと向かおうとしたレイアらの前に阻み、男の急所を蹴り上げられたのだった。
「な、何よ…!」
オパールは漂う雰囲気に押し負けないように気強く睨み返しながら言い返す。
しばしの睨みあい、重々しい空気が漂った。そして、ゆっくりと刃沙羅が口火を切る。
「――ま、いいか」
「はっ!?」
面倒くさそうに言い切った刃沙羅はオパールらを横切り、そのまま去っていく。
それを不審に思い、オパールは慌てて彼を呼び止めた。
「待ちなさいよ! 怒ってないの?! アンタの急所蹴っ飛ばしたアタシを!?」
呼び止められた刃沙羅は振り返って、本当に面倒な表情をしていた。
理由を言えと問われている、こちらから一先ずの無罪放免を言い渡したと言うのに。
頭を掻きながら、理由を言う事にした。
「必死だったんだろうが、仲間を助けに行くのに。それを俺らは小さな危険性を恐れて阻んだ―――まあ」
刃沙羅はオパールの頭をくしゃくしゃに撫で回しながら続けて言う。
「痛いもんは痛いんだぜ?」
そういうと、彼は軽く手を振ってそのまま通り過ぎていった。オパールは顔を赤くしながら言い返す事も出来ずに睨みつけるように彼の後姿を見ていた。
その様子を師でもある毘羯羅が宥めるように言う。
「気にするなと言う事だ。深くは気にしない奴だからな」
「……あっそ! じゃあ、行くわよレイア!」
「わ、わ――!?」
オパールに手を引かれながらレイアはクウのいる部屋と連れて行かれ、紗那たちもそれに同行する。
アクアは小さく手を振って、テラたちの方に残ると言った。毘羯羅も彼女らを見送って、再びアクアに話しかけた。
「心の迷いはある程度晴れたか、いい顔をしているな」
「え? ……毘羯羅さんや、みんなのお陰ですね。それは」
気恥ずかしいのか照れながらそう答えるアクアに、毘羯羅は微笑を称えた。
「時間がたてば食事なり、風呂なり用意してくれるだろうからそれまでゆっくりしておくといい」
「わかったわ」
うなずいた彼女に毘羯羅は小さく微笑み返して、去っていく。見送ったアクアは部屋へと入っていった。
城へと戻った凛那は一人、誰も居ない庭園で、長椅子に静かに座り込んでいた。
無轟の元に向かう気力も、気分も今はない。彼を戦える状態に力を貸し与えた事が大きな原因であった。
そして、何より先の戦いで無轟の敗北の姿が脳裏を焼きつき、苛んでも居たのだ。
「……なぜ、何故だ…無轟」
クウたちとの戦いは確かに炎産霊神の言うとおり、無轟自身に力を与えてながら、戦える状態にして戦った。
だが、それでも最後の一斉攻撃を迎え撃つだけの力は持っていたつもりであった。
だのに、無轟はそれを向かえ撃たず、私を手放し、受け止めた。
「――……」
受け止める直前、自分へ向けられた言葉を思い返して、悩むように表情を険しくした。
「ここに居たのか」
憶えのある声へと振り向くと、こちらへと男――神無が歩み寄ってきた。
険しい表情のまま、睨み付けるように見る凛那は小さな声で返した。
「…何の用だ」
「お前も俺みたいに考えてたか」
「……」
その言葉に凛那は更に険しい表情で押し黙っていた。だが、神無は怯むことなく彼女の隣に座り込んだ。
「親父は満足したんだろう。クウたちが戦える事に……俺はそれでいいって事にした」
「それで……いい?」
戸惑うように呟いた彼女の表情には動揺の色も混じっている。
答えを求むようなその眼差しを神無はまっすぐ受け止め、うなずき返した。。
「ああ。くよくよ迷っていても親父はきっと答えやしねえ。なら、それでいいと思えばいいんだよ。
俺らが落ち込んでいても親父は何も教えてくれはしねえ。―――それでいい、って片付けるんだ」
「……それでいい、か……それでいいの、か?」
「気に悩むなよ。親父の覚悟を汚しちゃあいけないんだよ」
「!」
遠くを見据える神無の眼差しを見て、はっと我に返る凛那は言葉を失った。
神無はその様子を明るく笑って、軽く背中をたたく。
「親父の様子でも見に行くか!」
「―――ああ」
戸惑っていた表情は薄れ、普段の凛然とした雰囲気溢れる彼女へと戻っていることを神無は理解した。
応じに神無も返して、二人して無轟の居る部屋へと連れて行った。
その様子を静かに隠れるように庭園の離れから銀髪の女性クェーサーが見ていた。凛那が落ち込んでいる姿を見つけ、声をかけるべきかで立ち往生していたのだ。
しかし、そうしている合間に神無が彼女と接触、彼女を励まして元気にしていった。
「……はあ、なにやってんのよ、私」
「そういう所も姉さんらしいわね」
同じようにそばに居た妹のアトスが呆れながらにいう。その言い分に顔を赤くしたクェーサーは軽く叱って、庭園を後にしていった。