CROSS CAPTURE24 「休息−2」
城での騒動が漸く収束へと落ち着く中、白髪の青年――神月は一人、城内下層広間でタバコの一服、一息をついている。
一服吹かす彼の表情から何処か感傷に浸っている雰囲気を漂わせてもいた。
そこに欠伸をかみ締めながら少年――睦月が広間に入ってきた。彼は物憂げに吹かしている彼に歩み寄りながら容器に声をかけた。
「おっ、神月ー。どうしたんだよ、浮かれない顔してさ?」
「……」
声をかけられた神月は一瞬睨み付けるように一瞥して、すぐに一服と共に視線を逸らす。
そんな態度を見た睦月はやれやれと思いながらも、顔を近づけて再び、声をかける。
「しーんーげーつ」
「酒臭いぞ」
しつこい様子に険しい表情を作りながらも、同時に理性で些細な怒りを抑え込んだ。
「そりゃあ、昼間は宴会してたからな!」
「…クウらがやって来て、中止になっただろうが」
「はっは。運んだ後、ハオスと二人で飲みあったんだ! んで、ちょいと寝てた」
「そうか」
酔いもあって更に陽気な睦月を尻目に、神月は一服吸い終える。そして、二本目を無意識に手を伸ばした時、手を止める。
「……寝ていたのなら、騒動も気付かなかったか」
「ん? ああ、俺たちが連れ込んだけが人が逃げ出して、更にはけが人の一人が逃げ出したけが人を連れさらって、勝負して、
挙句にけが人同士で戦いあって―――そんな所だったか」
「……」
騒動の内容はだいたいあっていた。しかし、酔いつぶれて寝ていた奴がそこまで情報を持っているはずが無い――そう、じっと睨み据えるその視線にで語り掛けられ、睦月は理由を陽気なままに打ち明かした。
「弟の皐月とかアビスに教えてもらったんだよ。だいたい合ってた?」
「ふん」
そっぽ向くように言うと、それを肯定とみた睦月は隣に座り込んだ。神月はもう視線を合わせようとしないで遠くを見ている。
睦月はそれでも隣から話しかけた。理由は無いが、あえて言うならこの事件で知り合えた人間、同じ状況下を強いられた者同士、不思議と声をかけたくなっていたのだった。
「騒動に巻き込まれて疲れたのか? 顔色優れないな」
「お前がさっさと戻ればすぐに良くなるぞ」
「言うねえ」
尚も陽気に笑う彼を、神月はため息交じりに呟いた。
「永く生きてるからそんな風に流せるのか?」
「ほー」
その言葉に、睦月は呟いた声とは裏腹に陽気の一切無い何処か真剣味のある表情で返す。
そして、その言葉を吟味するように考え込んで数秒、彼に視線を合わせて口を開いた。とても冷やかな視線を。
「永く生きてる、何ていうけど俺はずっとこんな感じだぜ。永遠っていうのはさ、最低に言うと『ずっとそのまま』なんだよ」
「……」
その言葉の重みは『永く生きてきた』彼だからこそ言える風格が在った。神月は静かに頭を下げる。
「すまない、悪く言って」
「ははは、気にしないからいいぜ。――ん、じゃあ…誠意として、浮かない理由を教えてくれ」
「……お前はあえて負けるってのは出来るか?」
「? あえて負ける、かあ」
その言葉の意味を理解するように考え込む睦月を見ながら、神月は話を続けた。
「さっきの騒動の最後、そいつは戦いを挑ませて、助けに来た仲間とも戦い合い――最後は反撃もせずに、受け入れるように負けたんだ」
「……なるほどねえ」
「負けた奴は、こっちの世界でなら俺の祖父に当たる人だった。奇遇にも、な」
「同じ名前の赤の他人、ってか?」
神月は静かにうなずいた。睦月は浮かれない姿を見せていた理由をなんとなく理解した。
その人物があえて負けたことを理解したいのだろう。そうでなければこれほど考え込む必要は無いのだ。
「……そいつは何を理由に戦いを挑んだんだろう……そこが最大の要点かな。
―――俺は『そいつ』じゃあないから、お前も『そいつ』じゃあないから考えたって答えは那由他の果てさ」
「そう、その通りさ……はは、馬鹿みたいだな」
睦月の言葉に苦笑いを浮かべながら神月は顔をわずかに俯く。長い髪が垂れて浮かべた表情をうまく隠していた。
その様子に睦月は思わず自重するように表情を険しくした。彼にではない、自分へだ。
「悪い。―――なんなら、直接聞きに行くってのもアリだろうな」
「直接…か」
思い返せば、そいつ―――無轟とのまともな会話は特に無かった。こちら側の無轟との出来事も幼少の頃のもので、憶えもあまり無い。
直接話しかけられるだろうか、言い知れぬ不安が神月に圧し掛かった。固まる神月を見て、睦月はにっ、と笑みを浮かべて立ち上がる。
「よし、行動するのみだな」
「お、おい…!」
有無を言わさず、睦月は神月の手をつかんで、無轟の居る部屋(そこへと運んだことも在り、記憶していた)へと駆け出していった。
無轟のいる部屋へと神無と凛那が入ると彼が横になっていたのベッドの上には誰も居ない。
神無は驚きを隠せないまま近くに居た王羅に肩をつかみ、慌てて揺らしながら話しかけた。
「お、おい! 無轟は何処だよ? また、逃げ出したのか!?」
「落ち着け、神無」
「あはは、落ちついて……下さい」
揺らされながら苦笑う何処か平静の在る王羅を見て、落ち着きを取り戻す神無は視線をほかの――部屋の担当の一人、ビラコチャへと向ける。
ビラコチャは彼の様子を呆れるように一息ついてから、ゆったりと説明した。
「彼を個室に移した。ここに居ては落ち着いて療養できまいからな。部屋は王羅に教えている、連れて行ってやってくれ」
「はい! じゃあ、そういうことで」
神無は手を離し、王羅は彼らをつれて部屋を出る。そこに神月と睦月と鉢合わせる。
「? 神月、どうかしたんですか」
「無轟は?」
「ふふ、親子ですねえ」
「は? ―――あ」
「あ」
「本当にな……くく」
続いて出てきた神無と神月が視線が合って、王羅がくすくすと笑う。同行していた睦月、凛那もやれやれとその言葉に同意した。
そして、王羅の先導と共に部屋へと向かい始める。そんな中、神無と神月の親子はお互いに黙りこくっていた。
顔には「何で、お前もなんだよ」と罵るような表情だった。その様子を睦月はにやにやと笑い、王羅は歩をとめる。
そこは以前居や大部屋ではない完全に個室のものだった。彼女はその扉の傍に立つ。
「ここですよ、僕はこれで」
「ああ、助かった」
「んー…俺も戻ろうかなー」
部外者は去るべきと王羅は扉の傍から離れ、戻っていく。その様子を目で追いながら睦月は呟く。
その自問を、黙りこくっていた神月が返す。
「下らない相談の礼だ。一緒に居るくらいは罰も無いだろ」
「お、そうか」
そういって睦月は入室に同意して、神無からそれぞれ入る。
部屋は質素な灯り、最低限の家具を置いているだけのもので、此処に移った無轟はベッドから半身を起き、傍には炎産霊神が居る。
そして、入ってきた神無らに気付いても平静な様子で声をかけた。
「ほう、お前たちか」
「ああ。起きてたか……具合は?」
「問題ない。体は丈夫な方だ」
「丈夫すぎると思うがな」
無轟の言葉に凛那が小さく呆れるように、しかし、何処か安心した様子で呟いた。
その様子を小さく笑みで返して、言葉を続けた。
「迷惑をかけた」
「ああ、それはもういいさ」
神無が頭を下げようとした無轟を抑えるような声で即座に返した。無轟は動きを止め、再び、神無らへと視線を合わせる。
「『なにがあった、どうして戦った』―――そんな問答はもう、要らないさ。あんたが満足したのなら、それでいい」
微笑みかけられた無轟は静かに頷き、言葉を返す。
「俺は今まで戦いは勝てば全てと思っていた。負ければそれは死に至るものだ……生へ繋ぐ事は不可能に近いもの。
だが、彼らと旅をして、大きく負けた……。俺は、負けながらも生き延びた。彼らと共に、生き延びた――だが、俺も見たくなった。
とは言え……思わぬ真実、敗北はクウらの心と絆を乖離させてしまった。クウは生かされ、託された。
だからこそ、あいつだけは立って歩いていかなければならない。それが、託された者の責任……と言うやつだ」
「その為に、多くを敵に回してもしまっても、か?」
そう問いかけたのは凛那であった。クウと戦う力を貸し与え、協力した彼女だからこそ問うたのだ。
問いかけを、無轟は力強く頷き返す。躊躇いの無いまっすぐな双眸で。
「全てを投げ出してでも、戦う事もある」
「そういうもんか」
その無轟の言葉を各々の感情で受け止めた。
神無は、どうして此処まで似ているのやらと表情を険しくしながらも亡き父を思い返し、
凛那は、どうして此処まで似ているのだろうと頬を赤く染めながらも亡き主を思い返した。
傍らにいる炎産霊神も黙してながらも笑みを耐えなかった。神月も睦月もその戦人の姿勢を目して、黙した。
「―――なら、満足して負けたのか」
暫しの沈黙、それを破ったのは神月。己が問いたかった言葉を口火に切ったのだ。
「そうなった。彼らの眼差し、強い心の思い―――ああ、これでいいのだと思った。だが、この自己満足に、凛那を巻き添えにしたく無かった。
俺の招いた覚悟、その起因による結果、全てが俺の責任によるもの。受け止めるのは、俺だけでいい」
「……」
「なら―――話は終いだな。何時までも過去の話にこだわる事は無いさ」
重く沈みかけた空気を、陽気な声で睦月が遮って、切り上げた。にこやかに言う彼に無轟は頷き返す。
「そうだな。俺は今から眠る。明日に備える」
「明日―――ああ、伽藍か」
「奴なら、直せるのだろうか…」
思い返すように呟いた神無、淡い希望を無轟の傍らに置かれている折れた明王・凛那を見つめる凛那が重く呟いた。
器師・伽藍。さまざまな技術をその脅威の才能で会得していった男によって凛那は作られた。そして、無轟のいた世界にも彼が居た。
同じ技術で作られている筈と信じ、王羅の手引きで明日には来ると言うその男に、全てを期待するしかない。
無轟は優しく凛那の言葉を返した。
「直せるさ。そう信じている……」
そうして、眠りに入る姿勢を取るとそれを察して神無らは部屋を出ていった。
扉の前で神無らは声の音量を下げながら話を切り出した。
「どうするか。解散するか」
「まあ、食事ももうすぐだろうしな」
「んじゃあまたなー」
そういって、睦月が彼らから離れ、去っていった。残った一同も部屋へと戻る事にした。