CROSS CAPTURE25 「休息−3」
クウの見舞いへとレイアはオパールらに引っ張られながら、彼の居る部屋の前へとたどり着いた。
すると、オパール、紗那、ヴァイがにやにやと笑みを浮かべながら彼女へ声をかけた。
「さ、私たちはもう戻るわね」
「え!?」
「そうそう、私たちはクールに去るとするわ」
「え!?」
「レイアちゃん、頑張ってね」
「えー!!?」
呼び止める間もない程にさっさと遠ざかっていった3人。レイアは開いた口を閉じずに呆然としていたが、直ぐに目的を思い出して息を呑んだ。
高鳴る鼓動を鎮めるように深呼吸し、覚悟を決めたように扉に手をかけて、入っていった。
その様子を遠くからオパールらが彼女を応援するように見守っていた。
「クウ……さん?」
部屋へと入ると、最低限の灯りもついていない真っ暗な場所にレイアは小さな声で話しかける。
視線を凝らしながらレイアは彼の傍の椅子に座った。クウはベッドで目を閉じ、眠りの姿勢を取っていた。
「……」
眠っているのを察して、レイアは口を噤んだ。静かな雰囲気の中、彼女の鼓動だけはまだ高鳴りを続けている。
時間の流れが遅く感じるほど、静寂に浸り、鼓動に耳を澄ませていた。
こうしているだけでも良いと思ったが、彼の傍らにある机の上にライトがある。小さな灯り程度につけようと手を伸ばした。
「キャッ―――!」
突然、手を伸ばした手を引っ張られ、惹かれるままに倒れこむレイア。
冷たい床にではない暖かい感触、ゆっくりと確認するように見るとクウの胸に飛び込むように倒れていたのだった。
混乱し、慌てて離れようとしたが強い力が離そうとしなかった。そう、クウが押さえていたのだった。
「クウ、さん!?」
「……悪ぃ、このままに居てくれないか」
そういうと彼の押さえる力が無くなった。押さえた手をレイアの頭を優しく撫で始めた。
その行為にやっと混乱していた彼女はゆっくりと我を取り戻した。しかし、戸惑う震えた声で話しかける。
「起きて…いたのですか?」
「いや……眠ってた」
「えっと―――どうして、こ……こんな」
己の鼓動が怒涛の如く高鳴る。胸がはち切れるとはこういう事だろうと思ったが、直ぐに考えを捨てる。
抱きこんだ彼へと問いかけ、問いかけられた彼は天井を見つめながら呟くように答える。
「無性に、手を伸ばしたらレイアが居た――かな……」
「え……?」
「なんでもない……ただ、助かった」
「……はい」
レイアはその一言で理解した。心から篭った言葉を汲み取り、優しく頷き返した。
クウは手を離し、レイアは身を起こし、再び傍らに座る。彼女が落ち着くのを見計らってから、クウは口火を切る。
「――お前が居てくれて良かった。実は夢にうなされていたんだ」
「夢に…?」
不安そうに見つめるレイアに小さく自分へ苦笑を浮かべるクウはああと頷いた。
あえて夢の内容を言おうとしなかった。あの掴んだ様子から必死だったのは確かだ。
そして、自分を抱きしめ、自分を見た彼の顔に安堵があったのは確かだった。
「悪い。本当に」
「いいです。怪我の具合は?」
「……なんとか、かな」
唯でさえ体に巻いた包帯の量は多かったのに、無轟の一戦でまた増えたのだ。苦笑いを返しながら、それでも問題ない事をアピールする。
そんな彼の様子にレイアは優しい笑みで応え、それを見たクウはゆっくりと身を起こした。直ぐにレイアが手助けした。
無理に起きるのを静止せず、手助けに動いたのはレイアも無意識だった。気付けば彼を手助けしていたのだから。
「レイア、俺は―――……皆に救われた」
身を起こし、真っ直ぐな眼差しをレイアに向けて、口火を切る。その言葉に頷きで応じる。
「はい」
「テラたちじゃない、見ず知らずの俺たちを手厚く受け入れてくれたあいつらにも救われた」
「はい」
「そして……ソラやスピカ、シルビアも俺を、俺たちを救ってくれた。……託し、託された……『俺はエンとは違う』」
「!」
その否定の言葉は受け止めた覚悟のある凄みを身についていた。
「誰かが犠牲になってしまって――だからといって、誰かを犠牲にしてまで得るものが良い訳が無い。それを解らせて見せる……!」
クウが強く握り締めた拳がその覚悟を物語る。多くを経て、絶望に叩き落されても、這い上がろうとした男の決意である。
その言葉に、覚悟に、レイアは次第に涙をこぼしながらも最大限の微笑を彼に向けて頷き返した。
そうして、お互いに見つめあうと普段見せないクソ真面目な顔と泣き顔でくしゃくしゃになった顔、不意に笑みをこぼして、愉快に笑いあった。
「レイア、うまくやってるのかな」
「さあ。へんな期待はしない、しない」
既にヴァイと紗那はオパールと別れ、自室へと戻る最中であった。二人の事を心配そうに呟いた彼女に紗那は気楽に宥めた。
「――お前たち、だからあんな所に居たのか…」
「……」
「やれやれだなーまったく。はっはっは」
最も別れる大きな要因が神月、凛那、神無の三人との遭遇によるものだった。
ある部屋を嬉々とした奇妙な様子で隠れて伺っている娘らにどう言えばいいかわからず戸惑っていたが、
凛那が淡々と声をかけた事で紗那たちはあわてて別れて部屋に戻る事になった。
そして、戻る中で紗那たちは神月らに事情をある程度を話したのであった。
「まあ、後はあの嬢ちゃんに任せておく事だ」
神無はそういってさっさと歩みを速めた。すると、この城に勤めているメイドが通りかかって、一礼する。
ビフロンスはもともとアイネアスが集めた人間たちと住まう理想郷として作られた。
そして、住まう人間たちの何人かはこの城に勤めるものもいる。
「失礼します。皆様方、お食事の準備が今から30分ほど後にあります。地上一階の大広間で来て下さい」
「おお、わかった。ありがとな」
「では…」
再び一礼し、メイドは他の部屋に同じように伝えるべく彼らを通り過ぎていった。
ヴァイはその後姿を別の部屋に入るまで見ていた。それに気になった凛那が彼女に話しかける。
「どうかしたか、ヴァイ」
「あ、いや……ここで働く人大変だろうなーって」
「確かにね」
「唯でさえでかい城だからな」
「おーい、さっさと戻ろうぜ!」
一人先に進んでいた神無がヴァイらに気付いて声をかけた。慌てて三人は彼の元まで追いかけ部屋のほうへと戻っていった。
「――では、30分後に地上一階の大広間で。怪我人の方には同じ時間に療養の食事を運びに参りますので」
テラたちの居る部屋へも神無らに会ったメイドと違うメイドが彼らにそう伝える。
彼らのほかにはビラコチャや王羅もいた。メイドは二人に確認の質問を投げかける。
「ビラコチャ様、王羅様はお食事はどちらでよろしいでしょうか?」
声をかけられたビラコチャは頷き返して、返答する。
「ああ――此処で済ませたい。すまないがそれでいいか」
「はい」
「じゃあ、僕も――」
「此処は私だけでいい。王羅、君は広間で取ってくれ」
「え、でも」
ビラコチャの言葉に驚き、慌てて言葉を返そうとしたが、無言の重圧がそれを封殺する。
観念した王羅はため息と共にメイドに返事する。
「…僕は広間でということで」
「はい、解りました。では、失礼します」
了承し、一礼と共にメイドは部屋を出て行った。王羅は一息ついて、ビラコチャに話しかけた。
既に重圧を解いている彼は平静とした様子で頷いて、小さな身の動作の合図で一緒に部屋を出る。
入り口の傍で、何かを話そうとしていたビラコチャに問いかける。
「どうかしました?」
「――…ルキルのことだ」
「……目覚める気配が無い事ですか?」
「ああ」
険しい表情を見せるビラコチャは短く肯定した。異世界から来たクウたちは戦闘で負傷した状態でこの世界に飛ばされてきた。
城での治療、オパールらのアイテムなどで彼らもある程度は回復している。しかし、その中でもルキルだけが目覚めない。
原因を仲間のものに聞いても解らなかった。それがビラコチャにとっては訝しく思った。
「とはいえ、無理やり目覚めさせる理由も無い」
「唯待つしか出来ないのですね…」
「そういうことだ」
打つ手なしとビラコチャは落胆の色のある険しい表情で深いため息をはいて、部屋に戻る。
王羅も続いて戻り、時間を見計らってから広間へと向かうのであった。
時同じくして、カルマに操られたもの達も既にメイドや執事からそれぞれ食事の連絡を受け取った。
彼ら開放されたものの、これからの行動をどうするか各々考えていた。
一つは、クェーサーの様にカルマに立ち向かう事、人数はとても少ないが。
一つは、逆に戦いには参加せず、事件が収まるまでこの城で住まわせてもらうか。
だが、後者に関しては誰も責めない決断であった。そして、その選択を殆どが決断していた。
そして、彼らの行動はある程度規制されている。その中でも厳しくされているのが一人居る。
「―――ワタクシも広間で食事をしてもいいというの?」
「問題ないさ。何ならエスコートしましょうか」
「ハッ、調子のいい…」
その一人、吸血鬼であり、カルマの洗脳支配を免れぬ為とはいえその計画に関わっていたシャッド・ヴラドと呼ばれる、
その見目は年端のいかない少女が深紅色のドレスを包んで、向かいに座って居る男へ呟いた。
話しかけられた男、角や尾を人の容貌にそぐわぬものを生やした『悪魔』アガレス・グシフォンは穏やかにからかうように言う。
彼女はこの城では地下室の冷たい一室にいる。カルマの『支配を受けずにいた協力者』、という曖昧な立場のせいであった。
しかし、彼女はこの地下室での生活になれて親しんでいる。現に、身に纏う衣装は暗色の戦闘装束ではない私服のドレスである。
一方のアガレスは吸血鬼の彼女と似た種『悪魔』という事から監視と雑談のために何度も此処に足を運んでいた。
「………此処は日が差さないから悪くないのよね」
「日の光は確か、弱点でしたか」
「嫌いなだけ」
きっぱりと言い切ったシャッドは目を細めて、彼の言葉を訂正するように言った。
「…まあ、いいわ」
自分の立場から、仕様がないと嘆息にシャッドは苦笑をこぼした。
「なら――なぜ、カルマに協力を?」
「……」
この話題はアガレスからは初めて聞いた内容だった。彼は今に至るまで雑談程度の会話しかしなかった。
シャッドは表情を険しくしつつも、答えない意味も隠す理由も無いと思って静かに口を開いた。
「単にいろいろと嫌気が差したのよ。で、『こんな世界滅んじまえ』って」
「それを叶おうとするカルマに協力した――とはいえ、簡単にSin化はされないものか……」
「ワタクシもそう思ってたわ。でも、現にワタクシはSin化されずにいた――それだけね」
最初は確かに他のもの同様に襲われて、Sin化されそうにもなった。
彼女の圧倒的な実力と何かを秘めた計画に興味を持ち、協力する事を条件にSin化だけは免れた。
「……如何ともしがたい。で、その嫌気は今も?」
「ふふ」
小さく笑みを浮かべたシャッドはその問いかけに答える。
「さあ。今はこうして何もしていないわけだから」
「なるほど」
同じように笑みを返したアガレスは得心した。
そうして、席を立ってから彼女へと手を差し伸べる。ダンスを誘う手のように伸ばし、微笑を浮かべた。
「なら、それでいいとも。それじゃあ行こう、ヴラド」
「ええ。フォローお願いするわよ?」
「はい、解りました」
くすりと笑みで返して、その手を添えるように乗せてシャッドも席を立った。
手を引きながら二人は地下室を出て、食事が行われる広間へと足を運んでいった。
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