CROSS CAPTURE27 「刻印」
「では、私はこれで。彼女の食事はここに置いておきます」
「ああ、すまない」
今では部屋全体に明かりがついたクウが使う個室では、メイドが食べ終えた食器を片付けて別の食事を用意していた。
ベットに座りながら食事を終えたクウがお礼を述べると、メイドは軽く一礼して部屋を出て行った。
それを見送った後、クウが視線を下に向ける。
「すやすや…」
そこには自分の膝に凭れかかるように、レイアが気持ち良さそうに眠っている。
余程疲れが溜まっていたのか、一頻り笑った後に急にうとうとし出してそのまま眠ってしまったのだ。
食事は運ばれたが起こす気になれず、ベットから起きると代わりに眠るレイアを抱えてベットに寝かせる。
そうして布団を被せようとするが、先に自分のコートを掛けさせようと脱ぎ出した。
「ん…? 何だ、これ?」
コートを脱ぎ終わると同時に、右腕に一つの違和感を見つける。
自分の腕に何やら黒い痣が出来ているのだ。よく見ると、それはハートと剣が合わさった模様になっている。
先に脱いだコートをレイアの傍に置いて腕に出来た痣を観察していると、扉の開く音がした。
「――師匠ぉ!!」
「シャオ!? それに、お前らまで…」
顔を向けると共に、シャオが笑顔で自分に抱き着いてきた。
突然の来訪者に驚くクウに、更に部屋にテラ、アクア、ヴェン、リク、カイリ、オパールが入ってくる。
その後に見知らぬ人物が五人も続いて入って来たので、思わずクウは困惑の表情を浮かべた。
「あー、えっと…?」
「紹介するね! こっちはイオン先輩にペルセさん。それからオルガさんにアーファさんと菜月さんだよ!」
すかさずシャオが説明すると、イオンとペルセが頭を下げた。
「イオンです。あなたの事は、シャオからある程度聞いてます」
「初めまして、クウさん」
「あ、あぁ…――あのさ、名前は普通に呼び捨てで呼んでくれないか? そう言うの、あんまり好きじゃないんだ」
二人から目を逸らすなり、恥ずかしそうに頭を掻くクウ。
このクウの様子に、クスリと笑いながらオルガが手を差し伸べた。
「分かった。じゃあ宜しくな、クウ!」
「ああ、宜しく…――特にそこのレディ達」
そう言うなり、先程と打って変わってクウはアーファとペルセに近づいて手を恭しく持ち上げた。
「ハ?」
「え?」
「ああ、よく考えたら俺達は出会って間もなかったよな。そうだな…ここはこの城の案内も兼ねてお互いの事をいろいろ紹介しながらデートを…のわぁ!!?」
口説いている途中でクウが大きく身体を逸らすと共に、二つの斬撃が襲い掛かる。
ギリギリで避けて顔を上げると、クウの目の前でオルガとイオンが武器を握って背後に怒りの炎を宿していた。
「アーファに何してるお前ぇ!!!」
「さり気にペルセの手を触って羨ま、許しませんっ!!!」
「わ、悪かった!? だから武器は仕舞って話し合いをぐはあああぁ!?」
彼氏二人の容赦ない攻撃に、クウの宥める声は虚しく散っていく。
一方的にクウがボコられる光景に、シャオは思わず苦笑を浮かべた。
「アハハ…師匠、ちゃんと元気になったみたい」
「そう言えば、私に会った時も彼は口説いてきましたね…」
アクアも呆れながら最初に出会った時のクウの行動を思い出す。
何とも言えない空気の中で突然ナンパしてレイアに制裁され、その後はテラと恋人と勘違いされてしまいウィドとゼロボロスにからかわれて。
その時の事を思い出して顔を赤くしていると、カイリが首を傾げた。
「アクア、何か顔赤くない?」
「そ、そんな事ないわよ!?」
「二人とも冷静になってくれ、俺達はクウに話を聞きにきたんだろ?」
テラは当初の目的を思い出させながら、クウを攻撃するオルガとイオンを宥める。
二人が渋々ながらも攻撃を止めると、床に突っ伏したボロボロのクウをシャオがキーブレードを取り出して回復魔法をかけて傷を癒した。
「た、助かった…――んで、話って?」
「あんたのキーブレードについてだ。あの戦いで持ってただろ? ちょっと俺達に見せてくれないか?」
「ああ…分かった」
すぐにリクが本題を言うと、クウは立ち上がって右手を伸ばす。
直後、一筋の光と共にあのキーブレード―――『対極の翼』を取り出した。
「本物、なのよね…!」
「俺達が最初に出会った頃と同じだな」
「俺も久々に持ったけどな」
改めてキーブレードを持った事にオパールが驚く中、テラとクウは何事も無いように会話をする。
「なあ、そのキーブレード二つにしてたよな! それってどうやるんだ!?」
目を輝かせながらキーブレードを見ると、純粋に質問をするヴェン。
だが、クウは困ったように自身の持つキーブレードを見つめた。
「分かんねえよ」
『『『え?』』』
「分かんねえんだよ、本当に。気づいたら、二つになってたって感じで…」
クウは頭を押さえながら正直に話し、自分の持つキーブレードを見る。
本人ですらどうやって双剣に変えたか分からないようで、テラは思わず聞いてしまう。
「最初から使えた訳じゃないのか?」
「さっきのが初めてだ。それまでは二つになった事なんて一度もない」
淡々とクウが答えていると、ヴェンが新しくなったキーブレード―――『ロストメモリー』を取り出す。
「うーん…俺達みたいに、キーブレードが強くなったとか?」
「だったら、私達みたいに形状が変わるだろうけど…」
ヴェンの推測にアクアは納得を見せず、そのまま考え出す。
同じようにリクも考えていると、何かを思いついたのかシャオを見た。
「そうだ、シャオ。お前の世界のクウは、キーブレードを二つにしたり出来るのか?」
「うん、出来るよ。基本は一つにしてるけど、二刀流の時は二つに分けるんだ」
シャオが何の迷いもなく述べた答えに、クウは驚きを浮かべる。
別の世界の自分が、さっきの自分のようにキーブレードを双剣に変えて戦うのだから。
「なっ…!? あっちの俺、二つで戦うのか!?」
「それより、二つに分けるって?」
「ボクも詳しくは知らないけど…師匠は一つの状態のキーブレードを、今みたいに二つに分ける事が出来るんだ。だから、二刀流で戦えるんだよ」
カイリの疑問に、シャオが記憶を引き出しながら皆に教える。
話を言い換えれば一つの武器を半分ずつにして戦うと言う方法に、菜月とアーファが唖然とする。
「キーブレードを二つに分ける!?」
「そんな事が出来たの!?」
「だから、さっきのが初めてだって言ってるだろ……大体、こいつを持ったのだって久々だし…」
呆れたようにクウが言う中、最後の部分だけ聞こえないようにボソリと呟く。
そんな中、シャオが更に説明を続ける。
「元々は師匠の力じゃないんだ。師匠は『ある人から貰った力だ』って言ってたけど…」
「ある人って誰だ?」
「そんなの、こっちが聞きた――」
オルガの問いに顔を逸らすが、不意に言葉を止めるとクウはシャオに自分の腕を見せつけた。
「シャオ。この痣みたいなの、お前の世界の俺にあったか?」
いつの間にか腕に出来ていた不思議な痣をクウは見せるが、心当たりがないのか首を横に振った。
「…ううん。こんなの、見た事ない」
「これは?」
一種の紋章にも見える不思議な痣に、思わずリクが聞く。
「分かんねえ。少なくとも、この世界に来るまで無かった筈だ…」
「それは《刻印》よ」
自分に分かる事だけクウが説明していると、何処からか明確な答えが返って来る。
全員が声のした方を見ると、部屋の扉が開いておりイリアドゥスが悠然とした姿で立っていた。
「イリアドゥス!?」
「あなたは、先程の…」
思わぬ人物の介入にオルガが叫ぶと、アクアは戦いの後に出会ったイリアドゥスの事を思い出す。
突然の事に他の人達も驚きを見せる中、今の言葉が気になるのかカイリがイリアドゥスに聞いた。
「それより、刻印って…?」
「シルビアが心から信頼した物に与えられる証。その刻印を刻まれた者は、特別な力を得る事が出来る」
「その、力って…」
刻まれた本人であるクウが問うと、イリアドゥスは腕に刻まれた刻印を見つめる。
「『分離』と『融合』。それが、あなたに与えられた力であり――」
ここで言葉を切ると、その澄み切った蒼昊の瞳がクウに向けられた。
「シルビアを救う力でもある」