CROSS CAPTURE28 「神の助言」
「シルビアを…救う力?」
イリアドゥスの口から紡がれた言葉に、信じられないと言った風にクウがオウム返しに呟く。
もちろんクウだけでなく周りの人達も困惑を浮かべていると、黙ったままではいけないと思ったのか菜月が話を進めた。
「イリアドゥス、どうしてそんな事知っているんだよ?」
「記憶を取り入れたの。シルビアに関する記憶をね」
何事も無いように述べると、一瞬だけシャオに視線を向ける。
視線を向けられた本人がその事に気付き身を強張らせると、二人の間で交わす無言のやり取りに気付いていないのかクウが腕に刻まれた刻印をイリアドゥスに見せつけた。
「それより、この力…――『分離』と『融合』はどうやって使えばいいんだ? どうすればシルビアは救われるんだ?」
「簡単よ。彼女はアウルムとの融合する事で『χブレード』になる。だから一つとなった本体を再び二つに分離させればいい。さっきあなたがやったキーブレードのようにね」
「χブレード? 何だそれ?」
初めて聞く単語にオルガが目を細める中、キーブレードを双剣に出来た理由にテラがクウの腕にある刻印をマジマジと見つめた。
「じゃあ、クウのキーブレードが二つになったのはこの刻印の力なのか?」
「でも、これを使えばシルビアを助ける事が出来るんでしょ! 問題が一つ片付いたわね!」
よほど嬉しいのか、オパールが笑顔で握り拳を作る。
シルビアが与えてくれた一つの希望。しかし、イリアドゥスは否定するように首を横に振った。
「でも、そう簡単じゃないわ。与えられた力は微弱なもの、それに本人もまだ慣れ切っていない状態じゃ『分離』の力は発動しない。現に、今のあなたは無意識で二つの力を使ってる状態だもの」
「俺が、無意識に…?」
「気づいていないから教えるけど…あなたは闇の力を使えない身体になっている。それでも無轟との戦いで使えたのは、『融合』の力で精神と心の闇を繋いでいたからよ。それも無意識化の状態でね」
「そう、だったのか…?」
意外な事実に、クウは顔を俯かせ刻印の刻まれた部分を握る。
双翼はともかく、闇の力が使えたのはキーブレードの力だとばかり思っていた。だが、実際はシルビアが渡した力のおかげだった。彼女を助けるはずが、いつの間にか自分が助けられていたのだ。
どうしようもない気持ちで一杯になっていると、黙って話を聞いていたアーファが難しそうに頭を捻った。
「ねえ、話を聞く限りその…シルビアさんを救うのって『分離』だけでいいんだよね? どうして『融合』って力も渡したのかな? そのおかげでクウは助かってるけど、シルビアさんには不要なものじゃない?」
アーファの考えは確かに筋が通っている。シルビアを救うのなら『分離』―――1つのモノを分ける力だけでいいはずだ。なのに、どうして『融合』―――さまざまなモノを1つにする力も与えたのだろうか?
「『分離』の力を使った際、戻す為かもしれないな。こうしてな…」
そう言うなり、クウがキーブレードを両手に持つ。
すると、キーブレードが光り出して一瞬であの黒と白のキーブレードに分ける。
再び双剣の状態に変えたクウに周りが見開く中、今度は両手に持ったキーブレードを重ねると光り出し、すぐに双剣から一つの武器に戻した。
「元に戻った!?」
「もう使い方が分かったんですか!?」
目の前で見せられた『分離』と『融合』の力に、思わず菜月とイオンが驚きの目でクウを見る。
だが、本人は何処か浮かない顔で首を横に振った。
「何となくだよ。どちらにせよ、今の状態じゃあのお姫様を救えそうにない。どうにかして使えるようにしないと…」
「その間に、エンが行動起こさなきゃいいけど…」
これからの事にクウが左手で拳を握っていると、カイリは一抹の不安を口にする。
自分達がこの世界に来てからもう一日が経とうとしている。シルビアが捕らわれた事を考えれば、自分達が行動する猶予はそんなに無い筈だ。
二人の言葉に周りの空気が重くなっていくと、突然オパールが声を上げた。
「そうだ! ねえ、この城にディスクを解析する機械とかない?」
「機械…この城にあったっけ?」
ペルセが困ったようにオルガ達に視線を送るが、四人も今いる城について考えこむ。
自分達はこのビフロンスの城に住んで数日は経つ。ある程度城の中も把握はしているが、機械がある部屋は見た事が無い。
こうして五人が記憶を引き出している中、イリアドゥスから助け舟が出された。
「それなら明日の会議で言うと良い。あなたにとって必要な事なのでしょう」
「会議?」
イリアドゥスの発言に、リクが首を傾げる。
それに対し、イリアドゥスは無言である物をクウ達に差し出した。
「これ、あたしのレポート…」
「レイアの日記…」
「ゼロボロスが書いてた資料…」
それは旅の中で得た情報を纏めた二つのレポート、そしてレイアが毎日のように付けていた日記帳だ。
まずイリアドゥスはレポートをオパールに、そして日記帳をクウに、最後にゼロボロスの書いたレポートをアクアに返すと軽く腕を組んで口を開いた。
「あなた達の纏めた情報はそれぞれ目を通させて貰ったわ。そして、この後に起きた事も理解した。だから、お互いに一度しっかりと話し合おうと思うの。あなた達の世界で起きた事は…私達の世界と深い関係があるから」
「関係?」
ヴェンが不安そうに聞くと、イリアドゥスは一つ頷くなり驚くべき言葉を述べた。
「カルマとエンが壊し、新しく再生させたい世界。それが、今あなた達のいるセカイだからよ」
イリアドゥスが放った言葉に、全員が息を呑んだ。
「そんな…!」
「世界を壊して再生させる!? どういう事だよ!?」
カイリが唖然とする中、今まで不明確だった敵の目的が突然露わになった事でオルガは混乱を見せる。
他の人達も緊迫の空気を醸し出していると、イリアドゥスは落ち着きを保ちながら淡々と話した。
「その話は明日にしましょう。今日はもう、お互いに休んだ方が賢明だから」
「そうね…この世界に来てから、いろいろあり過ぎて疲れちゃったし」
これまでの事を思い返しながら、オパールは顔を俯かせる。
エンとの戦いでボロボロになった身体を治療してる途中でクウが部屋を飛び出して、無轟が立ち直らせようと戦いを挑んで。そんな中でどうしようもない現状や状況を受け入れないといけなくて。
無轟のおかげでどうにか皆が前を向く事は出来たが、全てを解決した訳ではない。エンの野望もそうだが、敵側に捕らわれたスピカとシルビア、闇に消えてしまったソラ。クウに不信感を持ったウィドに、未だに目覚めないルキル。姿の変わったリク、そして…リリスの目覚めによって消えてしまったリリィ。考えれば考えるほど、今の自分達には沢山の問題がある。
改めて今の現状をオパールが考えていると、ペルセがおずおずとイリアドゥスに聞いた。
「あの、イリアドゥスさん…もしかして、その事を言いにここに?」
「ええ。それともう一つ――…まだ聞いてなかったから、あなたの名前」
そう言うと、真剣な眼差しをクウに向ける。
向けられた眼差しと共に、クウはあの塔で交わした会話を思い出す。
「あっ…」
「そう言う訳だから…あなたの本当の名前を教えてくれない?」
小さく微笑みながらイリアドゥスが聞くと、クウも真剣な眼差しと共に微笑みを返す。
そして一度は見失いかけたが、傍にいて、助けてくれて、信じてくれた人達によって再び手に入れた答えを告げる。
「――『クウ』だ」
ハッキリと告げたクウの答えに、イリアドゥスは満足そうに頷いた。
「そう…それが、あなたの答えね」
「ああ。それで、あんたは…イリアドゥス、だっけ?」
「長ったらしいのなら、“イリア”でも構わないけど?」
「そうさせて貰う」
と、先程まであった真剣さを捨てると二人は穏やかに笑いながら会話する。
そんな時、シャオが気になる事があるのか割り込む様に話しかけてきた。
「ねえ、イリアさん。イリアさんは、どうしてそんなにシルビアの事を知ってるの? それに、あの場に居なかったのにまるで全部見てたかのように話をしてるし…」
「言った筈よ、あなた達の記憶を取り込んだってね。それと……あなたの中にある他者の記憶を…」
最後だけシャオにしか聞こえない様に呟くと、全身を震わせ目を大きく見開く。
「ッ!? イ、イリアさん…!? それって――!!」
「そうね…付け加えるなら、私は《神理》―――あなた達人間にしてみれば、神と言った存在でもあるわ」
『『『神…?』』』
イリアドゥスの放った言葉が理解出来てないのか、クウ達がポカンとなる。
そうしていると、菜月が当然だと言わんばかりに苦笑を浮かべてイリアドゥスの事を説明する。
「あー、そう言えばあんたらは知らなかったよな。イリアドゥスは俺達にしてみれば神なんだよ。正真正銘のさ」
『『『か、神様ぁぁぁーーーーーーーっ!!!??』』』
ようやくイリアドゥスが神だと理解すると、クウ達から絶叫が上がる。
殆どの者が口をパクパクさせたり唖然とする中、ヴェンだけは目を輝かせてイリアドゥスを見ていた。
「俺、神様ってもの凄いお爺さんかと思ってたけど、そうじゃないんだ! テラ、アクア! 俺達、神様に会ってあだぁ!!?」
興奮したように話すヴェンに、二つ分の拳骨が勢いよく頭に落ちる。
あまりの痛さに頭の中に星が瞬いている間に、テラとアクアはヴェンの頭を下げさせると共にイリアドゥスに詫びるようにその場で膝を付いた。
「ヴェンが失礼な事を言ってすみませんっ!!」
「この子に悪気はないんですっ!! ただ純粋で、まだ考えが幼くて…!!」
「頭を上げて。私はあなた達が考える様な偉大な存在じゃないわ。私はあくまでもこの《セカイ》に最初に産まれた存在であり――」
ここで一旦言葉を切ると、遠い目を浮かべた。
「――二人の言う【愚神】でもある」