CROSS CAPTURE32 「器師・伽藍」
時同じくして、ビフロンスの城門前に何処からとも無く空間を裂いて現れた男が居た。
襤褸いコートに素顔を包帯で雑に隠した異様な風体をした男は城をおお、と感嘆混じりに仰ぎ見る。
「ほ〜〜王羅の奴、こんな所まで呼びつけて――何の用やら」
男は一息ついて、城の方へと歩き出し、城門に足を踏み入れた。
そこへ城内の方から自分へと駆け寄ってきた少女が声をかけてきた。
「伽藍さん!」
「よお、久しぶりだな」
見覚えの在る、駆け寄ってきた嘗ての旧友、王羅に伽藍は気さくに声をかける。
声をかけられた彼女は笑顔でそれに応じた。
「はい! 此処まできてくださって感謝します!」
「構わねえよ。――それにしても、こんな場所に何かあるのか?」
伽藍は巨大に聳える城を仰ぎながら呟いた。王羅は先の笑顔から真剣な表情で、彼に接する。
「はい。話は城の中で…」
「おう」
その真剣味な様子に伽藍も相応の声音で返してから、王羅の案内の元で入城する事にした。
朝故か、準備に急ぎ足な城に仕えている給仕たちを見かけながら、彼女の後をついていく。
「ああ、伽藍さん。朝食とか済ませているのですか?」
「ん? そういえば未だだったな」
「じゃあ、話は朝食と一緒に! こっちです」
そういわれ、方向転換して、通り過ぎかけた広間へと二人は入った。
既に給仕が朝食の用意を始めているが、同時に朝食をしている者らも見かける。
城に住んでいるとは言い難い、宿にしてもらっているような雰囲気のある者たちである。
「さ、どうぞ」
王羅が準備をしている給仕に話し掛け、少しのやり取りの後に笑顔で伽藍を席へと案内する。
案内された席には既に朝食を待っている数人の男女(親子だろうと伽藍は見た)が座っていたが、王羅は構わず進める。
伽藍はしぶしぶ座ると、先に座っていた者たちから不思議そうな視線を浴びる。
(……まあ、こんな格好だし怪しまれるのも承知の上だがよお……王羅、せめてはずれの席で座らせろよ…!!)
等と心の声で王羅に言葉をたたきつけた一方、当の彼女は先に座っている者らに自分の説明をしていた。
「――ということで、伽藍さんです。早く来てくれて助かりました」
説明を聞き終えた男女らの中で一番の壮年の男性、何処か懐かしい顔によく似ているが伽藍へと話し掛ける。
「アンタが伽藍か。こうして会って話すのは2度目か」
「? 二度目だと」
話し掛けてきた男の二度目の邂逅に、思わず言葉を返してしまう。伽藍個人は今まで会って来た人間の事はある程度記憶している。
しかし、今話し掛けてきた男にはあまり覚えが無い。老けて風体が変わったのならば納得してしまうが。
驚きで返された壮年の男は苦笑いを小さく浮かべてから、自分を打ち明けた。
「悪い、あれから何年も経っていたな。憶えているほうが可笑しいか。俺は神無。
『無轟の息子』っていえば解ってくれるか?」
「!」
無轟。その名を聞いて、有耶無耶な記憶が澄み渡り、その男―――神無を理解した。
彼個人とは恐らく無轟の死の後の葬式で会った程度しか憶えていなかった。
伽藍は驚きつつも、笑顔で頷き返した。それを見た神無も安堵の笑みで応じるが、その様はやはり無轟によく似ている。
そして、記憶が明確になった事で彼の周りに居る男女も自然と理解できる。
「アンタが確かツヴァイ、で、お前が神月……とヴァイか。大きくなったなー、あの時はまだ小さかったのにな」
「急になれなれしいな……まあ、いいけどさ」
「アハハ、すっごい怖いおじちゃんって覚えてた」
「ふふ、今回は此処まで来てくださってありがとうございます」
親しげに名前を当てた伽藍に、神月はやや表情を険しくしつつも頷いて、ヴァイは笑顔で応じ、ツヴァイは淑やかに礼をした。
しかし、ふと疑問を抱き、神無へと怪訝に質問した。
「ん? 此処は無轟の居た世界とは違うはずだ……引越しでもしたのか?」
「いや、ちょいと訳ありで家族そろって此処に寝泊りしている」
「訳在り? ハートレスにでも呑まれたか」
神無たちが住まう世界「メルサータ」は一度、闇に呑まれてしまった事が在る。その事件に巻き込まれた神無たちは一瞬苦い表情を見せるも、直ぐに消した。
神無はその事態よりも最悪な事を想定し、真剣な物腰で言葉を返した。
「……それより最悪になる可能性がある」
「!」
その雰囲気、発した言葉の重みに「本物」を理解したのか、伽藍は息を呑む。
傍らに座っている王羅も同様に物々しいほどに真剣な表情で頷き返した。
しかし、伽藍自身にはそういう事件を解決する実力は備わっていない。それを自ら理解したうえで言った。
「―――ま、俺が出来るのはあくまでも依頼を果たす程度よ。そういうのはアンタらでやってくれるんだろ?」
「ああ。勿論」
「なら、それでいいさ。さて、さっさと飯を頂いてから依頼の話にしようや」
丁度いいタイミングで朝食が運んできて、それぞれの前に用意される。
神無らは一先ず朝食を済ましてから話を再開する事にした。
そして、全員が朝食を済まし、給仕の者らが食器を回収する中で一人が神無らに話し掛けてきた。
「神無様、王羅様、今から1時間後に会議を執り行うと、アイネアス様から伝えるようにと」
「ん、解った。場所は?」
「最上階の広間にて、です」
「一番上の広間でか。此処じゃあないんだな」
以前、ビフロンスを全員が終結した際に会議を行った広間はこの広間であった。
しかし、何度か会議を行い、場所を更に変えて最上階でする事は初めてだった。
給仕の女性は一礼して、その疑問に丁重に返した。
「まだこちらの広間は朝食などで引き続き使いますので、現在利用できるのは最上階の広間だけなのです」
城に上階、中階、地上階の階層にそれぞれ半神、神無たちがいるが、全員が一つの広間を使うのはバランスが難しい為に、それぞれの階層の広間に食事を用意した結果である。
「わかった。きっちり上に行くぜ」
「失礼します」
そういって、給仕の者らは一礼して、食器を片付けて去っていった。神無は一息ついてから、伽藍に話し掛けた。
「――まあ、俺と王羅はこの後用事が出来たからゆっくりできねえから、お前たちで依頼の事頼まれてくれるか?」
「ええ。任せて」
ツヴァイは微笑みと共に頷き返して、神月らに目配りして確認させる。
神月もヴァイもそれぞれ頷いて、そして、ツヴァイも3人が席を立った。
「んじゃ、ついていくとするか」
「また、後で」
伽藍も続いて席を立ち、王羅たちと別れツヴァイらの案内の元、回廊を進みながら依頼の内容を始める。
「伽藍さんにはあるモノを修復して欲しいのです」
「なんだ、修理か?」
「アンタくらいしか治せそうに無い代物さ」
「ほほー」
ツヴァイや神月の言葉を耳に入れながら、どのようなものを治させられるのか考えている。
例え、無理難題だったとしてもそれを達成してみせる――それが伽藍の変わった信条の一つだ。
そうして、回廊を進み終えて、ある一部屋の前に着いた。
「此処に直してもらいたいモノがあるの」
「おう、ならさっさと入ろうぜ」
「ええ。――でも、伽藍さん……驚かないでくださいね?」
「はい?」
ヴァイの気になる言葉に首をかしげる伽藍を横に、ツヴァイがノックして扉を開ける。
そして、まず伽藍が入るように手招いていた。怪訝に伽藍は部屋に入っていき、そこにいる人物らに出会った。
「―――は?」
伽藍は最初、その部屋にいるベッドに腰を下ろしている男の風貌に唖然する。
彼はもうこの世にいないはず。だが、この男は自分が嘗て最期に見た男の風貌よりも若いのだ。
だが、この雰囲気は間違いないほどに彼なのだ。すると、男は唖然としている自分に苦笑いを浮かべて、声をかけた。
「こっちの伽藍も同じような見てくれだな……元気そうでなによりだ」
「お、お前………無轟、なのか?」
「正確には『別世界の無轟』よ」
「!」
無轟の傍らにいる茜色の髪をした凛然とした女性の一声に、伽藍は何処か『見覚えがある』と感じた。
だが、こんな女性とは一度も会った事は無いというのに。しかし、気になる言葉を聴いた。
『別世界の無轟』、という言葉に、伽藍はもう一度無轟を見据え、やっと理解した。
「なるほど……別世界の、か。俺の知っている無轟じゃあないわけか」
「そうだ。少々、取り入った事情故にこの世界にやって来た」
「―――……なら、俺の依頼は」
「お前にしか出来ない事―――これを直して欲しいんだ」
茜髪の女性に促し、彼女は静かに頷き返して、あるものを取り出した。
取り出した箱の蓋を外して、中身を見せた。それを見た伽藍は思わず目を細める。
「凛那…か」
刀身が折れた刃と刀身を失った刀、本来一つのものが二つに分かれていた。それをゆっくりとなぞる様に触れた時、はっとなる。
これは自分が創った『明王・凛那』なのだろうか、何処か違うと感じてしまう。
だが、この違和感はすぐに得心した。目の前にいる無轟が『別世界の無轟』なら、これを作ったのは間違いなく『別世界の自分』なのだろうと。
「これを修理する、それでいいのか?」
「ああ、お前にしか出来ない事だろう」
「……簡単に言ってくれるなぁ」
伽藍は声音を低くはっきりと言葉は返さなかった。無轟はそれでも彼を見据え、話を続ける。
「やはり、素材云々の話か?」
「それだけじゃあ無いさ。素材、場所諸々……こういうのに関しては『あっちの俺』に言われなかったか?」
「ああ……一応は、な」
「できないのか?」
その言葉に不安げな顔色でたずねる神月を一瞥した伽藍は一息ついて、続けざまに芝居がかったポーズをとりながら大仰に声を上げた。
「――無理難題! 例えそうであったとしても、意地を見せよう! 魅せよう! 果たしてみせる!!
………さて、必要なものは大きく3つ。場所、素材、時間だ」
包帯で巻かれた指を三本伸ばして示すと、くるりとツヴァイへ問いかけた。
「で……ツヴァイさん、この世界には武器屋とか工房といったものは存在するのか?」
「え? えーっと、ちょっと待っててね」
急に問いかけられ、やや戸惑いながらも慌ててツヴァイは部屋を飛び出て行った。
出て行った彼女が戻るのを待つ気は伽藍には無かった様子で、身を翻して神月らに話を続ける。
「次に素材。炎産霊神の炎熱、後は唯『修復する』のもあれだから特別なものをそろえたい。別に一旦素材集めのために異世界に向かうのは問題ないか?」
「つまり、素材の為に同行してくれ、か……仕方ない、アイネアスらに話をつけてから決めるとしようか」
「なんだ? 自由に動けないのか?」
「状況が状況なんでな。下手に彼方此方の世界にいるより1箇所で停留する方が楽なだけさ」
「ふむ……」
すると、部屋を飛び出していたツヴァイが戻ってきた。駆け出していたのではなく部屋の外で通信用の魔法でアイネアスらに話を伺っていたのだ。
偶然にも武器屋ではないがさまざまな分野を執り行っている工房があるということを知らせてくれた。
そして、まだツヴァイの手のひらには通信用の魔法が起動し続けている。神月はアイネアスらに問いかける。
「アイネアス、無轟の武器を修繕するには異世界の素材を収集する必要がある。一旦、ビフロンスを離れたいんだが、だめか?」
『……ふむ。無轟は強力な戦力と皆のお墨付きの逸材だ。断る理由は無いが、異世界に行く際は私に連絡を回して欲しい。
収集するメンバーくらいは確認したいのでね。それで許可しよう』
「解った」
そうして、神月の了承の一声と共にアイネアスとの魔法による通信が終了した。
静観していた伽藍はその様子に納得し、話を切り出した。
「なら、まずは工房の方に連れて行ってくれ」
「ええ。それじゃ付いてきて」
「私も同行する」
無轟の傍らにいた女性――凛那が口を開き、立ち上がる。伽藍はちらっとツヴァイらの方へ見遣り、返答を求める。
「ええ、わかったわ」
断る理由も無いし、何より凛那にとってもこの話は大切な事だった。
一旦、ツヴァイらは伽藍を連れて、工房のある城下町の方へと向かった。
襤褸いコートに素顔を包帯で雑に隠した異様な風体をした男は城をおお、と感嘆混じりに仰ぎ見る。
「ほ〜〜王羅の奴、こんな所まで呼びつけて――何の用やら」
男は一息ついて、城の方へと歩き出し、城門に足を踏み入れた。
そこへ城内の方から自分へと駆け寄ってきた少女が声をかけてきた。
「伽藍さん!」
「よお、久しぶりだな」
見覚えの在る、駆け寄ってきた嘗ての旧友、王羅に伽藍は気さくに声をかける。
声をかけられた彼女は笑顔でそれに応じた。
「はい! 此処まできてくださって感謝します!」
「構わねえよ。――それにしても、こんな場所に何かあるのか?」
伽藍は巨大に聳える城を仰ぎながら呟いた。王羅は先の笑顔から真剣な表情で、彼に接する。
「はい。話は城の中で…」
「おう」
その真剣味な様子に伽藍も相応の声音で返してから、王羅の案内の元で入城する事にした。
朝故か、準備に急ぎ足な城に仕えている給仕たちを見かけながら、彼女の後をついていく。
「ああ、伽藍さん。朝食とか済ませているのですか?」
「ん? そういえば未だだったな」
「じゃあ、話は朝食と一緒に! こっちです」
そういわれ、方向転換して、通り過ぎかけた広間へと二人は入った。
既に給仕が朝食の用意を始めているが、同時に朝食をしている者らも見かける。
城に住んでいるとは言い難い、宿にしてもらっているような雰囲気のある者たちである。
「さ、どうぞ」
王羅が準備をしている給仕に話し掛け、少しのやり取りの後に笑顔で伽藍を席へと案内する。
案内された席には既に朝食を待っている数人の男女(親子だろうと伽藍は見た)が座っていたが、王羅は構わず進める。
伽藍はしぶしぶ座ると、先に座っていた者たちから不思議そうな視線を浴びる。
(……まあ、こんな格好だし怪しまれるのも承知の上だがよお……王羅、せめてはずれの席で座らせろよ…!!)
等と心の声で王羅に言葉をたたきつけた一方、当の彼女は先に座っている者らに自分の説明をしていた。
「――ということで、伽藍さんです。早く来てくれて助かりました」
説明を聞き終えた男女らの中で一番の壮年の男性、何処か懐かしい顔によく似ているが伽藍へと話し掛ける。
「アンタが伽藍か。こうして会って話すのは2度目か」
「? 二度目だと」
話し掛けてきた男の二度目の邂逅に、思わず言葉を返してしまう。伽藍個人は今まで会って来た人間の事はある程度記憶している。
しかし、今話し掛けてきた男にはあまり覚えが無い。老けて風体が変わったのならば納得してしまうが。
驚きで返された壮年の男は苦笑いを小さく浮かべてから、自分を打ち明けた。
「悪い、あれから何年も経っていたな。憶えているほうが可笑しいか。俺は神無。
『無轟の息子』っていえば解ってくれるか?」
「!」
無轟。その名を聞いて、有耶無耶な記憶が澄み渡り、その男―――神無を理解した。
彼個人とは恐らく無轟の死の後の葬式で会った程度しか憶えていなかった。
伽藍は驚きつつも、笑顔で頷き返した。それを見た神無も安堵の笑みで応じるが、その様はやはり無轟によく似ている。
そして、記憶が明確になった事で彼の周りに居る男女も自然と理解できる。
「アンタが確かツヴァイ、で、お前が神月……とヴァイか。大きくなったなー、あの時はまだ小さかったのにな」
「急になれなれしいな……まあ、いいけどさ」
「アハハ、すっごい怖いおじちゃんって覚えてた」
「ふふ、今回は此処まで来てくださってありがとうございます」
親しげに名前を当てた伽藍に、神月はやや表情を険しくしつつも頷いて、ヴァイは笑顔で応じ、ツヴァイは淑やかに礼をした。
しかし、ふと疑問を抱き、神無へと怪訝に質問した。
「ん? 此処は無轟の居た世界とは違うはずだ……引越しでもしたのか?」
「いや、ちょいと訳ありで家族そろって此処に寝泊りしている」
「訳在り? ハートレスにでも呑まれたか」
神無たちが住まう世界「メルサータ」は一度、闇に呑まれてしまった事が在る。その事件に巻き込まれた神無たちは一瞬苦い表情を見せるも、直ぐに消した。
神無はその事態よりも最悪な事を想定し、真剣な物腰で言葉を返した。
「……それより最悪になる可能性がある」
「!」
その雰囲気、発した言葉の重みに「本物」を理解したのか、伽藍は息を呑む。
傍らに座っている王羅も同様に物々しいほどに真剣な表情で頷き返した。
しかし、伽藍自身にはそういう事件を解決する実力は備わっていない。それを自ら理解したうえで言った。
「―――ま、俺が出来るのはあくまでも依頼を果たす程度よ。そういうのはアンタらでやってくれるんだろ?」
「ああ。勿論」
「なら、それでいいさ。さて、さっさと飯を頂いてから依頼の話にしようや」
丁度いいタイミングで朝食が運んできて、それぞれの前に用意される。
神無らは一先ず朝食を済ましてから話を再開する事にした。
そして、全員が朝食を済まし、給仕の者らが食器を回収する中で一人が神無らに話し掛けてきた。
「神無様、王羅様、今から1時間後に会議を執り行うと、アイネアス様から伝えるようにと」
「ん、解った。場所は?」
「最上階の広間にて、です」
「一番上の広間でか。此処じゃあないんだな」
以前、ビフロンスを全員が終結した際に会議を行った広間はこの広間であった。
しかし、何度か会議を行い、場所を更に変えて最上階でする事は初めてだった。
給仕の女性は一礼して、その疑問に丁重に返した。
「まだこちらの広間は朝食などで引き続き使いますので、現在利用できるのは最上階の広間だけなのです」
城に上階、中階、地上階の階層にそれぞれ半神、神無たちがいるが、全員が一つの広間を使うのはバランスが難しい為に、それぞれの階層の広間に食事を用意した結果である。
「わかった。きっちり上に行くぜ」
「失礼します」
そういって、給仕の者らは一礼して、食器を片付けて去っていった。神無は一息ついてから、伽藍に話し掛けた。
「――まあ、俺と王羅はこの後用事が出来たからゆっくりできねえから、お前たちで依頼の事頼まれてくれるか?」
「ええ。任せて」
ツヴァイは微笑みと共に頷き返して、神月らに目配りして確認させる。
神月もヴァイもそれぞれ頷いて、そして、ツヴァイも3人が席を立った。
「んじゃ、ついていくとするか」
「また、後で」
伽藍も続いて席を立ち、王羅たちと別れツヴァイらの案内の元、回廊を進みながら依頼の内容を始める。
「伽藍さんにはあるモノを修復して欲しいのです」
「なんだ、修理か?」
「アンタくらいしか治せそうに無い代物さ」
「ほほー」
ツヴァイや神月の言葉を耳に入れながら、どのようなものを治させられるのか考えている。
例え、無理難題だったとしてもそれを達成してみせる――それが伽藍の変わった信条の一つだ。
そうして、回廊を進み終えて、ある一部屋の前に着いた。
「此処に直してもらいたいモノがあるの」
「おう、ならさっさと入ろうぜ」
「ええ。――でも、伽藍さん……驚かないでくださいね?」
「はい?」
ヴァイの気になる言葉に首をかしげる伽藍を横に、ツヴァイがノックして扉を開ける。
そして、まず伽藍が入るように手招いていた。怪訝に伽藍は部屋に入っていき、そこにいる人物らに出会った。
「―――は?」
伽藍は最初、その部屋にいるベッドに腰を下ろしている男の風貌に唖然する。
彼はもうこの世にいないはず。だが、この男は自分が嘗て最期に見た男の風貌よりも若いのだ。
だが、この雰囲気は間違いないほどに彼なのだ。すると、男は唖然としている自分に苦笑いを浮かべて、声をかけた。
「こっちの伽藍も同じような見てくれだな……元気そうでなによりだ」
「お、お前………無轟、なのか?」
「正確には『別世界の無轟』よ」
「!」
無轟の傍らにいる茜色の髪をした凛然とした女性の一声に、伽藍は何処か『見覚えがある』と感じた。
だが、こんな女性とは一度も会った事は無いというのに。しかし、気になる言葉を聴いた。
『別世界の無轟』、という言葉に、伽藍はもう一度無轟を見据え、やっと理解した。
「なるほど……別世界の、か。俺の知っている無轟じゃあないわけか」
「そうだ。少々、取り入った事情故にこの世界にやって来た」
「―――……なら、俺の依頼は」
「お前にしか出来ない事―――これを直して欲しいんだ」
茜髪の女性に促し、彼女は静かに頷き返して、あるものを取り出した。
取り出した箱の蓋を外して、中身を見せた。それを見た伽藍は思わず目を細める。
「凛那…か」
刀身が折れた刃と刀身を失った刀、本来一つのものが二つに分かれていた。それをゆっくりとなぞる様に触れた時、はっとなる。
これは自分が創った『明王・凛那』なのだろうか、何処か違うと感じてしまう。
だが、この違和感はすぐに得心した。目の前にいる無轟が『別世界の無轟』なら、これを作ったのは間違いなく『別世界の自分』なのだろうと。
「これを修理する、それでいいのか?」
「ああ、お前にしか出来ない事だろう」
「……簡単に言ってくれるなぁ」
伽藍は声音を低くはっきりと言葉は返さなかった。無轟はそれでも彼を見据え、話を続ける。
「やはり、素材云々の話か?」
「それだけじゃあ無いさ。素材、場所諸々……こういうのに関しては『あっちの俺』に言われなかったか?」
「ああ……一応は、な」
「できないのか?」
その言葉に不安げな顔色でたずねる神月を一瞥した伽藍は一息ついて、続けざまに芝居がかったポーズをとりながら大仰に声を上げた。
「――無理難題! 例えそうであったとしても、意地を見せよう! 魅せよう! 果たしてみせる!!
………さて、必要なものは大きく3つ。場所、素材、時間だ」
包帯で巻かれた指を三本伸ばして示すと、くるりとツヴァイへ問いかけた。
「で……ツヴァイさん、この世界には武器屋とか工房といったものは存在するのか?」
「え? えーっと、ちょっと待っててね」
急に問いかけられ、やや戸惑いながらも慌ててツヴァイは部屋を飛び出て行った。
出て行った彼女が戻るのを待つ気は伽藍には無かった様子で、身を翻して神月らに話を続ける。
「次に素材。炎産霊神の炎熱、後は唯『修復する』のもあれだから特別なものをそろえたい。別に一旦素材集めのために異世界に向かうのは問題ないか?」
「つまり、素材の為に同行してくれ、か……仕方ない、アイネアスらに話をつけてから決めるとしようか」
「なんだ? 自由に動けないのか?」
「状況が状況なんでな。下手に彼方此方の世界にいるより1箇所で停留する方が楽なだけさ」
「ふむ……」
すると、部屋を飛び出していたツヴァイが戻ってきた。駆け出していたのではなく部屋の外で通信用の魔法でアイネアスらに話を伺っていたのだ。
偶然にも武器屋ではないがさまざまな分野を執り行っている工房があるということを知らせてくれた。
そして、まだツヴァイの手のひらには通信用の魔法が起動し続けている。神月はアイネアスらに問いかける。
「アイネアス、無轟の武器を修繕するには異世界の素材を収集する必要がある。一旦、ビフロンスを離れたいんだが、だめか?」
『……ふむ。無轟は強力な戦力と皆のお墨付きの逸材だ。断る理由は無いが、異世界に行く際は私に連絡を回して欲しい。
収集するメンバーくらいは確認したいのでね。それで許可しよう』
「解った」
そうして、神月の了承の一声と共にアイネアスとの魔法による通信が終了した。
静観していた伽藍はその様子に納得し、話を切り出した。
「なら、まずは工房の方に連れて行ってくれ」
「ええ。それじゃ付いてきて」
「私も同行する」
無轟の傍らにいた女性――凛那が口を開き、立ち上がる。伽藍はちらっとツヴァイらの方へ見遣り、返答を求める。
「ええ、わかったわ」
断る理由も無いし、何より凛那にとってもこの話は大切な事だった。
一旦、ツヴァイらは伽藍を連れて、工房のある城下町の方へと向かった。