CROSS CAPTURE33 「互いの経緯」
最上階層の大広間、そこは主に広間しか用意されていない。
此処へと移動する為には各階層に用意した転移魔方陣から出ないと入れないのであった。
会議が始まる数分前、大方の面々が揃う中で新たに広間に足を踏み入れた者たちがいる。
招集を受けた神無と王羅である。入ってきた二人にサイキが歩み寄り、声をかけた。
「さ、こちらへ」
サイキの案内でそれぞれの席へと案内し、そうして彼女らも席へと座る。
大きく2列で『U』字型の対面会議となっている。その『U』字型の中央深部、両端と全体を見渡す座席にはイリアドゥスが居る。
その彼女が静かに立ち上がり、粛々とした雰囲気の中で口火を切る。
「それでは会議をはじめましょう。今回は異なるセカイの客人も同席し、言葉と言葉で交わって欲しい」
「私たちも、ですか」
会議に参加したのは『U』の右側にテラ、アクア、クウら3人だけであったが、誘いを出したイリアドゥスらは特に問題ない様子だった。
そして、会議に参加したとは言え、彼女の放った言葉に聊か疑問を持ったテラが質問を投げかけた。
「ええ、勿論」
淡々とそう言ったイリアドゥスは話を続ける。
「私たちのセカイとアナタたちのセカイ、決して交わる事の無かった縁(えにし)は何も私たちだけじゃあなかった」
イリアドゥスの言葉に、テラはハッとなって思わず呟いた。
そう、自分たちだけじゃなかった。こうして異なるセカイの者と邂逅を果たした者こそは。
「カルマとエン……!」
その一言を口走ると、唯一人以外を除いて表情に色を作る。険しさや忌々しさ、と言った敵意のある色を。
無理もないとイリアドゥスは怜悧な双眸で見渡す。皆、彼女の策謀に踊らされ、苦渋や辛酸を味わったのだから。
唯一人、イリアドゥスだけは淡々とクウの口走った言葉に応じるように話を続ける。
「そう。私たちよりも早く二人は邂逅し、お互いの成すべき目的のために、協力者となった」
「われわれの世界ではカルマが、あなた方の世界ではエンが……各々の目的のために暗躍し、行動していた」
続けて言葉を放ったのは『U』の左側の真ん中に座していたアイネアスであった。
そして、険しくしていた自身の表情に気付いてか、すぐに柔和な微笑を交えながら言う。
「お互いの情報を交換する、その為の会議ですからね。―――では、我々から話しましょうか」
言うやアイネアスはイリアドゥスに視線を向ける。彼女の了承の頷きで返し、彼は続けて話をする。
「カルマの目的、極論で言うなら『イリアドゥスの抹殺』。そして、このセカイを支配する事と捉えています。
そして、エンの目的も―――」
「このセカイを犠牲にし、自分の喪ったセカイを取り戻そうとしている……だろ」
アイネアスの発しようとした答えを口走ったのはクウであった。異なる世界のクウであるエンの打ち明けた悲願とも言える計画を。
「そう。その計画、目的の一致で二人はお互いに協力関係を結んだ…カルマはSinの力で心剣士、反剣士、永遠剣士を操り、更には自身もそれらを全て発現させた。
エンは人造ながらにして無比の『χブレード』を、あなた達が居た世界のアウルム、シルビアを捜し求め、手に入れたのでしょうね」
「あー、質問」
アイネアスが言い切るのを見計らって、心剣士の青年オルガが軽く挙手しながら呟いた。
その一声に、皆の視線が向けられるも、気にしないままにオルガは質問を問うた。
「その『χブレード』って一体全体、どういうのなんだ? 普通のキーブレードと違うのか?」
「俺らも実物を見たわけじゃあない。言葉でしか言い表せないがな」
その問いかけに苦い顔をしながらクウは答えに前置きを言った。
続けて、詳しい知識もあるテラたちがその答えの説明を言う。
「極端に言うと『χブレード』は純粋な光の心、闇の心が一つになって初めて作り出される強大なキーブレードと言えるもの―――」
「正直、存在する事自体が曖昧だったもの。でも、それは存在していた……でも、在りえない話だった」
「……人の心には多かれ少なかれ光と闇、善悪が在る。片方だけ、という規格外な人間はまず無い」
テラ、アクアの言葉に数多くの人間と交流を交わしてきた半神ビラコチャが厳格に補足の言葉を返した。
だからこそ、その矛盾の末にある存在『χブレード』が在る事が気になった。
「でも、その不可能を可能にしてしまうものが存在してしまった」
アクアが更に険しい表情で呟き、先の『アウルム』と『シルビア』にオルガが得心するように言う。
「ああ、だからその『2つ』で『χブレード』を手にいれようって事か……なるほど厄介だな」
「――ああ、話がそれましたね。更にカルマは自身の居た世界の技術を応用してKRを作り出しました」
「ケーアール?」
「こういう奴よ」
クウらは聞き覚えの無い呼称、存在に怪訝になるも、アイネアスの傍にたたずんでいた部下女性ミュロスが手に持っていた分厚い本に挟んだ栞を取り出して天井へと放った。
吸い込まれるように天井へと届くや、天井の空間が変化し、彼らへKRの姿を見せ付ける。
「!!」
変化した天井には磔にされた鎧の騎士を見て、息を呑むクウたち3人、特にテラとアクアは青ざめ言葉を失った。
その意匠も見目も鎧を身に纏って戦うキーブレードの姿に告示していたのだから。
二人の様子にミュロスが申し訳なく言う。
「あら失礼。
なかなか衝撃的なものだったかしらね。説明すると、これは中身がもともと空洞のものよ。
人工的に作られたキーブレードと使うから『KR』―――キーブレード・レプリカよ」
「そう、だったのか……カルマは、キーブレードの知識がある世界の人間だったのか?」
唖然と言葉を失っていたテラがゆっくりと平静を取ろうと静かに問いかける。
そして、彼の問いかけにアイネアスらは表情を曇らせる。そんな中でイリアドゥスが代表したかのように答えた。
「そこまでは知らないわ。ただ、コレは『1体』だけじゃあない」
「!」
「……我々がカルマの『拠点だった場所』を奪還する際にはこのKRが無数に配置されて、我々に襲い掛かってきた」
あえて言葉を避けた様な言動をしたビラコチャはその厳格な表情に何処か哀切の色を混ぜて言った。
このKRの軍勢と戦った場所、カルマの拠点だった場所、それは半神たちの故郷でもあるレプセキアである。
「カルマ、エンと本格的に戦うとなればこのKRも脅威の一つとして用心しておく事だ。こいつらは単独で戦う事も集団戦で戦う事も出来る」
「わかった」
クウらはKRの姿をじっと見据え、それを記憶する。ミュロスは再び天井の空間を元に戻して再び会議の続きに戻す。
一瞬の静まりが過ぎるは半神ビラコチャが巌の様な重みのある声で口を開いた。
「――確かエンが『ああなった』のはゼアノートと呼ばれる男のせい、だったのだな」
「ああ……そいつのせいでエンはああなっちあまった」
「……」
クウが苦々しく言う中、テラとアクアも何処か険しい表情で黙りこくった。
ゼアノートという男は嘗ての自分らの傍にも居た男であった。キーブレードマスターの一人であり、自分たちの師であるエラクゥスと旧知であると。
だが、エンの言った真実を事実と認識する、それが恐ろしく感じた。
「そっちの世界にもゼアノートって奴はいたのか?」
「王羅、お前の知りうる限りでそんな奴は覚えてるか?」
クウの問いかけに、神無が王羅へと答えを求めた。旅人の経験が長い彼女なら、そのような人物と出会っている可能性があると踏んだのだ。
名指しを受けた王羅は渋い顔を見せながら、自分の記憶に思い当たる人物を想起しようとした。
すると、その行為を見透かしたようにイリアドゥスが淡々に口火を切った。
「えーっと……」
「――残念だけ王羅はその男に関する記憶は持ち合わせないわ。そして、『私たち側』にはゼアノートに関する記憶を持った者は居ない。
ゼアノートという男に関わっている、という記憶と事実を踏まえて云えば、ね」
「そう、か…」
クウはその言葉に落胆の表情を見せるも、心情はいたって平静で、寧ろ安堵したのだった。
理由としてはそんな男に巻き込まれていないという事が何よりであるということだ。
そんな男に巻き込まれた所為でエンや大勢の犠牲を作ってしまったのだから。関わるべきものじゃないと言う事は何よりだ。
そうして、神無たち、クウたちはそれぞれの情報を交換し、討論を交えていった。
そして、お互いの情報交換を終え、クウはイリアドゥスに問いかけた。
「最期に聞きたい事がある。俺たちはシルビアの力で此処に来た。俺たちが居た世界には戻れるのか?」
「勿論、可能よ。あなた達の『縁(えにし)』を利用すれば帰れるわ」
「…縁?」
「全てのものにある『繋がり』とも言える不可視の糸……それこそ世界を移動する者に必要なものよ」
けれど今はしっかと休み、準備をする事よ。私たちもあなた達も、戦いが待っているのだから」
「では、そろそろ会議はこれにて。皆さん、お疲れ様でした」
アイネアスの言葉と共に、会議は終了した。各々が次第に立ち去っていき、神無も部屋を去ろうとした時だった。
「待ってくれ、アイネアス」
「ああ、クウ。どうかしましたか」
「聞きたい事がある、実は―――」
クウは自身の愛用していた拳を保護するグローブを先の激戦で失った。
だから、この世界にそういったものを取り扱う店―――武器屋といった場所が無いか気になったのだ。
その相談を聞いたアイネアスは思い当たる場所を知っている。『あそこ』なら彼の満足できる代物もあるだろう。
「武器屋というか工房なら知っている。城下町の方さ」
「よし、わかった。ありがとう、助かる!」
言ってクウは急ぎ足で転送装置に駆け寄り、最上層広間を後にする。アイネアスはやれやれと苦笑を浮かべて見送った。
そして、殆どのものたちが広間を後にし、残ったのは自分と妻のサイキ、他はイリアドゥスとヴェリシャナであった。
「母様、今回の会議は問題なく終わりましたね」
「無論ね。皆、互いに必要な情報を酌み交わしたのだから」
淡々とした様子でイリアドゥスは言う。しかし、傍に居るヴェリシャナは何処か不安の色を浮かべており、彼女の様子に、サイキは心配げに声をかける。
「どうかしましたか、ヴェリシャナ…? ずっと顔色が悪いけど」
「……カルマ、エン。強大な脅威を同時に相手になると思うと不安になってしまって」
「確かに。彼らの話を聞く限りじゃあ相当の強さだろう」
「それでも問題ないわ」
不安を抱いていた彼らに対し、イリアドゥスは何処までも平静な様子で言う。
ヴェリシャナを除く半神たちはこの姿勢こそがレプキアだった頃からのものだと直感で悟った。
そして、ゆっくりと頬杖をしながら見据える先は何処か遠くを見ているかのように言った。
「いづれ、始まるのだから」