CROSS CAPTURE34 「アスラ・ロッテの工房」
ツヴァイらと共に城下町にやって来た伽藍は、目的の場所『工房』へとたどり着いていた。
工房の名前は『アスラ・ロッテの工房』と描かれている。ツヴァイらはその工房の中へと入っていった。
「いらっしゃいませー、あら結構な人数だな」
出迎えるようにの驚いた声の方へ視線を向けると、受付のような場所にその声の主たる男性が立っていた。
更には受付の前に立っているツヴァイらには見覚えのある青年らが振り返り、彼らも驚いた様子でツヴァイらに声をかけた。
「ツヴァイさんたちじゃないですか。どうかしたのですか」
「あ、ゼツ君にラクラ君。いろいろあって……武器屋さんが此処だってアイネアスに教えてもらってきたの」
「まあ、此処にしか無いからね。武器屋なんて」
「ははっ! まあ、此処は『そういう世界』だが、こうして贔屓して貰っているのさ」
ゼツのからかいに受付の男は嬉しげ言いながら、改めてツヴァイらに自己紹介を始める。
「っと、失礼。此処の店主のアスラだ。武器から日常品まで何でもござれさ」
「本当ねー…いろいろと在るわ」
工房の入り口、受付の左右にそれぞれの日常に必要な食器などがあり、武器屋の印象は薄かった。
しかし、工房の奥にある部屋から武器屋所以の気配を伽藍は感じ取っていた。
すると、その奥から3人の女性が出てきた。その中の二人はツヴァイらも見覚えがある。
「確か、フィフェルちゃんとフェンデルちゃんね」
フィフェルと呼ばれた朱色の髪に澄んだ黒い瞳をした少女、フェンデルと呼ばれた明るい青色に澄んだ黒色の瞳をした女性はそれぞれ挨拶を彼らに交わした。
「はい。こんな所で逢うのはなかなか面白いですわ」
「……こんにちわ」
二人は元々武器として造られ、長い時を持ち手を得ずに過ごしてきた所にアナザの誘いを受け、力を授けられた事で人の姿を取っている。
そういう奇異な所を除けば凛那と似た者同士である。その二人に代わってゼツが説明した。
「ああ。ちょうど、この二人の調子を見てもらってたのさ。もともと武器だし」
「……」
その言葉に凛那はじっとフィフェルら二人を見据えていた。
彼女も同じような存在だからだろうかと傍に居たヴァイは不思議そうに思った。
「おや、知り合いかい。皆してこんな所でたまってさあ」
フィフェル、フェンデルの傍に居た逞しい体躯をしながらも健全な妖艶さを漂わせた気風の良い女性がからからと笑う。
受付で頬杖していたアスラがその笑みに対して苦笑いで彼女に尋ねた。
「ロッテ、終わったのか?」
「勿論さね。―――で、この客人らは?」
問いかけたそこへ、伽藍は一先ず一礼してから挨拶する。
「どうも。俺は伽藍といいまして、此処らに工房があると聞いて来た」
「何か作って欲しいのかい? うちは基本的に何でもありだからさ」
陽気に笑いかけるロッテに、伽藍は続けて本題を切り出していった。
「実は、これをこの工房を借りて直したいんだ」
その言葉に二人は顔色を改め、あえて言葉を返さずに居た。
伽藍は『折れた凛那』を収めた箱を二人の前に置いて見せる。それを見た二人はそれぞれ感嘆の表情を見せながらに口を開いた。
「へえ……こりゃあ凄い得物だね。折れちゃったのが惜しいくらいには」
「ああ。これを此処の工房で直すか……ロッテ、どうしようか。俺は特に問題は無いが」
「んー…」
感嘆の表情から思慮する表情を見せ、顎に指を添えながら伽藍を一瞥する。
その腕前は間違いなく本物だろう。折れた凛那の完成度が物語っているのだから。
とはいえ、出会ってすぐの見ず知らずの男に自分たちの工房内を使わせるのは聊か、興にならない。
「頼む…!」
そう前置きに言うや、伽藍は跪くように身を崩し、その頭を地へと下げる――土下座の姿勢を取ったのだ。
その行動にアスラたちだけじゃない周りのツヴァイたちも驚いた様子で言葉を詰まらせた。
「俺は果たさなくちゃあいけない。頼む、ひと時だけでいい! 工房を借りさせて欲しい!!」
顔を上げず、しかし、張り上げた声が轟いた。その気迫にロッテはやれやれとアスラに視線を目配りする。
それに応じるように頷いたアスラは立ち上がって土下座している伽藍の前に立ち止まる。
「全く……顔上げてくれ。そんなに言うって言うのはそれなりに事情があるのからだろうな。まあ、こんな片田舎な工房でいいのなら幾らでも使ってくれや」
「!」
「ただし、条件が一つ在る」
擦り付けるように下げていた顔を上げ、希望に満ちた眼差しを向ける中でロッテが右手の人差し指を伸ばして言う。
「たった一つさね。あたし等もアンタの依頼に協力させて欲しい」
「そういうことだ。よろしく頼む」
にこやかに笑顔を向けたアスラが差し向けた手を伽藍は立ち上がって確りと握り返した。
こうして、アスラたちの協力の下で工房を貸し得ることに成功した事にツヴァイは一先ず安堵の吐息を零した。
そして、ふと凛那の方に見遣ると彼女も安心したような柔和な微笑と眼差しを伽藍に向けていた。
恐らくこの二人はある意味の親子のようなものだろうと思っていると、一息ついたアスラが伽藍に話を切り出す。
「で、伽藍さんよ。武器の修復はもう始めるのか?」
「いや。凛那を修復する為のある素材が足りない。これからその素材を集めに行こう考えている」
「なかなか大変だねえ、その刀も」
「まあな」
呆れたようにいったロッテに対し伽藍は苦笑で返して、ツヴァイに話をする。
今後の行動についての事であった。
「と言う事で、この後に素材集めに目当ての異世界に行きたいのだが何人か同行できる奴はいるのか?」
「気になったのだけど、素材集めで人手必要なの?」
「……手軽に集める事の出来る素材なら俺が一人で集める。ちょいと面倒だから人手が欲しいんだよ。ようは戦闘要員を何人か回してくれ」
(唯の素材集め、って訳にはいかないのか)
神月は内心呟きながらも、あえて突っかからずに黙っていた。ツヴァイも渋々了解した。
既にアイネアスに素材集めの為の出立は赦されている。後はそのメンバーだけだが――。
「それは一度城に戻ってから考えようか。俺たちもこの後は暇だからついていけるぜ」
「ええ。何かの縁ですし、ご助力したいわ」
「ありがとうよ。―――アスラさん、素材の方は夕方までには終わると思う。そこから作業ということで」
「ああ、いいぜ。準備を確りして待ってる」
「確り頑張んなさいよ! 応援するわ!」
一先ず、伽藍たちは城へと戻ることになり、アスラ・ロッテの工房を出て行った。
彼らを見送った二人は奇妙な彼らを思い返すように笑いあう。すると、そこに、
「―――こ、此処が……」
荒い吐息と共に店内へと足を踏み入れてきた青年。血相を変えたその表情に驚くものの、とりあえずは接しなければ。
そうして、アスラが立ち上がって青年へと声をかける。
「君、大丈夫か。何か急ぎの様子みたいだが…」
「……此処に、武器屋があると聞いて……来たんだ」
「へえ。今日は武器屋として賑わえそうだ」
からからと陽気に笑うロッテはそう言いながらクウに話し掛ける。
「ご志望の武器ってなんだい?」
「……グローブ」
「君は格闘が得意なのか」
「ちょいと探してくるよ」
アスラの問いかけに、クウは頷き返した。ロッテは工房の方へと入り、アスラは椅子に彼を座らせて一息つかせた。
「あるのか?」
「勿論。後は合えばいいのだがね」
そうして数分ほど待つとロッテが工房から木箱を抱えて出てきた。それをクウの前に置いて、木箱の蓋をはずし、中身を見せた。
中には3種類のグローブが用意されており、どれも新品、一級品の風格を漂わせている。
全速力で駆けつけてアレだが、そこまで私財に富んだ訳でもない。冷や汗がダラダラと流しながら、ロッテらに言う。
「お、おい。俺はあんまり金は――」
「別にいいよ」
「は?」
「これは特別でタダでいいさ。本当だよ?」
ロッテが短くいい、唖然とするクウにアスラが付け足すように言う。
クウはまじまじと3つのグローブをそれぞれ見定める。
「――見るだけじゃなくて実際につけないと解んないでしょうが」
からかうようにロッテが言うと、そのうちの一つ(クウから見て左端)をクウに手渡した。
聊か動揺を隠し切れなかったクウは慎重に受け取ったグローブをはめ込んだ。
確りとした感触、居心地も問題ない。シンプルな外見ながらも魔力を施されている事を理解した。
更に他の二つのグローブも品定めしているクウにアスラが話を続けた。
「何、タダでくれてやっても経営には大して響かないのさ。ここじゃあ、求められるのはそっちだ」
苦笑しながら店内に置かれた日常的な商品を一瞥して言った。武器を取り扱うこと自体がこの城下町では『微妙』ではあった。
しかし、武器屋としての顔があり続ける理由も存在していた。アイネアスのお陰である。
元々、『ビフロンス』はアイネアスとサイキがとある世界の住人らをある事情から引き入れる為に造られた異世界。例えると箱舟のようなものだった。
「まあ、アイネアス様の贔屓で武器の利益も此処以外でもらってるのさ。―――さて、お気に入りは見つかったのかい?」
ロッテが陽気に話しかけ、クウは頷いて、一つのグローブを選んだ。
全体を黒に固めたグローブ、それぞれ手の甲の部分に円形の装飾が施されている。そこが魔力を吸収し、強力な拳を繰り出すのだった。
それを選んだクウの満足げな表情を見て、アスラが笑みを浮かべながらに説明をした。
「いいものを選んだな。やはり、使い手はものを見る目がいいな。
確かそれの名前は―――ま、アンタの好きにつければいいさ」
「……気になったんだが、3つとも魔力を媒介に更に火力を引き出す様式だが……それが主流だったりするのか?」
「んー、『殴る』っていうシンプルな攻撃はそれだけじゃあもろいでしょ?
岩なり砕くくらいは強化させなきゃ―――ああ、もちろん、魔力を吸収した分肉体の防護にもなるから岩殴って手が血まみれ……にはなんないから」
ロッテの言葉にクウは苦笑で同意した。二人に頭を下げてお礼を示した。
「ありがとうございます、いきなり来た俺に此処まで」
「何、これも縁さ」
「また何かあったら来な! 歓迎してあげる」
アスラとロッテが朗らかに言い、そして、クウは工房を駆け足で出た。
理由は城へ戻って双剣の修行をしなければならない事を思い出し、急いで先日無轟と戦った修練場へ戻った。
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