CROSS CAPTURE35 「僅かな一幕 その2」
今は城の外に停泊している、異空の海を渡る為の船―――箱舟【モノマキア】。
船の内部、中央にある操作室で作業をしている人物がいた。
「…――!」
乱れた記号や数字が占めた画面を睨みながら、黙ってキーを素早く叩くオパール。
その少し後ろでは、案内の為に付いてきたベルフェゴル、キルレスト。機械に詳しいと言う事でチェル、そして同行者であるリクとイブが椅子に座ったり壁に凭れかかって一心不乱に作業する彼女を眺めていた。
「ここに来てから、それなりに経つの」
「最初はこの船を見て興奮していたのに、今ではずっとあの調子だ」
「バクに侵された大量のデータを直すんだ。そして、そこから重要な手がかりを掴む。すぐに出来る作業じゃないさ」
作業を見守るベルフェゴルとキルレストに、壁に凭れていたリクが静かに口を開く。
「それでも、あいつの腕ならきっと出来る。俺はそう信じてる」
微笑みを浮かべると、集中しきっているオパールを見る。
コンピューターに関する技術は、自分達の中で誰よりも上なのを知っている。だからこそ、信じられる。
そんな思考を抱いていると、話を聞いていたチェルが急に顔を背け鼻で笑った。
「ふん、随分とあの女を信用しているんだな」
「信用して問題があるのか?」
まるで疑いをかけるチェルに、リクが軽く睨みつける。
しかし、チェルはそんな視線を受け流すと更に言い放つ。
「何も。ただ、お前の様な奴にそんな感情があるのに驚いただけだ」
「なに…っ!」
挑発するチェルに、さすがのリクも怒りを見せる。
険悪になる二人を見てられず、すかさずイブが割り込んだ。
「ご、ごめんなさいね? 今ちょっとチェルって機嫌が悪くて…」
「イブ、俺は別にむぐっ!?」
その先は言わせないとばかりに、即座にチェルの口を塞ぐイブ。
軽く睨むようにイブは顔を近づけると、誰にも聞こえない様に小声で会話する。
(チェル、分かってるでしょ? 目の前にいるリクは、私達の知ってるリクじゃない。大人なんだから、それぐらいは――)
バンっ!!
そうしてチェルに言い聞かせていた時、何かを叩く音が盛大に響く。
思わず全員が目を向けると、今までずっとキーを叩いていたオパールが顔を俯かせて立ち上がっていた。
「オパール?」
「どうした?」
突然作業を止めて立ち上がったオパールに、リクとキルレストが同時に聞く。
すると、オパールは振り返るなり、イブに口を押えられているチェルを睨みつけた。
「ちょっと、リクの事そう悪く言わないでくれるっ!?」
思わぬ言葉にチェルが固まると、オパールは更に怒鳴り付ける。
「確かにこいつは自分の事しか見ないし! 卑屈だし! 後ろ向きだし! 親友の気持ちさえも考えないような奴だけどっ!!」
オパールが何か言う度に、リクの方から次々と棘が突き刺さる音が聞こえるのは気のせいではないだろう。
「でも、それは裏を返せば全部他人の事を思ってんのよ!! だから、そんな風に言うの止めてくれない!!」
最後までオパールが言い切っていると、部屋の片隅で落ち込むリクを除いた四人が目を丸くしているのに気付いた。
「…な、何よその目?」
「いや…何と言うか…」
「すごいな…」
ベルフェゴルとキルレストが思った事を呟いていると、チェルが彼女の内にある感情を見抜きニヤリと笑った。
「なるほどな…――お前、こいつに惚れてるのか?」
「んなぁ!!?」
図星を指されたのか、オパールの顔が一気に赤くなる。
この反応に、チェルはやれやれと肩を竦めた。
「まさかこんな姿にされた男に惚れるとは、結構な物好きもいるもの…ぐおっはぁ!!?」
「誰がっ!! こんなっ!! バカで!! 鈍感で!! しょうもない!! ろくでなしな男に!! 惚れるかぁぁぁ!!!」
思いっきり怒鳴りつけながら、チェルを殴りつけるオパール。
物を作る技術に興奮したと思えば、急に真剣になり。かと思えば、今では怒り狂っている。
短時間で表情をコロコロ変えるオパールに、ベルフェゴルとキルレストは呆れを見せた。
「…さっきと言ってる事が真逆ではないかの?」
「あれも愛情表現の裏返し、と思うしかないだろう…」
「ふふっ、本当に面白い人達ね〜」
二人が呆れる中、イブだけはニヤニヤとチェルを殴るオパールを見ていた。
新しい武器を手に入れ、工房から城へと戻って来たクウは修練場に続く廊下を走っていた。
しかし、あと少しと言う所で見知った人物の後ろ姿が見えて足を止める。
「オッサン!?」
思わず声をかけると、無轟、そして炎産霊神が同時に振り向いた。
「クウか。む…?」
『へー、新しい武器見つかったんだ。うん、見る限り良い武器だ…お金ないのによく買えたね〜』
「一言余計だ、ガキ」
新たに手に入れたグローブに無轟が気づき、炎産霊神がケラケラと笑う。
これにはクウが少しだけ怒りを込めて言い返していると、無轟が話しかけた。
「それで、これから修行か?」
「まあな。今は少しの時間も惜しいんだよ…――って、何だよその顔?」
急に意味深に笑う無轟と炎産霊神に、クウが怪訝な表情を浮かべる。
「いや…こうして、お前が調子を取り戻したのが嬉しくてな」
『そうだね…これで彼女の託した思いが果たせたよ』
「そういや、あの時言ってたよな。《頼まれた》って…一体、誰に?」
昨日の戦いでテラ達と合流した時の会話を思い出し、クウが問う。
すると、無轟の口から思わぬ答えが返ってきた。
「シルビアだ」
「はぁ!?」
思わぬ答えにクウが驚いていると、無轟が詳しく話した。
「実は、彼女とは前に一度会っている。その時、俺に頼んだんだ」
『君達に何かあった時……進むべき道を見失った時、闇を払ってくれってね』
「そう、だったのか…」
更に炎産霊神が付け加える様に言うと、クウは顔を俯かせる。
彼女は分かっていたのかもしれない。自分達の力量ではエンに勝てない事を。
それでも信じたのだろう。例え敗北しても、再び立ち上がれる事を。
「しかし、俺達が思っていたよりもお前達は強かった。あのレイアさえ、誰よりもお前の事を思っていたのだからな」
「レイア…」
無轟が話していると、何故かクウの瞳に影が差す。
この反応に、無轟は怪訝そうに眉を潜めた。
「レイアに対して、何か思う所があるようだな。誰よりもお前の事を思っているのは明白だろう?」
「俺だって、分かってる…でも…」
顔を俯かせ迷いを浮かべるクウを見て、ある一人の人物が思い浮かんだ。
「――スピカか?」
11年前、彼が自由を手に入れる際に捨てた昔の恋人。
だが、あの時の二人は少なくとも互いを思い合っていた。そうでなければ…クウは一人でウィドを止めようとはしなかっただろうし、スピカもまた自分達を先に行かせようとしなかった筈だ。
考えが当たったのか、クウは大きく溜息を吐くと心の内を語った。
「あんな形だけどさ…正直、もう一度会えるとは思ってなかったんだ。二度と会う事は出来ない…そんな覚悟抱いて、こっちの世界に帰って来たんだからさ」
そう言って、クウは胸の内に仕舞う過去を語り出した…。
『…ここまでは予定通り、っと』
真っ暗な闇の中に存在する、巨大な館。
その入口でもある閉ざされた門の所までやってきた少年の頃のクウは、再度辺りを見回す。
前後左右、念の為に上下まで人がいない事を確認し物音を立てない様に扉に触れた。
『クウ』
直後、背後から呼びかけられた声に固まる。
背中が冷や汗を垂らしつつも振り返ると、金髪に赤い瞳の全身を覆う黒い服を着た女性が立っていた。
『ス、スピカ…? 何だよ、こんな所で…』
『あなた、何をしようとしてるの?』
『ちょっと、散歩しに…』
自分の計画がバレないよう、顔を逸らしてどうにか誤魔化そうとする。
しかし、苦し紛れの嘘がバレているのかスピカの目は細くなる。
『散歩? こんな遅い時間…――“報告”もあったのに?』
『か、身体動かしたい気分で…』
『だったら、私が相手してあげるわよ?』
ニッコリと笑いながら、その手に闇で具現化した細剣を作り出す。
だが、スピカの顔に張り付けられたそれは明らかに作り笑いだと分かり、意地でも誤魔化そうと必死になる。
『い、いいって!? スピカと戦うよりは、“外”で暴れ回ってる凶暴なハートレスの方がまだ修行が出来る!!』
『そうね…今は闇の均衡が不安定で、ハートレスは凶暴になってる状況。だから、私達は外出禁止の報告を貰ってる』
まるで遠回しな言い方に、クウの背筋が凍ってしまう。
『だからこそ、それに紛れて逃げる気でしょ?』
とうとうスピカの口から核心に迫る言葉を放たれ、クウは背を向けるしか出来なかった。
『逃げる、って…何に?』
『とぼけないでっ!!!』
それでもシラを切らそうとすると、スピカが怒鳴りながら背後から掴みかかった。
『クウ、分かってるの!? 今この館の外は、私でさえ梃子摺るレベルの凶暴なハートレスがうじゃうじゃいるのよ!? それを上手く潜り抜けたとして…今度は私達があなたを始末しなきゃならない!!! ここに住んでる皆があなたの敵になるのよ!!?』
『俺は…』
何も言えず顔を俯かせていると、背中に何かが圧し掛かる。
見ると、スピカが自分の背中に顔を埋めていた。
『スピカ…?』
『私、あなたの事が好きなの…だから、行かないで…!!』
そう言うと、スピカは引き留める様に服を強く掴んで顔を埋める。
一瞬鼓動が大きく鳴り、自分の中にある気持ちが大きく揺らぐ。
スピカを抱き締めようとゆっくりと腕を上げ――…本来の目的を思い出し、すぐに下ろした。
『――俺も、好きだ。スピカの事』
自分の中にある思いを伝えると、スピカは嬉しそうに顔を上げる。
彼女と同じように笑顔を見せ…すぐに目を逸らして目の前にある門を見た。
『俺はお前を忘れないから、お前は俺の事を忘れろ。いい女になって、俺よりいい奴を見つけろ』
『ク、ウ…何を、言ってるの…?』
まるで別れる様な言い方に、スピカの表情が固まる。
僅かに胸に痛みが走る。しかし、クウは目を合わせないまま話を続けた。
『世の中には、俺より強い奴がいる。だったら、俺よりいい男がいてもおかしくないだろ?』
そう言って言葉を送り、何も言えなくなったスピカを乱暴に振り払った。
『さよならだ、スピカ…――この世界を、頼む』
扉に手をかけて、渦巻く闇の中へと歩みを進めた。
スピカに背を向ける事で、背後から響く悲しみを伴った叫び声を聞かないように…。
「――その後は、いろんな奴ら敵に回した。それでも、組織に居た時の思い出は忘れない様にって記憶の片隅に繋ぎ止めてた……もし忘れたら、本当に裏切り者になってしまう気がして…」
こうしてクウが過去を語り終えると、徐にポケットから一つのロケットを取り出す。
「そのロケットは?」
「昔からスピカが持ってた物だ。あいつの大事な物なのに…『Sin化』されてる時に、俺に渡してくれた」
「それだけ、お前を信頼しているのだな。そして、シルビアもまた…――お前は愛されてるな」
悟るような無轟の言葉に、恥ずかしいのかクウの顔が真っ赤になった。
「バッ!? へ、変な事言ってんじゃねーよ!!」
『アハハ、顔赤くなってる〜!』
「このクソガキィィィ!!!」
無邪気に笑う炎産霊神に、クウが怒りの炎を宿して突っかかる。
まるで子供の喧嘩にも思える光景に、無轟が本題に戻した。
「それでお前はどうする気だ? レイアではなく、スピカを選ぶのか?」
この言葉に我に返り、クウは動きを止めると顔を歪めた。
「スピカに対して、好きだって想いは残ってる。でも、レイアに対しての想いだって忘れた訳じゃなくて…」
レイアに対して恋愛感情が芽生えたのは、スピカとは会えない環境だったからだ。だが心の余裕が出来た今では、彼女の想いが自分の中にあるのを感じる。
自分でもどっちつかずな状態になっていると、無轟は静かに言った。
「ならば、好きなだけ悩め。悩んだ末に答えを選べばいい。どちらにせよ――今はやるべき事を専念する事だ。決めるのは、その後でも構わないだろう」
「…だな。じゃあな、オッサン!」
無轟の助言に元気を貰い、クウは再び修練場に向かって走り出す。
その後ろ姿を見送ると、無轟はある事を思い出した。
「そう言えば、クウに凛那の事を話して無かったな……まあ、今の奴には関係ないか」
船の内部、中央にある操作室で作業をしている人物がいた。
「…――!」
乱れた記号や数字が占めた画面を睨みながら、黙ってキーを素早く叩くオパール。
その少し後ろでは、案内の為に付いてきたベルフェゴル、キルレスト。機械に詳しいと言う事でチェル、そして同行者であるリクとイブが椅子に座ったり壁に凭れかかって一心不乱に作業する彼女を眺めていた。
「ここに来てから、それなりに経つの」
「最初はこの船を見て興奮していたのに、今ではずっとあの調子だ」
「バクに侵された大量のデータを直すんだ。そして、そこから重要な手がかりを掴む。すぐに出来る作業じゃないさ」
作業を見守るベルフェゴルとキルレストに、壁に凭れていたリクが静かに口を開く。
「それでも、あいつの腕ならきっと出来る。俺はそう信じてる」
微笑みを浮かべると、集中しきっているオパールを見る。
コンピューターに関する技術は、自分達の中で誰よりも上なのを知っている。だからこそ、信じられる。
そんな思考を抱いていると、話を聞いていたチェルが急に顔を背け鼻で笑った。
「ふん、随分とあの女を信用しているんだな」
「信用して問題があるのか?」
まるで疑いをかけるチェルに、リクが軽く睨みつける。
しかし、チェルはそんな視線を受け流すと更に言い放つ。
「何も。ただ、お前の様な奴にそんな感情があるのに驚いただけだ」
「なに…っ!」
挑発するチェルに、さすがのリクも怒りを見せる。
険悪になる二人を見てられず、すかさずイブが割り込んだ。
「ご、ごめんなさいね? 今ちょっとチェルって機嫌が悪くて…」
「イブ、俺は別にむぐっ!?」
その先は言わせないとばかりに、即座にチェルの口を塞ぐイブ。
軽く睨むようにイブは顔を近づけると、誰にも聞こえない様に小声で会話する。
(チェル、分かってるでしょ? 目の前にいるリクは、私達の知ってるリクじゃない。大人なんだから、それぐらいは――)
バンっ!!
そうしてチェルに言い聞かせていた時、何かを叩く音が盛大に響く。
思わず全員が目を向けると、今までずっとキーを叩いていたオパールが顔を俯かせて立ち上がっていた。
「オパール?」
「どうした?」
突然作業を止めて立ち上がったオパールに、リクとキルレストが同時に聞く。
すると、オパールは振り返るなり、イブに口を押えられているチェルを睨みつけた。
「ちょっと、リクの事そう悪く言わないでくれるっ!?」
思わぬ言葉にチェルが固まると、オパールは更に怒鳴り付ける。
「確かにこいつは自分の事しか見ないし! 卑屈だし! 後ろ向きだし! 親友の気持ちさえも考えないような奴だけどっ!!」
オパールが何か言う度に、リクの方から次々と棘が突き刺さる音が聞こえるのは気のせいではないだろう。
「でも、それは裏を返せば全部他人の事を思ってんのよ!! だから、そんな風に言うの止めてくれない!!」
最後までオパールが言い切っていると、部屋の片隅で落ち込むリクを除いた四人が目を丸くしているのに気付いた。
「…な、何よその目?」
「いや…何と言うか…」
「すごいな…」
ベルフェゴルとキルレストが思った事を呟いていると、チェルが彼女の内にある感情を見抜きニヤリと笑った。
「なるほどな…――お前、こいつに惚れてるのか?」
「んなぁ!!?」
図星を指されたのか、オパールの顔が一気に赤くなる。
この反応に、チェルはやれやれと肩を竦めた。
「まさかこんな姿にされた男に惚れるとは、結構な物好きもいるもの…ぐおっはぁ!!?」
「誰がっ!! こんなっ!! バカで!! 鈍感で!! しょうもない!! ろくでなしな男に!! 惚れるかぁぁぁ!!!」
思いっきり怒鳴りつけながら、チェルを殴りつけるオパール。
物を作る技術に興奮したと思えば、急に真剣になり。かと思えば、今では怒り狂っている。
短時間で表情をコロコロ変えるオパールに、ベルフェゴルとキルレストは呆れを見せた。
「…さっきと言ってる事が真逆ではないかの?」
「あれも愛情表現の裏返し、と思うしかないだろう…」
「ふふっ、本当に面白い人達ね〜」
二人が呆れる中、イブだけはニヤニヤとチェルを殴るオパールを見ていた。
新しい武器を手に入れ、工房から城へと戻って来たクウは修練場に続く廊下を走っていた。
しかし、あと少しと言う所で見知った人物の後ろ姿が見えて足を止める。
「オッサン!?」
思わず声をかけると、無轟、そして炎産霊神が同時に振り向いた。
「クウか。む…?」
『へー、新しい武器見つかったんだ。うん、見る限り良い武器だ…お金ないのによく買えたね〜』
「一言余計だ、ガキ」
新たに手に入れたグローブに無轟が気づき、炎産霊神がケラケラと笑う。
これにはクウが少しだけ怒りを込めて言い返していると、無轟が話しかけた。
「それで、これから修行か?」
「まあな。今は少しの時間も惜しいんだよ…――って、何だよその顔?」
急に意味深に笑う無轟と炎産霊神に、クウが怪訝な表情を浮かべる。
「いや…こうして、お前が調子を取り戻したのが嬉しくてな」
『そうだね…これで彼女の託した思いが果たせたよ』
「そういや、あの時言ってたよな。《頼まれた》って…一体、誰に?」
昨日の戦いでテラ達と合流した時の会話を思い出し、クウが問う。
すると、無轟の口から思わぬ答えが返ってきた。
「シルビアだ」
「はぁ!?」
思わぬ答えにクウが驚いていると、無轟が詳しく話した。
「実は、彼女とは前に一度会っている。その時、俺に頼んだんだ」
『君達に何かあった時……進むべき道を見失った時、闇を払ってくれってね』
「そう、だったのか…」
更に炎産霊神が付け加える様に言うと、クウは顔を俯かせる。
彼女は分かっていたのかもしれない。自分達の力量ではエンに勝てない事を。
それでも信じたのだろう。例え敗北しても、再び立ち上がれる事を。
「しかし、俺達が思っていたよりもお前達は強かった。あのレイアさえ、誰よりもお前の事を思っていたのだからな」
「レイア…」
無轟が話していると、何故かクウの瞳に影が差す。
この反応に、無轟は怪訝そうに眉を潜めた。
「レイアに対して、何か思う所があるようだな。誰よりもお前の事を思っているのは明白だろう?」
「俺だって、分かってる…でも…」
顔を俯かせ迷いを浮かべるクウを見て、ある一人の人物が思い浮かんだ。
「――スピカか?」
11年前、彼が自由を手に入れる際に捨てた昔の恋人。
だが、あの時の二人は少なくとも互いを思い合っていた。そうでなければ…クウは一人でウィドを止めようとはしなかっただろうし、スピカもまた自分達を先に行かせようとしなかった筈だ。
考えが当たったのか、クウは大きく溜息を吐くと心の内を語った。
「あんな形だけどさ…正直、もう一度会えるとは思ってなかったんだ。二度と会う事は出来ない…そんな覚悟抱いて、こっちの世界に帰って来たんだからさ」
そう言って、クウは胸の内に仕舞う過去を語り出した…。
『…ここまでは予定通り、っと』
真っ暗な闇の中に存在する、巨大な館。
その入口でもある閉ざされた門の所までやってきた少年の頃のクウは、再度辺りを見回す。
前後左右、念の為に上下まで人がいない事を確認し物音を立てない様に扉に触れた。
『クウ』
直後、背後から呼びかけられた声に固まる。
背中が冷や汗を垂らしつつも振り返ると、金髪に赤い瞳の全身を覆う黒い服を着た女性が立っていた。
『ス、スピカ…? 何だよ、こんな所で…』
『あなた、何をしようとしてるの?』
『ちょっと、散歩しに…』
自分の計画がバレないよう、顔を逸らしてどうにか誤魔化そうとする。
しかし、苦し紛れの嘘がバレているのかスピカの目は細くなる。
『散歩? こんな遅い時間…――“報告”もあったのに?』
『か、身体動かしたい気分で…』
『だったら、私が相手してあげるわよ?』
ニッコリと笑いながら、その手に闇で具現化した細剣を作り出す。
だが、スピカの顔に張り付けられたそれは明らかに作り笑いだと分かり、意地でも誤魔化そうと必死になる。
『い、いいって!? スピカと戦うよりは、“外”で暴れ回ってる凶暴なハートレスの方がまだ修行が出来る!!』
『そうね…今は闇の均衡が不安定で、ハートレスは凶暴になってる状況。だから、私達は外出禁止の報告を貰ってる』
まるで遠回しな言い方に、クウの背筋が凍ってしまう。
『だからこそ、それに紛れて逃げる気でしょ?』
とうとうスピカの口から核心に迫る言葉を放たれ、クウは背を向けるしか出来なかった。
『逃げる、って…何に?』
『とぼけないでっ!!!』
それでもシラを切らそうとすると、スピカが怒鳴りながら背後から掴みかかった。
『クウ、分かってるの!? 今この館の外は、私でさえ梃子摺るレベルの凶暴なハートレスがうじゃうじゃいるのよ!? それを上手く潜り抜けたとして…今度は私達があなたを始末しなきゃならない!!! ここに住んでる皆があなたの敵になるのよ!!?』
『俺は…』
何も言えず顔を俯かせていると、背中に何かが圧し掛かる。
見ると、スピカが自分の背中に顔を埋めていた。
『スピカ…?』
『私、あなたの事が好きなの…だから、行かないで…!!』
そう言うと、スピカは引き留める様に服を強く掴んで顔を埋める。
一瞬鼓動が大きく鳴り、自分の中にある気持ちが大きく揺らぐ。
スピカを抱き締めようとゆっくりと腕を上げ――…本来の目的を思い出し、すぐに下ろした。
『――俺も、好きだ。スピカの事』
自分の中にある思いを伝えると、スピカは嬉しそうに顔を上げる。
彼女と同じように笑顔を見せ…すぐに目を逸らして目の前にある門を見た。
『俺はお前を忘れないから、お前は俺の事を忘れろ。いい女になって、俺よりいい奴を見つけろ』
『ク、ウ…何を、言ってるの…?』
まるで別れる様な言い方に、スピカの表情が固まる。
僅かに胸に痛みが走る。しかし、クウは目を合わせないまま話を続けた。
『世の中には、俺より強い奴がいる。だったら、俺よりいい男がいてもおかしくないだろ?』
そう言って言葉を送り、何も言えなくなったスピカを乱暴に振り払った。
『さよならだ、スピカ…――この世界を、頼む』
扉に手をかけて、渦巻く闇の中へと歩みを進めた。
スピカに背を向ける事で、背後から響く悲しみを伴った叫び声を聞かないように…。
「――その後は、いろんな奴ら敵に回した。それでも、組織に居た時の思い出は忘れない様にって記憶の片隅に繋ぎ止めてた……もし忘れたら、本当に裏切り者になってしまう気がして…」
こうしてクウが過去を語り終えると、徐にポケットから一つのロケットを取り出す。
「そのロケットは?」
「昔からスピカが持ってた物だ。あいつの大事な物なのに…『Sin化』されてる時に、俺に渡してくれた」
「それだけ、お前を信頼しているのだな。そして、シルビアもまた…――お前は愛されてるな」
悟るような無轟の言葉に、恥ずかしいのかクウの顔が真っ赤になった。
「バッ!? へ、変な事言ってんじゃねーよ!!」
『アハハ、顔赤くなってる〜!』
「このクソガキィィィ!!!」
無邪気に笑う炎産霊神に、クウが怒りの炎を宿して突っかかる。
まるで子供の喧嘩にも思える光景に、無轟が本題に戻した。
「それでお前はどうする気だ? レイアではなく、スピカを選ぶのか?」
この言葉に我に返り、クウは動きを止めると顔を歪めた。
「スピカに対して、好きだって想いは残ってる。でも、レイアに対しての想いだって忘れた訳じゃなくて…」
レイアに対して恋愛感情が芽生えたのは、スピカとは会えない環境だったからだ。だが心の余裕が出来た今では、彼女の想いが自分の中にあるのを感じる。
自分でもどっちつかずな状態になっていると、無轟は静かに言った。
「ならば、好きなだけ悩め。悩んだ末に答えを選べばいい。どちらにせよ――今はやるべき事を専念する事だ。決めるのは、その後でも構わないだろう」
「…だな。じゃあな、オッサン!」
無轟の助言に元気を貰い、クウは再び修練場に向かって走り出す。
その後ろ姿を見送ると、無轟はある事を思い出した。
「そう言えば、クウに凛那の事を話して無かったな……まあ、今の奴には関係ないか」
■作者メッセージ
夢さんからバトン交代しました、NANAです。
早いものでもう10月も終わり。あと少しで年末…もありますが、11月は夢旅人さんの誕生日。出来れば今年もプレゼント企画したいので、誕生日までにはどうにか交代したいんですが…今回は少し多めの上に、最近ちょっと更新が遅くなってるからなぁ。主に【KHχ】とか、モンハンとか、FF9とかの所為で(全てゲーム)
なお、サブタイトルは前作で書いていた夢さんのを拝借しました。
早いものでもう10月も終わり。あと少しで年末…もありますが、11月は夢旅人さんの誕生日。出来れば今年もプレゼント企画したいので、誕生日までにはどうにか交代したいんですが…今回は少し多めの上に、最近ちょっと更新が遅くなってるからなぁ。主に【KHχ】とか、モンハンとか、FF9とかの所為で(全てゲーム)
なお、サブタイトルは前作で書いていた夢さんのを拝借しました。