CROSS CAPTURE37 「僅かな一幕 その4」
丁度同じ頃、テラ達が治療兼寝泊まりしている部屋の前。
そこで、ほぼ傷を完治したゼロボロス―――否、紫苑がビラコチャと何やら話をしていた。
「もう行くのか? まだ安静にしていた方が――」
「お心遣い感謝します。ですが、確かめなければならない事があるので」
「しかし…」
どうにかしてビラコチャは引き留めようとするが、紫苑はさっさと背を向けて離れていってしまった。
「行ってしまいましたね」
困り果てたビラコチャに、後ろから声をかけられる。
振り向くと、王羅が苦笑を浮かべていた。
「王羅。会議は済ませたのか?」
「はい。それで様子を見に来たんですが、あの部屋に残っているのは…彼らだけですか」
そう言って部屋の中を覗き見ると、今も尚眠っているルキル。そして、隣で椅子に座ってルキルを見ているウィドの姿がある。
出来るだけ物音を立てない様に部屋に入り、後ろから近づく。彼の背中から拒絶のオーラが出ていたが、王羅はあえて声をかけた。
「どうも。喉とか乾いてませんか?」
「いえ、必要ありません」
「そうですか。隣、宜しいですか?」
そう聞くと、ウィドは何も言わなかった。
肯定はしないが、否定もしていない。とりあえず許してはくれたのだろうと思い、王羅は立ったまま彼の隣でルキルを見た。
眠っている所為か何処か幼さを感じる整った顔立ちに、長い黒い髪。だが、何か違和感を感じる。彼らの話では、本来の髪の色が銀だと聞いていたからだろうか。
改めてルキルの事を観察していると、ずっと黙っていたウィドが口を開いた。
「――昨日の…」
「はい?」
「昨日…話してましたよね、《心剣》と言うモノを…――詳しく聞かせてくれませんか?」
「それは構いませんが…どうしてです?」
突然ぶつけられた質問に王羅が理由を問うと、ウィドが顔を俯かせベルトの部分に手を当てる。
かつて、自身の武器である細剣―――《シルビア》を留めていた所に。
「剣が欲しいんです、あいつに奪われましたから……言ってましたよね、《心剣》とは心の剣だと。心を持つのなら、私でも持つ事が――!」
「そして、クウさんに復讐するんですか?」
グレーとも言える心の領域に王羅自らが足を踏み込むと、ウィドが睨みながら顔を上げる。
だが、それ以上ウィドは口を開けなかった。
「知識を教えるのは構いません。ですが、そんな考えで心剣を手に入れても満足に力は振るえませんよ」
「ッ…!」
いつの間にかホーリーコスモスの切先を向け、冷静なまでに自分を睨む王羅を見たからだ。
切先を向けているが、秩序の力は出していない。それでもウィドが押し黙るほどの覇気を王羅は纏っていた。
「念の為に言って置きますが、知識を授けても心剣を抜ける訳じゃありません。それでもいいのなら、いろいろと教えてあげます。どうします?」
王羅が軽く首を傾げると、表情を歪め顔を逸らす。
剣を向けたまま王羅が黙って待っていると、若干の迷いを浮かべながらもウィドは顔を上げた。
「…それでも、いい。教えてください…《心剣》について。他の剣と言うのも」
「――いいでしょう」
広間にある、修練場の一室。
その中では誰にも聞かせないように、オルガ達四人が中で話をしていた。
「――僕が父さん達の様子をっ!?」
話を聞き終えたイオンが叫ぶと、オルガは一つ頷いた。
「ああ。念の為イオンにソラさん達の確認に行って欲しいんだ。様子を見て、何も無かったらそのまま戻って来ればいい」
「それはいいんですが、どうして?」
「実はな――」
そう前置きすると、オルガは会議での出来事を話し始めた…。
『話を聞いて、一つ思ったのですが…』
『何だ、王羅?』
それぞれが情報を交換しながら話し合っていると、意見を出す王羅。
すぐに神無が声をかけると、何処か憂いのある表情でクウ達に視線を向けた。
『シルビアとアウルムは、もう相手側が手に入れてしまった状態なんですよね? なら、今頃【χブレード】と言うモノは完成してしまっているのでは…!!』
シルビアと同じ形をした金色の剣はフェンが持っていた。それはアクア達だけでなく、操られた人達も見ている。
カルマもエンも、全てのピースを揃えている状態ならばこんな事をしている場合ではないのだろうか。
『それはないわ。彼らは鎖を解く『鍵』を手に入れてないのだから』
最悪の結末に誰もが押し黙る中、イリアドゥスがその考えを斬り捨てる。
この彼女の言葉が引き金となったのか、アクアもまたエンとの会話を思い出した。
『ええ…確か、シルビアは絆の力で融合を阻止する事が出来る。その力は、ソラの持つキーブレードでないと完全に解く事は出来ない。そう言っていました』
『不幸中の幸いって所ね…仲間を失ったからこそ、中途半端な状態で計画を阻止出来たのだから』
『しかし妙ですね。それだけの力量があるのですから、彼とシルビアをさっさと取る事も出来たはず。どうして後回しにしたんでしょうか?』
敵の目的が頓挫した状態で済んでいる事にミュロスが安堵の息を吐くと、ローレライが尤もな疑問をぶつける。
他の人も難しい顔で考えている中、クウが顔を俯かせた状態で呟いた。
『カルマはこっちで動いていたんだろ? カルマの力が使えないなら、両方奪ってこちらの世界に連れて来ても逃げ出す可能性がある。もしそうなってあんた達の勢力に合流したら元も子もない…――少なくとも、“俺”ならそう考える』
『クウ…』
淡々と考えを述べるクウに、隣にいたテラが何処か悲しそうに見る。
異世界とは言え、エンはクウのノーバディだ。例え双方が互いの存在を拒絶したとしても、見えない何かで繋がっている事には変わりない。
その繋がりを使い、答えに近い物を出したクウにアルカナは納得の表情を見せた。
『つまり、カルマが動ける時を考えて行動した…と言う訳か』
『相手が自分自身だと、考えが分かって便利ですね。すみません、気を悪くして…』
『いいさ。使える物は使った方が良い、例え気に喰わなくてもな…』
すぐにレギオンが謝るが、クウは机の下で拳を強く握り締めていた。
こうしてオルガが会議での出来事を話し終えると、イオンは言いたい事が分かった。
「つまり、あちら側の父さんがいない今、こちら側の父さんが危ないと?」
「早い話がそうなる。俺はこれから、紗那と一緒にクウの修行相手をしないといけないから同行は出来ないが…」
申し訳なさそうに言うと、イオンは気にしてないのか一つ頷いた。
「分かりました。ただ、準備の時間くらいは欲しいんですけど」
「もちろんさ。じゃあ、そっちの事は頼む。それと、念の為に同行者を何人か決めておいてくれ。万が一、カルマ達に会ったら溜まった物じゃないしな」
「分かってます」
こうして今後の事を話し、四人は一旦部屋を出た。
再び広間に戻った時、入り口から荒々しい足音が響いた。
「――わりぃ、遅れたっ!!」
大きな声で謝罪を広間に響かせ、クウが飛び込む様に入ってくる。
そんなクウに、真っ先にシャオが反応して笑顔で近づいた。
「師匠っ!」
「意外と早かったな。もうグローブを手に入れたのか?」
会議の後、急いでクウが武器を求めて部屋を飛び出したのを知っているのでオルガが聞く。
余程急いできたのか、クウは膝に手を乗せて荒々しく深呼吸しながら頷いた。
「ま、まあな…それより、神月は!?」
「神月は今依頼で抜けてるの。だから、私とオルガであなたの修行相手をさせて貰うわ」
「そう言う事だ。さっ、さっさと始めようぜ」
オルガが声をかけると共に、二刀の心剣をその手に取り出す。同じく紗那も羽衣を纏って双剣を取り出す。
実戦で教えようとする二人に戸惑いを見せると、オルガが真剣な眼差しで説明した。
「悪いが、俺も紗那も最初から双剣使いだった訳じゃないんだ。だから、頭から教えるよりも実戦であんたに叩き込む」
「時間が惜しいあなたには、最善な方法だと思うんだけど?」
双剣を構えながら紗那がクスリと笑いかけると、クウも息を整えて立ち上がりその手にキーブレードを出現させた。
「…あぁ」
その呟きと共に、両手で握り込むとキーブレードを二つに分ける。
双剣に変えたキーブレードに軽く目を通すと、すぐにオルガと紗那に目を向けて強く握り締めた。