CROSS CAPTURE38 「生まれる希望」
何度も刃をぶつけ合う音が、修練場の広間に鳴り響く。
それぞれ修練場で修行をしたり手合せをしていた人も、今は休憩や新たに来た人の戦闘に興味を持ってクウ達の特訓の様子を見ている。
距離を取ったオルガの放った炎熱の衝撃波を、クウは翼を使って避ける。しかし、次に迫るオルガの剣舞にとっさに双剣を交差して受け止めた。
「う、くっ…!?」
「無理に二つで防ぐな!! 攻撃は片方で受け流せ!!」
「んな事、言われて…もっ!!」
『無刃焔殲舞』を放ったオルガから叱咤が飛ぶが、どうにか押し返す事で攻撃を相殺する。
だが、それと同時に紗那が目の前に迫っていた。
「はぁ!!」
「どわっ!?」
即座に繰り出される双剣による一閃が、無防備となったクウに襲いかかる。
そのまま吹き飛ぶようにクウは倒れ込む中、攻撃の衝撃で手放した両方のキーブレードはあらぬ方向へと滑り込んでいった。
「まったく。呆れて物が言えないわ…」
床に倒れ込んだクウに、特訓を見ていたウラドが呆れながら近づく。
立場上何時もは地下室にいるのだが、この特訓の話題を聞いて興味本位でやって来た。ちなみに彼女も双剣も扱うと言う事で、長い経験と知識を生かし今では指導係となっている。
手に血の色をした短剣―――『真血』を取り出すなり、遠くに飛ばされたキーブレードに切先を向けた。
「二刀流と言うのは、本来片方で受け流し片方で攻めるもの。なのに、お前は両方の剣で攻撃と防御を行っている。これでは敵に隙を曝すだけ」
「初めての奴に、そこまで言うかよ…」
「当たり前でしょう。さあ、立ちなさい。【自分自身】と決着を付けるんじゃなくて?」
ウラドの説教に、クウは押し黙り遠くに吹き飛んだキーブレードを見る。
もう一度戦わないといけない。シルビアを奪ったエンと――圧倒的な強さで敗北した相手と。
そして闇の中で培った膨大な強さを持った、かつて守ると決めた恋人――仮面に支配されたスピカとも。
「そうだな…――ここで弱音やら言い訳やらやってる暇ねえもんなぁ!!」
立ち上がりながら軽く腕を振るうと、キーブレードを光らせてその手に呼び戻す。
再び双剣を握るクウに、オルガと紗那もそれぞれ構えを作る。
彼の特訓は、まだまだ始まったばかり…。
昨日、鞭を打った身体で魔力の使い過ぎで体調を崩したレイアは、使用人の計らいで大部屋から個室へと療養の為に部屋を移していた。
その部屋では、ベットの上でレイアが上半身を起こしている。隣では看病に来たカイリの他に、見舞いに来たテラとヴェンがいた。
「体調はどうだ?」
「飲み物持ってきたんだけど、飲める?」
「は、はい…何とか…」
二人に心配されているのが分かり、レイアは申し訳なさそうに頷くとヴェンから飲み物を受け取る。
善意を無駄にしてはいけない思いからコクコクと水を飲んでいると、徐にテラが顔を覗き見た。
「顔色は良いな。何か食べたいものはあるか?」
「い、いえ…! お気遣いなく…!」
そう言って手を振った直後、レイアから《ク〜…》とお腹の虫が鳴り響いた。
「あうっ…!」
「身体は正直だな。少し待っててくれ、城の人達に何か消化の良い物を頼んでくる」
「テラ、俺も行くー!」
聞かれてしまった恥ずかしさでこれでもかと顔を真っ赤にするレイアに対し、テラは笑いながら扉に向かう。
ヴェンもテラと一緒に部屋を出ていくと、やり取りを見ていたカイリがレイアに微笑んだ。
「みんな優しいね」
カイリが思った事を言うと、どう言う訳かレイアは表情を浮かなくさせた。
「ごめんなさい…」
「え?」
「カイリさんの方が、辛いのに…私、迷惑かけてしまってますから…」
「何言ってるの?」
「だって…カイリさん、ソラさんと『恋人』なんですよね? 本当は悲しい筈なのに…」
レイアの口から発せられた爆弾発言に、今度はカイリの顔が真っ赤になった。
「ちょ、ちょっと!? だだ、誰がそんな事言ったの!?」
「リクさんが笑いながら話してくれました。お二人は付き合ってるって。ヴェンさんも頷いてましたよ」
「リク、後で覚えてなさい…!!」
キョトンとしながら話すレイアに、カイリは心の手帳に強く書きこむ。
どう言った仕返しが一番効果的か策を練っていると、レイアは顔を俯かせながら胸に手を当てる。
「正直、羨ましいです…私にはそんな素直な感情ありませんから。どんなにクウさんの事を思っても、私には心が無いからまやかしでしかない…」
「そんな事ないよ! だってレイア、クウにスピカさんのロケット返したでしょ? 隠す事だって出来たのに、そうしなかったのはクウやスピカさんの事を思って――!」
「…違うんです」
言い聞かせるカイリに、首を振って否定するレイア。
これに困惑を見せると、レイアは枕の下に手を入れて、そこから一枚の黒い羽根を取り出した。
「レイア、その羽根は?」
「スピカさんのロケットに入ってたんです…――この羽根、クウさんの力を感じるから」
羽根を両手でギュっと握り締め、自分の胸に当てる。
ずっとクウと一緒にいたのだ。この羽根から感じる闇の力は、間違えようがない。
心など無いのに、鈍い痛みが胸に突き刺さる。
「スピカさんにとって、この羽根はクウさんに関係ある大切な物だって分かったから…いっそ見つからなければって思って勝手に盗んで!! こんな事してしまって…――私、最低です…っ!!」
何も思わないならまだしも、醜い感情が走った行為にボロボロと涙を零すレイア。
悪い事だと分かっていても、返す事が出来ない…いや、したくない。返せばきっと、クウの心はより一層スピカに傾く。そんなの、嫌だ。
最悪の未来にレイアが泣き崩れていると、黙って話を聞いたカイリは優しく頭を撫でた。
「大丈夫だよ。レイアが最低なら…私なんて、もっと最低なんだから」
泣き愚図る子供をあやす様に呟くと、カイリはニッコリと満面の笑顔を見せて言い放った。
「――私ね、一年間くらいソラの事を忘れてた時期があったんだ」
「…ヘ?」
在り得ない告白に、レイアは目を丸くする。
豆鉄砲を喰らった鳩のようにポカンとさせている間にも、カイリは笑いながら話を続ける。
「“いた”って言うのは辛うじて覚えていたんだけど、顔も名前も思い出せなかったんだ。他の人なんて、「そんな人いたっけ?」みたいな感じで綺麗サッパリ忘れてたっけ」
「あ、あの…? それ、本当なんですか…?」
「本当だよ。ソラの両親だって完全に忘れてたんだから…――ね、私の方が最低でしょ? 私の事を思ってくれたソラの存在、いつの間にか忘れちゃってたんだから」
「カイリさん、笑い事じゃない気がするんですが…?」
笑いながら話すカイリとは対象に、レイアは冷や汗をダラダラと流す。
名前や顔を度忘れするのならまだしも、一年も存在自体忘れるなんて少なくとも異常である。
こうしてレイアが唖然とすると、カイリは優しく笑って再び頭を撫でた。
「だから、元気出して。ロケットだけでもちゃんと返してるんだし…どんな時でもクウの事を思ってるレイアの方が立派なんだから」
「…ありがとう、ございます」
本当なら、今の話はカイリにとって辛い出来事だったはず。それでも自分の為に話してくれたのだと理解する。
静かにレイアが頭を下げる中、今の話を聞いて思う事があった。
「ところで…今はソラさんの事、覚えているんですよね? どうしてなんですか?」
「分かんない。私はロクサスのおかげで思い出せたけど、他の皆は何故か自然に思い出して…今でもよく分からないんだ」
「ロクサス?」
聞き覚えの無い名前にレイアがキョトンと目を瞬かせていると、すぐにカイリが説明した。
「あ、レイアは知らないよね。ロクサスって言うのは、ソラのノーバディなの」
「え…えええっ!!? ノ、ノーバディって事は、え!? まさかソラさん、ハートレスに…!?」
「うん。その時にソラに助けて貰った際に、私もナミネって言うノーバディが生まれたんだ」
「た、助けて貰ってノーバディですか!?」
「あっ、ロクサスで思い出したけど、ヴェンってどう言う訳かロクサスと顔がそっくりなんだよね。どうしてなんだろ?」
「もう、何が何だか分からなくなっちゃいました…」
突拍子もなく話される内容に、さすがのレイアも頭が混乱する。
それでも、レイアの中でどうしても聞きたい事が一つあった。
「あの…ちなみに、ロクサスさんと言うのは、今…」
「えっとね、ロクサスはナミネと一緒にソラや私の中に戻ったの。元居るべき場所に…かな?」
「元、居るべき場所…」
胸に手を当ててカイリが答えると、レイアの表情に暗い影を落とす。
思わずカイリが顔を覗き見るのと同時に、小さく呟いた。
「私も…何時かは戻らないとダメ…ですよね?」
それはノーバディとして産まれたのなら避けられない定め。今の今まで、考えないようにして来た未来。
突き付ける現実に苦しむレイアに、カイリは慌てて取り繕う。
「だ、大丈夫だよ! すぐじゃなくても、戻りたい時に戻ればいいでしょ? ね?」
「もし、その日が来たら…私、消えちゃうんでしょうか? 世界を廻った事、皆さんと出会った事、そしてクウさんの事も…――私だけの記憶、一緒に消えて…!!」
「レイア…」
不安で一杯のレイアに、カイリの胸がズキリと痛む。
機関との戦いでは敵であるノーバディは消滅したし、ロクサスもナミネも私達の中に戻ったと言っても個人として存在している訳ではない。更に言えば、自分にもソラにもナミネやロクサスの記憶は無い。
ナミネも、ロクサスも、アクセルだって…今のレイアと同じ気持ちを抱えていたのかもしれない。本当にノーバディに心は無いのだろうか?
黙々と考えるカイリと涙が止まらないレイア。二人の何とも言えない空気で部屋の中が重くなっていると、急に軽いノック音が響いた。
「入っても宜しいかな?」
「はい、どうぞ!」
知らない男性の声だったが、使用人だろうと思いカイリは入る様に促す。
扉から入って来たのは、頭から二本の角を生やした男性だった。紳士礼装を髣髴する衣装に、腰に巻いたベルトにはサーベルが差し込まれている。
少なくとも使用人ではないし、明らかに人間ではない。だが、カイリも伊達に外の世界を見回って来た訳ではない。特に驚きもせずに、誰なのかを聞く事にした。
「あの…あなたは?」
「アガレス・グシフォンだ。突然の訪問ですまない、君達に少々話があってね」
「はぁ…?」
見知らぬ来訪者に、思わず生返事するカイリ。
それでも、話があるのなら聞かなければならない。カイリはすぐに椅子から立ち上がって背の高いアガレスに視線を合わせる。
レイアも涙を拭って聞く体制に入ると、アガレスが口を開いた。
「会議に参加した者達から、君達の事を聞いたんだが――」
次に言ったアガレスの言葉に、二人の間で希望が生まれた。
「――私の知り合いに、“ソラ”と言う少年を助けられるかもしれない人物がいるんだ」
それぞれ修練場で修行をしたり手合せをしていた人も、今は休憩や新たに来た人の戦闘に興味を持ってクウ達の特訓の様子を見ている。
距離を取ったオルガの放った炎熱の衝撃波を、クウは翼を使って避ける。しかし、次に迫るオルガの剣舞にとっさに双剣を交差して受け止めた。
「う、くっ…!?」
「無理に二つで防ぐな!! 攻撃は片方で受け流せ!!」
「んな事、言われて…もっ!!」
『無刃焔殲舞』を放ったオルガから叱咤が飛ぶが、どうにか押し返す事で攻撃を相殺する。
だが、それと同時に紗那が目の前に迫っていた。
「はぁ!!」
「どわっ!?」
即座に繰り出される双剣による一閃が、無防備となったクウに襲いかかる。
そのまま吹き飛ぶようにクウは倒れ込む中、攻撃の衝撃で手放した両方のキーブレードはあらぬ方向へと滑り込んでいった。
「まったく。呆れて物が言えないわ…」
床に倒れ込んだクウに、特訓を見ていたウラドが呆れながら近づく。
立場上何時もは地下室にいるのだが、この特訓の話題を聞いて興味本位でやって来た。ちなみに彼女も双剣も扱うと言う事で、長い経験と知識を生かし今では指導係となっている。
手に血の色をした短剣―――『真血』を取り出すなり、遠くに飛ばされたキーブレードに切先を向けた。
「二刀流と言うのは、本来片方で受け流し片方で攻めるもの。なのに、お前は両方の剣で攻撃と防御を行っている。これでは敵に隙を曝すだけ」
「初めての奴に、そこまで言うかよ…」
「当たり前でしょう。さあ、立ちなさい。【自分自身】と決着を付けるんじゃなくて?」
ウラドの説教に、クウは押し黙り遠くに吹き飛んだキーブレードを見る。
もう一度戦わないといけない。シルビアを奪ったエンと――圧倒的な強さで敗北した相手と。
そして闇の中で培った膨大な強さを持った、かつて守ると決めた恋人――仮面に支配されたスピカとも。
「そうだな…――ここで弱音やら言い訳やらやってる暇ねえもんなぁ!!」
立ち上がりながら軽く腕を振るうと、キーブレードを光らせてその手に呼び戻す。
再び双剣を握るクウに、オルガと紗那もそれぞれ構えを作る。
彼の特訓は、まだまだ始まったばかり…。
昨日、鞭を打った身体で魔力の使い過ぎで体調を崩したレイアは、使用人の計らいで大部屋から個室へと療養の為に部屋を移していた。
その部屋では、ベットの上でレイアが上半身を起こしている。隣では看病に来たカイリの他に、見舞いに来たテラとヴェンがいた。
「体調はどうだ?」
「飲み物持ってきたんだけど、飲める?」
「は、はい…何とか…」
二人に心配されているのが分かり、レイアは申し訳なさそうに頷くとヴェンから飲み物を受け取る。
善意を無駄にしてはいけない思いからコクコクと水を飲んでいると、徐にテラが顔を覗き見た。
「顔色は良いな。何か食べたいものはあるか?」
「い、いえ…! お気遣いなく…!」
そう言って手を振った直後、レイアから《ク〜…》とお腹の虫が鳴り響いた。
「あうっ…!」
「身体は正直だな。少し待っててくれ、城の人達に何か消化の良い物を頼んでくる」
「テラ、俺も行くー!」
聞かれてしまった恥ずかしさでこれでもかと顔を真っ赤にするレイアに対し、テラは笑いながら扉に向かう。
ヴェンもテラと一緒に部屋を出ていくと、やり取りを見ていたカイリがレイアに微笑んだ。
「みんな優しいね」
カイリが思った事を言うと、どう言う訳かレイアは表情を浮かなくさせた。
「ごめんなさい…」
「え?」
「カイリさんの方が、辛いのに…私、迷惑かけてしまってますから…」
「何言ってるの?」
「だって…カイリさん、ソラさんと『恋人』なんですよね? 本当は悲しい筈なのに…」
レイアの口から発せられた爆弾発言に、今度はカイリの顔が真っ赤になった。
「ちょ、ちょっと!? だだ、誰がそんな事言ったの!?」
「リクさんが笑いながら話してくれました。お二人は付き合ってるって。ヴェンさんも頷いてましたよ」
「リク、後で覚えてなさい…!!」
キョトンとしながら話すレイアに、カイリは心の手帳に強く書きこむ。
どう言った仕返しが一番効果的か策を練っていると、レイアは顔を俯かせながら胸に手を当てる。
「正直、羨ましいです…私にはそんな素直な感情ありませんから。どんなにクウさんの事を思っても、私には心が無いからまやかしでしかない…」
「そんな事ないよ! だってレイア、クウにスピカさんのロケット返したでしょ? 隠す事だって出来たのに、そうしなかったのはクウやスピカさんの事を思って――!」
「…違うんです」
言い聞かせるカイリに、首を振って否定するレイア。
これに困惑を見せると、レイアは枕の下に手を入れて、そこから一枚の黒い羽根を取り出した。
「レイア、その羽根は?」
「スピカさんのロケットに入ってたんです…――この羽根、クウさんの力を感じるから」
羽根を両手でギュっと握り締め、自分の胸に当てる。
ずっとクウと一緒にいたのだ。この羽根から感じる闇の力は、間違えようがない。
心など無いのに、鈍い痛みが胸に突き刺さる。
「スピカさんにとって、この羽根はクウさんに関係ある大切な物だって分かったから…いっそ見つからなければって思って勝手に盗んで!! こんな事してしまって…――私、最低です…っ!!」
何も思わないならまだしも、醜い感情が走った行為にボロボロと涙を零すレイア。
悪い事だと分かっていても、返す事が出来ない…いや、したくない。返せばきっと、クウの心はより一層スピカに傾く。そんなの、嫌だ。
最悪の未来にレイアが泣き崩れていると、黙って話を聞いたカイリは優しく頭を撫でた。
「大丈夫だよ。レイアが最低なら…私なんて、もっと最低なんだから」
泣き愚図る子供をあやす様に呟くと、カイリはニッコリと満面の笑顔を見せて言い放った。
「――私ね、一年間くらいソラの事を忘れてた時期があったんだ」
「…ヘ?」
在り得ない告白に、レイアは目を丸くする。
豆鉄砲を喰らった鳩のようにポカンとさせている間にも、カイリは笑いながら話を続ける。
「“いた”って言うのは辛うじて覚えていたんだけど、顔も名前も思い出せなかったんだ。他の人なんて、「そんな人いたっけ?」みたいな感じで綺麗サッパリ忘れてたっけ」
「あ、あの…? それ、本当なんですか…?」
「本当だよ。ソラの両親だって完全に忘れてたんだから…――ね、私の方が最低でしょ? 私の事を思ってくれたソラの存在、いつの間にか忘れちゃってたんだから」
「カイリさん、笑い事じゃない気がするんですが…?」
笑いながら話すカイリとは対象に、レイアは冷や汗をダラダラと流す。
名前や顔を度忘れするのならまだしも、一年も存在自体忘れるなんて少なくとも異常である。
こうしてレイアが唖然とすると、カイリは優しく笑って再び頭を撫でた。
「だから、元気出して。ロケットだけでもちゃんと返してるんだし…どんな時でもクウの事を思ってるレイアの方が立派なんだから」
「…ありがとう、ございます」
本当なら、今の話はカイリにとって辛い出来事だったはず。それでも自分の為に話してくれたのだと理解する。
静かにレイアが頭を下げる中、今の話を聞いて思う事があった。
「ところで…今はソラさんの事、覚えているんですよね? どうしてなんですか?」
「分かんない。私はロクサスのおかげで思い出せたけど、他の皆は何故か自然に思い出して…今でもよく分からないんだ」
「ロクサス?」
聞き覚えの無い名前にレイアがキョトンと目を瞬かせていると、すぐにカイリが説明した。
「あ、レイアは知らないよね。ロクサスって言うのは、ソラのノーバディなの」
「え…えええっ!!? ノ、ノーバディって事は、え!? まさかソラさん、ハートレスに…!?」
「うん。その時にソラに助けて貰った際に、私もナミネって言うノーバディが生まれたんだ」
「た、助けて貰ってノーバディですか!?」
「あっ、ロクサスで思い出したけど、ヴェンってどう言う訳かロクサスと顔がそっくりなんだよね。どうしてなんだろ?」
「もう、何が何だか分からなくなっちゃいました…」
突拍子もなく話される内容に、さすがのレイアも頭が混乱する。
それでも、レイアの中でどうしても聞きたい事が一つあった。
「あの…ちなみに、ロクサスさんと言うのは、今…」
「えっとね、ロクサスはナミネと一緒にソラや私の中に戻ったの。元居るべき場所に…かな?」
「元、居るべき場所…」
胸に手を当ててカイリが答えると、レイアの表情に暗い影を落とす。
思わずカイリが顔を覗き見るのと同時に、小さく呟いた。
「私も…何時かは戻らないとダメ…ですよね?」
それはノーバディとして産まれたのなら避けられない定め。今の今まで、考えないようにして来た未来。
突き付ける現実に苦しむレイアに、カイリは慌てて取り繕う。
「だ、大丈夫だよ! すぐじゃなくても、戻りたい時に戻ればいいでしょ? ね?」
「もし、その日が来たら…私、消えちゃうんでしょうか? 世界を廻った事、皆さんと出会った事、そしてクウさんの事も…――私だけの記憶、一緒に消えて…!!」
「レイア…」
不安で一杯のレイアに、カイリの胸がズキリと痛む。
機関との戦いでは敵であるノーバディは消滅したし、ロクサスもナミネも私達の中に戻ったと言っても個人として存在している訳ではない。更に言えば、自分にもソラにもナミネやロクサスの記憶は無い。
ナミネも、ロクサスも、アクセルだって…今のレイアと同じ気持ちを抱えていたのかもしれない。本当にノーバディに心は無いのだろうか?
黙々と考えるカイリと涙が止まらないレイア。二人の何とも言えない空気で部屋の中が重くなっていると、急に軽いノック音が響いた。
「入っても宜しいかな?」
「はい、どうぞ!」
知らない男性の声だったが、使用人だろうと思いカイリは入る様に促す。
扉から入って来たのは、頭から二本の角を生やした男性だった。紳士礼装を髣髴する衣装に、腰に巻いたベルトにはサーベルが差し込まれている。
少なくとも使用人ではないし、明らかに人間ではない。だが、カイリも伊達に外の世界を見回って来た訳ではない。特に驚きもせずに、誰なのかを聞く事にした。
「あの…あなたは?」
「アガレス・グシフォンだ。突然の訪問ですまない、君達に少々話があってね」
「はぁ…?」
見知らぬ来訪者に、思わず生返事するカイリ。
それでも、話があるのなら聞かなければならない。カイリはすぐに椅子から立ち上がって背の高いアガレスに視線を合わせる。
レイアも涙を拭って聞く体制に入ると、アガレスが口を開いた。
「会議に参加した者達から、君達の事を聞いたんだが――」
次に言ったアガレスの言葉に、二人の間で希望が生まれた。
「――私の知り合いに、“ソラ”と言う少年を助けられるかもしれない人物がいるんだ」
■作者メッセージ
今回は修繕の部分に触れないよう話を書いていたら、いつもより多めに話を構成してしまいました…。
今回も書きたい事は書いたので、ここで夢旅人にバトン交代します。
今回も書きたい事は書いたので、ここで夢旅人にバトン交代します。