CROSS CAPTURE41 「混沌の深淵」
出現した竜をラクラたちに任せ、先に進んだ伽藍たちはスピードを衰えずに移動している。
竜の気配はまだ感じないが、空気が変わったのは誰でも理解していた。
そんな中でゼツは先方を進んでいる伽藍に声を投げかける。
「おい、伽藍! このまま全速で進む気か?」
「できればそうしたいな。もうあの竜のテリトリーだから、な」
「でも、竜って1体だけじゃないの?」
「……どうだろうな」
ヴァイの問いかけに、伽藍は曇った言葉で応じた。
その言葉に皆の不安が過ぎる中で、ヘカテーは思わず動きを止め、上の方を仰いだ。
彼女の様子に伽藍たちは動きを止め、シンクは戸惑いながらも声をかける。
「! ヘカテーどうしたの?」
「―――来る」
『!!』
皆がその声に驚愕の色を見せ、彼女が仰いだ上の景色――眩しい陽光を照らす太陽と砂漠からその気配が現れる。
太陽の中から一つの影が現れる。次第に巨大になっていくその影がこちらへと降りてきた。
「ッ! 伽藍さん、皆さんはこのまま先へ急いでください! 此処は僕とヘカテーで抑えます!!」
そう吼えながらシンクは一瞬のうちに黒金の拳銃にしては巨大な銃を取り出して、その影へと撃ち込んでいた。
撃った魔弾は超凝縮された弾丸で、着弾すると大爆発を生じる爆炎が迫った影を飲み込む。
「よし、いくぞ!」
「無理しちゃだめだからね!」
それを見計らって、伽藍たちはそのまま先へと進んでいった。
シンクに続いて、ヘカテーも金色に染まった、先端に幾つもの連環がついた杖を取り出して臨戦態勢になり、無数の光弾を影のあった方へ一斉に放射する。
すると、爆炎と爆風を突きぬけ、影の正体が露になった。禍々しいまでの姿をし、赤く輝く血脈が体表に現れた巨大な竜が二人の前に咆哮を放つ。
「これが伽藍さんの言っていた、竜…!」
想像を絶する威圧を前に、シンクは息を呑むも銃口は決して逸らさなかった。
ヘカテーも同様に、杖を強く握り締めて威圧に耐えしのいだ。
「ヘカテー、此処はこの世界の地形を利用して戦おう。僕がなるべく前に出るから、後方からサポートしてくれる?」
「うん…任せて」
そう言って、シンクは頷いて散開した。無論、唯散開したのではない。自分へと攻撃を向けるように先手を打った。
「こっちだ!!」
銃口から光の力で構築した刃の弾丸が無数に射出し、竜の体表にヒットする。同時にヘカテーが散開の移動を行い、竜はシンクに怒りの眼差しを向けて猛然と突っ込んでくる。
シンクは小さく笑んで、自らも移動しながらの攻撃を開始する。無数に聳える摩天楼の壁を駆けながら魔弾を装填する。
シンクが駆ける摩天楼を突き破り、自分へと驀進する竜の双眸に魔弾を撃ち込んだ。見事に着弾して目潰しする。同時に爆発が竜の顔を焼き焦がす。
視界を潰された竜は自身のスピードを止められずに他の摩天楼に激突する。シンクは別の摩天楼に飛び移り、様子を見る。
「目を潰した程度じゃあどうなるか…」
見る一方で激突は収まり、次々と摩天楼が土煙と立ち上らせる。気配を鋭く保ちながら身構える。
土煙が薄らいでいくと共に竜の姿を捉える。と、同時にシンクは直ぐに別の摩天楼へと飛び移った。
その後を追うようにシンクが居た摩天楼が巨大な赤い光に飲まれて消し飛んだ。既に竜は攻撃の態勢を整えていた。
しかも、目を潰していたのにこちらへ正確に撃ち込んで来た。その程度では効き目は薄かったのだ。
シンクは飛び移りながら竜を捕捉する。巨大な翼をまるで砲身のように形を変えて、こちらへと向けている四肢を張っている竜。潰された筈の両目は無傷のように直っていた。
「ちっ!」
さすがのシンクも舌打ちし、砲撃を回避する。砲身を攻撃しても砲撃の衰える様子は無い。
そこへ、竜の頭上からヘカテーが躍り出た。杖に魔力を収束し、振り下ろす。
「ヘカテー!」
「双極竜星(そうきょくりゅうせい)!」
振り下ろすと同時に光と闇の双竜の塊が具現化し、一気に砲撃する竜へと激突する。
しかし、砲撃は尚も続けられており、ヘカテーは続けて攻撃する。
「なら……双極竜星―――煌月(こうげつ)!」
先ほどの光と闇の竜が、更に無数に降り注ぐ。砲撃を続けていた竜は攻撃を凌ぎながら砲口を彼女へと向けようとした。
だが、それを阻むようにシンクの魔弾が加勢するように轟いた。
「凍てつけ! コキュートス・レイジ!!」
連続で射出した魔弾が着弾すると体表の至る所へ氷結されていく。ヘカテーに向けられかけた砲身は在らぬ方へ凍結される。
そして、更に具現化した竜を砲口へと飲み込むように叩き込んだ。砲身に入った事で砲身が内部から暴発するように破壊され、竜は痛みの絶叫を上げながらヘカテーに我武者羅の突撃を敢行する。
襲い掛かる竜にヘカテーは引き下がろうとせず、杖を構える。
「ヘカテー、危険だ! 退くんだ!」
「月よ、私に力を…!」
呼応するようにヘカテーの頭上の景色、陽光の砂漠が一瞬で月夜の砂漠に染まり、月光がヘカテーを照らす。
光を帯びたヘカテーは杖を持ち構え、振り下ろす。
「フルムーン・ジャッチメント!」
月光の力で具現化された女神が突進してきた竜を受け止め、包み込むように抱擁する。抱擁に呑まれた竜は内側から強大な光の力の攻撃を受ける。
シンクは今まで見た事の無い彼女の大技に賞賛と唖然の混ざった声を零す。
「すごい…!」
ヘカテーの攻撃を受けた大きく傷を受けたのか竜は既に姿を消し、退いていた。
竜との戦闘で崩れた摩天楼にある頂の場所、この辺りの気配を探ろうにも、完全に途絶えてしまい追撃も叶わない。
そうして、シンクは確認の末に彼女へと近づき、驚きを隠せないで話し掛けた。
「ヘカテー、今の力は…」
「……」
問いかけられた彼女は何処か答えづらそうにシンクに見つめ返す。その視線に、シンクは静かに納得して言う。
「ごめん。お陰で退けたんだからそれでいいか」
「ありがとう」
その言葉に心から安堵したように微笑んだ彼女にシンクは釣られて微笑み返した。
ヘカテーはシンクが生まれた世界タルタロスの塔の中で秘密裏に作られた生命体だった。その後、ヘカテーは現在に至るまで自分を知ろうと何度も塔の内部を調べてきた。
そんな中で自身の本来の力の発端を知る事になった。
月である。ヘカテーの名も月に関した神の呼称であった。ヘカテーは自身の力をより強大なものにする為に必要な条件の一つが月が照らされている事だ。
月の力を利用し、更なる力を顕現する事が出来る彼女はシンクに隠れてその訓練を行い続けてきた。そうして、周囲の空間を『月夜』に染め上げ、自身の優位なフィールドに変わる術式を会得した。
力を求めたのは彼の為にでもあった。シンクは自分を守る為に戦ってくれる。だが、自分は唯守られるがどうしても我慢できなかった。
「……私だって、シンクの力になる。唯、守られるのはもういや」
守り、守られる力を望んだからこそ、ヘカテーは自身の真実と向き合い、真の己へと開花した。
名のとおりにヘカテーは月の女神のような能力を得て、シンクと共に戦おうとする道を切り開いた。
彼女の揺るがない決意の声にシンクは応じるように頷いた。
「うん。さあ、追いかけないとね」
「……どうやって……?」
「あ」
「おーい!」
思わず硬直したシンクが愕然としている中で二人にかける声が聞こえてくる。ヘカテーが代わりにその方へ見遣るとラクラとフェンデルの二人であった。
無事そうな二人を見て、ヘカテーは安心したように一息ついて、固まっているシンクに話し掛ける。
「ラクラたちだよ。シンク」
「――――ハッ! ラ、ラクラ!?」
漸く気付いたシンクは慌てて振り向いて、ラクラのほうへ手を振る。
そして、摩天楼の頂に着地したラクラたちは彼らの様子を見るや安心したように満足げに言う。
「まさか、そっちも竜が居たか……まあ、無事に退けたみたいだな」
「ふふ、流石ね」
「あ……うん。ヘカテーのお陰で」
何処か照れ臭く言うシンクを傍で微笑むヘカテーは二人に同じように問うた。
「あなたたちも?」
「…ああ。どうにか退いた……直ぐにでも伽藍たちと合流しないとな」
「でも、こんな無茶苦茶な世界で……どうやって?」
困った様子のシンクらだが、ラクラたちはいたって平静に言う。
「? 伽藍の施した術で、『伽藍たち』の居る方へ迷わず行けるぞ」
「そうなの?」
「感覚をもっと澄ましてみれば直ぐにわかるわ」
フェンデルが諭すように言い、シンクとヘカテーは深呼吸と共に精神を落ち着かせ、研ぎ澄ます。
彼の言葉通り、『伽藍たちのいる』方角がわかる。
「――あっちの方ですよね」
シンクが指を指す方向へ向けて言うと、ラクラが頷き、答える。
「そうだ。流石だな―――さ、急いで合流するぞ!」
ラクラの言葉と共に、シンクたちは施された術の力で摩天楼を発ち、伽藍たちの居る方角へ飛行していく。
その末に彼らが居る。ラクラは内心、自分たちの無事とは反対に彼らの危機にあせりを感じた。
(あの竜がもう1体……早くしないと同時に襲われかねない!)
ラクラ、そして、シンクらのお陰で更に先へと進む事が出来た伽藍たち一行。
混沌とした世界が次第に一つへ収束していく異様の光景に伽藍は確信する。もうすぐだ、と。
異様の光景、それは赤にも、茜にも見える幽玄の地。ここへと訪れた事の在る伽藍は迷わずに歩き、ヴァイはその足取りについていく。
そして、唯一人、凛那だけがこの景色、空気がとても懐かしいと感じてしまっている。
(まあ、『私』を作るためにこの世界にある素材で作られたのなら、当然…か)
自分を作った際に、此処の素材を使ったと言うのならば確かに、故郷なのだろう。
凛那は何処か不思議とそう自分で納得し、無言のまま歩を進めている。
ヴァイは一向に上の空の様子の彼女に不安を抱いていた。常ならぬ彼女と違う姿に小さな戸惑いを覚えたのだった。
「……凛那、ずっと黙ったままだ」
「ああ。無口ってわけじゃなかったよな」
その不安にゼツが宥める様に言う。不安がる彼女に、自分なりにフォローしているのであった。
そんな彼のフォローにヴァイもその様子に元気に明るく応じた。
「うん。――にしてもなんだかいろんな景色が一つきりになってきたよね」
混沌とした赤い景色だけが在る中で伽藍が振り返らずに彼女の疑問に答えた。
「もうじき、素材があるところに近づいてきたって事だ」
「―――」
そうして、伽藍の歩が漸く止まり、彼らは到達した。
最奥の地というべき場所は茜の光を放つ、中に漆黒を秘めた水晶が幾つも聳えたまるで玉座のようになっている。
そして、その玉座の頂に同じように漆黒を秘めたより強い輝きを放つ茜の鉱石のようなものが浮遊している。
「伽藍、もしかして……あれか?」
ゼツが怪訝に浮遊する鉱石を見ながら問いかける。伽藍は頷き、
「そう…アレだよ。アレが凛那に使った素材だ」
「じゃあ、これを回収して帰れば…!」
ヴァイが嬉々として言う中で、凛那は素材となる鉱石を見据えていた。懐かしさの根源の一つでもあるそれを。
伽藍がゆっくりと宙に浮かび、それを手に取ろうとした瞬間だった。
「――――ソコマデダ――――」
この場に居る誰もが聞いたことの無い声が響き渡る。その声に、伽藍は抵抗する力もなく、伸ばした手を中途にしたまま身動きが取れずにいた。
「な、ま…さか…!」
伽藍は以前、この想像絶する威圧感に見覚えがあった。それは、こうして素材たる鉱石を手に入れてすぐだった。
途方も無い強大な殺意に当てられ、半狂乱になりながらも逃げ延びたあの時を。
そして、その声の方へゆっくりと視線を向ける。ゼツたちもこの威圧に驚きながらも剣を取り出し、臨戦態勢を整えた。
「―――異界ノ客人(まれうど)ドモヨ―――」
声の主は、剱山ともいうべき玉座の頂からだった。
竜の気配はまだ感じないが、空気が変わったのは誰でも理解していた。
そんな中でゼツは先方を進んでいる伽藍に声を投げかける。
「おい、伽藍! このまま全速で進む気か?」
「できればそうしたいな。もうあの竜のテリトリーだから、な」
「でも、竜って1体だけじゃないの?」
「……どうだろうな」
ヴァイの問いかけに、伽藍は曇った言葉で応じた。
その言葉に皆の不安が過ぎる中で、ヘカテーは思わず動きを止め、上の方を仰いだ。
彼女の様子に伽藍たちは動きを止め、シンクは戸惑いながらも声をかける。
「! ヘカテーどうしたの?」
「―――来る」
『!!』
皆がその声に驚愕の色を見せ、彼女が仰いだ上の景色――眩しい陽光を照らす太陽と砂漠からその気配が現れる。
太陽の中から一つの影が現れる。次第に巨大になっていくその影がこちらへと降りてきた。
「ッ! 伽藍さん、皆さんはこのまま先へ急いでください! 此処は僕とヘカテーで抑えます!!」
そう吼えながらシンクは一瞬のうちに黒金の拳銃にしては巨大な銃を取り出して、その影へと撃ち込んでいた。
撃った魔弾は超凝縮された弾丸で、着弾すると大爆発を生じる爆炎が迫った影を飲み込む。
「よし、いくぞ!」
「無理しちゃだめだからね!」
それを見計らって、伽藍たちはそのまま先へと進んでいった。
シンクに続いて、ヘカテーも金色に染まった、先端に幾つもの連環がついた杖を取り出して臨戦態勢になり、無数の光弾を影のあった方へ一斉に放射する。
すると、爆炎と爆風を突きぬけ、影の正体が露になった。禍々しいまでの姿をし、赤く輝く血脈が体表に現れた巨大な竜が二人の前に咆哮を放つ。
「これが伽藍さんの言っていた、竜…!」
想像を絶する威圧を前に、シンクは息を呑むも銃口は決して逸らさなかった。
ヘカテーも同様に、杖を強く握り締めて威圧に耐えしのいだ。
「ヘカテー、此処はこの世界の地形を利用して戦おう。僕がなるべく前に出るから、後方からサポートしてくれる?」
「うん…任せて」
そう言って、シンクは頷いて散開した。無論、唯散開したのではない。自分へと攻撃を向けるように先手を打った。
「こっちだ!!」
銃口から光の力で構築した刃の弾丸が無数に射出し、竜の体表にヒットする。同時にヘカテーが散開の移動を行い、竜はシンクに怒りの眼差しを向けて猛然と突っ込んでくる。
シンクは小さく笑んで、自らも移動しながらの攻撃を開始する。無数に聳える摩天楼の壁を駆けながら魔弾を装填する。
シンクが駆ける摩天楼を突き破り、自分へと驀進する竜の双眸に魔弾を撃ち込んだ。見事に着弾して目潰しする。同時に爆発が竜の顔を焼き焦がす。
視界を潰された竜は自身のスピードを止められずに他の摩天楼に激突する。シンクは別の摩天楼に飛び移り、様子を見る。
「目を潰した程度じゃあどうなるか…」
見る一方で激突は収まり、次々と摩天楼が土煙と立ち上らせる。気配を鋭く保ちながら身構える。
土煙が薄らいでいくと共に竜の姿を捉える。と、同時にシンクは直ぐに別の摩天楼へと飛び移った。
その後を追うようにシンクが居た摩天楼が巨大な赤い光に飲まれて消し飛んだ。既に竜は攻撃の態勢を整えていた。
しかも、目を潰していたのにこちらへ正確に撃ち込んで来た。その程度では効き目は薄かったのだ。
シンクは飛び移りながら竜を捕捉する。巨大な翼をまるで砲身のように形を変えて、こちらへと向けている四肢を張っている竜。潰された筈の両目は無傷のように直っていた。
「ちっ!」
さすがのシンクも舌打ちし、砲撃を回避する。砲身を攻撃しても砲撃の衰える様子は無い。
そこへ、竜の頭上からヘカテーが躍り出た。杖に魔力を収束し、振り下ろす。
「ヘカテー!」
「双極竜星(そうきょくりゅうせい)!」
振り下ろすと同時に光と闇の双竜の塊が具現化し、一気に砲撃する竜へと激突する。
しかし、砲撃は尚も続けられており、ヘカテーは続けて攻撃する。
「なら……双極竜星―――煌月(こうげつ)!」
先ほどの光と闇の竜が、更に無数に降り注ぐ。砲撃を続けていた竜は攻撃を凌ぎながら砲口を彼女へと向けようとした。
だが、それを阻むようにシンクの魔弾が加勢するように轟いた。
「凍てつけ! コキュートス・レイジ!!」
連続で射出した魔弾が着弾すると体表の至る所へ氷結されていく。ヘカテーに向けられかけた砲身は在らぬ方へ凍結される。
そして、更に具現化した竜を砲口へと飲み込むように叩き込んだ。砲身に入った事で砲身が内部から暴発するように破壊され、竜は痛みの絶叫を上げながらヘカテーに我武者羅の突撃を敢行する。
襲い掛かる竜にヘカテーは引き下がろうとせず、杖を構える。
「ヘカテー、危険だ! 退くんだ!」
「月よ、私に力を…!」
呼応するようにヘカテーの頭上の景色、陽光の砂漠が一瞬で月夜の砂漠に染まり、月光がヘカテーを照らす。
光を帯びたヘカテーは杖を持ち構え、振り下ろす。
「フルムーン・ジャッチメント!」
月光の力で具現化された女神が突進してきた竜を受け止め、包み込むように抱擁する。抱擁に呑まれた竜は内側から強大な光の力の攻撃を受ける。
シンクは今まで見た事の無い彼女の大技に賞賛と唖然の混ざった声を零す。
「すごい…!」
ヘカテーの攻撃を受けた大きく傷を受けたのか竜は既に姿を消し、退いていた。
竜との戦闘で崩れた摩天楼にある頂の場所、この辺りの気配を探ろうにも、完全に途絶えてしまい追撃も叶わない。
そうして、シンクは確認の末に彼女へと近づき、驚きを隠せないで話し掛けた。
「ヘカテー、今の力は…」
「……」
問いかけられた彼女は何処か答えづらそうにシンクに見つめ返す。その視線に、シンクは静かに納得して言う。
「ごめん。お陰で退けたんだからそれでいいか」
「ありがとう」
その言葉に心から安堵したように微笑んだ彼女にシンクは釣られて微笑み返した。
ヘカテーはシンクが生まれた世界タルタロスの塔の中で秘密裏に作られた生命体だった。その後、ヘカテーは現在に至るまで自分を知ろうと何度も塔の内部を調べてきた。
そんな中で自身の本来の力の発端を知る事になった。
月である。ヘカテーの名も月に関した神の呼称であった。ヘカテーは自身の力をより強大なものにする為に必要な条件の一つが月が照らされている事だ。
月の力を利用し、更なる力を顕現する事が出来る彼女はシンクに隠れてその訓練を行い続けてきた。そうして、周囲の空間を『月夜』に染め上げ、自身の優位なフィールドに変わる術式を会得した。
力を求めたのは彼の為にでもあった。シンクは自分を守る為に戦ってくれる。だが、自分は唯守られるがどうしても我慢できなかった。
「……私だって、シンクの力になる。唯、守られるのはもういや」
守り、守られる力を望んだからこそ、ヘカテーは自身の真実と向き合い、真の己へと開花した。
名のとおりにヘカテーは月の女神のような能力を得て、シンクと共に戦おうとする道を切り開いた。
彼女の揺るがない決意の声にシンクは応じるように頷いた。
「うん。さあ、追いかけないとね」
「……どうやって……?」
「あ」
「おーい!」
思わず硬直したシンクが愕然としている中で二人にかける声が聞こえてくる。ヘカテーが代わりにその方へ見遣るとラクラとフェンデルの二人であった。
無事そうな二人を見て、ヘカテーは安心したように一息ついて、固まっているシンクに話し掛ける。
「ラクラたちだよ。シンク」
「――――ハッ! ラ、ラクラ!?」
漸く気付いたシンクは慌てて振り向いて、ラクラのほうへ手を振る。
そして、摩天楼の頂に着地したラクラたちは彼らの様子を見るや安心したように満足げに言う。
「まさか、そっちも竜が居たか……まあ、無事に退けたみたいだな」
「ふふ、流石ね」
「あ……うん。ヘカテーのお陰で」
何処か照れ臭く言うシンクを傍で微笑むヘカテーは二人に同じように問うた。
「あなたたちも?」
「…ああ。どうにか退いた……直ぐにでも伽藍たちと合流しないとな」
「でも、こんな無茶苦茶な世界で……どうやって?」
困った様子のシンクらだが、ラクラたちはいたって平静に言う。
「? 伽藍の施した術で、『伽藍たち』の居る方へ迷わず行けるぞ」
「そうなの?」
「感覚をもっと澄ましてみれば直ぐにわかるわ」
フェンデルが諭すように言い、シンクとヘカテーは深呼吸と共に精神を落ち着かせ、研ぎ澄ます。
彼の言葉通り、『伽藍たちのいる』方角がわかる。
「――あっちの方ですよね」
シンクが指を指す方向へ向けて言うと、ラクラが頷き、答える。
「そうだ。流石だな―――さ、急いで合流するぞ!」
ラクラの言葉と共に、シンクたちは施された術の力で摩天楼を発ち、伽藍たちの居る方角へ飛行していく。
その末に彼らが居る。ラクラは内心、自分たちの無事とは反対に彼らの危機にあせりを感じた。
(あの竜がもう1体……早くしないと同時に襲われかねない!)
ラクラ、そして、シンクらのお陰で更に先へと進む事が出来た伽藍たち一行。
混沌とした世界が次第に一つへ収束していく異様の光景に伽藍は確信する。もうすぐだ、と。
異様の光景、それは赤にも、茜にも見える幽玄の地。ここへと訪れた事の在る伽藍は迷わずに歩き、ヴァイはその足取りについていく。
そして、唯一人、凛那だけがこの景色、空気がとても懐かしいと感じてしまっている。
(まあ、『私』を作るためにこの世界にある素材で作られたのなら、当然…か)
自分を作った際に、此処の素材を使ったと言うのならば確かに、故郷なのだろう。
凛那は何処か不思議とそう自分で納得し、無言のまま歩を進めている。
ヴァイは一向に上の空の様子の彼女に不安を抱いていた。常ならぬ彼女と違う姿に小さな戸惑いを覚えたのだった。
「……凛那、ずっと黙ったままだ」
「ああ。無口ってわけじゃなかったよな」
その不安にゼツが宥める様に言う。不安がる彼女に、自分なりにフォローしているのであった。
そんな彼のフォローにヴァイもその様子に元気に明るく応じた。
「うん。――にしてもなんだかいろんな景色が一つきりになってきたよね」
混沌とした赤い景色だけが在る中で伽藍が振り返らずに彼女の疑問に答えた。
「もうじき、素材があるところに近づいてきたって事だ」
「―――」
そうして、伽藍の歩が漸く止まり、彼らは到達した。
最奥の地というべき場所は茜の光を放つ、中に漆黒を秘めた水晶が幾つも聳えたまるで玉座のようになっている。
そして、その玉座の頂に同じように漆黒を秘めたより強い輝きを放つ茜の鉱石のようなものが浮遊している。
「伽藍、もしかして……あれか?」
ゼツが怪訝に浮遊する鉱石を見ながら問いかける。伽藍は頷き、
「そう…アレだよ。アレが凛那に使った素材だ」
「じゃあ、これを回収して帰れば…!」
ヴァイが嬉々として言う中で、凛那は素材となる鉱石を見据えていた。懐かしさの根源の一つでもあるそれを。
伽藍がゆっくりと宙に浮かび、それを手に取ろうとした瞬間だった。
「――――ソコマデダ――――」
この場に居る誰もが聞いたことの無い声が響き渡る。その声に、伽藍は抵抗する力もなく、伸ばした手を中途にしたまま身動きが取れずにいた。
「な、ま…さか…!」
伽藍は以前、この想像絶する威圧感に見覚えがあった。それは、こうして素材たる鉱石を手に入れてすぐだった。
途方も無い強大な殺意に当てられ、半狂乱になりながらも逃げ延びたあの時を。
そして、その声の方へゆっくりと視線を向ける。ゼツたちもこの威圧に驚きながらも剣を取り出し、臨戦態勢を整えた。
「―――異界ノ客人(まれうど)ドモヨ―――」
声の主は、剱山ともいうべき玉座の頂からだった。