CROSS CAPTURE44 「復讐の陶酔 1」
ゼロボロスを呼びつけた紫苑は森の湖に彼奴の気配が近づくのを感じるまで静かに佇んでいた。
そうしている中でふと、過去の記憶が鮮烈にフラッシュバックする。
神の叛逆、人への宣戦布告、国や種族を超えて結束し立ち向かった戦い、戦いの中で芽生えた友情と愛、そして―――。
今での両手にあの時の凄惨がそのままのように戻った幻覚に苛む事がある。真っ赤に染まった震えた両手を。
すると、気配が風を突き抜けて、後背から彼奴を感じ取った。ゆっくりと体を振り返って見据える。
そこには本来の黒龍ではない、始めてみた黒髪の男性の姿で傲然と立っている。更には、少し離れた後ろから彼の知己シンメイ、彼と因縁深いヴァイロンが居た。
「――貴方の卑劣極まる策によって、僕は……この手で仲間を」
「…」
「愛する者を奪い取ってしまった……ッ!」
血を吐くような苦しみに震えた声が、紫苑からあふれ出た。
今まで様々な世界のバランスを正してきた自称する所の、管理者『ゼロボロス』ではなく、魔龍ゼロボロスが知っている英雄『紫苑』としての吐露だった。
その言葉を聴き、ゼロボロスは感慨深く呟いた。何処か遠くを見ながらだった。
「……そうだな。どうやら、そこまで同じだったとはな」
「この身に貴様を宿して何年たった事だろう……償いを果たそうと旅をしてきた…」
「罪滅ぼし、か。だが、それは結局の所―――お前の自己満足に過ぎない。お前の手で死んでいった仲間は何も報われない」
「解っている!! そんなこと気付いていないわけが無いだろう……!」
「じゃあ、俺を呼びつけたのは何の為だ。過日の無念を此処で晴らす為か?」
怒り、苦しみが入り混じった悲痛の表情をかみ締めながらも、冷静にあろうとしている紫苑は静かに問いただした。
「『こちら側の』紫苑の事だ。お前が紫苑から離れている事から、理解は出来る。―――こちら側の僕は因縁を果たしたんだな…」
「そうだ。お陰で俺はこうして居る。勿論、『こっちの紫苑』もこのセカイのどこかで旅をしているだろうさ」
思い返せば、自分と『こちら側の』紫苑との記憶はそこまでだった。
激しい死闘の末に袂を完全に別って、彼は自らの足で進んでいった。
今目の前に居る『嘗ての紫苑』と同じ『あちら側の紫苑』もまた、同じだった。
過去の大罪を償おうと独り善がりの贖罪で償い続けている。その身に宿っていた『同居人』としては聊か感慨深くもなった。
「だが、お前はお前だ。こちら側、あちら側関係なく。―――来いよ、お前の中に溜まった全部を俺が受け止めてやる」
だからこそ見える。今の彼はその身に宿した深き業に呑まれかかっている。そう、あの部屋での邂逅から。
宿しているゼロボロス、眼前に在るゼロボロスを見て、心の自制が外れかかっていたのだ。
表面上、『紫苑』として振舞っているのも中に居る『ゼロボロス』との歯車が噛み合わなくなってきたのだ。
このまま放置すれば、『紫苑』は二度と『紫苑』として戻れなくなる。溜まりこんだ罪の意識、復讐心、それら一切合財を吐き出させ、ぶつけさせる。
そんな荒療治を彼の仲間たちにはぶつけきれない。心置きなく、ためらい無くぶつけることが出来る相手が必要なのだ。
「―――それが、お前の誘いを乗った『俺の目的』だ」
それが『ゼロボロス』たる己の『自己満足(つぐない)』だった。
言うや、ゼロボロスは小さくシンメイらに振り向き、目線で言葉を投げかける。
シンメイらは更に後ろへ下がり、見計らった所でゼロボロスが黒く染まった拳で地面にたたきつける。
すると、自分と紫苑を囲うように黒い結界陣が現れ、取り囲む。
「!!」
「安心しろ、『この風景を壊さないように』だ」
すると、取り囲んだ結界が二人を包んで空中へと浮かび上がっていく。同時に、二人の体だけが球体から零れ落ちるように地面に倒れる。
しかし、黒い球体の中に『居る』紫苑は動揺を隠すように言葉を噤み、息を呑んだ。
そして、球体の中の情景が大きく変化する。漆黒の文様が浮かび巡っていた暗黒空間が一瞬で煌く夜空を彷彿する銀河のように広大に染め上がった。
「―――『アストラル空間』は俺と紫苑が一度は『決着』をつけた因縁の場所。だが、悠長に移動する余裕はないからな。
こうして、小型の『アストラル空間』で戦おうってことさ……」
『アストラル空間』とは魂と精神のみの『精神体』だけを維持する狭間にある一つの異空間。
しかし、異空間へ移動する手間を省く為にゼロボロスはそれを『アストラルフィールド』と言う小型結界領域を再現させたのだ。
球体内部に居る今の二人は肉体の無い『精神体』のみの状態で、元の肉体は特殊な措置を施した状態でその場に倒れている訳であった。
倒れた二人に歩み寄ったシンメイたちは倒れた二人をそれぞれ木に凭れる様に身を安置させる。
「これでいいのか、シンメイ」
紫苑を安置させたヴァイロンは問いかける。表情には辛い色が濃く残っている。
それを察して振り向かずにシンメイは問いに応じた。
「ああ。あとはあの二人が気がするまで戦い合うだけじゃ」
「……」
既に球体は混乱を招かない為に至近で見なければ気付けないほどの透化で隠されている。そして、その中で何が起きているのかはまったく伺えない。
「まあ、アストラルフィールドは『存分に戦いあう事』のために妾も手伝ったからの」
「言葉での和解など不可能だとは思っていたが……こういう手段を講じていたか」
「仕様が無かろう。こうする手段が手っ取り早いと奴も言うておった。……さすがに心配ではあるがな。二人とも」
シンメイはそう言って、憂いを秘めた眼差しを球体へと向ける。それにつられてヴァイロンも仰ぐ。
球体は依然、そのままの形のままに浮遊している。
その中での熾烈さを隠すように、悠然と。
その中――アストラルフィールド内では。
銀河に幾つもの炎の輝きが舞い、熾烈さを見せる。
「うおおおおおおお―――ッ!!」
「ぐっ、っはっはぁ!!」
紫苑の繰り出した剛拳をゼロボロスは真っ向から受け止め、大きく銀河の宙を舞った。そこへ白と黒の翼を広げ、追撃の攻勢を緩めない。
この戦いは容赦なくぶつけ合う為の戦いとゼロボロスは言った。ならば、それに応じ、全力で死力を持って苛烈な攻勢に出る。
「――はっ」
だが、ゼロボロスも唯、攻撃を受け止めるだけでは何も成せないと理解した上で反正し、迎え撃つ。
黒く硬化した腕に炎が纏い、真っ向から反撃する。
「焔琥!」
「羅刹獄零脚ッ!」
その攻撃を拳ではなく、咄嗟に身を翻して、両足に光が走るや白と黒の炎に強化された蹴りが激しく激突する。
双方共に第一撃目を相殺され、同時に纏った炎を衝撃波としてぶつけて距離をとった。
「霊双斬ッ!」
紫苑の両手に魔力の刃が形成され、力強く羽ばたいて一気にゼロボロスに接近する。
その攻撃を、ゼロボロスは同様に黒く染まった右腕から竜鱗の刃を形成し、左腕を円形の盾のような形に竜鱗で迎え撃つ。
「くっ――!」
「どうした、その程度かよ!?」
幾度かの手刀と腕刃の交差、紫苑の険しい表情に対してゼロボロスは戦いに漲った笑みを、牙を向けて吼える。
彼の腕刃に黒炎が収束され、衝撃と熱風の二重奏が一気に放出する。
その攻撃に両腕でガード、更に翼で瞬時に身を包んで大きく押し飛ばされたものの、余波も影響することなく凌ぎきった。
「まさか!」
彼の言葉に、紫苑は包んだ翼を鋭く開くと同時に交差した腕を振り払う動作を繰り、纏っていた魔力の刃を衝撃波と変え、吹き飛ばす事でゼロボロスの牽制となる。
牽制に放たれた衝撃波をすかさず左腕の盾で防ぎ、虚空へと弾き飛ばしたゼロボロスはニッと好戦的に笑った。
「そうかよ、なら―――もっと激しくぶつけ合おうぜぇ!!」
言うや黒炎の玉が大小無数に具現化し、一斉に紫苑へと放出される。
紫苑は翼を羽ばたかせ、大きく飛躍する。追尾する黒炎の火球群をくぐりぬけるや、狙い澄ました雷光の如き飛び蹴りがゼロボロスへ叩き込まれる。
「ッ!?」
しかし、速く鋭い飛び蹴りを間一髪、左腕の盾で受け止める。
されど、紫苑は足に、翼に更なる魔力を注ぎ、羽ばたくと同時に込めた魔力を爆風にし叩き込んだ。
「しまっ――っぐぁ!!」
強化された威力に盾も防ぎきれず、返しの攻撃もままならないままにバランスを崩され、そこへ強烈な一撃を穿たれる。
連撃を受け、ゼロボロスは大きく吹き飛ばされた。
「はぁぁぁっ!!」
間髪入れずに紫苑は好機と捉え、一気に力を解放する。
両腕に先ほどの手刀の何十倍にも巨大化した魔力の光刃を形成される。
紛れも無い、全力必殺の一撃を。
「――虚無幻影・零王斬ッ!!」
形成した巨大な光刃を振り下ろし、トドメの追撃を繰り出したのだ。
迫り来る刃に対して、ゼロボロスは、瞬時に有りっ丈の黒炎を構築し、一振りの剣を作り出す。
「うおおおおおおおおお」
巨大な剣ではない。紫苑の振り下ろす刃に比べて圧倒的に差の在る一振りの剣を、
「おおおおおッッ――――!!」
真っ向から受け止める。双方の収束した力の塊同士の激突、紫苑は振り下ろす力を絶やさずに諸共に振り下ろさんとする。
一方のゼロボロスも作り出した黒炎の剣で凌ぎきらんと全力で力を込めた。
激しい競り合いは銀河に苛烈な衝撃を撒き散らす。そして、その末、紫苑の繰り出した光刃が砕かれる。ゼロボロスは黒炎の剣を構え直し、
「真黒龍剣――――無黎ッ……!」
振り下ろすと同時に黒炎の奔流が紫苑へと襲い掛かった。
その奔流に抗し得る力も使い果たした今、何も出来ない。そう、受け入れた。
『―――』
奔流に呑まれ、燃える感覚に悲鳴を上げずにいた。意識が朦朧と、消え去りかかった。
その刹那、己の鼓動が激しく異質に高鳴る。そう理解し、気がつけば迫った奔流をなぎ払っていた。
異様に染まった漆黒の巨大な左腕で。
「――――!!?」
「……やっと『お出まし』か」
言葉を失った紫苑の異常に取り分け落ち着き払っているゼロボロスは呟く。困惑する間も無く、巨大な左腕は元の大きさに戻っている。
感覚に惑っていると、ふと炎に服を燃やされ、露出した体を見やった。体には憑依している『ゼロボロス』を封じた魔力の刺青が刻まれている筈だった。
無かった。跡形もなく消えているのだった。そこへ、頭上からゼロボロスの声が響く。
「『精神体』だけのこの空間で、体にだけしか刻んでいない封印なんて無意味だってことさ。
―――まあ、紫苑がそういった方法をしていたからわかったんだがな」
ゼロボロスの言葉通り、紫苑は自分の体に憑依したゼロボロスの封印するための刻印を体に施していた。
しかし、精神体のみの空間たるアストラルフィールドでは封印していた体は外界に在る。精神体だけでは封印の力はもろく薄い。
今の紫苑の状態なもう一つ異なる精神体を有している状態、そして、その精神体は紫苑の支配権を欲している。
「どう、して……うァゥっ!!?」
理解に気付くほどに鼓動の速さが増し、それに伴う痛みが全身に走り伝わっていく。
立っていられずに両膝から崩れた彼に、ゼロボロスは先ほどとは別物の平淡な声音で続ける。
「それに気付かれる前にお前と全力で戦わせ、お前の中に眠る『俺(ゼロボロス)』を活性化させる。お前の復讐、『俺たち(ゼロボロス)』への復讐は少なからず果たされる」
「あ、あ、ああ……!!」
もう、声が聞こえない。彼が何を言っているのか、解らない。
「――あああああああああああああああっ!!」
紫苑の絶叫を同じくして、彼から、翼から、白と黒の炎が荒れ狂い、のた打ち回る。白い炎が次第に黒い炎に呑まれ、片翼たる白い翼は次第に黒く染まっていく。
そうして、一瞬で荒れ狂った炎も悲鳴も静まり返る。蹲っていた彼はゆっくりと立ち上がり、乱れ垂れた前髪を両手で掻き上げる。
そして、閉じていた眼が開かれる。彼の色とは異なる色―――血に染まった深い赤―――を。
■作者メッセージ
気がつけば12月後半……というか、クリスマス間近。
本当に申し訳ないね。
本当に申し訳ないね。