CROSS CAPTURE51 「帰郷」
青い海と幾つもの島がある南国の世界―――ディスティニーアイランド。
昼過ぎなのか太陽が高く昇っている青空の下で、海に近い場所に異空の回廊の入口が現れる。
その中から、イオンとペルセが姿を現した。
「やっと着いたね」
「うん、回廊の中でシャオとクウさんが逸れた時は焦ったけど」
ペルセとイオンがホッと一息吐きながら、温かく吹く風に髪を靡かせる。
その後ろから、シャオとクウも何処か疲れた顔で回廊の中から現れた。
「あはは…ごめんなさーい」
「シャオが悪い訳じゃないだろ。それにこうして合流出来たんだから、もうその話は止めようぜ」
シャオが苦笑いすると、居心地が悪くなるのを感じてかクウは話を切り上げようとする。
ここに来る途中の事だ。回廊の中を歩いていた時、突然出来た歪みにクウとシャオは呑み込まれ二人と逸れてしまったのだ。
そうして別の世界に飛ばされた際、シャオの友達と会ったり別世界のゼアノートの陰謀に巻き込まれて死にかけたりといろいろとあったが、どうにかこちら側に戻って来る事が出来た。
さっさとクウが話を終わらせようとするので、イオンとペルセはこれ以上何も言わずに先に進もうと歩き出す。
二人が離れていくのを見ていると、隣に居たシャオが不安そうにクウを見上げた。
「師匠、本当に大丈夫? 結構ボロボロだったのに…」
「何回も聞くなよ。ちゃんと回復もして傷も治ってる。それより、お前はどうなんだ?」
「ボクは平気。軽く気を失っただけだし、痺れも取れてるから…師匠、本当に何かあったら遠慮なく言ってよね!」
最後にそう言って、シャオは二人の後を追いかける。
こうしてクウは一人きりになると、右腕の裾を捲ってシルビアの刻印を見つめた。
「世界を揺るがす力、か…」
回廊の歪みに巻き込まれ、辿り着いた世界での事。自分達だけでなく、同じように巻き込まれたある二人組を利用しようとした敵となる人物の言葉が蘇る。
一抹の不安が過るが、すぐにクウは首を振って追い払った。
「力をどう使おうが俺の勝手だ…あんな言葉、真に受けてたまるか」
シャオ、そして彼の友達である少女を盾にして持ちかけた一つの計画。馬鹿げた話だが…相手の目は本気だった。
言い換えてみれば、別世界の者すらも求める程の力を自分は持っている。
世界の中心、キングダムハーツへと続く“鍵”―――【χブレード】を作る力を。
「この力、俺はちゃんとシルビアの為に使えるのか…?」
「ししょーう!!」
呼ばれた声に顔を上げると、少し先の道でシャオが大きく手を振っている。イオンとペルセも足を止めてこちらを見ている。
自分を待つ三人に気が付き、クウは笑みを浮かべて歩き出した。
あの世界で死闘を繰り広げた、緑髪の青年を思い浮かべながら。
「覚えとけ、電撃野郎――俺は俺の道を行く…ただ、それだけだ」
その後、海岸を後にした四人はイオンの家を目指して、海沿いの道を歩きながら談笑していた。
「にしても、またこの世界に来る事になるとはな…」
「クウさんは、来た事あるんですか?」
「まあな…と言っても、『あっちの世界』だけど」
「師匠、やっぱりあっちの世界と一緒だった?」
「あ〜…俺達、休憩も兼ねてあそこに見える小島に居たんだ。だから、こっちの方には来てないんだよ」
「そうなんですか」
ペルセとシャオがクウに質問して話をしている中、イオンは一人黙ったまま考え込んでいた。
(どうしよう…! 成り行きな形だけど、クウさんを僕の父さん達と接触させるのって実はマズイ事じゃ…!?)
シャオはまだ良いとして、別世界のクウは言って見れば過去の人間。しかも、ソラやカイリとは仲間と言う関係だ。
一見すればおちゃらけて見えるが、意外にも鋭い洞察力を持っている。もし出会ってしまったら、息子だと隠し通せるか自信はない。下手をすれば、彼らの未来に影響が出る可能性が高まってしまうだろう。
「イオン先輩、せーんーぱいっ!」
イオンが黙々と考え込んでいると、耳元で名前を呼ばれた。
慌てて振り向くと、いつの間にかシャオがすぐ傍でこちらを見ている。
しかし、軽い口調とは裏腹に何処か真剣な目をしている。
「シャオ…!」
「イオン先輩。マズイって考えてるでしょ? 師匠を家族に会わせるの」
「よく分かったね…」
「そりゃあね。ここはボクに任せてよ!」
自信ありげにそう言うと、駆け足で先に進む。
すると、目の前にある左右に分かれる道の所でシャオは右の方に進んでいった。
「あ、シャオ! そっちの道は違う――!」
「おねーさん、こんにちはー!」
イオンが引き戻そうとした瞬間、シャオは先の方からやって来た女性の前で止まって元気よく挨拶する。
突然の事に女性は戸惑うが、相手が子供だからかすぐに挨拶を返した。
「あら、こんにちは。見かけない子ね、お名前は?」
「シャオと言うんです、元気で礼儀正しい少年でしょう? 申し遅れました、俺はクウ。この子の保護者です御美しいレディ」
「あ、あら…?」
いきなり目の前に現れて自己紹介を始めるクウに、女性は固まってしまう。
それはさっきまで傍に居たイオンとペルセも同じで、あまりのスピードに茫然としているとクウが女性の手に持つ荷物に気付いた。
「買い物帰りか。女性が持つには重そうな量だ、良ければ家までお持ちいたしますよ?」
「え…? で、でも悪いわ…!」
「なに、どんな些細な事でも女性を助けるのが男の務めと言うモノ。さっ、それを全部貸してください」
クウはそう言うなり、女性の返答も聞かずに荷物を全て取り上げてしまった。
「では、行きましょうか。家はどちらです?」
「こ、この道を真っ直ぐ行ったのちに、右に曲がって…」
女性の案内の元、クウは荷物を持って今来た道を戻ってゆく。
これにはイオンとペルセが何も言葉を返せずに見送っていると、シャオが戻って来て声をかけた。
「さっ、今の内に行っちゃおう!」
「い、いいの…?」
「大丈夫、大丈夫! ああなった師匠はしばらく戻って来ないから安心して!」
((さすがはあの人の弟子だね…))
胸を張って言い切るシャオに、二人はそんな事を思ったと言う…。
「帰って来るのは久々だなぁ…」
「いろいろあったもんね」
それから少しして、ようやくイオンの家に辿り着いた三人。
久々の帰省にイオンとペルセが嬉しそうに家を見上げる中、シャオは緊張を露わにして少しガチガチになっている。
それぞれ胸に湧き上がる感情を抱きながら、イオンは玄関の扉を開けた。
「ただいまー」
「ただいま帰りました」
「えっと、お邪魔しまーす…」
イオンとペルセに続く様に、シャオも家の中に入る。
すると、どう言う訳か辺りはシーンとしており、昼間だと言うのに何処か薄暗かった。
「誰もいない?」
「買い物に出かけた…とか?」
イオンが他の部屋を見て回る中、シャオは首を傾げて一つの予想を立てる。
その時、先にキッチンに向かっていたペルセが一枚の紙を持って戻って来た。
「イオン、これ見て」
「これ…手紙?」
ペルセが持ってきた手紙を受け取ると、シャオも近づいて書いてある文章を読んだ。
『イオンとペルセへ
リクの家に行って二人に夜食を届けて来ます。お腹空いてるなら冷蔵庫とお鍋にご飯を用意してるから、手洗いうがいをしてから食べてね。 母さんより』
「リクさんの家?」
手紙を読み終えてイオンが訝しげに眉を潜める間に、手紙に書いてあった内容が気になったのかシャオがキッチンに行って冷蔵庫を開ける。
そうして大きめのボウルを取り出すと、笑顔で二人に見せつけた。
「ねぇ、美味しそーなサラダがあるよー! でも…何か萎びてるみたい」
すぐに二人が中身を確認すると、シャオの言う通り水分が抜けているのか表面がパサパサしている。
誰もいない家。手紙の内容。作ってからそれなりに時間の経った料理。これらの情報を繋ぎ合わせた事で、ペルセの中である事実が浮かび上がった。
「まさか、カイリさんもソラさんも昨日の夜から帰って来てない…!?」
「ペルセ、シャオ! すぐに行こう!!」
「あっ!? イオン先輩、待って!」
急いで玄関を飛び出すイオンに、シャオとペルセも後を追いかけた。
イオン達が自宅を飛び出した頃―――クウはと言うと…。
「手伝ってくれてありがとぉ。最近は身体が軋んで…私も年かねぇ?」
「そんな事ありませんよ。俺からしてみれば、あなたは何時でもお若く見えて輝いている」
「あらまぁ、口が上手い事。長年この島に住んでるけど、あなたみたいな人は初めてだわぁ。孫に欲しいくらい」
何と荷物持ちをした女性の家に上がり込んでおり、更なる好感度を上げる為か他人の家でさまざまな家事の手伝いをしていた。
そうして一通りの手伝いを終えたクウと椅子に腰かけている老婆が他愛も無い話をしていると、あの女性が三人分のお茶を持ってやってきた。
「すみません。何だかんだでここまで手伝って貰って…今日は夫が遠くまで漁に出かけてしまって」
「女性を助けるのは当然の事ですから――…ん?」
女性からお茶を受け取ろうとした時、クウが窓を見て何かに気付く。
開け放した窓から見える景色、遠くにある道でイオンとペルセとシャオが急ぐように走っている。すぐにクウは窓に近づき、遠ざかっていく三人に首を傾げた。
「あいつら、何急いでいるんだ?」
「今の…もしかして、イオンくんにペルセちゃん? やだ、帰って来てたの!」
「知っているんですか?」
隣で同じように外の様子を見ていた女性が驚くと、即座にクウは聞き返す。
「ええ。あの子の両親、昔世界を救ったと言われてるソラとカイリの息子だから。この島で知らない人はいないくらいよ」
女性の発した驚くべき答えに、クウは思わず目を見開いて息を呑みこんだ。
「息子…あいつらの…っ!?」
「あら…? その人達、確か今朝早くに病院に運ばれたんじゃなかったかしらぁ?」
更に後ろから聞こえた老婆の言葉に、クウの表情は強張る。
言い知れぬ不安がクウの胸の中に襲い掛かり、気づけば隣に居た女性の肩を掴みかかるように問い出していた。
「病院!? 何処の病院だ!?」
「えぇ!? こ、ここから少し離れた所にある大きめの家で――!」
答えを全部聞かない内に、クウは窓の淵に手をかけて外へと飛び出していた。
■作者メッセージ
新年が明けて、一か月の内もう半分が経ちました。時間は早いものです。
今回の話の冒頭ですが…ここでネタバレしますが、今年の誕生日企画は何と、リラさんの作品である【始まりのチルドレン】とこの本編をコラボしての話を作る事になったんです。なぜそうなったかは、誕生日作品のあとがきで書く事にします。
そして話の内容もリラさんの誕生日になるまでは内緒です。ちなみに冒頭でのクウの葛藤やシャオ達の会話から分かると思いますが、この話の時期は「誕生日作品の後」となっております。ここらへん、ある意味重要です。
尚、誕生日作品投稿までまだ一か月以上あるのですが、その間出来ればこちらだけでなくリラさんの作品も読んでくれるとありがたいとは思っています。
今回の話の冒頭ですが…ここでネタバレしますが、今年の誕生日企画は何と、リラさんの作品である【始まりのチルドレン】とこの本編をコラボしての話を作る事になったんです。なぜそうなったかは、誕生日作品のあとがきで書く事にします。
そして話の内容もリラさんの誕生日になるまでは内緒です。ちなみに冒頭でのクウの葛藤やシャオ達の会話から分かると思いますが、この話の時期は「誕生日作品の後」となっております。ここらへん、ある意味重要です。
尚、誕生日作品投稿までまだ一か月以上あるのですが、その間出来ればこちらだけでなくリラさんの作品も読んでくれるとありがたいとは思っています。