CROSS CAPTURE54 「暇と鍛錬」
ビフロンス城下町、アスラ・ロッテの工房にて。
混沌世界で手に入れた『混沌神星核』、エンとの戦いで折れた明王凛那、炎産霊神の火の力、そして、伽藍の技術。
それらの条件をクリアし、修繕ではない更なる強化改造を行うことになった。
「悪いけど、俺と炎産霊神だけで取り掛かる。アスラさんたちは此処で待ってくれるか?」
伽藍の言葉に、ロッテは残念そうに笑い、夫へ催促を促す。
「はっは! 仕方ないさね。アンタ、案内してやんな」
「ああ。ついてきてくれ」
伽藍はアスラに案内され、店内の裏手から出てすぐの場所にその工房があった。
入った工房は武器だけはなく、食器なども作ることから多数の道具や設備が揃っていた。
アスラは彼に武器用の設備の方へ案内し、彼に話しかける。
「――一通りの準備はこっちでも用意したつもりだ。あとは、完成が楽しみだよ」
「礼を言う。もちろん、楽しみに待っていてくれ」
「じゃあ、失礼するよ」
そういって、店の方へと戻っていった。既に伽藍の漂う気配が職人の持つソレであると察したのだ。
残るは彼の手で完成されるのを期待して待つしかない。アスラは小さく笑んで歩みを、店の方へと戻っていった。
「――さて、始めるとしようか」
アスラが工房から出て、伽藍は口火を切る。
さっさと衣装を作業着へと着替え、道具や、設備を確認し終える。
『こうして伽藍と一緒に作業するのは2度目だね』
「そうだな。まあ、『こっちのお前』とは初めてだがな」
炎産霊神も姿を顕し、緊張した空気を和らげるように彼へと話しかける。
その言葉に伽藍は笑みを返し、折れた凛那の作業を始めたのだった。
そうして店内では無轟、凛那、イリアドゥスが完成を待つために用意された椅子に座り、時間をつぶしていた。
用意された茶菓子などを頂きながら、店主夫婦と雑談を始めていた。
「へえ、無轟さん。奥さんと子供がいるのかい!」
「ああ…妻と子の写真だが、見るか?」
「おお…! これは別嬪な女性―――いだだっ、ごめんなさい!!」
「私も見せてくださる?」
「……」
無轟が取り出した写真をアスラが見て、妻の鏡華を鼻の下を伸ばして称賛した所をロッテが拳骨で制裁し、
興味深く写真に写っている幼い神無を見て、あらあら、とイリアドゥスは笑みを小さく零し、
無言のまま、凛那はイリアドゥスと同様に写真を覗き込んでいた。
そんな様子に無轟はやれやれと苦笑交じりに眺めてから、伽藍たちのいる工房の方角へ視線を向け、胸の内で祈った。
(あとは伽藍と炎産霊神の頑張り次第か。座してゆっくり待とう………頼んだぞ)
一方、イオンらの行動に便乗したクウをとり逃がしてしまった神月とオルガはしぶしぶ修練場へ帰る。
その道中では仕損じた事への苛立ちを晴らそうと、
「必ず殺す…」
「必ず焦がす、灰も残してやるか…」
と物騒な呪詛を吐き捨てているが、これはあくまでも怒りのボルテージを下げるための自己暗示的なものだから問題はない。
そして、一先ず口噤んでから二人は修練場の休憩室へ戻ってきた。
「――ただいま」
「あ……お、おかえり」
戻ってきた彼らへまだ顔の赤い紗那が不安を隠すように健気に声をかけた。
そんな彼女に神月は申し訳ない気持ちでいると、
「…お前も『してもらえば』いいだけだろう?」
「うるせえぇっ!」
「じゃあ、あと……で?」
「頼むからノリ気にならないでくれ!」
血色に深いワインを注いだグラスを片手にウラドの妙な助言を怒声で切り捨て、紗那の奇妙予想外なノリの良さに悲鳴で返す。
そんなやり取りを戻ったオルガとアーファは呆れながら、見ていると、
「あいつらもいい具合のバカップルだな」
「そうよねー…」
そう言って見据えるアーファの視線の色は呆れの他の色も混ざっていた。どこか憧れのような、羨望のような。
オルガはあえてその視線を無視して、自分へと用意された弁当を開ける。しかし、その中身を見て、唖然とする。
「…………」
弁当は二段式のもの。一段目が梅干し入りの白米をつめたシンプルなご飯、二段目が様々なおかずを詰めたものだった。
中身はハンバーグや、ウィンナー、卵焼きにプチトマトが入っていた。まじまじと見つめているオルガに気づいたアーファが不機嫌に、不貞腐れたようにいう。
「な、何よ! また『ダークマター』とか『ハートレスの黒焼き』とかいうつもりだったんでしょう? ………ちゃんと努力する気は……あ、あるんだから」
アーファは料理をすること自体不慣れなところが多い。それなのに暴走して、冒涜的な何かを作ってはそれを食わされ、死にかける。
それが原因で逆に自分の方が家庭的な技術を身に着けていった(コスプレに用いる裁縫の技術も、そこからが起源だった)。
基本的に彼女に作らせた料理は料理を名乗ることを憚るほどに凄惨な見た目をしていることが多かった。
だが、用意された弁当はごく普通の、一般的な、特に目立った様相もない見た目をした弁当の具やご飯であった。
オルガは彼女の独力でこんな奇跡を具現化したようなものを作り出すことはできないと知った上で、落ち着いた様子で『手伝ってくれた恩人たち』の名前を確認した。
「………ちなみに、誰に手伝って貰った?」
「えーっと、ツヴァイさん、クェーサー、プリティマさん、セイグリットさんよ……みんな料理が上手いんだよねえー」
彼の問いかけに指で数えながら答える。オルガはあとで何かお礼をする事を考えながらも弁当を食べることにした。
見た目だけ綺麗で中味がアレだった、という経験も実はある。勇気を振り絞るとはいかないが小さく覚悟を決める。
「――――おお、うまいな」
かっ込むように食べ始め、ご飯も、おかずも味に問題はなかった。オルガのその一言でアーファは胸をなでおろす。
自分の不得意さを上手な人たちの指導の下作ったとはいえ、一抹の不安は抱くものだった。彼の一言で、不安は拭うことができた。
その様子を、いつの間にか口論をやめていた神月たちがそれぞれ微笑ましく見ている。
視線に気づき、オルガは視線を逸らし、衆目を受けていたアーファは顔を火についた様に真っ赤にして吠える。
「こっち見んなァっ!!」
そうして彼らが愉快に昼食を終え、休憩を取ってから再び鍛錬を再開し始めた。
「おーい、ちょっと待った!」
すると、修練場へ新たな客人の男女たち―――リュウア、リヒター、アイギス、ギルティスらがやって来た。
彼らはカルマにより操られた心剣士、反剣士だったっが、先の戦いで呪縛から解放された。
現在は元の世界に戻らず、ビフロンスで事件の終息を見るまでとどまっているものが殆どだった。
「やっぱりここに来ていたか」
「? どうしたんだ。揃って…」
やって来たそんな彼らに軽い怪訝な様子で尋ねると、騎士然とした少女アイギスが気風よく答えた。
「城にいるだけでは退屈でな。鈍っても嫌だから同じように鍛錬しに来たのだ」
「まあ、同じ相手じゃあ物足りないでしょ?」
「俺たちはカルマに負け、お前たちに負けたしー。お前たちの力の踏み台になれればそれでいいんだよ」
「ふん。彼奴に負けられても俺のプライドが傷をつく。それが気に食わんだけだ」
それぞれが答えた結論は、同じだった。
聖域レプセキアの決戦で、彼らはカルマの命令により戦い、操られていたがそれでも死力を尽くして、負けた。
カルマの呪縛から解放された自分たちでは何よりカルマに対抗できる力は負けた時点で役不足だ。
それなばら、自分たちの力で彼らをより研磨し、高みを極めてくれればそれでいい。
カルマを倒す力を彼らに身についてほしいという彼らの切なる願いと本心であった。
「……そこまで気負うつもりはないさ。でも、その気持ちはしっかりと受け取るぜ」
彼らの言葉に宿った真意にオルガは優しく微笑み、彼らの闘志に応じる様に心剣を抜く。
「よし、よろしく頼むぜ!」
「ええ」
神月らも立ち上がり、続けて心剣を取り出して身構える。彼らの言葉に、リュウアたちも笑みを浮かべ、嬉しく思ってすぐに真剣な表情となる。
そうして互いに相手を目線で理解し、選別する。
神月はリュウア、オルガはリヒター、紗那はギルティス、アーファはアイギスと、相手を選び、それぞれ距離をとる。
「リュウア、いくぜ?」
「おう、全力で相手になる!」
気さくに笑むや、リュウアは無骨な大剣型反剣ライフストリームを構え、地面を蹴っ飛ばして斬りかかった。
神月は虹色に色めく心剣ヴァラクトゥラを持ち構え、その一撃を迎え撃った。
「リヒター、アンタって炎の力が主力だったか」
「ああ。俺のパワー、侮るなよ?」
リヒターは赤光を帯びた黒い大剣型反剣スカーレッドノヴァに爆炎を纏い、その炎の余波を身に纏うことで驚異のスピードで突進する。
同じく炎の力を宿す心剣ベルゼビュート・ゼロヴァを掲げ、燃え盛る紅蓮と共に切り込んだ。
「――ギルティスさん、怪我は大丈夫ですか?」
「気にしないでいいのよ。こういう力だから、さ――!」
紗那が心配そうに声をかけたが、ギルティスは苦笑紛れに手甲で殴り掛かる。
それを一対の刀剣の心剣干将・莫耶で巧みに受け流し、真っ向から挑んだ。
「アンタも暇だからって付き合う必要はないんじゃないの?」
「何、良かれと思って……だ」
アイギスは構え、小さく笑むや光を収束した十字剣を振り下ろす。
その一刀をとっさに躱し、アーファは拳を繰り出した。
そして、彼らの鍛錬が本格的に始まった。