CROSS CAPTURE56 「思わぬ衝突」
先の用事から森から戻ったシンメイ、ヴァイロン、紫苑らは城門前で着地した。
紫苑は改めて城を仰ぐ。まさしく因果の交叉路。交じり、交えて、世界をなす。
人の姿に戻ったヴァイロンは唐突に二人へと振り向き、端然と言う。
「―――こうして、おまえ達と巡り合えてよかった。そう、思うよ」
「なんじゃ、急に?」
思わぬ一言にシンメイはからかうように言い返したが、どこかはにかんでいる。
一方の紫苑は頷きと共に、満足した笑みで言った。
「再び、僕として歩き始めることに、僕は嬉しさを感じる。それだけだよ。先に戻るよ。ちょっと眠たいし」
そう言い切って、彼は城へと歩き出した。元気に歩き始めたその姿にシンメイは違和感を、ヴァイロンは既視感を覚えた。
その気風は、かつての勇者然としたそれであった。異なる彼であっても、纏う気風は似ているのだなと彼女は思わず微笑みを浮かべる。
「……ふふ」
「なーに、笑ってんだか」
ヴァイロンらの背後から気配を現した男――ゼロボロスが彼女の微笑に呆れとからかいの混ざった声をかけた。
その一声に、ビクリと大きく反応し、素早く振り返る。一方のシンメイはゆっくりと振り向き、現れた彼へと口を開く。
「城に戻っておらんかったのか?」
自分らより先に城へと飛び去っていった彼が自分たちの真後ろに姿を現したこと、一応の察しはついたがそれでもと詰問する。
問い詰められたゼロボロスは適当に話を逸らそうと考えていたが、ヴァイロンの鋭い視線に降参する。
だから、本意のままに口走る。
「まあ、アイツと一緒にはまだ『なれねえ』んだよ」
「正直な奴だな」
彼に不意に話しかけられたヴァイロンは機嫌を損ねたのか一層と険しい表情と声で言い返す。
やっぱりな、とゼロボロスは至って気にしないで笑い飛ばす。
「すぐに和解できればお互い苦労しねーよ」
異なる世界、因果で結ばれた彼と自分。英雄と悪神。討つものと討たれたもの。
悲劇を自分の手で生み出し、彼の全てを無茶苦茶にし、彼の全てを壊しさった。
そんな自分と彼がたった一度の戦いと施しだけで許しあえるほどお互いに聖人君子でもない。
「それもそうじゃな」
ゼロボロスの吐露にシンメイが苦笑紛れに同意する。ヴァイロンも険しい表情に同感の意を示している。
「――そういえば、何故…紫苑の中に在る『ゼロボロス(おまえ)』が限界を感じているのをきづいたのだ?」
「最初からだよ。この世界で出会って直ぐにな」
キッパリ言い切り、ゼロボロスはやれやれと一息吐く。
その話題はもう終いだ―――そう言わんばかりに気だるげな足取りで城へと戻っていく。
3人が城の回廊に入るや、先頭を歩いていたゼロボロスの足取りが止まった。
「げ」
「……まったく」
彼の前に居る人物――回廊の壁に凭れかかって待っていた紫苑――が呆れたようにため息混じりに口を開いた。
「やっぱり先に戻ったフリをして後から戻ろうとしたか…少しは信用したらどうだ」
「お、おう…そうだな」
さばさばした気風であるゼロボロスもどこか歯切れが悪い。
そんな様子を見かねた(面白くて仕様が無い)シンメイが割ってはいる。
「なんなら一緒に飯を食そう。同じ釜のなんとやらじゃ」
「ああ、それがいいな」
ちらっとシンメイの視線を察したヴァイロンがわざとらしくおなかを擦りながらに言う。
その言葉に紫苑も頷き、
「では行きましょう。まだ昼食が間に合うはずですし」
「ほれ、いくぞ!」
シンメイはいよいよ歩き出した紫苑の隣にゼロボロスを蹴飛ばし、一緒に歩かせた。
踏鞴を踏みかけたゼロボロスは隣に居る彼の視線を表情を逸らし、それでも同行する。
一緒に歩く二人を見たヴァイロンは決してなかったであろう光景を感慨深く思いながら、佇む。
「ヴァイロン、なにをボサっとしておる。いくぞ?」
「…ああ」
実は一緒に先へ進んだ二人の背を見ていたシンメイに手を引っ張られ、ヴァイロンは笑みを零しつつ、二人は彼らの後を追う。
少しの時間が過ぎ、シンクは昼食を終え、用意された自室へと戻り、愛銃のメンテナンスを行っていた。
汚れを防ぐ専用のシートを敷き、銃の部品や道具を並べ置き、座して彼は作業を始めた。
そうして、傍にはヘカテーが不思議そうに見ながら同席していた。
しかし、彼女にこうしてメンテナンスをしている所を見られるのは実は、今回が初めてかもしれないとふと思った。
「そういえば、こうして見られるのは初めてだね」
そう言いながらも手を止めずにシンクは口を開く。彼女も視線を彼の愛銃――『開闢の使徒(アルファ)』に視線を向けたまま頷く。
「うん。興味はあったけど…邪魔しちゃいけないと思って今までは無かった」
「そっか」
ヘカテーの言葉に聊か申し訳なく思い、明るく笑って作業を続けた。
暫く、沈黙が続くも、
「――ねえ、シンク」
「なんだい?」
口火を切ったヘカテーの問いかけに、シンクは手を止め、振り向いて確認する。
そうして、彼女は改めて彼に質問する。
「シンクの銃って、普通の銃と違うんだよね?」
「ああ、まあね」
その質問に、シンクは頷き、彼女に見せるように銃を持つ。
『開闢の使徒』。それはシンクの膨大な力とチェルの友人の優れた武器職人の技巧を融合して完成した、文字通り『シンクしか扱えない、シンクのための銃』なのだ。
そして、その銃は父親の銃と似た性能―――『魔弾』―――を持つ。
「実弾を使う必要が無いから、『加減して撃てる』ことが強みだね。――まあ、実弾以上にもなるんだけども」
苦笑交じりに言い、作業を続ける。
『魔弾』とはシンク自身の膨大な力を『弾丸』に変えて撃つもの。
種類は多岐に渡って、威力を増減させたり、様々な属性を宿して撃つこともできる。
「それに、こうやって―――作れる」
彼女へ見せるように閉じた掌を伸ばして開く。小さな輝きと共に弾丸の形が作られた。
その現象に驚きと好奇心の混ざった視線を向き、笑みを零す。
「すごい…」
「ふふ、何よりだよ」
拳を閉じ、再び開くと弾丸は跡形も無い。シンクの力で象られたものであるから、逆に彼に還元されることもできる。
そのマジックのような動作に、ヘカテーの驚く姿にくすくすと満足げに笑顔と声を零す。
そうして、一通りのメンテナンスを終え、片づけを済まし、シンクは愛銃をホルスターに納めた。
二人はそれぞれの休む形で座ったままで、作業を終始見ていたヘカテーに声をかける。
「――やっぱりヘカテーは好奇心旺盛だね」
「そう…かな?」
シンクに言われ、実感の薄い様子で呟く彼女は思い返すように思案する。
その様子に絶えず微笑を浮かべ、彼は頷き、窓の外を見やる。昼半ばの陽光が差しており、気分転換で城下町に赴く事を思いついた。
「ヘカテー、今日は城下町で散歩でもするかい?」
「うん、いいよ」
シンクが差し伸べた手を、舞踏にでも誘うような手を、彼女は薄くも暖かな微笑と共に応じるように手をとり、一緒に立ち上がる。
笑顔で彼女を浮かべて返し、二人は手を繋げたまま、部屋から出て行った。
部屋を出て、地上階層にある城門へと向かっていたシンクとヘカテーにばったりとアレスティア、シムルグ、ブレイズ、イリシアの半神4姉妹と会う。
「――ん、二人して何処か出かけるのか?」
ただ回廊でばったりあったのなら、別段気も止めなかったが、4人が興味を―――仲良く手をつないでいた二人―――に抱かせた。
まず声をかけたのはアレスティアに、シンクは詰問されたように緊張気味に応じる。
ある程度、半神たちとも交流をしているものの彼らの漂う気風は否応なしに張り詰めるものだった。
「は、はい。ヘカテーと一緒に城下町に散歩というか、買い物というか」
「そうか。転ばないように気をつけることだ」
緊張の様子な二人に申し訳なく、アレスティアは話を切り上げようとしたが、
「ははーん……デートね。状況が状況なだけに余裕なのか、大胆不敵というか…ていうか、アンタたちそんな仲なのね、やっぱ」
「呆れて言葉も出ないな。せめて鍛錬に出かけるのならいざ知らず」
妹らのそれぞれの対応――二人の仲をからかうシムルグ、他者に厳格すぎるブレイズ――にシンクたちの顔色が悪くなる。
本気で申し訳なく思ったアレスティアが注意する間も無く、彼が謝意の言葉をつむぐ。
「ご…ごめんなさい」
「……」
素直に頭を下げたシンク、何処か反論したいが、彼の行動に従うようにヘカテーも静かに頭を下げる。
「…き、気にしないでいいのよ……!? ピリピリしても…疲れるだけだから。いっぱい遊んでいいんだよ…?」
気まずくなる雰囲気に末の妹のイリシアが必死のフォローを慌てて言う。そうして、アレスティアはすぐさま失言をした二人の頭に拳骨を叩き込んだ。
「いだぅ!?」
「っ! 何を――」
「黙って詫びなさい。失言、無礼、加減になさい」
反論を用意させずに静かに、怒気の満ちた姉の視線と言葉をぶつけられる。
姉は怒気を一旦納め、頭を下げている二人に視線を合わせるように屈んで声をかけた。
「―――申し訳ない。後でキツクしかっておくから、元気出して?」
「…はい。すみません」
顔を上げたシンクらの少し和らいだ表情に安堵するアレスティア、イリシアは胸の内で一息ついた。
そして、キッと鋭い視線をアレスティアは妹二人に刺して、行動を急かす。
からかい半分で喋ったシムルグと本気で叱咤していたブレイズは二人の前に歩み、並んで、頭を下げる。
「「ごめんなさい」」
「……いこ、シンク」
「あ―――こちらこそ気にしてないんで! ちょ、ヘカテー!」
静かな声で呟き、シンクの手を強く、それこそ強く握って、彼女はシンクを引っ張るように歩き出し、わざとシムルグらを押しのけるようにその場から走り去った。
アレスティアは悩ましく頭を抑えながら、ブレイズらに説教をする。