CROSS CAPTURE59 「和解の菓子」
「――待ってくれ! シンク! ヘカテーッ!!」
一方、ブレイズは必死になって彼らを追いかけていた。しかし、シンクら二人もまた、必死だった。
今やヘカテーにとってブレイズ含めた四属半神はトラウマに近い存在だった。
ヘカテーが必死に逃げる、シンクも同じく彼女を思って必死に逃げる、最悪の循環である。
「ヘカテー…」
「……逃げる、邪魔するなら」
ヘカテーの冷ややかな双眸に、言葉に、一瞬だけ宿った力の鼓動に、シンクが叱咤の声を放つ。
「駄目だ!」
「ッ…!」
その声に、彼女の双眸に潤みが溢れていた。
泣き出しそうな所を堪えている様子で、シンクはその頑張りに強い頷きで返して、彼女の手をとり、引きながらも疾駆する。
「くそ、待て、待って――――待てって言っているだろうがァァーーーッ!!!」
「余計に怖がらせてどうするーーーーっ!?」
逃げる二人を、怒声で追走するブレイズとアレスティアであった。
そんな喧騒が、アスラ・ロッテの工房のほうにも届いていた。
店の外が聊か騒がしくなっている事にイリアドゥスたちは気付き、店の外へと出た。
「どうしたのかしら、何か騒がしいけれど………――――あら」
視認した。なぜか逃げるシンクとヘカテー、なぜか追いかけるブレイズとその彼女を追いかけるアレスティアの姿を。
「何かあったのか、あいつらは…?」
様子を見ていた凛那も当惑の声を漏らしつつ、イリアドゥスに視線を向ける。彼女も呆れた表情で目頭を押さえる。
「―――仕方ない」
立ち尽くすわけにもいかず、イリアドゥスはそう一言零した瞬間、その姿が消える。
凛那はその言葉の意を察して、すぐにシンクらの方向へと視線を向けた。
「止まりなさい、あなた達」
向けた先、逃げるシンクらの前に立ちはだかる様に姿を現し、二人はその静かな威圧に立ち止まった。
続けてブレイズも漸く止まった二人に安堵し、その前にいるもう一人の姿にすぐに驚愕の表情になった。
遅れて、アレスティアも追いついて、すぐにイリアドゥスの姿に気づいて、内心舌打つ(母へ対してではなく、自分に対して、である)。
(そうだった、母はこの城下町に居たんだった―――はあ)
「ブレイズ、アレスティア―――これはどういう事かしら。なぜ、シンクたちがあなた達から逃げる様に全力疾走していたのか、
なぜ、貴女たちはシンクたちを追いかけていたのか―――教えてくれる?」
場所は城の方へと戻り、イリアドゥス、シンクらと遅れたサイキたちと共に移動した。城の広めの一室で、ブレイズらはイリアドゥスに事の経緯を全て話した。
二人と不用意な衝突を招き、それを和解すべく、菓子を買って、偶然にも二人と遭遇したが逃げられた所を全力で追いかけ、母たるイリアドゥスに見つかった。
経緯を話したブレイズの心境は審判を受ける罪人のような様子で、傲然としていた態度も母を前には形無しであった。
イリシア、アレスティアも消沈、反省などの色が目立つ。が、シムルグだけは何処吹く風である。
「……ごめんなさいね、シンク、ヘカテー。この娘たちも悪意は無かったの」
経緯を聞き終えたイリアドゥスは身を翻して、二人へ謝罪の言葉を言い、謝されたシンクは苦笑いを混じらせて応じる。
「もういいですよ、僕はそもそも怒っていないですし」
「あなたが詫びる……事じゃない」
ヘカテーも同じように謝した彼女を宥め、イリアドゥスは漸く謝する姿勢を止め、娘らへ視線を向ける。
向けられた4人は二人へ歩み寄って、最初に蒼白したブレイズが口を開いた。
「本当に、申し訳無かった…」
「まとめ役として、務めを果たし切れていなかった。すまない」
「ご、ごめんなさい!」
「ん〜……まあ、からかい過ぎちゃったところもあるし、悪かったわね」
ブレイズらがそれぞれ謝罪の姿勢を二人に取り、シンクはヘカテーに視線を送る。
一番、怒りを示していた彼女はシンクの視線、更にはイリアドゥスと4姉妹の謝罪の末に表情に安らぎが宿っていた。
「―――もう、いいよ。4人とも」
ヘカテーの一言で4人はそれぞれ体勢をやめ、彼女へ視線を注ぐ。ヘカテーは受け取っていたお菓子の包みを解き、中身を見る。
先の店で4人は二人の好物の菓子を買って用意したのだ。彼女は用意された菓子を取出し、彼女らへと手渡す。
唖然と受け取った4人は顔を見合わせ、ヘカテーに答えを求めた。
「一緒に食べましょう? おいしそうなんだから」
4人にとって、初めてであろう彼女の薄氷に在る真の笑顔を見て、それが許しの証と理解した。
受け取ったシムルグを除く3人は涙腺を緩ませ頷き返す。
「ああ…! いただこうッ……!」
「―――こんなにも美味で涙がこぼれてしまうとは」
「うぅ……みんな、仲良く…ですぅ!」
ブレイズ、アレスティア、イリシアが涙ながらに頬張って、美味さに、優しさに涙を瀑布する。
仲良くお菓子を分け合い、うれし涙に食べあう姿にイリアドゥスは感服の表情を満ちて彼に話しかける。
「こうするようにしたのも、お前の手管か?」
「…いえ。僕たちは元々仲良しですよ?」
彼らしい謙虚さに満ちた言葉に、イリアドゥスは感心に満ちた頷きで彼に向ける。
「本当にありがとう。今回の一件、きっと彼らの心を澄ますいい経験になる。―――できれば、これからも娘たちと仲良くしてほしい。あれはあれで良い娘たちなの」
「もちろん。僕たちでよろしければ! ―――あ! ヘカテー、そのチョコは僕のですよ!!」
あわてて彼もその輪に飛び込み、愉快な宴に交わった。
イリアドゥスは一人、静かにその部屋から去り、件の完成をこの目に見定めるべく足を運んで行った。