CROSS CAPTURE60 「リクへの感情と因縁」
太陽が真上を通り過ぎ、昼と夕方の境目となった時刻。
城の大浴場にて、女湯で浴槽に入る人物がいた。
「んぁ〜! きもっちいぃ〜!」
長い髪をタオルで包む様に一つに纏め、身体をバスタオルで胸の辺りまで包む様に隠しているのはオパールだ。
オパールは思いっきり背伸びをすると、至極の笑みで肩まで緑色の湯に浸かる。
「あ〜…癒される〜。もー、肩ボッキボキ」
軽く肩を押えながら首を動かすと、ゴキゴキッと言う音が浴場内に響く。
半日も画面とキーボードを操作する強行な作業のおかげで、一部だがシルビアのデータの解析が出来た。その分疲れ切ってしまった自分に、キルレストやベルフェゴルがこの大浴場を紹介してくれた。
浴室の広い空間と丁度いい温度の湯で身体と心の疲れを癒すと、軽く浴槽の淵に両腕を乗せて周りを見回す。
「昼風呂ってのも悪くないなー。今度カイリ達も誘ってみようかな?」
お風呂に浸かっての女子だけの話を想像し、フフッと笑うオパール。
しかし、その表情に陰りが過った。
「あの情報、本当にどうしよ…?」
「何の情報なの?」
「きゃあぁ!?」
後ろからいきなり声をかけられ、オパールは思わず悲鳴を上げる。
すぐに振り返ると、いつの間にか浴槽に入っているイブがいた。身体にはタオルを巻いており、髪を一つに括って湯につけない様にしている。
「あ、あんた…!」
「ふふっ、これでも先に入ってたわよ? ここ夜になると込んだりするから」
クスクス笑いながら警戒するオパールに言うと、イブはゆっくりと近づいて隣に陣取った。
「で、その様子だと何かしらのデータが手に入ったみたいね? それもヤバげな感じの」
「…あんたには関係ないでしょ」
「いいじゃない、教えてくれても。私達仲間でしょ〜?」
そう言いながらオパールに迫ると、手を伸ばしてタオル越しに身体を触り出した。
「ひやぅ!? ちょ、どこ触ってんのよ!?」
「身体つきはまずまずって所ね。劣る部分はないから、それなりにいけるんじゃない?」
「いけるって何がよっ!!? もー、いい気分なのが最悪…」
唇を尖らせ、イブと顔を合わすまいと更に湯の中に身を沈める。
こうして不機嫌になったオパールに、イブは大して気にする事無く一つの疑問を投げかけた。
「ねえ。あなた、どうしてリクの事が好きなの?」
「あ、あたしは別にリクの事なんて…!!」
恥ずかしそうに言いながらも、距離を取ろうと移動し出すオパール。
それに対し、イブは怪しい目をするなり何かを考えるように手に顎を乗せる。
「ふーん…ま、それもそうか。あの人見るからに悪党そうだしー、平気で人を傷付けたり裏切ってたりしそうだもんねー。他人なんて知った事かって感じかなー?」
「なっ…!! あんた、それ本気で言ってる!? リクの事知らないくせに、好き勝手に悪口言ってんじゃないわよっ!!!」
「へー? じゃあ、あなたは知ってるんだー? 詳しくお聞かせ願いたいなー?」
「ええ知ってるわよ!! あいつは何時だって――ハッ!?」
直前でどうにかオパールは我に返るが、気づいた時にはイブはニヤニヤと笑ってこちらを見ていた。
(この目…鎌かけしたわね…ッ!!)
「何時だって…なーに?」
怪しい笑みを浮かべ、ワザとらしい猫なで声で話を催促するイブ。
さすがのオパールもこうなってしまえば反論など出来る訳もなく、半ば逃げるように口元まで湯に浸かった。
「…忘れてよ…」
「えー? それだと疑い晴れないままになるけどいいのー?」
「疑ってないくせに、よく言えるわね…」
「疑ってるわよ。少なくとも、チェルがそうだもの。元々彼とは“敵”だったから」
イブから発せられた思わぬ言葉に、オパールの周りの空気が変わる。
弱気だった顔付きが一気に敵意のある強張った表情へと変化する。そのままイブを睨む様に顔を向けた。
「ちょっと…それってどう言う――!!」
振り返った瞬間、イブの人差し指が顔の前に付きつけられる。
思わず喰いかかった状態で言葉を止めるオパールに、イブは意味ありげな笑みを作っていた。
「ここからはタダじゃ教えない。支払う対価は分かるでしょ、オパール?」
先程と違って真剣なイブに、オパールはゆっくりと座り直す。
そして、何処か遠くを見るように口を開いた。
「――あいつは何時だってあたし達を思って行動してくれる。自分が危ないって分かってても、自分を傷付ける事になっても…」
ポツリポツリと語りながら、オパールはこれまでの出来事を振り返る。
ソラとヴェンは考えが幼いし、カイリはしっかりした部分はあるものの何処となく子供的な部分がある。そんな危なっかしい三人を、年上としてリクと一緒に見守って支えてきた。
同時に、恋心を抱いてからは気づかれない様にリクの事を見ていた。
「すっごく不器用で、鈍感で…自分が辛いって事隠そうともするから、結構誤解するのよね……あたしも最初はそうだったし」
「でも、そんな彼が好きなのね?」
「…そうよ。あいつの良い所、ずっと見てきた。ちゃんと心を許した相手には凄く優しいし、身を挺して守ろうとしたり…過去に侵した罪を背負ってる」
これからの事を考え、強さを求めた。自分達に危害が及ばない様に敵を引きつけたし、何かあれば何時だってリクが真っ先に動いていた。
だがそれ以外にも、彼の傍に居たからこそ分かった事がある。
「そう言う強い部分見て来たけどさ…隠してる弱い部分だって見てきた。本当は誰かといたいのに孤独を求めて、楽しい筈なのに心から笑えなくて、嫌われたくないから人との接し方で戸惑って…」
「凄く見てるのね、彼の事」
「自分ではそのつもり。だけど、長年親友のあいつらには敵わないわよ……あたしを選ばなかったし…」
「何か言った?」
「何もー! あたしの事話したんだし、さっきの話教えなさいよ?」
誤魔化す様に大声を張り上げ、イブを睨みつける。
このオパールの様子に、イブは満足したのか銀の髪を弄りながら先程の過去の因縁について話し出した。
「そうねー。てっとり早く言えば、“こっちの世界”のリクとチェルは敵対関係だったの。その頃は大変だったわよー、ある少女を連れ戻そうとリクと戦って銃で噛み付いて。一時期は瀕死の所まで追い詰めたりしたんだけど、そんな状態でも上手く逃げられるし」
「イヴ…チェルって奴、今何処にいる…!?」
「落ち着いて。あくまでも昔の話なんだし、“あなたの世界”のリクとは何も関係が無いんだし」
「それはそうだけど…」
怒りが収まらないのか、尚もオパールは目つきを鋭くさせ額に青筋を立てる。
明らかに不機嫌になっている彼女の姿に、イブに一つの考えが閃いた。
「ちなみに、もしチェルがそんな風に噛み付こうとしたらどうする?」
「百発ぶん殴った後に、今まで作り上げた合成最高傑作オンパレード喰らわせてやる…!!」
「物騒ね〜。でも、それだけ彼の事が好きなのが分かったわ」
とんでもない発言にも関わらず、何事も無くフフッと笑いかけるイブ。
やがてオパールが振り返ると、何処か不安げに口籠る様に声をかけた。
「ねえ、今の話だけど――」
「駄目よ、今のあなたには教えられないわ。この話、そちらのリクから聞いてないんじゃね」
「え…?」
思わず口を止める中、イブは両手の指を絡ませて手を組んで背伸びするように思いっきり前へと伸ばす。
「どうして彼が何でも背負おうとするのか、孤独でいたがるのか。もう一つの理由が分かれば、自然と答えは出るの。それが分かった後にでも教えてあげるわ、こちらでの話をね?」
「もう一つの、理由…」
ポツリと呟くと、オパールは口を閉ざして顔を俯かせる。
しかし、すぐに立ち上がるとそのまま浴槽を出た。
「あら、もう上がるの?」
「この後もいろいろやる事があるのよ。イヴ、教えてくれたのには感謝するわ。ありがと」
素直にお礼を言うのに抵抗があるのか、若干素っ気なく言いながら身体に巻いてあったバスタオルを取る。
そうしてタオルを絞ってある程度水気を取っていると、急にイブへと振り返った。
「なに?」
「あたし達の敵と組んでる、あんた達の敵……カルマについて知りたいなら、キルレストとベルフェゴルを尋ねると良いわ。まっ、あんたはともかく、年取って頑固になった男の頭であんな暗号解読出来るとは思えないけどね」
最後にチェルに対しての皮肉を混ぜると、話は終わりとばかりにオパールは着替え室に入っていった。
こうして浴室からいなくなるのを見送ったイブは、徐に男湯の壁に顔を向ける。
「――どうー? 少しは分かったー?」
「あぁ…あいつを敵に回したら、命が幾つあっても足りないって事はな」
直後、チェルの不機嫌そうな声が返って来る。どうやら、イブと同じように隣の男湯に入っていたようだ。
壁越しなのに顔を歪ませて浴槽に入っているチェルの姿が目に浮かび、イブは笑いながら男湯に続く壁に近づいて凭れかかった。
「これに懲りたら、恋する女をからかわない事ね」
「ったく、俺にばっかり悪役をなすりつけやがって…! お前だって俺と一緒にリクと戦ってただろ」
「だって、そんな事言ったら私まで敵意向けられちゃうじゃない。それに嘘は言ってないわよ?」
あっけらかんと言い切ると、壁越しからチェルの盛大な溜息が聞こえてきた。
「お前、あいつの本音を聞かせる目的で俺を風呂に入らせたのか?」
「うーん、そう言う訳じゃないわよ? オパールが入ってきたのは本当に想定外って所」
「それはつまり、目的は別にあるという事か?」
厳しいチェルの言葉に、イブはこっそりと壁から目を逸らす。
先程起こったシンク達とブレイズ達の衝突。出来るだけそれをチェルの耳に入れないよう、こうしてお風呂に入らせて時間稼ぎをしているのだ。その間に、あの四姉妹が仲直り出来ればいいのだが。
こちらの状況を考えつつ、どうにか話を逸らそうとイブはさっきのオパールの話を持ち上げた。
「まあ、いいじゃない。あの子の本音はもちろん、カルマについての情報だって手に入ったんだし」
「それもそうだな…ただ、あの言い方はムカついたが」
「あの子の言い方からして、情報は手に入れたけどすぐに読める訳じゃないみたいね。どうする、チェル? 今からでも行ってみるー?」
このイブの提案に、少し黙ってからチェルは答えた。
「いや、もう少しこのまま風呂に浸かってからでいい…」
「そうね…じゃあ、私もそうする」
■作者メッセージ
お久しぶりです。久々にバトン交代いたしました、NANAです。
今回こうして投稿いたしましたが、未だにネットが使えない状況なので今後の更新は週一が限度になるかと。
ちなみに、今回の私の番で一部の話を一気に進めたいなと思っております。
今回こうして投稿いたしましたが、未だにネットが使えない状況なので今後の更新は週一が限度になるかと。
ちなみに、今回の私の番で一部の話を一気に進めたいなと思っております。