CROSS CAPTURE61 「崩壊の目覚め」
誰もいない大部屋でウィドは一人、ルキルの傍に座って考え込んでいた。
「心の剣…私自身の、心…」
王羅達の心剣についての解説を思い出しながら、胸に手を当てる。
(自分でその力に目覚めるのを待つよりは、無理やり誰かに抜いて貰って…いや、駄目だ)
アトスから教えて貰った反剣を思い出すが、すぐに首を振る。
そうして、このセカイに来る前に起こったクウとの戦いを思い出す。
(あの時、あいつに一撃を決めれたのは……姉さんに気を取られていたおかげ。今の状態で剣を握っても、勝てるかどうか分からない)
戦いの中で自分が優勢だった時、相手は捕らわれていたスピカの事で心が揺らいでいた。しかし、その思いを振り切った後は一気に逆転されてしまった。
それに人越しに聞いた話では、今のクウはあの時よりも強くなろうと修行している。ここで心剣や反剣を手にしたとしても、相手も決闘した時よりも強くなっているのは確実だろう。
(反剣ならば、心剣と言う物を喰らえば短期間で強くなれるが…リスクが大きすぎる)
他者を頼る事で引き出せる剣、さまざまな剣を喰らう事で強くなる事を考えれば、それが得策と言うもの。
しかし、喰らう際に起こる副作用である激痛の事を考えればあまり気が進まない。まさにハイリスクハイリターンと言った所だろう。
「――…」
「ルキル!?」
微かにシーツが動いた音がして、ウィドは顔を上げてルキルを見る。
だが、ルキルは相も変わらずベットで眠ったままだった。
「…気のせい、ですか」
目覚めたと言う期待を捨て、すぐにルキルから視線を逸らすウィド。
そして、先程の考えを思い返しながら再び胸に手を当てる。
(あいつは姉さんを見捨てた、そしてエンと同じ存在…許せない、許す気すらない。なのに…どうして、あの時の王羅の言葉に躊躇った…?)
ウィドは気づかない。憎しみの中に残る僅かな感情、それが良心である事に。
「ずっとあの調子ですか…」
「うむ…」
ウィドのいる部屋の外では、アクアとビラコチャが扉の隙間から部屋の中を覗き見して話をしている。その二人の隣にはテラと王羅もいる。
今も尚他人を拒絶するウィド、未だに目覚めぬルキルにテラも不安を覚えていると足音が響く。
見ると、モノマキアにいた筈のオパールがこちらに向かって歩いていた。
「オパール、何でここに? データの解析をしてたんじゃ?」
「そっちはバグを直すプログラム作って動かしてるの。ちょっと休憩がてらにウィドの様子を見に来たんだけど…どう? まだ怒ってる?」
テラに答えながらオパールは四人に聞くと、全員は黙って首を横に振る。
その意味が伝わったようで悲しそうに顔を俯かせると、今度はアクアが質問した。
「でも、どうしてウィドの様子を?」
「シルビアのデータ、一部分だけど解析できたの。しかも、エン達が拠点にしてるであろう世界についても」
「本当ですか!?」
思わぬ情報源に王羅が喰い付くが、逆に困ったような表情を浮かべる。
「ただ…その内容、暗号になってるのよ。万が一を考えての事なんだろうけど…とりあえず、その資料はベルフェゴルとキルレストに渡して置いたから。興味あるんなら、その二人に声かけるといいわよ」
「それで、ここに来た理由は?」
ようやくビラコチャが本題を訪ねると、オパールは迷いを浮かべながらも口を開いた。
「実はね…その暗号ともう一つ、ウィドに関する物が書かれた文章が…」
「――うあああああああっ!!!」
突然部屋の中から聞こえた叫び声に、オパールだけでなく4人も一斉に扉に目を向けた。
「今の声!?」
「ルキル!?」
聞き覚えのある声にオパールが戸惑う中、アクアが扉を開く。
そうして目に飛び込んだのは、何が起きたのか分からず立ったまま固まるウィド。
そして――ベットの中で苦しみながら悲鳴を上げるルキルの姿だった。
場所は変わり、ディスティニーアイランドの島にある海岸。
太陽も大分傾き夕暮れに変わろうとする海と空を、虚ろな目でイオンがぼんやりと見ていた。
「ここにいたんだね」
そんな時、イオンの後ろで声がかけられる。
ゆっくりと振り返ると、笑顔でシャオがこちらに近づきながら歩いていた。
「シャオ…」
「探したよ、イオン先輩。ペルセさんと師匠も探してるよ?」
「…君は、どうして僕を“先輩”って呼ぶの?」
「それは、その…ごめんなさい」
ぶっきらぼうな質問に怒ってると勘違いしたのか、すぐにシャオは謝る。
イオンは軽く溜息を吐くと、ようやくシャオへと目を向ける。
自分を探してここまで走って来たのか顔には汗を掻いているし、頭のニット帽も若干寄れている。
「ねえ…シャオ、聞いてもいい?」
そう言うと、イオンはある疑問をぶつけた。
「君の世界の僕って、どんな感じなの?」
「ボクの世界の、先輩…?」
いきなり振られた質問にも関わらず、シャオは記憶を引き出しながら答えた。
「この世界の先輩とは、全然変わらない…かな。年上だし、ボク達には優しいし」
「ふぅん、そうなんだ…」
ここで一拍置くと、イオンは一番聞きたかった事をぶつけた。
「じゃあ、両親を嫌ってたりしてる?」
「…うん」
質問の意味に気付いて、シャオが少し間をおいて答える。
だが、すぐに取り繕うように続きを話した。
「でも、最近はソラさん達と和解し始めてるって聞いたよ。理由は分からないけど、キッカケが出来たってエリ……先輩の幼馴染が言ってた」
「和解…か」
「えっと、イオン先輩も、その…」
「――嫌ってたよ、前まではね」
両親との関係を知っている以上、言い訳やら誤魔化しなど効かない。だからこそ、イオンはあえて本音を吐き出した。
最初にキーブレードを手に入れた頃はまだ良かった。しかし、成長するにつれて自分自身ではなく勇者とみられている事に気付いた。
そんな親の七光りとして見られるのが嫌で、何時しか両親とは距離を置いていた。そんな中でローレライが世界を狙う事件が起こり、オルガ達との旅に同行した。世界を救う為ではなく、両親や幼い頃から自分を知る人達の故郷から抜け出す為に。
「でも、最近は少しずつ…本当に少しずつだけど、両親を受け入れる事が出来たんだ。それなのに…!!」
ローレライを倒し、ペルセと共に故郷へ戻った時。自分の中にある両親の蟠りは、旅をしてきたおかげか少しだけ両親を受け入れていた。
もともと両親がお人好しな性格だ。自分から進んで受け入れれば、自然に蟠りも消える。遠回りしたが、やっと家族として過ごす事が出来た。そう思った矢先に…カルマ達に狙われたのだ。
両親はもちろん、その親友であるリクさえも救えなかった悔しさで拳を握るイオンに、シャオはゆっくりと口を開いた。
「――だったら、取り返そう」
その言葉にイオンが顔を上げると、シャオは真剣な表情でこちらを見ていた。
「三人とも、心を抜かれただけでまだ死んだ訳じゃない。だったら、取り返せるよ」
自信のある声で励ましながら、シャオはイオンの手を包む様に握った。
「ボクも協力する。だから取り戻そう、イオン先輩」
そんなシャオに、イオンはぎこちないながらも笑みを浮かべた。
「…強いね、シャオは」
「そんな事無いよ。ボクなんて、イオン先輩に比べたら全然…」
「いいよ、シャオ。先輩なんてつけなくても…」
「うん、ボクの先輩じゃないって分かってるんだけど…――でも、やっぱり師匠と同じで“先輩”って呼びたいんだ。例え、違う人物だとしても…僕にとっては、この世界のイオンさんも“先輩”って呼べる人物だから」
嘘偽りない言葉を言われ、イオンの顔が赤くなる。
これまではオルガや神月と言った年上との付き合いが多く、年下と接した経験はあまりなかった。一応この島では年下はいたが、面と向かって『先輩』と言われたのは実はシャオが初めてだ。
後輩として信頼を置いているのが伝わり、イオンはようやく笑顔を見せた。
「――分かった。じゃあ、改めて宜しくね。シャオ」
「うんっ、任せてよ! ドーンと泥船に乗ったつもりでいて!」
「それを言うなら木の船だよ。泥船じゃ沈んじゃうって…」
胸を叩いて宣言するシャオに、イオンは思わずツッコミを入れて笑ってしまう。
まだまだ考えが浅い事に笑っていると、イオンはある事を思い出した。
「そうだ。シャオって家出してるんだよね? どうして家出したの?」
「え? そりゃあ、父さんと母さんと大喧嘩して――」
イオンの質問に、シャオは記憶を引き出しながら答えようとする。
直後、シャオの頭の中でガラスが割れるような音が響いた。
「喧嘩…して……けんか…?」
「シャオ?」
段々と虚ろな目になるシャオに、イオンが思わず声をかける。
「喧嘩、した…何で、喧嘩したっけ…?」
「喧嘩の内容、覚えてないの?」
「内容…覚えてる。許せなくて、家を飛び出して……ゆるせ、ない…?」
そうシャオが呟いた瞬間、激しい頭痛が起こった。
「―――ッ!!?」
「シャオ!?」
頭を押さえてその場にしゃがみ込むシャオに、すぐにイオンが駆け寄る。
そうして肩を掴んで顔を見るが、こちらが見えてないのかブツブツと何かを言っている。
「喧嘩、した…違う…!? 喧嘩してない…でも、許せなくて…何が!? 信じてる、ボクは許してる!? 何コレ、全然繋がらないっ!!?」
「シャオ!? どうしたのさ、シャオ!!」
「あ、あぁ……うぁああああああああああああああっ!!!??」
まるで何かが壊されたような悲鳴を上げると、気を失ったのかシャオは砂浜へと倒れ込んだ。
「シャオっ!!?」
すぐにイオンがシャオを抱きかかえるものの、目の焦点が合っておらず、身体も力が入ってないのかピクリとも動かない。
このまま動かなくなってしまうのではと、イオンは恐怖を感じて思いっきり揺さぶった。
「シャオ、しっかりして!? シャオ!!」
「…が、う――」
その時、シャオの口が僅かに動いた。
「ボク、の…ほんとうの…な、まえは――…」
何かを伝えようとするシャオだったが、そこで瞼が閉じられ完全に気を失った。
「シャオォ!?」
「イオンっ!!」
「どうしたんだ、お前ら!?」
シャオの名前を叫ぶと、ペルセとクウの声が飛んでくる。
後ろから駆け付けて来てくれた二人に、イオンは今起こった出来事を伝えようとした。
「分からない――急にシャオが頭を押さえて、その後倒れて…!!」
突然の出来事に頭が混乱している所為で、二人に上手く説明出来ない。
それでも、クウは言いたい事が伝わったのかイオンからシャオを奪い取る。
そのまま背中に担ぐと、イオンの腕を掴んで無理やり立ち上がらせた。
「急いで戻るぞ」
「戻るってどこに!?」
「ビフロンスに決まってるだろ」
クウがこれからの事を言い放つと、ようやくイオンも冷静さを取り戻す。
すぐにキーブレードを取り出して【異空の回廊】を作り出すと、三人はシャオを連れてビフロンスへと戻り出した。
「心の剣…私自身の、心…」
王羅達の心剣についての解説を思い出しながら、胸に手を当てる。
(自分でその力に目覚めるのを待つよりは、無理やり誰かに抜いて貰って…いや、駄目だ)
アトスから教えて貰った反剣を思い出すが、すぐに首を振る。
そうして、このセカイに来る前に起こったクウとの戦いを思い出す。
(あの時、あいつに一撃を決めれたのは……姉さんに気を取られていたおかげ。今の状態で剣を握っても、勝てるかどうか分からない)
戦いの中で自分が優勢だった時、相手は捕らわれていたスピカの事で心が揺らいでいた。しかし、その思いを振り切った後は一気に逆転されてしまった。
それに人越しに聞いた話では、今のクウはあの時よりも強くなろうと修行している。ここで心剣や反剣を手にしたとしても、相手も決闘した時よりも強くなっているのは確実だろう。
(反剣ならば、心剣と言う物を喰らえば短期間で強くなれるが…リスクが大きすぎる)
他者を頼る事で引き出せる剣、さまざまな剣を喰らう事で強くなる事を考えれば、それが得策と言うもの。
しかし、喰らう際に起こる副作用である激痛の事を考えればあまり気が進まない。まさにハイリスクハイリターンと言った所だろう。
「――…」
「ルキル!?」
微かにシーツが動いた音がして、ウィドは顔を上げてルキルを見る。
だが、ルキルは相も変わらずベットで眠ったままだった。
「…気のせい、ですか」
目覚めたと言う期待を捨て、すぐにルキルから視線を逸らすウィド。
そして、先程の考えを思い返しながら再び胸に手を当てる。
(あいつは姉さんを見捨てた、そしてエンと同じ存在…許せない、許す気すらない。なのに…どうして、あの時の王羅の言葉に躊躇った…?)
ウィドは気づかない。憎しみの中に残る僅かな感情、それが良心である事に。
「ずっとあの調子ですか…」
「うむ…」
ウィドのいる部屋の外では、アクアとビラコチャが扉の隙間から部屋の中を覗き見して話をしている。その二人の隣にはテラと王羅もいる。
今も尚他人を拒絶するウィド、未だに目覚めぬルキルにテラも不安を覚えていると足音が響く。
見ると、モノマキアにいた筈のオパールがこちらに向かって歩いていた。
「オパール、何でここに? データの解析をしてたんじゃ?」
「そっちはバグを直すプログラム作って動かしてるの。ちょっと休憩がてらにウィドの様子を見に来たんだけど…どう? まだ怒ってる?」
テラに答えながらオパールは四人に聞くと、全員は黙って首を横に振る。
その意味が伝わったようで悲しそうに顔を俯かせると、今度はアクアが質問した。
「でも、どうしてウィドの様子を?」
「シルビアのデータ、一部分だけど解析できたの。しかも、エン達が拠点にしてるであろう世界についても」
「本当ですか!?」
思わぬ情報源に王羅が喰い付くが、逆に困ったような表情を浮かべる。
「ただ…その内容、暗号になってるのよ。万が一を考えての事なんだろうけど…とりあえず、その資料はベルフェゴルとキルレストに渡して置いたから。興味あるんなら、その二人に声かけるといいわよ」
「それで、ここに来た理由は?」
ようやくビラコチャが本題を訪ねると、オパールは迷いを浮かべながらも口を開いた。
「実はね…その暗号ともう一つ、ウィドに関する物が書かれた文章が…」
「――うあああああああっ!!!」
突然部屋の中から聞こえた叫び声に、オパールだけでなく4人も一斉に扉に目を向けた。
「今の声!?」
「ルキル!?」
聞き覚えのある声にオパールが戸惑う中、アクアが扉を開く。
そうして目に飛び込んだのは、何が起きたのか分からず立ったまま固まるウィド。
そして――ベットの中で苦しみながら悲鳴を上げるルキルの姿だった。
場所は変わり、ディスティニーアイランドの島にある海岸。
太陽も大分傾き夕暮れに変わろうとする海と空を、虚ろな目でイオンがぼんやりと見ていた。
「ここにいたんだね」
そんな時、イオンの後ろで声がかけられる。
ゆっくりと振り返ると、笑顔でシャオがこちらに近づきながら歩いていた。
「シャオ…」
「探したよ、イオン先輩。ペルセさんと師匠も探してるよ?」
「…君は、どうして僕を“先輩”って呼ぶの?」
「それは、その…ごめんなさい」
ぶっきらぼうな質問に怒ってると勘違いしたのか、すぐにシャオは謝る。
イオンは軽く溜息を吐くと、ようやくシャオへと目を向ける。
自分を探してここまで走って来たのか顔には汗を掻いているし、頭のニット帽も若干寄れている。
「ねえ…シャオ、聞いてもいい?」
そう言うと、イオンはある疑問をぶつけた。
「君の世界の僕って、どんな感じなの?」
「ボクの世界の、先輩…?」
いきなり振られた質問にも関わらず、シャオは記憶を引き出しながら答えた。
「この世界の先輩とは、全然変わらない…かな。年上だし、ボク達には優しいし」
「ふぅん、そうなんだ…」
ここで一拍置くと、イオンは一番聞きたかった事をぶつけた。
「じゃあ、両親を嫌ってたりしてる?」
「…うん」
質問の意味に気付いて、シャオが少し間をおいて答える。
だが、すぐに取り繕うように続きを話した。
「でも、最近はソラさん達と和解し始めてるって聞いたよ。理由は分からないけど、キッカケが出来たってエリ……先輩の幼馴染が言ってた」
「和解…か」
「えっと、イオン先輩も、その…」
「――嫌ってたよ、前まではね」
両親との関係を知っている以上、言い訳やら誤魔化しなど効かない。だからこそ、イオンはあえて本音を吐き出した。
最初にキーブレードを手に入れた頃はまだ良かった。しかし、成長するにつれて自分自身ではなく勇者とみられている事に気付いた。
そんな親の七光りとして見られるのが嫌で、何時しか両親とは距離を置いていた。そんな中でローレライが世界を狙う事件が起こり、オルガ達との旅に同行した。世界を救う為ではなく、両親や幼い頃から自分を知る人達の故郷から抜け出す為に。
「でも、最近は少しずつ…本当に少しずつだけど、両親を受け入れる事が出来たんだ。それなのに…!!」
ローレライを倒し、ペルセと共に故郷へ戻った時。自分の中にある両親の蟠りは、旅をしてきたおかげか少しだけ両親を受け入れていた。
もともと両親がお人好しな性格だ。自分から進んで受け入れれば、自然に蟠りも消える。遠回りしたが、やっと家族として過ごす事が出来た。そう思った矢先に…カルマ達に狙われたのだ。
両親はもちろん、その親友であるリクさえも救えなかった悔しさで拳を握るイオンに、シャオはゆっくりと口を開いた。
「――だったら、取り返そう」
その言葉にイオンが顔を上げると、シャオは真剣な表情でこちらを見ていた。
「三人とも、心を抜かれただけでまだ死んだ訳じゃない。だったら、取り返せるよ」
自信のある声で励ましながら、シャオはイオンの手を包む様に握った。
「ボクも協力する。だから取り戻そう、イオン先輩」
そんなシャオに、イオンはぎこちないながらも笑みを浮かべた。
「…強いね、シャオは」
「そんな事無いよ。ボクなんて、イオン先輩に比べたら全然…」
「いいよ、シャオ。先輩なんてつけなくても…」
「うん、ボクの先輩じゃないって分かってるんだけど…――でも、やっぱり師匠と同じで“先輩”って呼びたいんだ。例え、違う人物だとしても…僕にとっては、この世界のイオンさんも“先輩”って呼べる人物だから」
嘘偽りない言葉を言われ、イオンの顔が赤くなる。
これまではオルガや神月と言った年上との付き合いが多く、年下と接した経験はあまりなかった。一応この島では年下はいたが、面と向かって『先輩』と言われたのは実はシャオが初めてだ。
後輩として信頼を置いているのが伝わり、イオンはようやく笑顔を見せた。
「――分かった。じゃあ、改めて宜しくね。シャオ」
「うんっ、任せてよ! ドーンと泥船に乗ったつもりでいて!」
「それを言うなら木の船だよ。泥船じゃ沈んじゃうって…」
胸を叩いて宣言するシャオに、イオンは思わずツッコミを入れて笑ってしまう。
まだまだ考えが浅い事に笑っていると、イオンはある事を思い出した。
「そうだ。シャオって家出してるんだよね? どうして家出したの?」
「え? そりゃあ、父さんと母さんと大喧嘩して――」
イオンの質問に、シャオは記憶を引き出しながら答えようとする。
直後、シャオの頭の中でガラスが割れるような音が響いた。
「喧嘩…して……けんか…?」
「シャオ?」
段々と虚ろな目になるシャオに、イオンが思わず声をかける。
「喧嘩、した…何で、喧嘩したっけ…?」
「喧嘩の内容、覚えてないの?」
「内容…覚えてる。許せなくて、家を飛び出して……ゆるせ、ない…?」
そうシャオが呟いた瞬間、激しい頭痛が起こった。
「―――ッ!!?」
「シャオ!?」
頭を押さえてその場にしゃがみ込むシャオに、すぐにイオンが駆け寄る。
そうして肩を掴んで顔を見るが、こちらが見えてないのかブツブツと何かを言っている。
「喧嘩、した…違う…!? 喧嘩してない…でも、許せなくて…何が!? 信じてる、ボクは許してる!? 何コレ、全然繋がらないっ!!?」
「シャオ!? どうしたのさ、シャオ!!」
「あ、あぁ……うぁああああああああああああああっ!!!??」
まるで何かが壊されたような悲鳴を上げると、気を失ったのかシャオは砂浜へと倒れ込んだ。
「シャオっ!!?」
すぐにイオンがシャオを抱きかかえるものの、目の焦点が合っておらず、身体も力が入ってないのかピクリとも動かない。
このまま動かなくなってしまうのではと、イオンは恐怖を感じて思いっきり揺さぶった。
「シャオ、しっかりして!? シャオ!!」
「…が、う――」
その時、シャオの口が僅かに動いた。
「ボク、の…ほんとうの…な、まえは――…」
何かを伝えようとするシャオだったが、そこで瞼が閉じられ完全に気を失った。
「シャオォ!?」
「イオンっ!!」
「どうしたんだ、お前ら!?」
シャオの名前を叫ぶと、ペルセとクウの声が飛んでくる。
後ろから駆け付けて来てくれた二人に、イオンは今起こった出来事を伝えようとした。
「分からない――急にシャオが頭を押さえて、その後倒れて…!!」
突然の出来事に頭が混乱している所為で、二人に上手く説明出来ない。
それでも、クウは言いたい事が伝わったのかイオンからシャオを奪い取る。
そのまま背中に担ぐと、イオンの腕を掴んで無理やり立ち上がらせた。
「急いで戻るぞ」
「戻るってどこに!?」
「ビフロンスに決まってるだろ」
クウがこれからの事を言い放つと、ようやくイオンも冷静さを取り戻す。
すぐにキーブレードを取り出して【異空の回廊】を作り出すと、三人はシャオを連れてビフロンスへと戻り出した。