CROSS CAPTURE62 「優しさ、勇気、決意」
「「足手纏い?」」
外も夕暮れとなった時刻。レイアが休養している部屋で、本人だけでなく中にいたヴェンも同じ言葉を返す。
そんな二人の前には、お見舞いに来たヴァイが頷いていた。
「うん…私、皆の力になりたくてここまで一緒に来たんだけど…皆強くて、私の力だけじゃ敵わない事が合って、逆に足を引っ張ってしまってる気がして…」
そう二人に心の内を話しながら、ヴァイは先程の出来事を思い返す。
凛那の為に材料を取りに行ったのに、何も出来ずに怪我を負って帰って来てしまった。他にもレプセキアの奪還戦では油断して足を引っ張った事もあるし、この世界に来てから未熟ではないのではと嫌でも感じてしまう。
こうして自分の弱音を吐き出すと、すぐにベットにいるレイアに謝った。
「ごめんね、折角レイアちゃんのお見舞いに来たのにこんな話しちゃって」
「ううん――俺分かるよ、その気持ち」
ヴェンはそう言いながら、ヴァイに自分の気持ちを語る。
「俺、キーブレード使いとしては未熟だから本当は外の世界から出ちゃいけないんだ。でも、仮面の奴にテラの事悪く言われて…それで心配になって付いてきちゃったんだ」
過去の事を話しながら、今のヴァイと自分を重ね合わせる。
初めて降り立った世界では、あまり良い思い出はなかった。その後の旅だって、楽しい事ばかりではなく悲しい事や辛い事はいろいろあった。
「廻った世界の中で、俺一人じゃどうにもならなくて助けられたりした。テラやアクアにも戻れって何度も言われた。だから…分かるよ、ヴァイの気持ち」
「ヴェントゥスくん…」
「ヴェンでいいよ。みんなそう呼んでるから」
そう断ると、同じ悩みを持つ者同士笑い合う二人。
「私も分かります、ヴァイさん」
すると、レイアも話の輪に入るなりそっと胸に手を当てた。
「私も一緒に戦いたいのに、戦えない事が沢山ありました…私は弱いから、何かある度に誰かの後ろでずっと守られました」
クウと一緒に二人旅をしていた時もそうだが、テラと無轟と合流してからもそれは変わらなかった。
純粋な魔導師だから、どうしても後ろで戦わないといけないのだが…それ以外に、皆と違って感情の切り替えが出来ない事がある。その所為で、エンとの戦いは殆ど後ろで見ている事しか出来なかった。
「それでも…私達に出来る事はあるのではないでしょうか? 皆さんには出来なくて、私達には出来る事が」
「俺達に…」
「出来る事…」
思いがけないレイアの言葉に、ヴェンとヴァイは無意識に呟く。
そんな二人に、レイアは苦笑を浮かべた。
「――って、ミュロスさんに言われたんです。私だけ動けなくて落ち込んでいたら…そう言って励ましてくれたんです」
「そうだったんだ。でも、今の言葉聞いて何だかスッキリしたよ」
「俺も。レイア、ありがとう」
「あの…! 今のは私ではなく、ミュロスさんの言葉ですから…」
心の重荷が取れてお礼を言うヴァイとヴェンに、レイアは申し訳なさそうに両手を振る。
しかし、二人は気にする事無く笑顔を見せた。
「それでも、伝えてくれたのはレイアちゃんだよ。よーし、今から軽く特訓しに行こう!」
「ヴァイ、俺も付き合うよ!」
両手をギュッと握って意気込むヴァイに、ヴェンも目を輝かせて拳を作る。
悩みを解決した二人を見て、遠慮していたレイアも嬉しくてつい笑ってしまう。
こうして部屋の中が笑顔で包まれた時、部屋の外が急に騒がしくなった。
「あれ?」
「何の騒ぎ?」
気になってヴェンとヴァイが部屋の扉を開けると同時に、カイリの声が響いた。
「シーノ、早く!!」
「待って、いきなりどうしたの!?」
「それが、ルキルの様子がおかしくなったの!!」
「あんたなら何か打開策があるって教えて貰ったの!! ほら、早く!!」
「分かったから、そう引っ張らないでっ!!」
何やら切羽詰まった様子で、カイリとオパールがシーノの腕を掴んで引っ張っている。
明らかにただ事ではないと感じ取り、ヴェンとヴァイは互いに目配せすると部屋を出て三人の後を追いかけ始めた。
その頃、城下町にあるアスラ・ロッテの工房の前。
そこで何やら、ツヴァイが座り込む神無の肩を揺さぶっていた。
「あなた、そろそろ入ったらどうなの?」
「入れって言われても…こう言うのは勇気がいるだろ? 俺がいきなり押しかけても迷惑だろうし…」
「お店の前でウジウジしている方がよっぽど迷惑です」
「そんなハッキリ言う事ないだろ、ツヴァイ〜!」
心に棘が突き刺さる妻の正論に、思わず涙目になる神無。
そんな神無に呆れを見せつつも、ツヴァイは優しく話しかけた。
「神無、大丈夫よ。セカイは違えど…あなたはお義父さまの息子よ。一緒に新しい凛那を見たいって言えば、許してくれると私は思うわ」
そう。ここに来たのは新しい凛那の誕生を見る為だ。例え違うセカイの人物だとしても…無轟の息子として、興味が無い訳ではない。
そこで夫婦共にこの工房へ訪問したのだが、いざ目の前に来た途端に臆病風に吹かれてしまい今では入り口前で立ち往生する始末だ。
どうにか立ち直らせようと話しかけると、神無は僅かに反応する。そこを狙い、ツヴァイは更に説得を続ける。
「ねえ、神無。もし、お義父さんと同じような異なるセカイの神月やヴァイが頼ってきたり甘えてきたりしたらあなたは拒絶する?」
「あ…」
このツヴァイの言葉に、神無は間抜けな声を出す。
セカイが違おうが、育ちが違ったとしても、神月とヴァイは自分の家族…拒絶など出来る訳がない。
家族としての質問の答えを見出すと共に、ゆっくりと立ち上がって工房の入口を見た。
「そうだよな…セカイがどうとか関係ない。無轟なら、これぐらいの我が儘許してくれるよな」
「さ、覚悟を決めたなら入りましょう。急がないと凛那が完成する所に立ち会えないわよ」
神無も覚悟を決めた所で、ツヴァイは工房の中へと催促する。
「神無さん!! ツヴァイさん!!」
直後、ペルセの叫びが二人の耳を貫く。
すぐに振り返ると、息を切らしたペルセとイオン、そしてクウがこちらに向かって走っていた。
「クウ、お前なんでここに? 確か神月達と修行してた筈――」
「悪い、緊急事態だ!! この町に医者はいないか!?」
まるで掴みかかる様な言い方だが、ここで二人はクウに背負われているシャオに気付く。
すぐに長年の勘が働き、シャオに何かあった事に気づいた。
「一体どうしたの?」
「それは、その…」
「どうかしたか?」
ツヴァイの質問にイオンが口籠っていると、騒ぎを聞きつけたのか工房からイリアドゥス達が出てくる。
するとここで、アスラがクウに気付いて首を傾げた。
「アンタはさっきの。また何か用が――」
「イリア、シャオが倒れた!! 何か分かるか!?」
「この子が…」
余程切羽詰まっているのか、アスラを無視してイリアドゥスへと詰め寄るクウ。
すぐにイリアドゥスが背負われているシャオの頭に手を触れた瞬間、僅かに驚きの表情を露わにした。
「――記憶が解離している」
「え?」
「そうね、こう言った事に関してはシーノが専門になる。あの子にシャオを見せるといいわ」
「シーノって奴に聞けば分かるんだな、サンキュ!」
イリアドゥスから助言を貰い、クウは急いで城へと駆け出す。
だが、そんな彼の行く手を無轟が遮る様に立ち憚った。
「オッサン!! なに邪魔して――!!」
「分かっているのか。城にはお前を未だに憎んでいるウィドがいるんだぞ」
無轟の言葉に、意味を察して言葉を止めるクウ。
ウィドとはまだ関係が戻った訳ではない。それはクウも分かっていたようだ。
彼だけでなく事情を知る人達も口を閉ざす中、無轟は更に言いよる。
「万が一にでも鉢合わせしてしまえば衝突は間逃れない。それでも行くのか?」
幾ら周りの人達が気を付けていても、同じ建物にいれば会う確率が高くなる。だから城に行く事を反対しているのだ。クウを、そして仲間との関係を心配してくれるから。
そこを考えれば、恐らくシーノをこちらに呼んだ方がいいだろう。時間は多少かかるが、新しい火種を生むよりはマシだ。
誰もが二人の様子を見守る中、クウは深く溜息を吐いた。
「…スピカを見捨てたのは本当の事だろ。ウィドとは何時かは向かい合わないといけないって思ってたんだ。寧ろ丁度いいさ」
「クウ…」
「オッサン。これでも、あんたには感謝してるんだ。ああして本気でぶつかってくれなかったら、今の俺はこうして立っていない。オッサンらしい不器用な方法だけど…俺にとっては最善な方法だった。慰めの言葉でも誰かが傍に居ても、きっと見向きもしないし拒絶してる」
誰も守れずにエンに敗北して、孤独になりたくて心を閉ざして殻を作った。それを無轟は無理やり壊しそうとした。
しかし無轟の力でも心を守る殻に罅を入れる事しか出来なかった。だが、そのお蔭で自力で殻を破る事が出来たのだ。
昨日の戦いについて心からのお礼を言うと、フッと笑いかける。
「だから、もしウィドと出会っても回りくどい事せずに真正面に向かい合う……それがあいつを前へと向かい合わせる、俺に出来る方法だと思ってる。どんなに罵られ様とも、また傷付けられようともな」
「…そうか」
「んな顔すんなよ。これでも憎まれ役は慣れてる、それに…あいつはスピカの弟だ」
不安げな表情を浮かべる無轟を笑い飛ばすと、クウは遠くにある城を見る。
どんなに憎まれ様が、ウィドを心から信じている。それを感じていると、申し訳なさそうにクウは笑った。
「心配してくれんのに、悪いな…イオン、ペルセ、行くぞ!」
「「は、はい!」」
急に声をかけられたが、二人はクウと共に無轟の横を通り過ぎる。
そうして城に向かって走る――が、途中でクウは振り返った。
「っと――言い忘れてたぜ、オッサン!!」
再び無轟へと向き直ると、大声で叫んだ。
「今度は正々堂々と二人だけで戦う!! あの時言ったようにぶん殴れるぐらい強くなるから、それまでちゃんと準備は万全にしとけよな!! それで昨日の借りはチャラだ!!」
それだけ言うと、クウは今度こそイオン達と城へと駆け出した。
まるで嵐が去ったような気持ちに陥り、ロッテはクスリと笑った。
「挑戦状、叩きつけられたって感じさね」
「無轟に挑戦状申し込むとはな……不思議な奴だな、あいつは。本当にエンと同類なのか?」
イオン達と共にクウを見送りながら、神無はエンを思い浮かべる。
彼とは一回だけ刃を交えたが、クウと違って冷静で礼儀正しく、敵でも多少の敬意を払っていた。
まるで正反対な二人について考える神無の疑問に、イリアドゥスが口を開いた。
「一見すると、違う存在とも言える。それでも一緒の部分は確かにある」
「そうだ。奴が行動を起こす時、それは必ず…誰かの為だ」
「エンも同じよ。どんなに時が経っても、その部分だけは変わらない…良くも悪くもね」
しみじみと語る無轟の隣でイリアドゥスも淡々と言うと、神無は複雑な顔を作る。
今のクウは倒れたシャオの為に、危険と分かっていて行動している。エンもまた、失った仲間の為にカルマと協力している。
どちらも元は純粋な願いなのに…どうして光と闇のように違うのだろう。
「ところで、神無。お前はどうしてここにいるのだ?」
「じ、実は…」
凛那の言葉に本来の目的を思い出し、緊張しながら神無が無轟を見る。
そんな中、イリアドゥスが城の方へと歩いて行く事にツヴァイが気づいた。
「イリアドゥス?」
「あの子が気になるから、少し行ってくる。立ち合いまでには必ず戻る」
外も夕暮れとなった時刻。レイアが休養している部屋で、本人だけでなく中にいたヴェンも同じ言葉を返す。
そんな二人の前には、お見舞いに来たヴァイが頷いていた。
「うん…私、皆の力になりたくてここまで一緒に来たんだけど…皆強くて、私の力だけじゃ敵わない事が合って、逆に足を引っ張ってしまってる気がして…」
そう二人に心の内を話しながら、ヴァイは先程の出来事を思い返す。
凛那の為に材料を取りに行ったのに、何も出来ずに怪我を負って帰って来てしまった。他にもレプセキアの奪還戦では油断して足を引っ張った事もあるし、この世界に来てから未熟ではないのではと嫌でも感じてしまう。
こうして自分の弱音を吐き出すと、すぐにベットにいるレイアに謝った。
「ごめんね、折角レイアちゃんのお見舞いに来たのにこんな話しちゃって」
「ううん――俺分かるよ、その気持ち」
ヴェンはそう言いながら、ヴァイに自分の気持ちを語る。
「俺、キーブレード使いとしては未熟だから本当は外の世界から出ちゃいけないんだ。でも、仮面の奴にテラの事悪く言われて…それで心配になって付いてきちゃったんだ」
過去の事を話しながら、今のヴァイと自分を重ね合わせる。
初めて降り立った世界では、あまり良い思い出はなかった。その後の旅だって、楽しい事ばかりではなく悲しい事や辛い事はいろいろあった。
「廻った世界の中で、俺一人じゃどうにもならなくて助けられたりした。テラやアクアにも戻れって何度も言われた。だから…分かるよ、ヴァイの気持ち」
「ヴェントゥスくん…」
「ヴェンでいいよ。みんなそう呼んでるから」
そう断ると、同じ悩みを持つ者同士笑い合う二人。
「私も分かります、ヴァイさん」
すると、レイアも話の輪に入るなりそっと胸に手を当てた。
「私も一緒に戦いたいのに、戦えない事が沢山ありました…私は弱いから、何かある度に誰かの後ろでずっと守られました」
クウと一緒に二人旅をしていた時もそうだが、テラと無轟と合流してからもそれは変わらなかった。
純粋な魔導師だから、どうしても後ろで戦わないといけないのだが…それ以外に、皆と違って感情の切り替えが出来ない事がある。その所為で、エンとの戦いは殆ど後ろで見ている事しか出来なかった。
「それでも…私達に出来る事はあるのではないでしょうか? 皆さんには出来なくて、私達には出来る事が」
「俺達に…」
「出来る事…」
思いがけないレイアの言葉に、ヴェンとヴァイは無意識に呟く。
そんな二人に、レイアは苦笑を浮かべた。
「――って、ミュロスさんに言われたんです。私だけ動けなくて落ち込んでいたら…そう言って励ましてくれたんです」
「そうだったんだ。でも、今の言葉聞いて何だかスッキリしたよ」
「俺も。レイア、ありがとう」
「あの…! 今のは私ではなく、ミュロスさんの言葉ですから…」
心の重荷が取れてお礼を言うヴァイとヴェンに、レイアは申し訳なさそうに両手を振る。
しかし、二人は気にする事無く笑顔を見せた。
「それでも、伝えてくれたのはレイアちゃんだよ。よーし、今から軽く特訓しに行こう!」
「ヴァイ、俺も付き合うよ!」
両手をギュッと握って意気込むヴァイに、ヴェンも目を輝かせて拳を作る。
悩みを解決した二人を見て、遠慮していたレイアも嬉しくてつい笑ってしまう。
こうして部屋の中が笑顔で包まれた時、部屋の外が急に騒がしくなった。
「あれ?」
「何の騒ぎ?」
気になってヴェンとヴァイが部屋の扉を開けると同時に、カイリの声が響いた。
「シーノ、早く!!」
「待って、いきなりどうしたの!?」
「それが、ルキルの様子がおかしくなったの!!」
「あんたなら何か打開策があるって教えて貰ったの!! ほら、早く!!」
「分かったから、そう引っ張らないでっ!!」
何やら切羽詰まった様子で、カイリとオパールがシーノの腕を掴んで引っ張っている。
明らかにただ事ではないと感じ取り、ヴェンとヴァイは互いに目配せすると部屋を出て三人の後を追いかけ始めた。
その頃、城下町にあるアスラ・ロッテの工房の前。
そこで何やら、ツヴァイが座り込む神無の肩を揺さぶっていた。
「あなた、そろそろ入ったらどうなの?」
「入れって言われても…こう言うのは勇気がいるだろ? 俺がいきなり押しかけても迷惑だろうし…」
「お店の前でウジウジしている方がよっぽど迷惑です」
「そんなハッキリ言う事ないだろ、ツヴァイ〜!」
心に棘が突き刺さる妻の正論に、思わず涙目になる神無。
そんな神無に呆れを見せつつも、ツヴァイは優しく話しかけた。
「神無、大丈夫よ。セカイは違えど…あなたはお義父さまの息子よ。一緒に新しい凛那を見たいって言えば、許してくれると私は思うわ」
そう。ここに来たのは新しい凛那の誕生を見る為だ。例え違うセカイの人物だとしても…無轟の息子として、興味が無い訳ではない。
そこで夫婦共にこの工房へ訪問したのだが、いざ目の前に来た途端に臆病風に吹かれてしまい今では入り口前で立ち往生する始末だ。
どうにか立ち直らせようと話しかけると、神無は僅かに反応する。そこを狙い、ツヴァイは更に説得を続ける。
「ねえ、神無。もし、お義父さんと同じような異なるセカイの神月やヴァイが頼ってきたり甘えてきたりしたらあなたは拒絶する?」
「あ…」
このツヴァイの言葉に、神無は間抜けな声を出す。
セカイが違おうが、育ちが違ったとしても、神月とヴァイは自分の家族…拒絶など出来る訳がない。
家族としての質問の答えを見出すと共に、ゆっくりと立ち上がって工房の入口を見た。
「そうだよな…セカイがどうとか関係ない。無轟なら、これぐらいの我が儘許してくれるよな」
「さ、覚悟を決めたなら入りましょう。急がないと凛那が完成する所に立ち会えないわよ」
神無も覚悟を決めた所で、ツヴァイは工房の中へと催促する。
「神無さん!! ツヴァイさん!!」
直後、ペルセの叫びが二人の耳を貫く。
すぐに振り返ると、息を切らしたペルセとイオン、そしてクウがこちらに向かって走っていた。
「クウ、お前なんでここに? 確か神月達と修行してた筈――」
「悪い、緊急事態だ!! この町に医者はいないか!?」
まるで掴みかかる様な言い方だが、ここで二人はクウに背負われているシャオに気付く。
すぐに長年の勘が働き、シャオに何かあった事に気づいた。
「一体どうしたの?」
「それは、その…」
「どうかしたか?」
ツヴァイの質問にイオンが口籠っていると、騒ぎを聞きつけたのか工房からイリアドゥス達が出てくる。
するとここで、アスラがクウに気付いて首を傾げた。
「アンタはさっきの。また何か用が――」
「イリア、シャオが倒れた!! 何か分かるか!?」
「この子が…」
余程切羽詰まっているのか、アスラを無視してイリアドゥスへと詰め寄るクウ。
すぐにイリアドゥスが背負われているシャオの頭に手を触れた瞬間、僅かに驚きの表情を露わにした。
「――記憶が解離している」
「え?」
「そうね、こう言った事に関してはシーノが専門になる。あの子にシャオを見せるといいわ」
「シーノって奴に聞けば分かるんだな、サンキュ!」
イリアドゥスから助言を貰い、クウは急いで城へと駆け出す。
だが、そんな彼の行く手を無轟が遮る様に立ち憚った。
「オッサン!! なに邪魔して――!!」
「分かっているのか。城にはお前を未だに憎んでいるウィドがいるんだぞ」
無轟の言葉に、意味を察して言葉を止めるクウ。
ウィドとはまだ関係が戻った訳ではない。それはクウも分かっていたようだ。
彼だけでなく事情を知る人達も口を閉ざす中、無轟は更に言いよる。
「万が一にでも鉢合わせしてしまえば衝突は間逃れない。それでも行くのか?」
幾ら周りの人達が気を付けていても、同じ建物にいれば会う確率が高くなる。だから城に行く事を反対しているのだ。クウを、そして仲間との関係を心配してくれるから。
そこを考えれば、恐らくシーノをこちらに呼んだ方がいいだろう。時間は多少かかるが、新しい火種を生むよりはマシだ。
誰もが二人の様子を見守る中、クウは深く溜息を吐いた。
「…スピカを見捨てたのは本当の事だろ。ウィドとは何時かは向かい合わないといけないって思ってたんだ。寧ろ丁度いいさ」
「クウ…」
「オッサン。これでも、あんたには感謝してるんだ。ああして本気でぶつかってくれなかったら、今の俺はこうして立っていない。オッサンらしい不器用な方法だけど…俺にとっては最善な方法だった。慰めの言葉でも誰かが傍に居ても、きっと見向きもしないし拒絶してる」
誰も守れずにエンに敗北して、孤独になりたくて心を閉ざして殻を作った。それを無轟は無理やり壊しそうとした。
しかし無轟の力でも心を守る殻に罅を入れる事しか出来なかった。だが、そのお蔭で自力で殻を破る事が出来たのだ。
昨日の戦いについて心からのお礼を言うと、フッと笑いかける。
「だから、もしウィドと出会っても回りくどい事せずに真正面に向かい合う……それがあいつを前へと向かい合わせる、俺に出来る方法だと思ってる。どんなに罵られ様とも、また傷付けられようともな」
「…そうか」
「んな顔すんなよ。これでも憎まれ役は慣れてる、それに…あいつはスピカの弟だ」
不安げな表情を浮かべる無轟を笑い飛ばすと、クウは遠くにある城を見る。
どんなに憎まれ様が、ウィドを心から信じている。それを感じていると、申し訳なさそうにクウは笑った。
「心配してくれんのに、悪いな…イオン、ペルセ、行くぞ!」
「「は、はい!」」
急に声をかけられたが、二人はクウと共に無轟の横を通り過ぎる。
そうして城に向かって走る――が、途中でクウは振り返った。
「っと――言い忘れてたぜ、オッサン!!」
再び無轟へと向き直ると、大声で叫んだ。
「今度は正々堂々と二人だけで戦う!! あの時言ったようにぶん殴れるぐらい強くなるから、それまでちゃんと準備は万全にしとけよな!! それで昨日の借りはチャラだ!!」
それだけ言うと、クウは今度こそイオン達と城へと駆け出した。
まるで嵐が去ったような気持ちに陥り、ロッテはクスリと笑った。
「挑戦状、叩きつけられたって感じさね」
「無轟に挑戦状申し込むとはな……不思議な奴だな、あいつは。本当にエンと同類なのか?」
イオン達と共にクウを見送りながら、神無はエンを思い浮かべる。
彼とは一回だけ刃を交えたが、クウと違って冷静で礼儀正しく、敵でも多少の敬意を払っていた。
まるで正反対な二人について考える神無の疑問に、イリアドゥスが口を開いた。
「一見すると、違う存在とも言える。それでも一緒の部分は確かにある」
「そうだ。奴が行動を起こす時、それは必ず…誰かの為だ」
「エンも同じよ。どんなに時が経っても、その部分だけは変わらない…良くも悪くもね」
しみじみと語る無轟の隣でイリアドゥスも淡々と言うと、神無は複雑な顔を作る。
今のクウは倒れたシャオの為に、危険と分かっていて行動している。エンもまた、失った仲間の為にカルマと協力している。
どちらも元は純粋な願いなのに…どうして光と闇のように違うのだろう。
「ところで、神無。お前はどうしてここにいるのだ?」
「じ、実は…」
凛那の言葉に本来の目的を思い出し、緊張しながら神無が無轟を見る。
そんな中、イリアドゥスが城の方へと歩いて行く事にツヴァイが気づいた。
「イリアドゥス?」
「あの子が気になるから、少し行ってくる。立ち合いまでには必ず戻る」