CROSS CAPTURE67 「煌王・凛那」
時間は少し遡る。
それはイリアドゥスが城へと戻っていく頃からである。
置いてけぼりを食らった神無とツヴァイだが、事態を懸念するも本題の彼らに迫られ、それ所ではない。
「で、何か用があるのか」
無轟に真っ向から問いかけられ、ついでに凛那の視線付きである。
問い詰められた神無は歯切れの悪い様子で、救いの視線を妻のツヴァイに向けた――が、期待は直ぐに消えた。
貼り付けたような笑顔で、『早く言いなさい』と無言で叩き返されたのであった。
「……あー」
そうして、意を決し、ゆっくりと口を開いて、
「―――新しくなった凛那、見てみたいなーって」
その言葉を唖然といった様子で無轟も、凛那もそうなった。
そんな雰囲気に言い切ってしまった神無は顔を真っ赤にし、ツヴァイは呆れた様子で静観する。
少しの沈黙の末、
「……なんだ、そうだったか」
口火を切ったのは唖然としていた無轟だった。
得心したように、聊か苦笑を含めた笑みを浮かべて言う。
「なら、店で待つとしよう。伽藍は夕刻には完成するといっていた。もうじきなのだろう」
彼は言い終えるや店の中へと戻り、驚く神無に凛那が嘆息して言った。
「断るわけないだろうが。そういうところは親子似ているぞ」
「う、うるせえ」
強く言い返せず、ぐぬぬと悔しげに睨み返す程度しか出来ず、そんな睨みも凛那は鼻で笑い、
「さっさと入るんだな」
促すように言ってから彼女も店へと入る。
そこへ妻が彼の手を握り、手を引くように同道する。
「さ、行きましょ」
「……ああ」
少し恥ずかしくなりつつも、確りとした足取りで店へと入る。
そうして、神無らも無轟たちと共に完成した凛那の立会いに加わり、出来上がるその合間、奇妙な親子の会話が続いていた。
こちら側の無轟との思い出、異なるセカイ側での家族の話など無轟と神無、双方にとっても満足のいく会話が過ぎていった。
そうして、
新たな凛那の完成に、急遽城で起きた事態からイリアドゥスが此処へと戻ってきた。
城での出来事を聞き終えた神無らは夜からの行動も考えた。
「夢の世界で救出戦と来たか」
「現状、我々は彼らの成功を期するしかないわけだな」
「ええ。大勢で夢の世界なんて危険極まる事。少数で当たるしかないわ」
『僕たちが仕事していた間にそんな事が起きてたのかー』
「ああ。この事態は彼らに任せるしか―――ん?」
「あら」
会話の中に割り込んでいた見知った人物の声に漸く気付いた神無らが声の方向へ向く。
そこには伽藍と共に凛那の作業に出ていた炎産霊神が自然と居た。
「お前!」
『アハハ! ごめんごめん。―――お待たせ皆。完成したよ!』
彼の嬉しそうな声に一同の期待が高まる。だが、同時に炎産霊神は思い出したように言う。
『あ、伽藍が力尽きちゃったから誰か運び出してくれる?』
「ソレを早く言え!」
凛那の一喝と共に、アスラ同伴で神無たちは伽藍が篭っていた工房へと急いだ。
工房の扉を開け、開放され、出てきた熱気に思わずアスラは驚く。
「っ! 伽藍は大丈夫か!?」
「急ぐぞ」
一先ず、熱気に満ちた工房へ入る事にしたのはアスラ、無轟と凛那だけだった。
他の者らはその場で待つことになった。
工房の中、伽藍が居るその広間へとたどり着き、一堂は更に驚く。
「―――よぉ、迎えに来たか……ハハハ」
熱気が更に高まったような広間に、汗だくで、煤まみれになっている伽藍が仰向けに倒れており、やって来た彼らに乾いた声を漏らす。
「無事か!」
駆けよったアスラと無轟に支えられながら、伽藍はゆっくりと応じる。
「……おう。出来たぜ、お前ら」
彼の片手が必死に掴んでいたそれは鞘に収まっている刀だった。
紛れも無く新たな凛那のものだった。燃え上がるような期待に満ちるも、一同は一先ず店へ戻ることを優先した。
そして、伽藍の治療をしながら、工房外でのいよいよの立会いが果たされた。
「いやー、師匠みたく命懸けの打ち込みしてたらぶっ倒れてたわ! ―――さて、本題の刀だ」
彼の手から無轟へと託され、それを確りと受け取る無轟は何処か緊張の色を隠せずに居る。
折れた刀身以外のパーツは流用された為、鞘に収まった刀は以前の凛那と代わりはない。
しかし、握り締めている無轟は感じ取れる。以前の凛那と大きく違う力の脈動を。
『さ、無轟。皆に見せて貰おう。新しい愛刀を』
緊張に黙する彼に相棒の彼は普段の陽気さに催促する。一同の視線が集う中、無轟はゆっくりと刀を抜く。
その刃に無轟が興味深く驚く中、鞘から刀身を引き抜き、改めて刀を見る。
「―――」
刃は闇を深めた真黒、刀身に走るのは茜色の刻印だ。
その奇異な黒刀を握り締めつつ、作り手の伽藍に尋ねた。
「この刀の名は…?」
問いかけられた伽藍は自信に満ち溢れた陽気な笑みと共に、その名を明かす。
「『煌王・凛那』。最高傑作といえる代物だぜ」
「……煌いては無さそうだが?」
「あー、確かにな」
いぶかる無轟に、同意して怪訝に想った神無が視線を彼らに向けた。
向けられた炎産霊神と伽藍が、嬉々とした様子で互いを見やって、作り手から言う。
それは自慢の一品を紹介する様に堂々としている。
「なら、ためしに『炎産霊神』を発動してみろ。直ぐにわかるさ」
「解った」
応じて言うや、無轟は力を込めた。
呼応し、刀身より爆炎が巻き上がり、荒れ狂う―――はずだった。
「!」
「な――!?」
「……」
各々が驚き、興味深く見つめる中で無轟の繰り出した『炎産霊神』の炎が顕現した瞬間に刀身に吸い込まれていったのだ。
そんな中、伽藍は滔々と最高傑作の性能を説明し始める。
「炎産霊神から聞いた。エンって敵さんの事とか色々な。
折れた凛那を直しても、強くしても無轟の手助け程度になるなんてご免だ。―――だからこそ、こういう風にしてみたんだ。
その『煌王』は炎産霊神の炎を吸収し、力を溜め込むことが出来る」
先の事象、黒刀に炎が吸収された事を脳裏に過ぎらせつつ、無轟は話を聞き続ける。
「『溜め込んだ炎』と新たに繰り出す炎の二重による火力強化、更に溜め込んだ状態による斬撃能力の上昇だな。熱を帯びた斬撃ってやつだ。
で、『溜め込んだ炎』が最大限に吸収された場合に、その刀は文字通り――『煌く』んだ。その状態を『灼煌(しゃくこう)』と名づけた」
武器を新しくするだけは無く、無轟自身の補助も備える万能性を追及した結果だった。
まさしく『彼だけの一刀』なのだった。
無轟は黙して煌王・凛那をゆっくりと鞘に戻し、伽藍へ振り向いた。
「―――礼を言う。お前にはつくづく助けられてばかりだ」
「何、気にするなよ。お前さんの役に立てたのなら、こっちの無轟に自慢できるってものだ」
「そうだな。……この刀とならエンに勝てる、だろうか?」
『確信を持って言いなよ! …まあ、解らなくもないけどさ』
無轟の自信の無さを注意したが、困ったようにため息をつく。
その沈鬱さが場の空気を重くのしかかる。しかし、
「だらしねぇな、おい。相手が強かろうと、気にしないのが俺の知っている無轟(おやじ)だろ」
喝を発するその一声は、神無のものだった。彼は陽気な声と裏腹に真剣みのある表情であった。そうして、少し考える様に間を置いてから、陽気さと表情が一致して言う。
「…よし、一合一剣と行くか!」
「一合一剣、お前…」
「ん? なんだい、その『イチゴウイチケン』ってのわさ」
神無の発した言葉に首をかしげるアスラ夫婦らに、ツヴァイが説明する。
「簡単に言えば、お互い一撃だけの攻撃を酌み交わす流儀…かしら?」
彼の妻が答えれたのは、かつてそう教えられたのだった。
無論、彼女自身がそれを見たのは一度しかない。凛那はその意味を知り、僅かに驚嘆した様子で無轟を見やる。
同じく驚きを隠せない彼だったが、そこに沈鬱な迷いはない。むしろ、陽気さに笑みを浮かべている。
「――――いいだろう。だが、場所はあの訓練の場だ。被害は最小限になる」
「勿論だぜ。イリアドゥス、俺たちも城の方へと戻ろう」
「ええ」
「無事を祈るよ」
「頑張りなー!」
そして、神無たちはアスラ夫婦に見送られながら、足早に城の方へと向かった。