CROSS CAPTURE68 「一合一剣」
城に向かう途中、神無と無轟、凛那はイリアドゥスらと別れ、訓練の場となっている神殿の方に移動した。
一合一剣を行うには最適の場所として、そこを選んだ。神殿の明かりはまだ点いていた。
「すげえな。昨日の戦闘からもう直っているのか」
広間での激戦を思い返しながら、神無は訓練場の床を踏みしめる。
そこには今日、鍛錬をしていた神月たちがまだ残っていた。
やって来た来訪者の彼らに驚きながらも駆け寄った。その様子に神無も驚いたような呆れたような声で聞いた。
「神月、まだやってたのか?」
「……親父が戻ってきたってことは、―――完成したのか」
一先ず息を整えてから神月は、来訪した事への意味を理解して尋ねる。
その問いかけに神無ら一同も頷き、そして、無轟の手に持つ刀を見やった。
「どんな感じになったんだ? 気になってきた」
興味心身にオルガが割り込んで楽しげに声を上げる。
そんな彼の態度にアーファがいそいそと近づき、拳骨で注意した。
「うがっ!?」
「…馬鹿。此処に来たなら、きっとそうするつもりなんでしょう。―――ですよね?」
オルガを叱りつつ、無轟に首をかしげてわざとらしく、彼女は問うた。
「ああ。そのつもりだ…」
そう答えた彼の佇まいから沸々と闘争の気配を漂わせている。気配を一同が感じ取り、息を呑んだ。
「おう。始めようか…!」
彼の気配に対しても、真っ向から受ける神無は気さくに声を発して、訓練場の舞台に立った。
そうして他の皆は(一人を除いて)離れた場所から休みがてらに観戦する。
まず神無は青黒の炎を刀に圧縮した心剣・魔黒刀リンナを、
次に無轟は新たな炎刀――煌王・凛那を鞘より抜きとった。
そんな闘志を燃やす二人を見守る様に、唯一人残っていた凛那が端然とたたずんでいる。
『――気になる?』
そこへ隣に現れた炎産霊神に話しかけられても、見向きもせずにじっと見据えている。
そんな―――瞳に小さな、しかし確固たる感情を過ぎらせた―――彼女に怒るつもりもない彼は苦笑を浮かべつつ、話を続ける。
『一合一剣かー。こっちの無轟も教えていたみたいだね』
「…ああ。そっちもか」
凛那は言葉だけを返し、変わらず見据えている。
一合一剣。
それは言うなれば、互いに全力の一撃を酌み交わすというものである。
互いの技量、実力を推し量るには剣を交えるしかない。だが、敵にした相手でなければそれはただの斬り合いになる。
そして、新たな武器を手に入れた無轟と適した相手は現状、神無だけだ。
『……まあ、アレの力を速く慣らすなら悪くないけど』
そういいあう間にも、二人の力の解放が際立ち始める。
無轟は一気に炎を放出し、それを吸収させていく。真黒の刃が次第に輝きを放ち始める。
神無も青黒の炎を取り込み、輝きを帯びた一刀になっていく。
「―――」
こうして、無轟(ちち)と剣を交えるのは何度目になる事か。
嘗ては本来の父親と、更には己の記憶から具現化された幻影と、
そして、今は異なる世界からの来訪者たる無轟(かれ)と、剣を交える事になる。
普通に接する事は苦手だった。けれど、なぜか剣を通した語り合い、闘争は嫌いになれない。
そんな所は、親子似ているのだろうな―――。
剣と剣、力と力の凌ぎ合いの末に在るお互いの『殻』が露呈し、剥き出しの心でぶつかり合う所為なのだろうか。
「―――ハッ」
例え、そうだったとしても。今の己にできるのは彼の強さを色褪せないように高める事くらいだ。
我が身が老いて、初めて父親の無轟の気持ちが理解することが出来た。
かつてのような強い己はもういない――――。
「行くぜ」
だからこそ、老いてなお戦おうとしている己に喝を入れる。
誰かが戦わなければならないならば、自分が戦おう。戦うしかない。
それがこれから続くであろう平穏な世界を息子たち、友たち―――己の手の届く限りの幸せを護りたい。
いつだってそうしてきたんだ。
全てを護る、救うだなんて大言を実行できる人間は存在しない。
同時に、二人は地を蹴り、駆け出す。全力の一撃―――青黒の刀身と灼煌の刀身―――が激突する。
その衝撃が鋭い音を響かせ、眩い光が閃かせる。神月らは視界を翳し、改めて二人を見やる。
交えた一撃、互いに剣を唾競りしたまま動きを取らなかった。
「――――」
「うむ」
ゆっくりと二人は剣を離し、無轟は煌王・凛那の刀身を確かめる様に見た。
神無の一撃を受けても寸暇の傷すら無く、煌きを失せない刀身は変わらぬ輝きを宿している。
それに満足したように剣を鋭く水平に振り、流れる動作で鞘へと静かに収めた。
神無も満足げに青黒の刀を散らして、気を楽にする。
「さすがだな、傷一つなしか」
「ああ。まったく問題ない」
「…老いぼれの俺なりの試金石ってところだな」
神無はそう乾いた笑みで肩をすくめた。
己は老兵、自認しているが故の皮肉であった。幾ら鍛錬し続けても、限界はある。
誰だってある、限界を。しかし、限りあるそれを熾烈に燃やすことこそが自分や父親たる無轟の目指した意志だった。
「―――フッ。刃を通して伝わったぞ、神無。
それでいいんだ。――それも無轟(おまえの父)の矜持だったはずだろう」
「まあ、な」
思わず見透かされたのか、神無は何処か照れたように小さく笑い、答えを誤魔化した。
既に彼の中に、答えは出ているのだから。無轟も追及する事無くまったくの微笑で済ました。
そこへまず凛那、続いて神月たちが近づいてきて、声をかけた。
「満足したか二人とも」
「おう。お前らも見てたか。すげえよなー」
神無にそう尋ねられた彼女は無轟の手に在る煌王・凛那の方を一瞥し、誇らしく頷き返す。
まさにもう一人の自分へと見つめるように。彼女はそうして、言葉を続ける。
「ああ。無轟の力になる事が『凛那』にとっては至福の事だ」
「さすが凛那の所有者……伊達じゃないわね」
感心するように呟いた女性クェーサーに、無轟が気付いて話し掛ける。
「お前がクェーサーだな。凛那から聞いている。なかなかの実力者、とな」
「…光栄です。ええ、本当に」
間接ながらも彼女は凛那に認められている、という事実に幸福感を感じつつ、表面上は平静に応じた。
しかし、仄かに頬が赤い彼女の着映えは直ぐに他の者らに気付かれてしまう。
「嬉しいくせに、ねー」
「ふふ、そうね」
からかうようにクェーサーを小突くヴァイに、同意するように微笑む紗那。
ふと彼女らを見た無轟は思い出したように二人に話し掛ける。
「そういえば、お前たちもいうなれば私の家族のようなものか…」
「え…?」
「あー。確かにな。ヴァイも神月もいうなれば孫だし、紗那は孫の嫁だ。家族っちゃ、家族だな」
困惑した二人に代わって、得心したように神無が徐に呟いた。
ついでに言った「嫁」という言葉に、紗那はさらに反応した。
「も、もう!」
「ハハハ! いいじゃねえか。もう嫁みたいなものだろう?」
「……それ以上とからかうとぶっ飛ばす」
からかう神無に神月が殺気を帯びた一言を添えつつ、顔はほんのり赤い。
その様子に無轟やツヴァイ、ヴァイもやれやれと呆れつつ、談笑を交えた。
凛那やクェーサーはその輪にうまく入れず少し離れて話をしている。
「あなたも家族、なのよね」
「…難しい所だがな」
実感は湧かない、そう彼女の顔に書いてあるといわんばかりに複雑な顔をする。
そんな戸惑いを抱いている凛那に諭すようにいった。
「大丈夫よ。あなたも神無たち家族の一人よ?」
「―――そうだぜ。ぶっきらぼうはよくねえなー」
追撃してきたのは神無たちだった。陽気な声色と違い、表情は優しい父の顔だ。
凛那へと神月たちも、そして、無轟も頷いて、口火を切る。
「そうだとも。遠慮も、躊躇もいらないぞ」
「………っ」
皆して、視線を注がれ、その心優しさに凛那は返す言葉すら出ずに顔を真っ赤にして黙ってしまう。
そんな様子に愉快に笑いが包まれる中、
『じゃあ、僕も家族だね』
再び姿を顕した炎産霊神がくすくすと笑いつつ、陽気に声を上げた。
『で、どうするの? 城に戻っても待つしかないけど』
「仕方ないんじゃないか? 夢の世界なんて、大勢で乗り込める場所でもねえしな」
彼の問いかけに、オルガが答えた。オルガとアーファは先の談笑の輪にはあえて入らず、二人して雑談していた。
起きた事態に対しても、どう対処するかは答えは出ている。あとは、任されたものたちだけで奮闘するしかない。
『―――それもそっか』
オルガの答えに、納得したのか炎産霊神はそっけなく呟いた。
その会話に、重くなりかけた雰囲気に神無が咳払いしつつ、
「…ま、今日は訓練も終わりにして城にも戻ろう」
神無の意見に一同、同意して神殿から城へと戻る。
城へ戻り、神無らはそれぞれの自由に行動する事とした。
食事をとり、今後の事を考えるもの。
風呂に浸かり、今日一日の疲れを癒すもの。
自室で、夢の世界で奮闘していくだろう彼らの無事を祈るものなど。
多種様々に、彼らは行動していった。
そうして、城は夜に更けていく。