メモリー編3 「残酷な親友の姿」
明らかに今までとは違う記憶の歪みに足を踏み入れる。
そこに広がっていたのは、白い部屋だった。
「この場所は?」
「忘却の城…!」
何処か異質な部屋にシーノが周りを見回していると、覚えがあったのかリクが表情を強張らせる。
その時、部屋の真ん中で黒コートを着た三人の男女が話をしていた。
「何の用だ、ヴィクセン。あんたの持ち場は地面の下だろ?」
「あの人達は…?」
赤い髪の男性、金髪の女性、そしてヴィクセンと言われた男にウィドが目を細める。
「あいつらは]V機――」
「――リア…?」
リクが答えようとした直後、オパールが小さな呟きを漏らす。
「オパール…?」
聞いた事もない名前にリクが振り返ると、オパールの目には驚きと茫然が混ざりあっている。その視線の先は、赤い髪の男性――アクセルだ。
その事に気付いていると、金髪の女性――ラクシーヌが鼻を鳴らす。
「ふん、あんたらしいわね。よーするに、実験しないと気が済まないって訳でしょ?」
「本能だよ、科学者としての…な」
「別にかまわねえけどよ。あんた、ソラを試すついでに自分のしもべも試す気だろ?」
「リア…リアっ!!」
アクセルがヴィクセンに向かって話していると、突然オパールが駆け出す。
そうしてアクセルの肩に掴みかかるが、この光景そのものが幻なのかオパールの身体はすり抜ける。
結果、オパールは思いっきり床に倒れ込む。これには慌てて、リクとシーノは彼女に近づいて助け起こした。
「これは記憶で作られた幻なんだ。実際に触れる事は――」
「リア、実験って何!? 何で機関にいるの!? アイザは!? ねぇ!!」
シーノの話が聞こえてないようで、オパールは尚もアクセルへと叫ぶ。
また掴みかかりそうな勢いを見せるオパールを、リクが腕を掴んで抑え込んだ。
「落ち着け、オパール!!」
「静かにっ!!」
黙っていたウィドから一括が飛んできて、暴れていたオパールは身をすくませて大人しくなる。
その間にも、アクセル達の話は進んでいく。
「まあいい。折角来ていただいたんだ、あんたにも楽しんでもらおう」
そう言うと、一枚の青いカードを取り出してヴィクセンに渡した。
「センパイへのプレゼントだ。そいつを使えば、もっと楽しい見世物になる」
ヴィクセンがそのカードを見ていると、部屋の奥で足音がする。
見ると、そこには黒の青のスーツを纏った今より若い少年のリク―――いや、まだ名前を持たぬレプリカがいた。
「ソラとリクの故郷の記憶だ」
「そんなもの、何の役に立つんだ?」
アクセルの渡したカードに、レプリカが疑問をぶつける。
すると、ラクシーヌが面白そうな笑みをレプリカに浮かべた。
「ナミネの力で、あんたにリクの記憶を植えつけるのよ。ついでに、自分が偽物だって事も忘れてもらうわ。よーするに、あんたの心を作り変えて本物のリクと同じにするってわけ」
「心を作り変えるだと!?」
この計画に、レプリカは明らか様に機嫌を悪くする。
「リクは闇を怖がる弱虫だぞ!! そんな奴の心なんていらない!!」
そうしてレプリカは拒絶を見せるが、ラクシーヌは冷めた目でヴィクセンに顔を向ける。
「いいわね、ヴィクセン? こいつはソラを試す道具なんでしょー?」
「止むを得んな」
「「「「っ…!?」」」」
笑いながら了承するヴィクセンに、ウィド達三人だけでなくリクも表情を強張らせる。
そしてそれは、記憶のレプリカも一緒だった。
「なんだと!? 俺を裏切るのか!!」
このレプリカの言葉に、ヴィクセンは冷めた笑いで握っていたカードを見せつけた。
「『役に立って貰う』と言ったはずだ」
「なっ――!!」
「大丈夫よー、たぶんそんなに痛くないからさ」
「――ふざけるなっ!!」
ラクシーヌの言葉に怒りが爆発し、レプリカが剣を取り出して斬りかかる。
直後、ラクシーヌは手に電流を纏い一瞬の内にレプリカを思いっきり薙ぎ払った。
「ぐあっ!?」
「ッ!! ルキル!?」
遠くへ吹き飛ばされたレプリカに思わずウィドが手を伸ばしていると、ラクシーヌの高笑いが部屋中に響き渡った。
「あっはははは!! 笑っちゃうわ〜、たかが偽物が私に勝てる訳ないでしょーが!!」
そう言うと、余裕の表情を浮かべてゆっくりと近づくラクシーヌ。
レプリカは抵抗しようとするが、剣も遠くに吹き飛ばされ手元にない以上どうする事も出来ず怯えを見せる。
「でも、安心していいわ。私にブチのめされた記憶だって、ナミネが消してくれるんだから」
何処か楽しそうに言い聞かせるラクシーヌを見ていると、視界にある人物が映る。
部屋の奥で椅子に座っているスケッチブックを持った金髪の少女が、左手を口元に当てて身を震わせている。
「あれ、カイリ…!?」
「違う。あの子は――」
カイリに似た少女にオパールが目を見開く横で、リクが首を振る。
だが、リクに説明する時間は与えられることはなかった。
「おまけに、あんたの心にはとーっても素敵な思い出が出来ちゃうわ」
あと数歩で手が届く距離でラクシーヌは立ち止まると、怪しい笑みをレプリカに見せつけた。
「――嘘の思い出だけどね」
「やめろ…!!」
「ヒッ…!」
怯えるレプリカに感化されたのか、オパールが小さく悲鳴を上げる。
直後、ラクシーヌが近づいてレプリカへと手を伸ばし出した。
「ッ、オパール!! 見るなぁ!!!」
すぐにリクはオパールの腕を引っ張り、自分の胸へと彼女の顔を引き寄せる。
そのまま頭を抱え込んでオパールの視界を奪うと同時に。
「やめろぉーーーーーーーーーーっ!!!!!」
レプリカの悲鳴が響き渡り、辺りが黒に染まり上がった…。
記憶の回想が終わり、風景が変わる。
戻って来た場所はウィドの故郷である銀世界ではなく、先程の記憶の場所である忘却の城の廊下だった。
「どうやら、潜在意識に一歩近づいたみたいだね……大丈夫?」
「正直な所、ショックを受けてますよ……話は聞いてましたけど、酷い」
シーノの問いかけにウィドは答えるものの、さすがの堪えているのか顔を青ざめて腕を押さえる。
二人が話す中、リクは座り込んだ状態で抱き寄せていた腕を解いてオパールの肩に手を置いた。
「オパール…平気か?」
そうオパールに声をかけるが、リクの胸に頭を寄せたまま動こうとしない。
無理に動かす事も出来ずにそのまま黙っていると、少ししてオパールが口を開いた。
「…ありがと…」
「え?」
「あたしの事、気遣って…見せない様にしてたでしょ…?」
「あ、あぁ…気にするな」
未だに顔は上げないが、どうにか言葉を返すオパールにリクは頭に手を置いて宥めようとする。
「なあ、さっきアクセル――あー、赤い髪の奴を“リア”って…」
疑問を口にした瞬間、急にオパールがリクのズボンを鷲掴みしてきた。
まるで何かを堪える様子にリクが口を噤むと、オパールが声を震わせながら話し出した。
「リアは…前に話した、二人組の親友の一人なの…」
「え…!?」
「初めて出会った時、あたしに《記憶しとけよ》って、言ってさ…だから、今でも何となく覚えてはいたんだ…」
声は震えているものの、リアとの思い出話を語るオパール。
しかし、とうとう堪えきれなくなったのか、リクの肩を掴むとオパールは更に胸に顔を埋めて泣きだした。
「リア…ノーバディになってたんだ……でも、何で、こんな事…ッ!!」
自分達の中で強いショックを受けているオパールに、リクに掛ける言葉など思いつく訳もない。
そんな二人の空気を読んでか、ウィドは背を向けてリクへ言った。
「――私とシーノで先に進む記憶の歪みを見つけておきます。あなたは彼女の傍に」
「あ、あぁ…」
リクが頷くと、ウィドはシーノと共に廊下の奥へと歩いていく。
後に残されたリクは、ただオパールが泣き止むのを待つしかなかった。
彼らが先に進めた頃、クウ達は商店街を抜けて町の中央に存在している学園の前へと移動していた。
「何だかんだでこんな所まで来ちまったな…」
「とにかく、いろいろ見て回って探してみましょう。それにしても、大きな門――」
クウが巨大な学園を見上げていると、先に行こうとイオンが入口でもある大きな校門へと足を踏み入れる。
その時、一瞬空気が揺らいで門の向こうに前方に幾つもの闇が現れた。
「ハートレス…!?」
何の予兆も無く現れたハートレスに、ペルセは武器を構える。
イオンも慌ててキーブレードを取り出し、イリアへと振り返った。
「イリアドゥスさん、ここは夢の世界なんですよね!? どうしてハートレスが現れたんですか!?」
「分からないわ。間違った行動を取ったのか、あるいは…」
イリアも目を細めていると、クウが無言で右手に四つの黒い羽根を作り出す。
そのままハートレスに投げつけると、攻撃が効いたのか一発で消滅してしまった。
「攻撃は通るみたいだな。お前ら、下がってろ!」
「クウさん!? なんで丸腰で――!!」
キーブレードも持たずにハートレスの群れへと駆け込むクウに、イオンが叫ぶ。
だが、その心配はすぐに無用だと気づかされる。
「おらぁ!」
群れの中で即座に回し蹴りを放ち、幾つのもハートレスを思いっきり吹き飛ばす。
そうして数を少なくさせ、襲ってくるハートレスを拳で叩きつけたり蹴りを放って着々と数を減らす。
だが、そんなクウに上空に浮かぶハートレスが炎の魔法を放とうとしていた。
「甘いんだよっ!」
ここでクウはキーブレードを取り出すと、上空の敵に向かって投げつける。
クウの放ったキーブレードは直撃し、溜めていた炎と共に闇へと掻き消す。そのままブーメランの要領で戻って来たキーブレードを握ると、クウは周りの敵を一気に薙ぎ払った。
「うし…一丁上がりっと! 技を使うまでもなかったな」
こうしてハートレスを全滅させると、クウは涼しい顔でキーブレードを肩で担ぐ。
一人で全て敵を片付けたクウに、ペルセも武器を仕舞って今の戦いの感想を述べた。
「クウさん、紗那さんやアーファさんみたいに格闘術使えたんですね」
「まあな」
ニッと笑いながら担いでいた腕を降ろしてキーブレードを消すと、イオンが渇望の眼差しでクウを見上げた。
「キーブレードだけじゃなくて、格闘術を使えるなんて凄い…どうやったら、そんな風に戦えるんですか?」
「あー…俺、キーブレードの修行と一緒に師匠に格闘術を鍛えて貰ってたんだ。ま、早い話自然とそう言った戦法を叩きつけられたんだ」
「へー。クウさんの師匠ってどんな人なんですか?」
「どんなって言われても…」
続けざまのイオンの質問に、困ったようにクウが頭を押さえる。
そんな彼らに、意味ありげに女神が微笑んだ。
「何だったら、見てみる? 丁度その記憶がそこにあるわよ」
「へ?」
思わずクウが顔を向けると、イリアが微笑みながら近くにある記憶の歪みを指している。
クウは果てしなく嫌な予感が襲い掛かり、慌てて首を振った。
「いいい今は必要ねえだろ!? そ、それよりも先に――!!」
「あら手が滑ったわ」
明らかに棒読みでそう言うと、イリアはクウの真横に巨大な炎の爆発を起こした。
「ぬごぉおお!!?」
見事にクウは爆発に巻き込まれ、記憶の歪みへと吹き飛ばされる。
それを見届けてイリアも歪みに入っていく。残されたイオンとペルセもそれぞれ微妙な顔を浮かべるが、二人に続く事にした。
■作者メッセージ
ジャス「ここからは解説コーナーのお時間です。今回の説明は、作品に登場しましたウィドの故郷の世界についてです」(ボードを取り出す)
ジャス「名前は【ウィンタースノウ】。一年中雪が積もる、所謂雪国の世界です。大きな雪山の他には、麓の方に幾つか村が存在します。
ちなみに彼が暮らしていたのは麓にある村でなく、雪山を上った場所にあった空家を使って生活していたんです
それにしても…あなたは寒がりなのに、よくこんな世界に住んでいられますね?」
ウィド「ど、どの世界に生まれたとかは、私の意思ではありません! それに、私は寒がりなどではありません!!」
レイ「ウィドさん、何でそんなに寒がりを否定するんです? あ、あれか! 寒がりは年よりの証拠って信じてるんですか? まあ確かにウィドさんは頭が頑固ですから、あながち間違って「『空衝撃・牙煉』!!!」ちょ、うぼあああああああっ!!!??」
ジャス「…皆さんも、言葉を使う時は気を付けて発言するように。では、今回はこれで失礼します」