メモリー編4 「師、クロトスラル」
イオンとペルセが二人の後を追って記憶の歪みに入ると、そこは日の光が僅かしか行き届かない鬱蒼とした森の中だった。
「ここって…」
「イリア! いきなり何を――!!」
ペルセが辺りを見回していると、吹き飛ばされていたクウが起き上がる。
「こぉのバカ師匠がぁーーーーーーーーーーっ!!!」
同時に、クウに負けず劣らずの少年の怒鳴り声が奥から響き渡った。
「この声――…うわぁ!?」
思わずイオンが振り返ると、頭上から見覚えのあるキーブレードが勢いよく降ってきた。
両腕を交差して頭部を守ろうとするが、キーブレードは幻影なのかイオンをすり抜け地面へと突き刺さる。
その時、ガザッガザッと小刻みに葉が鳴る音が上の方から聞こえ、全員が顔を上げた。
「どーした、バカ弟子? 全然当たってねーぞ?」
何処かバカにしたような発言をし、地面に向かって挑発する一人の男が高い場所にある木の枝に立っていた。
その男はロングの金髪に琥珀色の目。全体に鍔のある藍の帽子と片目の眼鏡をかけている。服装は、黒のシャツの上にさまざまなベルトを付けた青いジャケットを羽織り、黒い長ズボンを履いている。
そんな男の視線の先には、黒目黒髪の少年―――子供の頃のクウが悔しそうに睨んでいる。
「うっせぇ!! すぐにでもその顔に当ててやる!! だからじっとしやがれ!!」
「はん、大人しく攻撃受ける馬鹿が何処にいるんだっての。それに――」
ニヤリと怪しい笑みを浮かべ、男は右手を大きく広げて素早く斜めに腕を振るう。
するとクウの足に何かが絡みつき、そのまま上の方へと持ち上げられた。
「うわあああああああっ!!?」
逆さの状態で釣り上げられたので、クウはバタバタと宙づりで身体を動かす。
よく見ると、足には黒い色をした細いワイヤーが絡みついている。男を見ると、うっすらとだが動かした右手にワイヤーが絡みついているを確認できる。
そうこうしていると、男は軽い足取りで地面に降り立ちイオンの傍に突き刺さっているキーブレードを取った。
「『今日はキーブレードを使うの禁止』って言ったの忘れたか? おらセヴィル、パース」
「ああぁーっ!?」
男がキーブレードを投げるのを見てクウが叫んでいる間に、後ろにいたセヴィルによって彼の武器は奪われた。
「反応が一歩遅いぞ。しかも、俺がいた事にも気づかないとはまだまだだ。反省も含めて今日はこれ無しでクロとの特訓をする事だな」
「ずりーぞ!! 返せー!!」
宙づりのまま文句をぶつけるが、セヴィルは無視するように背を向けてその場から去ってしまう。
この一部始終に、イオンは隣でバツの悪い表情を浮かべるクウに話しかけた。
「クウさん、これ…」
「見ての通り、修行時代の記憶だよ…くそっ、改めて見ると俺って本当に弄られてばっかりだ」
クウにとって相当嫌な記憶だったようで、顔を歪ませガシガシと頭を掻きむしる。
そんなクウに、ペルセも顔を向けて問いかけた。
「あの二人が、クウさんのお師匠さん?」
「ちげーよ。今俺をおちょくってるのが、俺の師匠。で、キーブレード持っていったのはセヴィルって言う…いけ好かなくてお人好しな奴」
「そして私達の敵、よね?」
「…あぁ」
間髪入れずに言ったイリアの言葉に、クウは顔を逸らしながら答える。
理由はまだ分からない。だが、セヴィルは自分ではなくエンへとついている。彼にとっても大事な存在であるスピカを利用したのが、何よりの証。
空気が若干重くなり、イオンは話題を変えようとした。
「えーと…じゃあ、あのクロさんって人がクウさんの師匠なんですね!」
「いや。正確には《クロトスラル》って言うんだ。でも、俺とかは《師匠》って呼んでるし、セヴィルは親友だから《クロ》って呼んでるだけだ」
「へー、そうなんですか」
意外な愛称にイオンが頷いていると、何かが倒れた音がする。
見ると、余裕を浮かべて頭の後ろで腕を組むクロトスラルの前で、息切れを起こしてクウが地面に倒れ込んでいる。
「ぜぇ…はぁ…!!」
「なんだよ、もうバテたのかー?」
「武器も無い、状態で…どうあんたと戦えってんだよ…!!」
そう言って、恨みの篭った目をクロトスラルに向ける。
すると、何か気に障ったようで顔に張り付けていた笑顔を消すとクウの頭を軽く小突いた。
「いてぇ!?」
「お前な、武器の所為にするんじゃねーよ。そんなの無くたって、殴るなり蹴るなり魔法を放つなり出来るだろ」
「だって…」
それでも反論をしようとするクウに、クロトスラルは大きく溜息を吐くと彼の隣に座った。
「生き残る為の手段は沢山ある。大事なのは、その手札を多く持つ事だ。キーブレード一つに頼っていたら、使えなくなった時すぐにやられちまうぞ?」
「キーブレードが使えなくなるって…普通起こらないだろ」
「そうかぁ? 人生ってのはな、何が起きるか分かったもんじゃねーぞ?」
そう言ってポンと頭に手を乗せ、クロトスラルはジッとクウを見つめる。
彼の瞳は、さっきまでと違い真剣さを宿している。
「お前は誰かを守りたいんだろ? だったらちゃんと生き延びろ。お前がいなくなれば、スピカちゃんだけじゃなく俺達も悲しむ。本当に大切な奴らを守るのなら、悲しませる真似は絶対にするなよ」
「師匠…」
何時もとは違う師匠の様子に、クウは自然と拳を握る。
直後、そんなクロトスラルに向かって拳を顔面に叩き込もうとした。
「のわっ!? てめ、いきなり何しやがる!? あとちょっと遅かったら俺の美しい顔が台無しになる所だったぞ!!」
「ハンっ!! かっこつけても似合わねーんだよ、バカ師匠ぉ!!」
「んだとこのバカ弟子がぁ!!! バカっつった方がバカなんだよ!!」
「あんただってバカバカ言ってんじゃねーか!! 人類の女の敵!! 駄目人間!! エロ男!!」
「よーし、それがてめえの言い分か!? 今日の修行、お前が音を上げようがくたばろうが徹底的に絞り上げてやらぁぁぁ!!!」
「やれるもんならやってみやがれぇぇぇ!!!」
もはやくだらない喧嘩を繰り広げている所で記憶は終了し、一面が真っ白に染まった。
「あの時、ああやって師匠の言葉を馬鹿にしてたけど…――今なら分かる気がする」
記憶の回想が終わり元の場所に戻ると、突然クウが呟いた。
「俺が傷ついて…消えた事で皆を守れても、逆に悲しみや苦しみを背負わせる事になる。皆の為にって思って行動した事が誰かを傷付ける行為なら、俺だけでなく皆も辛い思いをしてしまう。師匠達裏切って、元の世界に戻って10年以上も旅して、一度はキーブレード失って――…今更、こんな当たり前の事に気付くなんてな……俺、エンの事何も言えないな」
「クウさん…」
自分自身を自虐するクウに、ペルセはどう声をかけていいのか分からず俯いてしまう。
イオンも顔を逸らす事しか出来ずに黙っていた時だ。
「――それでも、あなたは気づいたのでしょう? 今こうして、師の言葉を」
三人がイリアを見ると、軽く腕を組んでクウへと視線を向けていた。
「あなたが気づけたのだから、エンも何れ気づけるわ。それが何時になるのか、気づかすに終わってしまうかは…これからの未来で分かる事」
イリアはクウから視線を逸らすと、顔を上げて空へと目を向ける。
だが、その瞳はここではない、何処か遠くを見つめていた。
場所は変わり―――ルキルの夢の世界の忘却の城。
その廊下で、リクは不安げな様子で背を向けているオパールを見ていた。
「もう、いいのか?」
「うん…このまま休んでなんて、いられないから」
震える声で答えると、軽く鼻の辺りを拭う。
未だに気持ちの整理がついてないように思え、リクは困り顔である提案を持ち出した。
「…辛いなら、戻ってもいいんだぞ?」
「戻らないわよ。あんたら三人だけじゃあたしが不安だし、それに――」
ここで一旦言葉を切ると、オパールは強く言い放った。
「――リアの事、知りたいから」
リア。それは、アクセルが人間だった頃の名前。
彼がレイディアントガーデン出身者である事もそうだが……オパールと接点があるなど、思いもしなかった。
「アクセ――リアとは、仲が良かったのか?」
「ううん。前にも言ったでしょ、軽い顔見知りの関係だって。あたしが覚えているだけで相手は覚えているかどうか分かんないようなもの」
未だに背を向けながら話すオパールだったが、やがて顔を俯かせた。
「でも…明るくて優しくて何時も親友と一緒にいたのは覚えてる。そんな人がどうして親友と別れてノーバディになったのか、]V機関であんな事してたのか、あたしは知りたい」
「そう、か…」
オパールの決意に、リクは何も言う事が出来なくて視線を落とす。
リアの頃は知らないが、アクセルだった時の事は知っている。彼と一緒に行動を共にした事もあるぐらいだ。
確かに彼は優しい部分、面倒見のいい所、親友を取り戻そうとする決意…良い所を見てきた。だが、裏切られた気持ちでやけになりロクサスを消そうとしたり、ソラをハートレスにしようと画策したり、カイリを浚ったり…敵としての部分だって見て来たのだ。
それを知った時、オパールは本当に耐えられるのだろうか。モヤモヤとした感情がリクの心を占めていると、急にオパールが申し訳さなそうな顔で振り返った。
「ごめんね、強情で」
「…今に始まった事じゃないだろ。俺も一緒に付き合ってやるから…無理はするな」
「うん…ありがと」
リクの言葉が嬉しかったのか、少々悲しげだが笑いかける。
こうと決めてしまったオパールは、何があっても引こうとしない。ならば、気が済むまで付き合うしかない。
心が耐え切れなくなった時、傍で支えられるように。
「それじゃあ、この辺りの記憶を中心に調べていくぞ。ウィド達と入れ違いになったら困るからな」
こうしてアクセルの記憶を探す為に、リクはオパールと共に近くにあった歪みへと足を踏み入れた。
■作者メッセージ
ジャス「やってまいりました、解説コーナー。今回は、シャオの世界の説明をしましょう」(ボードを取り出す)
ジャス「シャオの世界に名称はなく、偏に【学園世界】と呼んでいます。この世界は特殊で、学園を中心として街や住宅地が立ち並んでいます。と言っても、学園しか世界に存在しない訳ではなく、場所を移動すればさまざまな町や自然もある訳ですが。要約すれば、現実世界と似たような物ですね。
尚、学園には学生寮と言うのも存在しており、故郷から遠い大半の生徒はここで寝泊まりをしています。そして、何となく想像がつくと思いますが、この世界では敵味方は関係ありません。それぞれのキャラが生徒・教師、たまに僕の様な学園とは関係ない別の仕事と言う立場の人達で、日常を送っています。
余談ですが、この世界ではKHキャラやオリキャラだけでなく、一般人も存在しています。出番は皆無に等しいですがね」
シャオ「ちなみにボクは、自宅から通っているんだよねー。それで学園には、食堂でしょ、屋上でしょ、あと広い中庭にそれから部室が立派で――」
ジャス「あなた…立派な学生でしょう? なのに本業である勉強を疎かに遊んでいるんですか? 学校を何だと思いで?」(ギロリ)
シャオ「ひぃ!? い、いや…あの、ボクこれでもちゃんと勉強は…!」(冷汗)
ジャス「してませんよね? 少なくとも、こちらの世界に来てからは?」(ゴゴゴ…!)
シャオ「家出してるから当たり前じゃ「おや、とうとう開き直りしましたね。では…あなたにふさわしい刑罰を与えましょう。ジャッジメント――ペナルティ・オブ・クリミジョン!!」うぎゃあああああああ!!?」(爆発に巻き込まれる)