蒼湖編第一話「ツェーラス湖」 / 霊窟編第一話「カムラン霊窟」
ビフロンスから、異空の回廊を越えて、素材回収チーム『水』である彼らは、目的の世界へと辿り着いた。
秘境の一つとも言えるような、世界だった。
蒼穹の空と対の様に、鏡の様に蒼く澄み渡っている大きな湖が在り、潜め囲うのは生い茂る深い森林。
人間や動物の気配は無く、広がる自然だけが在る、静寂に満ちた幻想的な場所であった。
「―――」
彼らが降り立った場所は丁度、湖や自然が見渡せる高所で、その絶景に心を奪われ、誰もが言葉を失っていた。
しかし、美しさに先までの覚悟を有耶無耶には出来なかった。はっと我に帰って、行動を再開する。
「……美しい光景だが、見蕩れている暇は無いな」
「確かに…」
「ハッハ。いつか、ゆっくりと見に行きたいねえ」
「素材の場所は……あの湖です、いきましょう」
ベルモンドが口火を切り、少し恥ずかしがっているプリティマが頷く。
そんな様子をセイグリットは陽気に笑い、イリシアと共に歩き出す。
二人に続いて、リヒターたちも移動を開始した。
深い森の中を、イリシアは自らの水の力で作り上げた化身『ヴァッサー』で、目的地を目指して移動している。
変幻自在の水である『ヴァッサー』を無数の鳥たちとして、彼らの頭上、森を突き抜けた高度から湖へと進んでいた。
その彼女へとディアウスは褒め称える。
「さっそく、イリシアの力が役立ってくれた、流石は半神だな」
「はい……迷う事は無い、筈です」
嬉しげに、頬を赤らめる彼女は自信に満ちた言葉で返す。
一方、彼らと少し距離を置いて同行しているアルマは周囲の自然を観察していた。
(綺麗な花や、立派な木がいっぱい……人の居ない、世界だったのかな……いや、でも)
そんなアルマは、心中で疑問が沸きあがっていた。
これらの自然に紛れ込むように人工物の数々が在った。いずれも原型を残さず壊され、深緑に覆われている。
つまり、人がこの世界にはいた、筈だった。
(でも、気配も全く無い。無人だった―――何処に消えたんだろうか)
不安になりながらも、歩を止めるわけにはいかず、ただ、周囲の自然を見やる事で警戒を緩ませなかった。
そんな機微を察したリヒターは普段の声の勢いを潜め、並んで歩くベルモンドに話し掛ける。
「ベルモンド、敵の気配は在るか? 俺は今の所は無いと思っているんだが」
「……ああ。こちらを窺うようなものはないようだ。とはいえ、自然だけの世界ではないようだな」
湖へと近づくにつれて、木々に自然で出来たようなものではない明らかな人工物を見つけた。
それは石像であった。何を意匠して作り出されたものかは定かではないが、緑に覆われながらも存在していた。
これは人間が嘗て此処にいたというある種の確信を得た。だが、その人間たちの行方は定かではない。
「良い場所だとは思うけど、不気味だから早く帰りたくなってきたわ」
「獣なら、私がぶっ飛ばしてあげるわ」
「……何も出ないことを祈るよ」
不安がるプリティマを、元気づけようと笑顔で言うギルティスに底知れぬ何かを察したディアウスは呆れた様に言った。
他の者たちも、そう思うばかりであった。イリシアも緊張を隠しきれずに、飛翔している『ヴァッサー』からの視覚を共有する。
湖まで、もうすぐのところであった。
深い森を抜け、探索チームの彼らは湖へとたどり着いた。
湖は、天の蒼さと同じくらいに蒼く透き通っており、静けさが一層とまして、厳粛としている。
一同は、一先ずの目的地へたどり着いた事への安堵し、休憩を取る。湖を見据えるものや、座り込んで休んでいる。
そんな中でリーダーたるイリシアは『ヴァッサー』を鳥から、元の水の球体に戻す。
「で、この湖の水を持って帰るのか?」
「ああ。そうさね。イリシアの『ヴァッサー』で必要な分だけ回収するのさ」
湖を見つつ、どうやって回収するのか気になったベルモンドは半神らに問いかける。
セイグリットは答えるや、イリシアに目くばせした。彼女は頷き、『ヴァッサー』へ命じる。
「さ、お願い」
『ヴァッサー』は主の命令を受け、球体から触手のようなものを湖に伸ばして、湖の水を取り込み始める。
ゆっくりと大きくなりはじめる様子を眺めながら、目的の達成を感じた。
「これで一先ずは終わりかしらねえ」
「獣は出なかったな」
何処か残念がるギルティスに、からかうようにリヒターは言う。
このまま回収作業を終えれば、ビフロンスへと帰還できる――――。
「あれ…?」
安心していたイリシアが声を上げる。困惑の隠せない戸惑った様子で、『ヴァッサー』を見ている。
水を取り込んでいた『ヴァッサー』はある程度大きくなっていたが、吸収の動きが突然鈍くなっていた。
「どうかしたの?」
「何が―――」
尋ねるセイグリットに視線を合わさず、イリシアは混乱しかけていた。
しっかり覚醒させようとした、その時だった。――『ヴァッサー』は突如、取り込んだ水をぶち撒ける。
「!?」
『ヴァッサー』の近くに居たイリシアを初めとした何人かは浴びるような水の量に驚きつつ、事態の急変に身構える。
「―――っ、何が起きている!?」
イリシアたちと少し離れて湖を見ていたディアウスとプリティマも慌てて、駆けつけ声をかけた。
「…わからん。急に水の回収をしていたこれが弾けたんだ」
濡れたリヒターは常の大声を潜め、怪訝そうに指差した。既に、イリシアの『ヴァッサー』は元の形に修復し、彼女は落着きを取り戻していた。
他の者たちも身構えつつ、混乱は回復していった。
「ねえ、イリシア。何が起きたんだい?」
セイグリットは落ち着いた声でゆっくりと確かめる様に尋ねた。急いて尋ねては、彼女の混乱を再開しかねない。
問われた彼女は、『ヴァッサー』を見やりつつ、共有で得た感覚を呟いた。
「……この水、何か『宿っている』……!」
「何かが、だと」
発した言葉に、ベルモンドらはゆっくり、湖の方へと見る。
美しさと厳かな雰囲気さは一変し、謎めいた言い知れぬ恐怖を感じた。
他二つのチームとは別に、残る探索チームも異界の回廊を抜けて、目的地の世界へとたどり着いた。
そこは暗闇だけ世界ではない。洞窟を明るく満たすものは剥き出された鉱物たちがあった。
幽玄な光を発しながら、洞窟内は不思議な雰囲気の空間を醸し出していた。
「…此処が目的地の世界ですか?」
光る鉱物たちを見渡しながら、研究者の一面を持つレギオンが鉱石に触れながら、キルレストへと尋ねる。
彼は先頭で同じく周りを確認し、彼らへ振り返って頷き返した。
「ああ。この洞窟の奥―――はあっちだな」
「なら、さっさと進もうか!」
そう彼は方向を指差し、リュウアの一言に一同は同意するかのように、移動を開始する。
移動する中で、鉱物を観察しながらそれぞれ雑談を始めた。
「それにしても…光る鉱物ってどうなのよ」
「まったくね……なんで光るんだろう」
「――簡単に説明すると光る鉱物のほとんどが『空間内の光を吸収して、内部で反射発光する』わけだ。
どれだけ暗闇でも、光があれば、互いに吸収し、発光しあう。
外につながる入口が反対側のずっと向こうにあるんだが、そこから差される光を取り込んできたんだろう」
疑問に抱いたアイギスとリュウカの言葉に、キルレストが説明した。
その特性の末に、洞窟内は一定の明るさを保たれ続けていたとも、付け加える。
「…なあ、洞窟の外は何が在るんだ?」
「昔来て調べた限りでは……人は存在していない。此処は間違いなく、自然だけの世界だと思っている」
「……そうかい。んで、目的の鉱物はどれなんだ? 光ってるこれらじゃあねえのか」
刃沙羅は道中に明かりになっている鉱物を見て、拾えるサイズのものを拾い上げて尋ねた。
それに、キルレストは首を振って苦笑を交えながらに言う。
「いや。以前回収した場所はもっと奥に在るんだ。だから今そこへと向かっているんだ」
「オーケー。さっさとたどり着かねえかな。光る石ころ見てもつまらねぇし」
「刃沙羅。口が過ぎるぞ」
そういって、諭すように叱った師匠たる毘羯羅に言われたのか、肩をすくめて自重の意を示した。
そんな様子に苦笑を浮かべつつ、キルレストは方向を確かめる。他の者も歩を止め、様子を伺う。
「ふう。流石に、昔と変わっていないか」
安堵したように吐息を零し、レギオンは気になることを問いかけた。
「そういえば、キルレスト。どうしてここで採れる『玉鋼』はどういった性質をもつものなのですか」
「確かに。凄い武器を作るって聞いたし、きっと良質だけじゃあないんだろうが」
レギオンに同意するように、彼の親友たるサーヴァンが付け加える様に言った。
一同も気になるようで視線が彼へと集う。
キルレストはいったん、足を止めて身を翻って、彼らの視線を一瞥してから、応じる。
「―――どんなものを作るにしても、素材というものは存在する。それは解りますか」
彼の問いかけに、レギオンをはじめとした何人かは頷いた。
他の者らはそういった心得が無い為、じっと彼を見つめて黙った。
別段、キルレストは後者には気にしておらず、微苦笑で場を和らげてから話を続ける。
「優れたものを作る為に、必要な素材はそれに『適した』もので無ければならないと――私は考えている。
適していないのに、いくら優れた素材をもってしてもそれはただ素材だけが独り歩きしてしまう。かといって粗悪なものでは失敗作になる。
この『適した』素材というのは、優劣関係ない、『これ』だけの為の『適した』素材なのです」
そういって、彼は足元に在った微弱な光を発する小さな鉱物を拾い上げる。
「これも、石ころと言えば石ころと思うものも居る。でも―――この世に、『石ころ』なんて『石』は存在しない」
ぐっと掌に在る鉱物を握りしめ、ゆっくりと平に広げる。そこには形を変えた『蝶』が羽ばたき、彼らの元辿って来た道の方向へと飛んで行った。
唖然としている一同に、彼は言葉を続ける。
「私の権能は『造化』。武器作りの技術は全て、権能に頼っていない『独力』だ」
「なんだよ、俺が石ころって言ったの気にしてたのか」
「ふふ」
刃沙羅の問いに、彼は微苦笑のまま答えずに歩き出した。やれやれと息をこぼしつつ、後を追いかけて行った。
洞窟の内部は奥に行くほど明かりを発する鉱石が少なくなっていく。
ただ、少ないと言うだけならばこの場の誰も気にしなかっただろう、だが。
「―――なあ」
「どうした、何か気になる事でも」
リュウアが足を止め、皆を呼び止める様に声を上げる。その呼び止めに一同は足を止め、振り返る。
ヴラドが首を傾げて、彼に事態を尋ねる。問われた彼は、周囲を見やって、壁面の箇所を指差した。
「これって、自然にそうなったのか?」
そこには、発光している鉱石であったが、その形は大きく変化していた。
まるで食われたように、削がれている。そうして、微弱な光は完全に消え失せる。
「……いや、何か居るみたいだ」
何かを感じ取ったのか、ヴラドは奥の方を睨む。
キルレストも周囲に在る鉱物がかつては光っていた鉱物と同じものである事を理解する。
かつて、此処へと赴き、調査した際には何もいなかったが。
「――警戒を怠るな」
一同は頷き、それぞれ武器を取り出して、奥へと慎重に移動した。