蒼湖編第二話「水面の女」
沈黙が支配する中、気配が湖に収束する。
一同の緊張が高まる中、収束した気配が、姿を現す。湖の水面から緩やかに立ち昇っていく。
見目は人間の女性であった。だが、大きく異なるのはその肌は不気味なまでに白く、一部とドレスの様な装甲は漆黒に染まっている。
「――――」
閉じていた双眸を開く。火が灯ったように残光が奔り、青い瞳が彼らを捉える。
「……何よ、あれ」
身構えつつ、小声でプリティマは誰に言うでもなく言った。
無論、他の一同が知っている筈もなく、険しく沈黙する事でしか応じなかった。
水上に佇む女はゆっくりとこちらへとやってくる。歩くのではなく、滑る様に移動してきている。
そして、彼らの前に立ち止まり、彼らを一瞥している。顔に浮かべた穏やかな微笑は歓迎の色は無い。
貼り付けた微笑から、ゆっくりと口を開いた。
「あなた…たち…は?」
「……」
皆は、彼女の言葉に視線を合わせる。
「……誰……?」
穏やかな声で、彼女は話しかけた。このまま、何もしないわけにもいかない為、ベルモンドが応じた。
「――我々は、此処の湖の調査しに来た探検隊だ。湖の水を無断で、少し拝借したのは申し訳ない。まさか、主の様なものがいたとは」
警戒を緩めずに話に応じたベルモンドに、女は変わらぬ様子で彼や他の者を見やっている。
「……此処の水が、欲しい…の?」
「ああ。必要なんだ。必要以上には取らない。……いいだろうか?」
「……そう」
彼女は頷き、穏やかな微笑みのまま、ゆっくりと手を上げ、
「―――じゃあ、くれてあげるっ!」
「っ、うおおおっ!?」
突如、彼女の背後から水が勢いよく立ち昇り、勢いのままベルモンドを呑み込む。
「ベルモンド!? くそが!!」
リヒターは炎熱の大剣で、水を断ち切り、統制を喪った水は弾けて中にいた彼は咳き込みながらも無事だった。
「大丈夫、ですか!? ベルモンドさん!」
「…ああ、危うく溺死されそうだった」
駆けつけたアルマに声をかけられ、無事を告げる。しかし、攻撃は迫っており、すぐさま駆け出した。
既に、水の攻撃はベルモンド以外にも向けられ、攻撃を躱し、退避していく。
「フフフ」
微笑と共に、女は足元の水面を隆起し、立ち昇った水柱から無数の弾丸を射出する。
「何なのさ、アイツはぁ!?」
「ハッハ! 世界に謎はいっぱいだな!」
「呑気に喜んでいないで!」
攻撃を躱し、防ぐ中でセイグリットは大声で困惑し、ギルティスは気性の戦闘好きで喜びを隠さず、プリティマは呆れて怒声で返しつつ、水の攻撃を凍てつかせて凌いでいく。
イリシアは『ヴァッサー』を身に包んで、アルマは鎧の力で水中にも対応できることから大剣を用いて斬りこんだ。
「この―――!」
「はぁぁっ!」
ヴァッサーは腕を剣のように変え、アルマの大剣との連撃を繰り出す。
いくら水を駆使していようとも、イリシアの様に武装せず、無防備に佇む彼女に躊躇はしない。
「―――ふふ」
二人の斬撃は見事に、女を捉えた。だが、硬い音と共に斬りこむことが出来なかった。
「な!?」
「コイツ…!」
刃は体表に走り傷を残しただけで、深く切り裂くことが無かった。
困惑する二人へ、返礼の水の放射がぶち込まれ、吹きとばされた。
「アイツ、硬いようねえ!」
二人の攻撃を見ていたギルティスは笑みと共に、闘剣に光を纏い、襲いかかってきた水を切り裂く。
すかさず、無数の光弾を礫の様に女へと放った。
女は躱すことも、防ごうともせずに直撃する。しかし、敵は無傷と言っていいほどダメージを受けた様子もない。
「イリシア、大丈夫?」
一方、女の攻撃を喰らって吹きとばされたイリシアたちは森の中へと倒れていた。
尤も、倒れていたのはアルマだけで、イリシアは『ヴァッサー』の水によって包まれていたため、衝撃を受けていなかった。
アニマは立ち上がって、すぐに彼女へと駆け寄って声をかける。
「…はい」
頷き返す彼女だったが、顔色はいいものではなかった。
それは、キルレストの情報に、この女の存在は無かった事だろうと、アルマは思った。
でなければ、この探索はもっと迅速的に執り行われていたはずだった。
「あれは、『湖の化身』的なものなの…?」
とりあえず、現状の再確認をするべく、彼女へとそう尋ねた。
彼女は水を司る半神。湖の異変を理解していたのは紛れもないイリシアだった。
その問いかけを、まずは頷きで答える。
「たぶん……キルレストが此処の湖の水は魔力との適性がとても良いって言っていた。
…水は基本的に魔力や、エネルギーに影響されやすいの。だから、素材としても最適」
「……厄介、ね。湖そのものが、敵になるなんて――――でも、やるしかない」
アルマはそう言って、深呼吸し、呼吸を整える。そして、イリシアへという。
「…まだ、戦える?」
「―――勿論…!」
彼女も立ち上がり、水の翼を広げて突き抜ける様に羽ばたいた。それを追い掛ける様にアルマも大きく跳躍する。
脚の装甲に魔力を纏わせ、飛行能力を発揮させて一気に元居た湖へと参じる。
「っと! やれやれ、厄介ねえ!」
場所は湖へと戻り、女の攻撃を受け続けているセイグリットたちは反撃するも一向に倒れもしない敵に苦戦を強いられていた。
「プリティマの氷、リヒターの炎で、うまく打破できるか!?」
ベルモンドはそう叫ぶと腕に巻いた鎖を女へと放つ。女は意にも介さずに鎖を掴み、逆に引っ張りこもうとする。
だが、彼は踏みとどまりつつ、更なる一手を繰り出す。
「かかったな!」
鎖に刻印が輝き、一気に彼女の全身を絡め取る。それには女も驚いた様子だったが、容赦なく、間髪入れずに迫る一撃が在る。
「喰らうがいい! 我が、魂の一撃ォ!!」
「リヒターの炎熱に、我が雷撃を纏わせる!」
リヒターは灼熱の塊を具現化し、それを女目がけて放った。その炎に、ディアウスの紫電が纏う事で更なる威力を増幅させる。
女は身動きが取れずとも水を操り、炎の塊を消し去ろうとした。だが、それは敢え無く阻まれた。
「!」
防御として放った水の奔流が、瞬く間に凍りついたのだった。しかも、自身の周囲も凍りつかされ、動きを固定された。
湖に剣を指し、女の一帯と奔流を氷結させたのだった。
「今よ!」
「うぉおおおおおおおお!!」
リヒターはさらに炎の勢いを高め、一気に女へと塊を叩き込んだ。
同時に、膨大な水蒸気が一帯を霧のように包み込んだ。
「―――リヒター、さすがに湖を干していないだろうな!?」
「するかバカめ!」
ディアウスの一喝に、怒声で返したリヒターは再び視線を凝らした。
そこにアルマたちも戻り、セイグリットが駆け寄り、状況を確認する。
「イリシア! 無事だったようね」
「うん。……さっきの敵は?」
「解らん。だが、この全力に近い一撃を叩き込んだのだ。無傷、ではないだろうが…」
立ち込める霧が消えるのを待とうと考えた瞬間、烈風突如として吹きすさんで一帯を晴らす。
再び、身構える一同の視線の先、そこは女が居た水面であった。
そこには先の女性がゆっくりと立ち上がった。リヒターらの攻撃を直撃したせいか、傷は視認できる。
「……」
先の微笑は消え、純粋な殺意に満ちた眼光が彼らを捉えた。すると、女は湖の水を用いて全身に浴び、更に武器を作り出した。
それは一瞬で完成され、更なる武装を備えていった。
右手に剣、左手を砲身に変え、硬質な鉄の翼を身に、更なる凱鎧の様な装甲を纏った。
「本気になったのかしら」
敵の変貌に、ギルティスは戦意に燃える様に笑みを浮かべて、構える。他も用心しつつ構えを取る。
「―――ハァァッ!」
間を打ち破り、動いたのは、水面の女であった。
澄んだ声が吼えるや左腕の異形の砲口を彼らに向けて、瞬時に収束した禍々しいエネルギーを放射する。
その邪悪な水流の一撃を、ギルティスが先んじて立つ。
「輝き護れッ! ――『煌輝なる星盾(スターレイ・シールド)』!!」
鉄甲に光が開放し、巨大な防壁が具現化する。
同時に、防壁へと水流が激突し、ギルティスは一心に受け止める。
「くっ…! ―――今のうちだ!」
ギルティスの一喝と共に、他の者らも攻撃を繰り出す。
「いくぞ、プリティマ!」
「ええ。あなたっ!」
水面の女の左右から、ディアウス、プリティマの夫婦の連撃が繰り出される。
右に、彼が紫電を纏った剣を振りかざし、左に、凍てつく冷気を周囲に発生させる。
「「『氷雷神槍』ッ!」」
雷撃を帯びた氷結の塊が無数、出現し、そのままの勢いで女へと降り注がんとした。
だが、女は困惑すらせず、無表情のまま対応を執る。
異形の双翼を迫る氷塊へ向けるや、膨大な水の拡散で氷塊をまとめて消し飛ばした。
「ちっ……翼も砲か」
舌打つと共に、ギルティスは見計らって水流の攻撃を受け流す。
女は翼から噴出する水の勢いと共に、手に持つ剣で一気にギルティスへと斬りかかる。
「く――!」
途轍もない素早さで繰り出された剣の一撃をかろうじて、鉄甲と剣を駆使して受け止める。
しかし、見目に反した強力なパワーを圧されかける。
「助太刀する!」
「このぉ!」
圧されるギルティスを救うべく、ベルモンド、アルマが加勢した。
右腕の聖なる鎖が、水面の女の剣を絡めとり、更に彼の持つ魔の大斧と、巨剣の一閃が切り裂かんとした。
だが、女は砲口を地面へ向け、膨大な水を噴出して一気に空中に舞い上がった。
「ゥラァァーッ!!」
舞い上がると共に、地上に居る彼らへ剣を振り払い、更に砲口から膨大な水の拡散弾を降り注ぐ。
「させないわよ!」
プリティマは自身を起点に、一気に冷気を溢れさせる。彼女の頭上に氷結の槍が無数にいっせいに射出する。
それらは拡散弾に激突し、全てが、凍て付かせた。同時に、リヒターが灼炎の魔剣を氷結の壁に擲つ。
熱に溶けた氷と水は一気に蒸発し、霧のように周囲を包んだ。女は視界を遮られ、周囲を警戒する。
「捉えた!」
「いきなさい、『ヴァッサー』!」
更なる女の頭上、足元から、セイグリットとイリシアが挟撃した。
女は忌々しく歯噛みしつつ、真っ向からイリシアと『ヴァッサー』へと迎撃する。
背後へ迫ったセイグリットには異形の翼を変形し、無数の刃となって突き出し――間一髪、刃を回避した彼女は両手に込めた光を流星として放った。
「まだ、まだぁ!!」
女と鍔競りしていたイリシアは気合の吼えを上げ、『ヴァッサー』もそれに応じたのか、より力を込み上げる。
女は驚愕する。次第に押し返される自分と、相手に。翼に激突した流星のダメージなど気にせず、眼前を叩き潰す。
だが、流星だけではない。
次々とイリシアを加勢するように、聖なる鎖が、紫電が、輝く光の礫が、氷槍が、灼炎の魔剣が、巨剣の一閃が、一斉に繰り出される。
「――――!!」
女は苦悶の表情を浮かび、それでも眼前の彼女を斬り捨てようとする。
しかし、イリシアは『ヴァッサー』に命じ、剣を受け止めた腕を同じように剣に変え、一閃する。
同時に、集中攻撃の余波を回避するために、すぐさま離脱し、女は斬られると共に一斉攻撃を受けた。
着地したイリシアは空を仰ぐ。攻撃に飲まれた女は湖へと落ちて行った。
セイグリットたちも彼女の下に集い、状況を見やる。
湖へと沈んでいった女は浮上してこない。敵を屠ったその感覚に、一同は静かになり、口を開けなかった。
「とりあえず、回収しはじめようか」
重くなりかけた雰囲気を、慌ててアルマが割って入った。
イリシアも頷き、『ヴァッサー』を動かせ、水を回収し始めた。
―――刹那。
『Extraneous Deep Blue』
一同の緊張が高まる中、収束した気配が、姿を現す。湖の水面から緩やかに立ち昇っていく。
見目は人間の女性であった。だが、大きく異なるのはその肌は不気味なまでに白く、一部とドレスの様な装甲は漆黒に染まっている。
「――――」
閉じていた双眸を開く。火が灯ったように残光が奔り、青い瞳が彼らを捉える。
「……何よ、あれ」
身構えつつ、小声でプリティマは誰に言うでもなく言った。
無論、他の一同が知っている筈もなく、険しく沈黙する事でしか応じなかった。
水上に佇む女はゆっくりとこちらへとやってくる。歩くのではなく、滑る様に移動してきている。
そして、彼らの前に立ち止まり、彼らを一瞥している。顔に浮かべた穏やかな微笑は歓迎の色は無い。
貼り付けた微笑から、ゆっくりと口を開いた。
「あなた…たち…は?」
「……」
皆は、彼女の言葉に視線を合わせる。
「……誰……?」
穏やかな声で、彼女は話しかけた。このまま、何もしないわけにもいかない為、ベルモンドが応じた。
「――我々は、此処の湖の調査しに来た探検隊だ。湖の水を無断で、少し拝借したのは申し訳ない。まさか、主の様なものがいたとは」
警戒を緩めずに話に応じたベルモンドに、女は変わらぬ様子で彼や他の者を見やっている。
「……此処の水が、欲しい…の?」
「ああ。必要なんだ。必要以上には取らない。……いいだろうか?」
「……そう」
彼女は頷き、穏やかな微笑みのまま、ゆっくりと手を上げ、
「―――じゃあ、くれてあげるっ!」
「っ、うおおおっ!?」
突如、彼女の背後から水が勢いよく立ち昇り、勢いのままベルモンドを呑み込む。
「ベルモンド!? くそが!!」
リヒターは炎熱の大剣で、水を断ち切り、統制を喪った水は弾けて中にいた彼は咳き込みながらも無事だった。
「大丈夫、ですか!? ベルモンドさん!」
「…ああ、危うく溺死されそうだった」
駆けつけたアルマに声をかけられ、無事を告げる。しかし、攻撃は迫っており、すぐさま駆け出した。
既に、水の攻撃はベルモンド以外にも向けられ、攻撃を躱し、退避していく。
「フフフ」
微笑と共に、女は足元の水面を隆起し、立ち昇った水柱から無数の弾丸を射出する。
「何なのさ、アイツはぁ!?」
「ハッハ! 世界に謎はいっぱいだな!」
「呑気に喜んでいないで!」
攻撃を躱し、防ぐ中でセイグリットは大声で困惑し、ギルティスは気性の戦闘好きで喜びを隠さず、プリティマは呆れて怒声で返しつつ、水の攻撃を凍てつかせて凌いでいく。
イリシアは『ヴァッサー』を身に包んで、アルマは鎧の力で水中にも対応できることから大剣を用いて斬りこんだ。
「この―――!」
「はぁぁっ!」
ヴァッサーは腕を剣のように変え、アルマの大剣との連撃を繰り出す。
いくら水を駆使していようとも、イリシアの様に武装せず、無防備に佇む彼女に躊躇はしない。
「―――ふふ」
二人の斬撃は見事に、女を捉えた。だが、硬い音と共に斬りこむことが出来なかった。
「な!?」
「コイツ…!」
刃は体表に走り傷を残しただけで、深く切り裂くことが無かった。
困惑する二人へ、返礼の水の放射がぶち込まれ、吹きとばされた。
「アイツ、硬いようねえ!」
二人の攻撃を見ていたギルティスは笑みと共に、闘剣に光を纏い、襲いかかってきた水を切り裂く。
すかさず、無数の光弾を礫の様に女へと放った。
女は躱すことも、防ごうともせずに直撃する。しかし、敵は無傷と言っていいほどダメージを受けた様子もない。
「イリシア、大丈夫?」
一方、女の攻撃を喰らって吹きとばされたイリシアたちは森の中へと倒れていた。
尤も、倒れていたのはアルマだけで、イリシアは『ヴァッサー』の水によって包まれていたため、衝撃を受けていなかった。
アニマは立ち上がって、すぐに彼女へと駆け寄って声をかける。
「…はい」
頷き返す彼女だったが、顔色はいいものではなかった。
それは、キルレストの情報に、この女の存在は無かった事だろうと、アルマは思った。
でなければ、この探索はもっと迅速的に執り行われていたはずだった。
「あれは、『湖の化身』的なものなの…?」
とりあえず、現状の再確認をするべく、彼女へとそう尋ねた。
彼女は水を司る半神。湖の異変を理解していたのは紛れもないイリシアだった。
その問いかけを、まずは頷きで答える。
「たぶん……キルレストが此処の湖の水は魔力との適性がとても良いって言っていた。
…水は基本的に魔力や、エネルギーに影響されやすいの。だから、素材としても最適」
「……厄介、ね。湖そのものが、敵になるなんて――――でも、やるしかない」
アルマはそう言って、深呼吸し、呼吸を整える。そして、イリシアへという。
「…まだ、戦える?」
「―――勿論…!」
彼女も立ち上がり、水の翼を広げて突き抜ける様に羽ばたいた。それを追い掛ける様にアルマも大きく跳躍する。
脚の装甲に魔力を纏わせ、飛行能力を発揮させて一気に元居た湖へと参じる。
「っと! やれやれ、厄介ねえ!」
場所は湖へと戻り、女の攻撃を受け続けているセイグリットたちは反撃するも一向に倒れもしない敵に苦戦を強いられていた。
「プリティマの氷、リヒターの炎で、うまく打破できるか!?」
ベルモンドはそう叫ぶと腕に巻いた鎖を女へと放つ。女は意にも介さずに鎖を掴み、逆に引っ張りこもうとする。
だが、彼は踏みとどまりつつ、更なる一手を繰り出す。
「かかったな!」
鎖に刻印が輝き、一気に彼女の全身を絡め取る。それには女も驚いた様子だったが、容赦なく、間髪入れずに迫る一撃が在る。
「喰らうがいい! 我が、魂の一撃ォ!!」
「リヒターの炎熱に、我が雷撃を纏わせる!」
リヒターは灼熱の塊を具現化し、それを女目がけて放った。その炎に、ディアウスの紫電が纏う事で更なる威力を増幅させる。
女は身動きが取れずとも水を操り、炎の塊を消し去ろうとした。だが、それは敢え無く阻まれた。
「!」
防御として放った水の奔流が、瞬く間に凍りついたのだった。しかも、自身の周囲も凍りつかされ、動きを固定された。
湖に剣を指し、女の一帯と奔流を氷結させたのだった。
「今よ!」
「うぉおおおおおおおお!!」
リヒターはさらに炎の勢いを高め、一気に女へと塊を叩き込んだ。
同時に、膨大な水蒸気が一帯を霧のように包み込んだ。
「―――リヒター、さすがに湖を干していないだろうな!?」
「するかバカめ!」
ディアウスの一喝に、怒声で返したリヒターは再び視線を凝らした。
そこにアルマたちも戻り、セイグリットが駆け寄り、状況を確認する。
「イリシア! 無事だったようね」
「うん。……さっきの敵は?」
「解らん。だが、この全力に近い一撃を叩き込んだのだ。無傷、ではないだろうが…」
立ち込める霧が消えるのを待とうと考えた瞬間、烈風突如として吹きすさんで一帯を晴らす。
再び、身構える一同の視線の先、そこは女が居た水面であった。
そこには先の女性がゆっくりと立ち上がった。リヒターらの攻撃を直撃したせいか、傷は視認できる。
「……」
先の微笑は消え、純粋な殺意に満ちた眼光が彼らを捉えた。すると、女は湖の水を用いて全身に浴び、更に武器を作り出した。
それは一瞬で完成され、更なる武装を備えていった。
右手に剣、左手を砲身に変え、硬質な鉄の翼を身に、更なる凱鎧の様な装甲を纏った。
「本気になったのかしら」
敵の変貌に、ギルティスは戦意に燃える様に笑みを浮かべて、構える。他も用心しつつ構えを取る。
「―――ハァァッ!」
間を打ち破り、動いたのは、水面の女であった。
澄んだ声が吼えるや左腕の異形の砲口を彼らに向けて、瞬時に収束した禍々しいエネルギーを放射する。
その邪悪な水流の一撃を、ギルティスが先んじて立つ。
「輝き護れッ! ――『煌輝なる星盾(スターレイ・シールド)』!!」
鉄甲に光が開放し、巨大な防壁が具現化する。
同時に、防壁へと水流が激突し、ギルティスは一心に受け止める。
「くっ…! ―――今のうちだ!」
ギルティスの一喝と共に、他の者らも攻撃を繰り出す。
「いくぞ、プリティマ!」
「ええ。あなたっ!」
水面の女の左右から、ディアウス、プリティマの夫婦の連撃が繰り出される。
右に、彼が紫電を纏った剣を振りかざし、左に、凍てつく冷気を周囲に発生させる。
「「『氷雷神槍』ッ!」」
雷撃を帯びた氷結の塊が無数、出現し、そのままの勢いで女へと降り注がんとした。
だが、女は困惑すらせず、無表情のまま対応を執る。
異形の双翼を迫る氷塊へ向けるや、膨大な水の拡散で氷塊をまとめて消し飛ばした。
「ちっ……翼も砲か」
舌打つと共に、ギルティスは見計らって水流の攻撃を受け流す。
女は翼から噴出する水の勢いと共に、手に持つ剣で一気にギルティスへと斬りかかる。
「く――!」
途轍もない素早さで繰り出された剣の一撃をかろうじて、鉄甲と剣を駆使して受け止める。
しかし、見目に反した強力なパワーを圧されかける。
「助太刀する!」
「このぉ!」
圧されるギルティスを救うべく、ベルモンド、アルマが加勢した。
右腕の聖なる鎖が、水面の女の剣を絡めとり、更に彼の持つ魔の大斧と、巨剣の一閃が切り裂かんとした。
だが、女は砲口を地面へ向け、膨大な水を噴出して一気に空中に舞い上がった。
「ゥラァァーッ!!」
舞い上がると共に、地上に居る彼らへ剣を振り払い、更に砲口から膨大な水の拡散弾を降り注ぐ。
「させないわよ!」
プリティマは自身を起点に、一気に冷気を溢れさせる。彼女の頭上に氷結の槍が無数にいっせいに射出する。
それらは拡散弾に激突し、全てが、凍て付かせた。同時に、リヒターが灼炎の魔剣を氷結の壁に擲つ。
熱に溶けた氷と水は一気に蒸発し、霧のように周囲を包んだ。女は視界を遮られ、周囲を警戒する。
「捉えた!」
「いきなさい、『ヴァッサー』!」
更なる女の頭上、足元から、セイグリットとイリシアが挟撃した。
女は忌々しく歯噛みしつつ、真っ向からイリシアと『ヴァッサー』へと迎撃する。
背後へ迫ったセイグリットには異形の翼を変形し、無数の刃となって突き出し――間一髪、刃を回避した彼女は両手に込めた光を流星として放った。
「まだ、まだぁ!!」
女と鍔競りしていたイリシアは気合の吼えを上げ、『ヴァッサー』もそれに応じたのか、より力を込み上げる。
女は驚愕する。次第に押し返される自分と、相手に。翼に激突した流星のダメージなど気にせず、眼前を叩き潰す。
だが、流星だけではない。
次々とイリシアを加勢するように、聖なる鎖が、紫電が、輝く光の礫が、氷槍が、灼炎の魔剣が、巨剣の一閃が、一斉に繰り出される。
「――――!!」
女は苦悶の表情を浮かび、それでも眼前の彼女を斬り捨てようとする。
しかし、イリシアは『ヴァッサー』に命じ、剣を受け止めた腕を同じように剣に変え、一閃する。
同時に、集中攻撃の余波を回避するために、すぐさま離脱し、女は斬られると共に一斉攻撃を受けた。
着地したイリシアは空を仰ぐ。攻撃に飲まれた女は湖へと落ちて行った。
セイグリットたちも彼女の下に集い、状況を見やる。
湖へと沈んでいった女は浮上してこない。敵を屠ったその感覚に、一同は静かになり、口を開けなかった。
「とりあえず、回収しはじめようか」
重くなりかけた雰囲気を、慌ててアルマが割って入った。
イリシアも頷き、『ヴァッサー』を動かせ、水を回収し始めた。
―――刹那。
『Extraneous Deep Blue』