霊窟編第二話「至鋼の少女」
奥に進めば進むほど、霊窟を明るくしていた鉱物の数は減っていき、最終的には真っ暗闇になった。
その殆どが、リュウアが見つけた様な『削がれた』跡があり、最奥へとたどり着けばその正体が何であるかも解るはずだった。
「大丈夫、問題ないわ」
周囲の暗闇に対し、アイギスは反剣セブラティカによって、明かり代わりの光球を作り出して、暗闇を気にせず進んでいった。
そして、彼らは最奥ともいえる場所にたどり着いた。そこは取って来た道よりとても大きく広がった空間で、何故か天井も高い。
「――なんだ、あれ」
疑問に抱く一同が、音に気づいて、仰いだ。その視線が一つに注がれたもの。
それは天井を攻撃するように抉り続ける少女であった。暗闇なのに、彼女がかすかな光を帯びていた。
そして、彼女は身の丈並みの巨大な大剣を手に、
「ッッシャアァ!」
大きく跳躍するとともに、天井を斬りつけ、再び地面に着地する。
大剣の切れ味をもってしても天井は小さな傷しか残されていない。
「……だれだ、おまえら」
少女は睨み据えていた天井から、入口の方にいたキルレストたちへと誰何するように睨めつける。
少女の姿は見目に反した禍々しさを漂わしている。不気味なまでの白い肌色、一部が漆黒に染まっており、銀と黒の装甲を身に着けている。
互いに殺伐とした対峙とした中で、キルレストが他を制するように前に出た。
「我々は、此処にある『玉鋼』を回収しに来たんだ。必要な分だけ欲しいだけなんだ」
「……」
彼の言葉に、少女は少し考える様に構えを小さく崩す。
「……その、『玉鋼』は……これ、か?」
ごそごそと少女は、ゆっくりと装甲の一部を取り外し始めた。驚く一同に、構わず少女は取り外した肌身の箇所を指差す。
そこは白い肌でも、漆黒に染まった肌でもない、『鉱石の様な一部』であった。
更に、言葉を喪うリュウアたちだが、ただ一人、言葉を喪わず、驚かずに静かな表情でキルレストは息をのむ。
「――――間違いない」
抑揚を抑え、震えた声音でそれが、目的の素材『玉鋼』のものである事を告げた。
「お、おい! ……マジかよ」
刃沙羅は驚き困惑するも、キルレストの表情が紛れもない真実を物語っていた事に声の張りを落とす。
一同も、その様子を見つつ、少女へと視線を向ける。
「つまり…この子そのものが『玉鋼』ってことなの…?」
リュウカの問いに、キルレストははっきりとした頷きはできず、沈黙で返してしまう。
すると、少女は取り外した装甲を直し、ゆっくりと大剣を握りしめる。
「……なら……」
凶暴な笑みと共に、少女は地面を蹴っ飛ばす。驚異的なスピードで、間合いを詰め、大剣を振り下ろす。
最初に狙ったのは―――。
「キルレスト!」
「くぅっ!!」
リュウアの叫びと共に迫った刃を、寸での所で躱し、叩きつけた衝撃で間合いを取る。
既に、他のものもそれぞれ臨戦の距離を取った。
「はぁ、面倒な事になりましたね…!」
呆れを吐き捨てる様に、レギオンは嘆かわしい様子で呻く。彼の周囲にも暗黒物質『黒世の物質』を具現化して、腕に纏わらせる。
「―――」
少女は彼らを一瞥しつつ、大剣を持ち直す。
「はぁぁっ!」
その鈍重を突く様に、この場の誰よりも素早く移動できる毘羯羅が駆け出す。
瞬時に、その間合いに踏込み、『瞬刃』を閃く。しかし、その刃が少女を裂く事は無かった。
阻まれたのだ。龍の頭部の様な何かが少女の『尾』となって伸びて、毘羯羅の一刀を防いだ。
「っ!?」
「っしゃああ!!」
驚愕に戸惑う間もなく、少女は吼えと共に、龍尾をもろとも勢い良く振り払った。
投げ飛ばされ、石壁に叩きつけられるのを回避しつつ、舌打つ。
「ちっ、常軌を逸しているな…!」
「師匠っ、無事か!」
「刃沙羅、敵を見ろッ!」
駆け寄ってきた弟子に一喝し、彼の背後へと衝撃波を放つ。
衝撃波は背後に迫ってきていた龍尾の頭部が着弾し、引き下がった。
「!」
「まったく…」
呆れつつ、どこか彼らしいと安心しつつも、表情を引き締める。
刃沙羅も、反省しつつ、大刀『カオスゲヘナ』を持ち直して、気合を入れ直す。
「バケモノなのは、解った。全力で叩き潰すッ!」
「それが手っ取り早い、かな!?」
斬りこみした刃沙羅と、同時にリュウアも大剣『ライフストリーム』を手に、少女へと挑みかかった。
まずは刃沙羅へと大剣で迎撃、迫るリュウアには龍尾の頭部が口をあけ、収束したエネルギーを光弾として乱射する。
「っ、うおわ!?」
予想外の攻撃に、リュウアは躱しきれずに吹きとばされる。少女と唾競り合う刃沙羅に、龍尾が迫り、同じく口を開く。
今度は、収束したエネルギーを少女の大剣と同じ剣の形を形成し、突き刺してきた。
迫る刹那、龍尾を蹴り飛ばす一陣の疾風が過る。
「ヴラド!」
「気をつけろ、まだまだ動けるようだ」
吸血鬼特有の尋常な身体能力で、しかも、洞窟内は太陽の光すらない闇の領域故に彼女の弱体化は無くなっていた。
太陽の下でも行動できるが、身体能力は大幅に弱まる為、この洞窟での探索に助力したのもそれを狙ったものだった。
少女は大剣をヴラド目がけて振り放った。しかし、ヴラドはそれを真っ向から素手で受け止める。
「!」
「うぅりゃああぁっ!!」
大剣を持ち上げ、一気に地面にたたき返す。
だが、少女も同じように大剣で振り回して、ヴラドを弾き飛ばした。間髪いれず、龍口から光弾を拡散する。
「くっ、ヴラド!」
光弾の爆破に飲まれた彼女は地面に転がり込み、キルレストは声をあげ、駆け寄った。
彼女の傷はすぐに癒える。それも吸血鬼特有の能力でもあった。
だから、闘争の眼差しは消えておらず、一瞥だけで心配するものらをすぐに制する。
「問題ない!」
「駄目、しっかり傷を癒さないと!」
駆け寄ってきたリュウカが、細長い白い柱を具現化し、その陣内にいるヴラドに光が包まれる。
光は徐々にヴラドの傷を塞ぎ、癒していく。だが、敵は容赦なく、続けざまに彼女らへと大剣を突き向ける。
今度は刀身に収束したエネルギーが輝き、巨大な閃光となって放たれる。
「リュウカ! はやく、逃げろ!!」
「いや! 大丈夫よ…!!」
閃光に飲まれる刹那、リュウカは確信と共に、前を見据える。
いつだって、自分や他者を護る気高く強い精神を誰よりも持つ、我が兄を。
放たれた閃光がヴラドらの目前で掻き消され、そこには大剣を構えたリュウアが二人に振り返り、笑顔を向ける。
太陽の様な、温かな笑顔を。
「―――危なかったな!」
呑気な言葉に、ヴラドもリュウカも苦笑でしか返せなかった。
「くっ!」
再び、龍尾の口から光を収束し始めた瞬間、二つの異なる衝撃波が口内へと着弾して爆発する。
「!!!」
龍口の放った光は衝撃波により、あらぬ方向へと吹き飛んだ。天井へと攻撃が届き、破片が小さく降る。
双方ともに、にらみ合い、いつ再開されるか解らなかった。
その合間をついて、疑問を抱いたキルレストは、まず他の面々に目配せしつつ、少女へと問いかける。
「君は、何故此処で『天井を削っていた』んだ?」
その疑問は、此処に居る少女以外の誰もが思ったものであった。
洞窟には入り口――外への出口が在る。ルートも複雑ではない。此処は洞窟最奥、すなわち真逆の位置だ。
ならばこそ、この少女、この意志を持つ『玉鋼』は何故、外界に出る為に天井を切り裂き、削っていたのか。
「ソトの世界―――自由を得るために」
「だが、世界と『繋がっている』……そのはずだ」
キルレストは冷厳と少女の言葉を紡ぐように、断じた。
人間にしても、動物にしても、植物にしても、それらは世界と『繋がり』を持っている。
旅人はその繋がりをある程度『断っている』。しかし、完全に『断ち切って』はいない。
断ち切った状態、その意味は、繋がっていた世界が消滅している事である。
「――問題なのは、この世界と繋がりが深い状態のお前がソトを出ようとすれば……」
その先を、敢えて黙る。キルレストの冷厳の表情に混じる躊躇いが彼らを悟らせる。
「それでも」
少女の双眸に、揺らぎは無く。
「自由を得る……ッ!」
全身に溢れる闘気と、遮るモノを打ち破る殺意を滾らせて少女は吼える。
大剣を地面に刺し、龍尾が少女の頭上に伸びた。
その先端の龍頭の口が咆哮と共に開く。
「――!?」
「―――『至鋼への活望(モード・エクセルサス)』―――」