メモリー編11 「“終わり”と“始まり”の記憶」
夕日の沈む町の片隅に存在する、古びた屋敷。
鉄の柵で作られた閉ざされた門の前で、リクが奥に佇む屋敷を見つめていた。
「ここにナミネがいるのか?」
「待ちな」
背後から呼び止められ、リクは振り返る。
森を抜けてやってきたのかそこにはレプリカが立っており、リクに近づいて互いに向かい合う。
そうして観察するように軽くリクを見回すと、鼻で笑った。
「ふん、お前変わったな。前に会った時は、自分の闇を怖がってたのに」
「なぜ分かる」
「俺はお前だからさ」
「俺は俺だ」
レプリカの言葉を否定するように、強く断言するリク。
「俺は俺――か」
すると、どう言う訳かレプリカはリクの言葉を受け入れるかのように呟く。
「うらやましいな、本物は。偽物の俺には、絶対に言えない台詞だ」
明らかに苛立ちが混じった声でそう言うと、突然両手を広げながら自分の姿を見る。
「――そうだよ、ニセモノなんだよ俺は!! 俺の姿も記憶も気持ちも全部!! それに、この新しい力も!!」
そう叫ぶと共に、レプリカの全身から蒼黒い邪悪なオーラが立ち上る。
これにはリクも驚いていると、レプリカはオーラを消して叫び続ける。
「新しい力を手に入れたら、お前の偽物じゃなくて、別の誰かになれると思った!! だけど何も変わらない――空しいままだ!!」
心にある思いを全てリクへとぶつけると、虚ろ気な目で両手を見つめる。
「やっぱりみんな借り物なんだ。お前が存在する限り、俺は永久に影なんだっ!!」
手に闇を纏い、剣を取り出すレプリカ。
対するリクもレプリカから滲み出る感情を受け止めるかのように、静かに剣を取り出して構えた…。
夕日の中での激戦が繰り広げられる中、とうとう二人の戦いの決着が付く。
リクの斬撃を受けると共に、まるで糸が切れたようにレプリカは地に倒れる。
仰向けの状態で倒れると共に、レプリカの身体から闇が立ち上った。
「俺――滅ぶのか…」
もう身体を動かす力も無いのか、倒れたまま感情の無い声で夕暮れの空を見上げる。
「ふん、滅ぶのは怖くない。どうせ偽物なんだからな。本物の心なんて、持ってないんだ。今感じてる気持ちだって、たぶん嘘の気持ちさ」
レプリカは割り切るように言うが、話す声に僅かに悲しみが混じっているのにリクは気づいた。
「何を感じてる?」
「偽物の俺が滅んだら、俺の心…どこへ行くんだろうな? …消えちまうのかな…」
「どこかへ行くさ。多分、俺と同じ場所だ」
そうレプリカに言うと、気に喰わないのか嫌そうに表情を歪める。
「ちっ――そんな所まで本物の真似かよ」
そんな事を呟いていると、周りにある闇と共にレプリカの身体も少しずつ光となって消えていく。
「まあ…いいか」
最後に何処か満足そうに呟き――目の前が真っ黒に染まった…。
「今のが、俺とニセモノの――忘却の城での、最後の記憶だ」
記憶を見終えて淡々とリクが説明する横で、オパールは胸を押さえた。
「何だろう…すごく、切ない」
「悪い…」
「何であんたが謝んのよ。悪いのはどう考えてもこいつでしょ」
呆れた目でリクを見返すと、何処か疲れたようにフゥと軽く息を吐く。
そして、最後に見たルキルの姿を思い出す。
「何が全部ニセモノよ。身体や記憶がニセモノでも、あんたの心や思いは紛れもなく本当じゃない…」
この城で起こった悲しい結末に、オパールは顔を歪める。
リクもかける言葉が思いつかず、二人の間に重い沈黙が圧し掛かる。
しかし、オパールは急に腰に手を当てると、何かを振り切る様に真っ直ぐに顔を上げた。
「――決めた! こいつが起きたら、真っ先に怒鳴ってやるんだから! リクみたいに卑屈になって、何でもかんでも目を逸らすんじゃないって! 自分の存在がどれだけ大事なモノか、あたしがぶん殴ってでも分からせてやる!! ほら、行くわよリクっ!!」
勝手に話を進めるなり、ウィド達が行った方向へとズンズン歩いていくオパール。
何が何でもルキルを目覚めさせようとする彼女の様子に、慌ててリクが呼び止めた。
「お、おい!? アク――リアの事はいいのかっ!?」
「調べたいけど、ウィドと約束しちゃったでしょ! それに、リアの事諦めた訳じゃないから!」
強気に言うと、リクへと振り返る。
その顔には、今まで見た事も無いような儚げな笑顔を浮かべていた。
「リアの事、ちゃんと分かるまで…付き合ってくれるんでしょ?」
「…そうだったな」
自分が言った事を思い出し、オパールへと頷く。
それに満足したのか、オパールも頷き返すなり再びウィド達の所へ歩いていく。
リクも追いかけようとした所で、ある疑問が脳裏に浮かんだ。
(ニセモノは確かにこの城で滅んだ。なのに…どうして、今も尚こうして存在しているんだ?)
あの記憶で再現されたように、確かにニセモノはこの城で滅ぼした。
心は何処かに行くと言った。しかし、そのまま別の世界に飛ばされるなど、あり得ない筈だ。
一体、ニセモノに何が起こったのか…。
通路を進んでいくと、階段の先に歪みのかかった大きな白い扉がある。
その前で、ウィドとシーノが待っていた。
「あっ、おーい!」
リクとオパールに気付き、シーノが大きく手を振る。
ようやく二人は合流し、開口一番にリクが謝った。
「すまない、待たせた」
「あの扉は?」
リクが謝罪する横で、オパールが不思議そうに目の前の扉について聞く。
まだ何も知らない二人に、シーノが軽く説明した。
「あれが夢と意識の境界。言い換えれば、元凶への入口さ」
「では、この先に――っ!?」
ウィドが扉を開こうと手を掛ける。
直後、開いた扉から白い光が発せられた。
「なにっ!?」
突然の事にリクが叫ぶ中、光は四人を呑み込む。
視界が真っ白に染まっていると、一つの光景がぼやけた状態で現れた。
「お前がここに戻る事はないだろう――《―――》」
それは忘却の城の入口で、長い青い髪の男が黒コートを着た子供に話しかける場面。だが、最後だけ切り取られたかのように言葉が聞こえなかった。
そう思っている間にも、白い部屋から無機質な材質で作られた部屋へと移動していた。部屋の中はソファらしきものがあり、奥の壁は一面ガラスになって星一つない真っ暗な空にはハート型の月が浮かんでいる。
先程のように場所が変わった事により、ウィドが混乱したように辺りを見回していた。
「ここは……それに今の記憶、一体…?」
「この城は]V機関の本拠地だろう……そして青い髪の奴は機関メンバーの一人、サイクスだ」
「]V機関…まさか、ルキルを蝕んでいる意識はそいつらの仕業か…!」
「いや、それは――」
ウィドが憎しげに目つきを鋭くさせるのを見て、少し前に機関を壊滅させたリクは否定の言葉を放とうとする。
その直後、視界の端に顔を俯かせて固まっているオパールの姿が映った。
「…オパール?」
声をかけるが返事はない。よく見ると、顔が少し青ざめている。
只ならぬ様子にリクが再度声をかけようとした時、急に空間が歪む。
気づいた時には、自分達を囲む様に銀色の存在が姿を現した。
「「ノーバディ!?」」
ダスクやクリーパーと言う下級ノーバディの出現に、リクとウィドはすぐに武器を構える。
少し遅れてオパールも腰にあるナイフを抜き、シーノも心剣――『夢幻剣』を取り出して四人は互いに背中を合わせた。
「シーノ、これはどういう事だ!?」
「僕にもよく分からない! とにかく、今は倒さないと――!!」
敵の出現に焦りを見せるリクにシーノも若干の困惑を見せていると、一斉にノーバディが襲い掛かって来た。
「邪魔だ!」
「やぁ!」
飛び掛かって来たノーバディを、即座に居合抜きを放って斬り捨てるウィド。シーノも近づいてくるノーバディを斬り付ける。
二人に負けじとリクとオパールもそれぞれ攻撃していると、一つの異変が襲い掛かった。
「エ…?」
「ぐっ…! 急に、身体が…!」
ノーバディを消していると、オパールとウィドの全身が重りを吊るしたように負荷がかかる。いや、二人だけでない。戦っていたリクとシーノにも同じ現象が起こっている。
その重さに耐えられず、全員膝を付いてしまう。何が起こったのか分からずに混乱する中、シーノが自分達に起きた現象の正体に気付いた。
「しくじった…!! こいつら、僕達を見張る番人だ…!!」
「番人、だと…!?」
キーブレードを支えにして苦しげにリクが聞き返すと、シーノは頷く。
「夢の世界に来た僕達を、文字通り敵か味方か見張る存在だ…!! そいつに攻撃したから、僕達にこうしてペナルティをかけたんだ…!!」
「それ…どう考えても、卑怯じゃない…!!」
シーノの説明を聞くなり、オパールが憎まれ口を叩く。
攻撃をしかければ不利になる。だからと言って攻撃しなければこちらがやられる。もしかしたら逃げるのが正解かも知れなかったが、こうなった以上もはや後の祭りだ。
負荷を掛けられて動けなくなった四人に、ノーバディ達はジリジリと周りながら迫り出した。
「くそ…っ!!」
どうにかリクが立ち上がろうとするが、身体が重い状態では動かす事もままならない。
それを見かねてか、ノーバディ達はトドメを刺そうと一斉に四人へと飛び掛かった。
―――刹那、上空から隕石が落ちてノーバディ達を巻き込んで爆発した。
「な、なにが…!?」
予想外の攻撃によって吹き飛ばされるノーバディを見ながら、ウィドが目を丸くする。
残りの三人もポカンとして攻撃の起こった方を見ていると、ザッと前方で足音が鳴る。
目を向けると、そこには緑色の竜の様な生物が四つの足を地面に付け、残ったノーバディ達を威嚇していた。
「なによ、あの竜…!?」
まるで自分達を守っているように見える生物に、オパールが凝視する。
リクとウィドもその生物に目を逸らせずにいる中、驚きの表情でシーノが呟いた。
「ドリームイーター…!!」
■作者メッセージ
【パーティチャット】(タルタロス編)
フレイア「ルシフゥ〜…今頃、何をしているのかねぇ…」(カフェのテーブルで俯せになっている)
ジェミニ「む? 屍よ、あの娘は誰だ?」
屍「フレイアと言って、ある事情で弟と一緒に別の世界からタルタロスにやってくるんだ。この世界では彼女達の事を知らない者はいないくらいさ」
ジェミニ「それほどあの娘は有名なのか?」
屍「ええ…――アガレスに弟子入りした弟の様子を見に来た途端に拳一つでアガレスを吹き飛ばして住宅一棟の壁をぶち壊し、それ以来アガレスを見ては喧嘩腰で酷い時にはそのまま町中で激しい戦闘を起こして。弟が町中で住人に絡まれているのを見つけてはものの数分でそいつらをぶちのめし、弟は弟で修行中にたまに力を暴走させては町の一部を破壊し、それから――」
ジェミニ「すまない、屍よ…辛い事を聞いてしまったな…」(哀愁の目)
屍「いえ…こんな騒動も、もう慣れ切ってしまいましたから…」(遠目)
フレイア「はっ!? そもそもあの悪魔…本当にルシフを守っているんだろうね…!! 戻ってきたら首根っこ掴んででも問い詰めてやるぅ…!!」(歯軋り)