メモリー編13 「信じる強さ」
「別行動…ですか?」
「ああ。このまま一緒に行動しても埒が明かないだろ? 二手に分かれた方が効率がいいと思ってよ」
合流してすぐにクウが話した提案に、イオンは腕を組んで思考に耽る。
クウの言う事は尤もだ。ここにはシャオの記憶だけでなく他人の記憶も数多く混ざっている所為で、未だに元凶に近づく為の記憶は見つかってはいない。一つ一つ探していたら、自分達が助け出す前にシャオの意識は呑まれてしまうかもしれない。
「そう、ですね…今まで巡っても、未だ本題の記憶は見つかっていないし。それに…」
上手く分担すればシャオの事を知らなくて済む。思わずそう言おうとしたが、寸での所で言葉を切る。
このイオンの考えが伝わったのか、ペルセも何も言わずに一つ頷いた。
「…私も構わない、けど」
「何だよ?」
妙な言葉遣いに気づいてクウが問いかけると、ペルセは怪しい者を見る様な視線を向けた。
「イリアドゥスに変なことしないよね?」
「する訳ねーだろ!! 俺を死亡ルートに直行させたいのか!?」
前にされたブレイズとヴェリシャナの制裁を思いだしながら、クウが怒鳴りつける。
何がともあれこれからの話が決定し、イリアが指示を出した。
「とにかく、二人はシャオの記憶を中心に探して。私とクウは別の記憶を中心に探すわ。何か見つけたら、すぐに合流しましょう」
「「分かりました」」
共に二人が頷くと、シャオの記憶を探しに去って行く。
それを見送ると、イリアはクウへと意味ありげな視線を向けた。
「…これでいいわね」
「悪いな、俺の我が儘聞いて貰って」
そう謝ると、何処か辛そうにクウは頭を押さえ始めた。
「シャオの事を忘れた訳じゃない。それでも俺は…この世界の俺の事を知ってみたい。どんな道を歩んでいたのか、どんな思いを抱いていたのかを」
同じだけど、違う自分。それでもこの世界の自分を知る事で…これからの未来に繋がる何かを掴めるかもしれない。そう思ったのだ。
何の記憶が何処にあるのかは分からないとは言え、見つけた記憶の歪みを見ればイリアにはそれが何なのかは分かる。そこで別の自分に関わる記憶の探索をイリアに頼み、シャオの事は半ば嘘の言い訳をしてイオン達に探索を任せた。
こうして全ての準備を終えると、イリアは静かに口を切った。
「あなたの選択は間違ってはいない。同時に、正しくもない」
肯定とも否定とも言える言葉を放つと、じっとクウへ蒼天の瞳を向ける。
「【選択】と言うものは過程でしかない。終わりは何処にもなく無限に続く。それでも、全ては一か所へと繋がっている」
そう言うと、イリアは遠くに目を向ける。
その一か所へと、真っ直ぐに。
「選択の先に待つ、未来に」
「…未来、か」
「そしてそれはあなたが望む未来か、はたまた誰かが望む未来か……それは誰にも分からない。その時が来るまでは」
「なら、その時が来るまで俺は」
「俺の道を行く、ただそれだけ――なのでしょう?」
自分の信念を先に言われ、クスクスと笑うイリア。
これにはクウの居心地が悪くなり、顔が赤くなるのを隠す様に俯きで早足に歩き出した。
彼らが夢の中を探索して、現実では既に半日が経っていた。
ビフロンスに昇った太陽も、今では遥か高くの頭上で穏やかに日の光を照らしている。もう少しで時刻は昼頃となるだろう。
城から離れた城下町のある店。昨日ブレイズ達も行った菓子屋に、カイリがいた。
「わあぁ…!」
「美味しそうでしょ? 欲しい物があるならこれに入れてね。お金も私達が払ってあげるから」
目を輝かせて並べられている商品の菓子を見るカイリに、シェルリアが笑いながら近づいて持ってきたトレイを差し出した。
「ありがとう、シェルリア。でも大丈夫、私達のお金もこの世界では使えるみたいだからちゃんと自分で払うよ」
「そうなの?」
「うん、王羅達がちゃんと確かめてくれたから」
カイリはそう言うと、マニーの入った袋を見せる。
昨日、彼女はレイアの看病をしていただけではない。データ解析で忙しかったオパールに代わって、いろんな人達と交流しつつ自分達のセカイとこのセカイの違いをいろいろ調べていた。
その際にお金の事も確認して貰ったが、長年旅をしている王羅やキルレスト達から「問題なく使える」と判断された。
こうしてシェルリアと談笑しながらお菓子を買って店の外に出ると、同伴者なのかゼツとラクラが待っていた。
「どうだった、ここの店は?」
「凄く良かったよ! ねえ、今度はあのお店寄ってもいい?」
「ああ、構わない。でもそろそろ腹ごしらえしないか?」
ラクラの言う通り、時刻は昼になろうとしている。ここらで食事兼休憩を取るには丁度いい時間だ。
ゼツも賛成なのか、背中越しに少し先にある飲食店を指した。
「だったら、あっちにある行きつけのカフェに行くか。二人もそれでいいか?」
念の為に了承を聞くと、二人も問題ないのか頷いて答える。
そして四人は次の店へと足を運ぶ。ゼツの指定した店はオープンカフェにもなっており、日除けの大きなパラソルの付いた席に座って食事を取る事にした。
「それにしても、この町っていろんなお店があるんだね。初めてお城から出たけど、こんな場所ならもっと早く来れば良かった」
「喜んでもらえて、俺達も嬉しいよ」
この町を歩き回った感想をカイリが述べると、ビフロンスに住むゼツは嬉しくて笑みを見せる。
笑顔を見せて話すカイリに、ラクラは気づかれない様にシェルリアに目配せした。
「気晴らしにはなったみたいだな」
「ええ」
ラクラとシェルリアも互いに笑みを浮かべていると、後ろから誰かが近づいてきた。
「よっ、ゼツ!」
「イザヴェル、町の見回りか?」
「まあな。ん、お嬢ちゃんは確か――」
そうやって話していると、ゼツ達と一緒に座っているカイリに気付く。
首を傾げるイザヴェルを見て、カイリはすぐに自己紹介した。
「私はカイリ。よろしくね」
「おう、俺はイザヴェルだ。よろしくな。…で、ゼツ。何でカイリと一緒にいるんだ?」
別世界の住人との交流にイザヴェルが質問すると、ゼツが苦笑交じりに答えた。
「サイキに頼まれたんだ。ずっと城に篭らせてるのもあれだから、カイリに城下町を案内させてくれってさ」
「確かに3日も城に篭ってちゃ、暇でしょうがないな」
「あはは……正直に言うと、ちょっと退屈になってたかな」
広い城とはいえ、何日も外に出ない状態では気分転換もままならない。怪我も治っているし、何よりもこのセカイに来たばかりの彼女達を少しでも安心させ、もっと知って欲しいと言うサイキの提案であった。
そんな思惑を知ってか知らずかカイリも正直に答えていると、自分の意思とは関係なくお腹の虫が小さく鳴ってしまった。
「あうぅ…」
「先に注文を決めちゃいましょうか」
「じゃあ折角なんで俺も休憩するか」
空腹を訴える音にカイリが顔を赤くしていると、フォローするようにシェルリアがメニュー表を手に取る。
ついでとばかりに空いた席から椅子を掴んでイザヴェルも同席すると、五人はメニューを見合う。
すぐに店員を呼んでそれぞれ注文を頼み、軽く談笑していると料理を持ってきた。
「お待たせしましたー」
ワンプレートやグラタンなどの洋食が中心の料理をテキパキとテーブルに並べ、五人はようやく食事を取る事となった。
「美味いか?」
「うんっ!」
料理を食べながらゼツが声をかけると、カイリは嬉しそうに笑顔を見せる。
そうして微笑ましい食事が続く中、イザヴェルは思いついた様にカイリを見た。
「なあ、質問してもいいか?」
「質問?」
急な話にカイリが食事しながら聞き返すと、今までの優しい眼差しから一変しイザヴェルは不審な物を見る様な淀んだ目になる。
「どうして、ウィド――だっけ? あんな奴の為に新しい武器を用意しようって思ったんだ?」
この問いかけに、カイリだけでなくゼツ達を含む周りの空気が凍りつく。
誰もが食事の手を止めて表情を強張らせるが、イザヴェルだけは口を止めずに話を続ける。
「俺もかつては復讐を抱いていた。だから分かるんだよ、今のあいつの気持ちが。憎い、消したい、自分と同じ…いや、それ以上の苦しみを味わらせてやりたいって気持ちがな」
まるで遠い記憶を思い出すかのように語ると、グッと何かを鷲掴みするように右手を強く握るイザヴェル。
彼の語る言葉に、声に、雰囲気に。イザヴェルの事情を知っているゼツ達はもちろん、何も知らないカイリすらも口が開かない。
「仲間として近くにいたのならそれぐらい分かるだろ、お嬢ちゃん? 戦う力を持たせたら、あいつは確実に暴走するぜ」
このイザヴェルの言葉に、カイリは両手を膝に置いて顔を俯かせる。
何も言えなくなったカイリの姿に、ゼツ達は黙って見守る事しか出来なかった。
「――信じないと、ダメな気がするの」
静かに、だが心に響いた声に全員がカイリに視線を向ける。
四人の視線をその身に受けながら、顔を俯かせたままカイリは思い出す。
自分達が一度、離れ離れになってしまったあの旅を。
「今のウィド、何だか昔のリクに似てるんだ。気持ちがすれ違って、一人だって思いこんで、周りを見ようとしなくて、闇に心を囚われている…」
自分の心がソラの中に宿っていた時の記憶はさすがに無い。それでも、ソラが感じた思いは微かだが覚えている。
故郷の島を出て再会した時のリクは、出会う度に闇の感情に呑まれていた。ちゃんとリクの事を思っていたのに、そんなソラの言葉すら信用しなくて逆に傷付けようとしてきた。
それでもソラは諦めずに手を差し伸べたけど、リクはそれを拒んで闇を求め、心を明け渡した。
それでも…。
「リクもそうやって闇に囚われてた。けど、ソラも私もちゃんと戻って来るって信じてたから。だから、また一緒にいる事が出来たの…――ウィドだって、信じていれば何時かはちゃんと私達の所に戻ってくれる。闇の世界に居るソラだって、きっと…!」
「カイリ…」
最後まで信じようとするカイリに、何時しか冷めていた周りの空気が元に戻っていく。
思わずゼツが呟くと、カイリは顔を上げて満面の笑顔を浮かべていた。
「だって、私達仲間だもん。友達や仲間の事は、最後まで信じなくちゃ!」
そう言ったカイリの言葉に宿るのは、揺るぎない確かな自信。
この言葉だけでどんな闇でも吹き飛ばせるのではと錯覚を覚え、イザヴェルは参ったとばかりに笑顔を返した。
「ハハハ、お嬢ちゃんに関しては戦えないって聞いていたが…――意外と強いんだな、カイリは」
「ふふ、ありがとう」
まんざらではないと言う風に、カイリは笑ってみせつけた。