霊窟編 第三話「キルレストの覚悟」
キルレストらが警戒する中、周囲に残っていた微弱な光を放つ鉱石たちと、
そして、天井にある彼女が切り裂いて姿を現した光の強い鉱石の輝きが消え失せていく。
輝きは粒子となって、吼えた龍口の中と少女の胸郭いっぱいの吸い込みと共に吸収されていったのだ。
鮮烈な輝きに翳して、輝きが静まるのを待つ。
キルレストらは意を決し、輝きが残る元――少女の方へと視線を向ける。
「……」
そこには周囲に在る無数の鉱石エネルギーを吸収したのか、溢れる闘気も殺意もより一層と高まった少女が居た。
握る大剣、伸びた龍尾にも取り込んだことで強化されたことが一目了見だった。
そして、彼らの視線に尾である龍が獰猛に威嚇する。
「…キルレスト、どうする?」
そんな敵の更なる変貌に、一同が武器を構え直しつつ、彼の傍に居たサーヴァンが尋ねた。
状況の打開策はあるのか、と。
サーヴァンの中ではある答えを見出している。それは、此処に居る一同の力を一つにして、挑みかかり、勝利すること。
不可能ではない。出来るだろう。
だが、それで目的の『玉鋼』は入手できるのか。最悪は―――
「―――……解らない」
キルレストは大鎌を持ち直し、静かに呟いた。
「だが、倒すしかない」
あの少女に譲れないものを持つように、自分たちにも、同じように果たさねばならない責務がある。
だからこそ…ぶつかり合うのだ、と。
その言葉を聞き、サーヴァンをはじめとした者たちは、抱いていた躊躇を捨てた。果たすべき責務を全うする為に、戦おうと。
「…よし、ならば全力で行くしかないな!」
「ええ。そうですね」
闘気を高めながらもサーヴァンは笑みを小さく浮かべて、やれやれとレギオンも微苦笑を零す。
「――なら、先に行くぜ!!」
「ったく…!」
「おい先駆けるな…それは私の十八番だ」
リュウアの気さくな掛け声と共に、駆け出す。彼に続いて、刃沙羅と毘羯羅が駆けだした。
他の者たちも、先陣を切る彼らを援護するように臨戦態勢を取る。
一方の少女は手に在る大剣を振り上げた。それだけで地面を切り裂き、伴う斬風が、同時に放たれる攻撃になった。
「吹き飛べ、パワー・ストリーム!」
迫った礫の刃と斬風を剣に収束した力の暴風を放つことで押し通ろうとする。
――だが、更に伸びた龍の口が牙を剥いて、彼の衝撃波を打ち破って襲い掛かった。
「おっと、もういっちょだぜ!!」
リュウアの前に、刃沙羅が大刀を目いっぱいに振り放ち、龍の一撃を阻む。放れた一撃を喰らい、あらぬ方向へと弾かれた。
そして、駆け出した二人よりも毘羯羅は瞬く間に素早く、回り込む。驚愕する少女に、瞬速の抜刀を閃かせた。
「瞬刃―――天滅一閃ッ!!」
「うぐ…こ、のぉ!」
煌めく一閃が、無数に空間を裂く斬撃となり、瞬く間に少女を切り刻んだ。
しかし、少女は切り裂かれながらも大剣に備えたブーストが噴き上げる。
その驚異的スピードによる振り払いを繰り出す。
「っ――!」
毘羯羅は直撃したかのように、攻撃を受けて壁面に叩きつけられるが、咄嗟に鞘に納めた刀を盾にし、大剣の一撃を辛うじて防いでいた。
更に、レギオンが激突する瞬間に広げた『黒世の物質』がクッション替わりとなって全身への衝撃を無効化した。
けれども構わずに少女は、龍口と大剣に収束した閃光を毘羯羅へと放射し、追撃する。
「仲間を護れ、『セヴンス・サンクチャリ』!」
放たれたエネルギー波は、毘羯羅の前に顕れ、七つ星に輝く光の障壁がそれを遮った。
それでも少女は龍口を続けて放射し、次に至近した刃沙羅へ大剣を振り放つ。
大刀と激しい激突を交え、唾競り合う。縫うように繰り出した一撃を受け止められた刃沙羅は笑みを深める。
「ハッ。良い感してるぜ…!」
「―――……!」
その二人の頭上、次なる攻め手が繰り出されようとしていた。
大鎌を持つキルレストが刃に己の力を集束し、一方のサーヴァンが心剣『アスカロン』の能力を解禁する。
ヒトとしての形は保たれつつも、全身は龍鱗に覆われ、翼を生やし、靡き撓る尾――その異様なる姿はまさしく『竜人』。
それこそが、彼の心剣『アスカロン』の真の能力。『竜人化』であった。
タイミングを見計らって、刃沙羅は唾競り合いをやめ、後退と同時に二人の技が繰り出された。
「虚無滅想刃!!」
「旋風竜砲!」
二人の力を纏った斬撃波と破壊の咆哮による同時攻撃により、少女は防ぐ間も無く直撃する。
「―――ッ!」
繰り出された攻撃に呑まれ、粉塵が巻き起こった。見届ける体でキルレストたちは身構える。
粉塵は切り裂かれて消え失せる。少女が大剣を振り払ったのだ。
直撃を受けた為かその身に纏っていた装甲衣が砕かれているが、少女の目に闘志は消えない。
「…まだ、戦うか」
サーヴァンは竜の顔で忌々しく唸る。
「なら、一撃で捻じ伏せるしかない」
前へとキルレストは出て、鎌を持ち構える。そして、振り返らずに言う。
「すまない、皆は手を出すな」
「!」
一同は反論しようと声を上げようとしたが、阻むようにキルレストの闘気が溢れる。
「……」
少女は構え、膨大なエネルギーが大剣へと集束していく。同じく、キルレストの鎌も彼の力を最大限に纏い始める。
誰もがその様子を黙して見つめ、固唾をのんだ。
そして、静寂が包んだ―――刹那。
「「――――――」」
一瞬の交叉。一同が見据える中、先に動いたのは。
「くっ…!」
キルレストだった。片膝をつき、痛みを堪える様に息を殺した呼吸をしている。
大鎌を手から零れるように落ちた武器と、彼の躰には大剣の一閃が走っていた。
そして、
「……ッ……」
少女も力尽きた様に、倒れこんだ。
「そこまでだ」
だが、それでも、必死に身を起こそうと、剣へ手を伸ばそうとした瞬間、その喉元に血色の切っ先が付きつけられた。
吸血鬼の少女ヴラドが己の心剣『真血』によって変化した血の剣を無数に伸ばしていたのであった。
戦闘中、積極的に挑みかからなかった訳は、敵の動きを見計らい、完璧なタイミングで無効化しようと気配を殺して、潜んでいた。
そのヴラドの傍にはリュウカが居て、険しい様子で彼女を見た。敵意の色ではない、懐疑の眼差しだ。
「―――」
睨み合いの末にヴラドの眼光が一層鋭くなって、言葉を続ける。
「解せない。何が其処まで突き動かせるのだ…?」
「そんなの分からないのが普通だぜ」
当惑の色を隠さないヴラドや、他の者らの疑問を打ち破ったのは、キルレストの容体を治癒を施していたリュウアだった。
彼女の前へと歩み寄って、屈んで視線を合わせる。その眼差しを受け止めつつ、新たな言葉をつぶやいた。
「…自由、か。旅人の大半が抱く願望だな」
周囲の仲間を一瞥する。
此処に居る大半の者たちは紛れもなく旅人として、己の生まれ育った世界を旅立った。
リュウアはそういって、しばし考える様に黙っていたが、口火を切った。
「―――なあ」
「何だ」
リュウアは小さく振り向いて、荒目の呼吸をしているキルレストへと声をかけ、怪訝に応じた。
「…武器に必要な『玉鋼』ってどれくらい必要なんだ?」
「!」
その言葉の意味に、一同は驚愕の視線を彼へと向ける。
勿論、中には少女もあった。そんな彼らの注がれた視線にも、リュウアは気にもせずに答えを求める。
キルレストは応じる前に黙して、思考した。武器に必要な分量を脳裏で量り、やがて答えた。
「おおよそ、その龍尾くらいのサイズだ」
「……」
少女は自分の尾を見やる。
少女も、この尾も、特異な玉鋼で構築されたのならば、適切なサイズは龍尾が最も適しているとキルレストは判断した。
その答えを、リュウアはそれを聞いて、少女の方へ向き直って声を荒げながらに話す。
「…なあ、こう聞くのもアレなんだが……ソイツをくれないか!?」
「―――」
少女は一瞬、瞠目するも、我に返って周囲を伺う。他の者らは、彼の言葉に困った様子でいる。
しかし兄の性格をよく理解しているリュウカは兄を黙って見つめ、キルレストだけは真剣な表情で少女に声をかける。
「ただで呉れる訳ではないだろう。こういうものには対価が必要になる」
「対価?」
「お前はソトの世界に赴きたかったのだな」
「…ああ」
それがが天井を削り続けて来たのは偏にその為だった。
彼女が彼らを襲ったのは「得体のしれない存在」との遭遇故に。
今や彼らは自分の運命を切り開くキッカケを用意しようとしている。
「我々はある事情からいろんな世界へは移動できないが、我々が拠点としている世界になら、君を連れて行ける」
「すげえ綺麗な場所なんだぜ。こんな暗い洞窟じゃない世界だ」
リュウアが嬉々として話しに加わる。キルレストも頷き、
「お前がそれでいいなら。――『ビフロンス』へ戻る」
「ビフロンス……」
そう持ちかけられた少女はゆっくりと瞳を閉じ、静かに思案する。
まだ見ぬ世界を見るために、彼らの求めに応じる必要になる。
閉じた瞳を開き、自身の伸びた龍尾を見やる。
「―――構わない」
何か思う事もあった――しかし、少女は大剣を拾い上げ、躊躇いなく龍尾を切り落とした。