メモリー編14 「流れる記憶」
白い無機質な材質の廊下を走りながら、一行は先に進むリュウドラゴンを追いかける。
やがて一つの記憶の歪みを見つけると、リュウドラゴンは立ち止まって鳴きながら首を動かした。
「どうしたんだろ?」
「『この中に入れ』って催促してるように見えるが…」
行動の意味が分からないオパールに、リクが思った事を口に出す。
すると、リクの言葉で合っているのかリュウドラゴンはコクコクと首を縦に振った。
「行きましょう」
「あ、ウィド!」
さっさと歪みに入るウィドに、シーノが慌てて追いかける。
リクとオパールも歪みへと足を踏みいれるが、リュウドラゴンは後を追いかけずにその場を動かなかった。
彼らの帰りを待つかのように。
初めに目の前に広がったのは、一面白い壁で覆われた広間だった。
周りには真ん中を囲むように無機質な白い椅子が置かれているが、それぞれ高さが違っており、黒コートを着たさまざまな人物が腰かけている。
もっと詳しく見ようとするが、どう言う訳か身体はもちろん視点すらも動かない。しかも視界も靄がかかったようにぼやけている。
「本日は記念すべき日となる」
一つの声が、円卓全体に響き渡る。
同時に、周りの空気が変わった。
「我々に新たな仲間が加わる事となった」
その言葉を合図に、こちらに視線が一斉に注ぎ込まれる。
「14番目だ――」
言い終わってから、急に視点が動く。
そうして見えたのは、椅子に座った黒コートを着たヴェンと同じ顔の少年。
何処か虚ろげにこちらを見る彼が映り―――意識が途切れた。
記憶を見終わり元の場所に戻って来ると、四人を労う様にリュウドラゴンが一声鳴く。
しかし、四人はそれぞれ複雑な表情を浮かべていた。
「今の記憶…何だか、今までと違う」
オパールが頭を押さえながら、今まで巡って来た記憶を思い出す。
ルキルの記憶を見る際、その情景の中に入り込む第三者の感覚で見て来た。だが、今の記憶は自分の意思で身体を動かす事は出来なかった。
言い換えるならば、これは…いや、ここからは全て他人の視点から見る記憶になるのかもしれない。
「それより、]V機関って言うから13人しかいないと思っていたけど…違うのかい?」
「いや、機関のメンバーは全部で13人の筈だ。全員には会ってはいないが、それは確実に言える」
シーノの疑問に、機関との戦いに関わっていたリクは否定を出す。
(だけど…何だ、この感じ?)
自分の言った事に間違いはない。それなのに、一瞬頭に何か引っ掛かりを感じたのだ。
リクが思考に更けようとした時、リュウドラゴンがまた走り出した。
「あ、また何処かに行くつもりだ!?」
「追いかけますよ!」
見失わないようシーノとウィドが走り出し、リクも考えを中断して後を追いかける。
少し走った所で、黙ったまま動いていないオパールに気付いて大声で叫んだ。
「どうした、オパール!」
「ご、ごめんっ!」
我に返ったのか、オパールはこちらに向かって走り出す。
ちゃんと後をついてくる姿を見て、リクは再び先に行ったウィド達を追って走り出した。
「…アイザ…」
その所為で、ポツリと呟いたオパールの声はリクの耳に届かなかった。
さわさわと風で靡く木々の間から、月の明かりが零れる。
一見すると静かな光景だが、辺りには絶え間なく金属がぶつかり合う音が鳴り響いていた。
「「――だあぁ!!」」
気合の入った掛け声と共に、ギィィンと甲高い音が響く。
その中心には、黒髪の少年と金髪の少女がそれぞれ武器である剣を持って互いの刃を打ち合わせていた。
「…今日はここまで、だな」
「そうね…」
黒髪の少年――クウが口を開くと、スピカも了承するように剣を下ろす。
戦いが終わりクウは手に持っているキーブレードを消す横で、スピカは銀のレイピア――シルビアを鞘に納めた。
「ありがとう、いつも鍛錬に付き合ってくれて」
「…暇、だからな」
笑顔でお礼を言うスピカに対し、クウは顔を逸らして何処かぶっきらぼうに答える。
そんなクウに小さく笑うと、急にスピカは思い出す様に話しかけた。
「あなたが私達の家に来て、どれくらい経ったのかしら…?」
「もう3年は経ってる。これを持ったのが、この孤児院に来て1年ぐらい経った時だからな…――今でも覚えてる」
「クウ…」
「俺が両親無くして、師匠達に拾われて。なのに、二人にここに連れて来られた時『また捨てられたんだ』って思ってた。だけど…こうしてスピカと出会えて、本当に良かった」
「もう、クウったら…!」
笑顔でそんな事を言われたからか、スピカの頬がほんのりと赤くなる。
それに便乗する様にクウも笑っていたが、突然笑みを消すとスピカに背を向けた。
「俺、先に戻ってるから。遅くならない内に戻れよ」
「ええ」
スピカも何かに気付いたのか、クウの行動を咎める事無く後ろ姿を見送る。
やがて彼の姿が見えなくなってから、スピカは背後へと視線を向けた。
「――どうしたの、私に何か話があるの?」
優しく語りかけながら、自分達の後ろにいた人物の姿を視界に捕えた。
「ジャス」
緊張の面付きでこちらを見る銀の髪に青い目の幼い少年に、微笑みながら名前を呼ぶスピカ。
すると、少年――ジャスはじっとスピカを見つめながら口を開いた。
「スピカは、どうしてあいつを嫌いにならないんですか?」
「え?」
「あいつは偉そうなクセに何もしないし、この孤児院での仲間との協調性もない……毎日の鍛錬だって参加しないのに、どうして…」
つらつらとクウに対する不満をぶつけるジャスに、スピカはやれやれと言った表情で肩を竦める。
それはジャスにではなく、先程去っていた彼に対してだ。
「確かに、皆から見たらクウは問題児よね……でも違うの。彼は本当は誰よりも私達を思ってくれてる。とても優しくて家族思いな人なのよ。まあ、クウはそれを認めようとはしないでしょうけど」
「どういう事ですか?」
「不器用で恥ずかしがり屋なのよ。ああ見えて、ね?」
クスリと笑いながら、ジャスに向かってウィンクする。それでも、ジャスは意味が分からないと言わんばかりの訝しげな表情を浮かべている。
これ以上何も言っても無駄だと悟ったのか、スピカは話を終わらせた。
「それより、宿題の魔法の出し方はちゃんと覚えた? 今からテストするわよ」
まるで先生と生徒のような二人のやり取りの所で、記憶は終わった。
あの学園から移動し、記憶の歪みあった町中へと戻ってくるクウとイリア。
まだ子供だった過去の自分の記憶を見終わると、クウは頭を押さえながら顔を深く俯かせた。
「――どのスピカも、俺の事見透かしているのかよ…」
「顔、赤くなってるわよ」
「う、うるせぇ! 次行くぞ、次っ!」
顔に出した恥ずかしさを見抜かれてしまい、クウは足早に別の歪みへと向かう。
「あら、その記憶は」
イリアが何か言おうとするが、最後まで聞かずにクウは歪みへと入って行った。
視界に入って来たのは、夕焼けの光に包まれた木造の古い家。その近くに花と芝生の生えている庭がある。
その中心に、スピカがシルビアを持って黙って立っている。そんな彼女の前には、幼いウィドが傷だらけで地面に倒れていた。
「ねぇ…さ――」
どうにかして声を出そうとするが、力尽きたように倒れたままその場で意識を失う。
完全に気を失ったウィドを一瞥すると、何処か悔しそうにスピカは背を向ける。
「――ごめんなさい」
小さく謝罪の言葉を送ると共に、スピカはウィドから離れるように歩き出す。
家に戻る事無く何処かへ歩き出すスピカの前に、小さな人影が立ち憚った。
「…ジャス」
突然現れたジャスに、スピカは無表情に名前を呟く。
何時もと雰囲気の違うスピカに、ジャスも拳を握りながら彼女を見据えた。
「行くんですか…あのバカの所に?」
「ええ」
「どうして!? あいつは僕達を捨てて、自らあいつらの所に行く事を選んだんですよ!? なのにどうして――!!」
「クウは私達を捨てたんじゃない。私達を助ける為に自分を売ったの。だから行くの、あの人の所に。一人にはさせておけないから……あんな思い、したくないから」
「スピカ…?」
辛そうに胸を押さえるスピカに、ジャスは不思議そうに見つめる。
「ジャス、あなたに頼みがあるの」
何の前触れもなくそう言うと、スピカは握っていたシルビアを鞘に納める。
そうして、目の前にいるジャスに剣を差し出した。
「この剣を――いえ、この子をお願い。来るべき時が来たらウィドに渡して上げて。私はもう、守れそうにないから」
「な、何を言っているんですか…? スピカが渡せばいいじゃないですか…そんな、最後みたいな、言い方…!」
声を震わせながら、ジャスは必死で泣きそうな表情を堪えようとする。
だが、完全に胸の内を隠し切れずに顔が歪んでいると、スピカは剣を差し出したまま静かに話を続ける。
「ジャス。これから私は、別の人に変わる。記憶も出来る限り操作する。その為に…この魔力を、内にある力も、全て捨てると決めた」
「えっ…!?」
「クウが向かった所は、それほど危険な所だって知ってるでしょ? 私の事やこの剣の事が知れたら、きっとクウのように悪用される」
こうして自身の決意をジャスに語ると、不意に夕暮れの空を見上げる。
「あの人を追わず、残る選択……もう“あっちの私”がしちゃったの。だから、私は彼女が選ばなかったもう一つの道を選ぶ事に決めたから」
「あっちの、私…?」
理解出来ずにジャスが呟くが、スピカは答える気はないのか無言で近づいて押し付けるように無理やり幼くて小さな両手に剣を握らせた。
「ジャス、私の弟をお願い。みんなの中で誰よりもウィドと親しい貴方だから、頼める事なの」
最後に一つの望みを託し、スピカはジャスの横を通り過ぎる。
迷いの無い足取りで自分達から去って行くスピカに、ジャスの目から涙が零れた。
「あ、あぁ…!」
スピカから渡された剣が、ジャスの手から滑り落ちる。
同時に、ジャスの右手が闇に包まれて細長い形を成していく。
「――うわあああああああああああっ!!!」
ジャスの中の感情が爆発すると共に、手の内から黒い槍を具現化させる。
それを握り締めると、背を向けているスピカへと駆け出し、その矛先を――。
記憶が途切れ、二人はまた元の場所へと戻ってきた。
「さて、次に行きましょう」
イリアはそう声をかけて歩き出すが、どう言う訳かクウはその場から動こうとしない。
仕方なく足を止めて待っていると、目を合わせないままクウが口を開いた。
「イリア…『ジャス』って、何者なんだ?」
そんな疑問を呟くと、困惑した顔でイリアを見る。
「少なくとも、俺はあんな奴に会った覚えはない。スピカやウィドはどうか分からないけど…」
このクウの疑問に、イリアは軽く首を横に振った。
「彼が何者かは、記憶が不足しているから私にも分からない。ただ彼は――味方であり、敵である存在」
「味方で敵? 中立の存在って事か?」
「………」
「イリア?」
急に黙り込んだイリアの様子に、クウが思わず声をかける。
だが、イリアは顔を背けて再び歩き出した。
「行きましょう。私達に当てられた時間があとどれくらいなのか分からないのだから」
「あ、あぁ」
話を逸らされた感があるが、クウもこれ以上詮索するのを止めてイリアと共に歪みを探し出した。
やがて一つの記憶の歪みを見つけると、リュウドラゴンは立ち止まって鳴きながら首を動かした。
「どうしたんだろ?」
「『この中に入れ』って催促してるように見えるが…」
行動の意味が分からないオパールに、リクが思った事を口に出す。
すると、リクの言葉で合っているのかリュウドラゴンはコクコクと首を縦に振った。
「行きましょう」
「あ、ウィド!」
さっさと歪みに入るウィドに、シーノが慌てて追いかける。
リクとオパールも歪みへと足を踏みいれるが、リュウドラゴンは後を追いかけずにその場を動かなかった。
彼らの帰りを待つかのように。
初めに目の前に広がったのは、一面白い壁で覆われた広間だった。
周りには真ん中を囲むように無機質な白い椅子が置かれているが、それぞれ高さが違っており、黒コートを着たさまざまな人物が腰かけている。
もっと詳しく見ようとするが、どう言う訳か身体はもちろん視点すらも動かない。しかも視界も靄がかかったようにぼやけている。
「本日は記念すべき日となる」
一つの声が、円卓全体に響き渡る。
同時に、周りの空気が変わった。
「我々に新たな仲間が加わる事となった」
その言葉を合図に、こちらに視線が一斉に注ぎ込まれる。
「14番目だ――」
言い終わってから、急に視点が動く。
そうして見えたのは、椅子に座った黒コートを着たヴェンと同じ顔の少年。
何処か虚ろげにこちらを見る彼が映り―――意識が途切れた。
記憶を見終わり元の場所に戻って来ると、四人を労う様にリュウドラゴンが一声鳴く。
しかし、四人はそれぞれ複雑な表情を浮かべていた。
「今の記憶…何だか、今までと違う」
オパールが頭を押さえながら、今まで巡って来た記憶を思い出す。
ルキルの記憶を見る際、その情景の中に入り込む第三者の感覚で見て来た。だが、今の記憶は自分の意思で身体を動かす事は出来なかった。
言い換えるならば、これは…いや、ここからは全て他人の視点から見る記憶になるのかもしれない。
「それより、]V機関って言うから13人しかいないと思っていたけど…違うのかい?」
「いや、機関のメンバーは全部で13人の筈だ。全員には会ってはいないが、それは確実に言える」
シーノの疑問に、機関との戦いに関わっていたリクは否定を出す。
(だけど…何だ、この感じ?)
自分の言った事に間違いはない。それなのに、一瞬頭に何か引っ掛かりを感じたのだ。
リクが思考に更けようとした時、リュウドラゴンがまた走り出した。
「あ、また何処かに行くつもりだ!?」
「追いかけますよ!」
見失わないようシーノとウィドが走り出し、リクも考えを中断して後を追いかける。
少し走った所で、黙ったまま動いていないオパールに気付いて大声で叫んだ。
「どうした、オパール!」
「ご、ごめんっ!」
我に返ったのか、オパールはこちらに向かって走り出す。
ちゃんと後をついてくる姿を見て、リクは再び先に行ったウィド達を追って走り出した。
「…アイザ…」
その所為で、ポツリと呟いたオパールの声はリクの耳に届かなかった。
さわさわと風で靡く木々の間から、月の明かりが零れる。
一見すると静かな光景だが、辺りには絶え間なく金属がぶつかり合う音が鳴り響いていた。
「「――だあぁ!!」」
気合の入った掛け声と共に、ギィィンと甲高い音が響く。
その中心には、黒髪の少年と金髪の少女がそれぞれ武器である剣を持って互いの刃を打ち合わせていた。
「…今日はここまで、だな」
「そうね…」
黒髪の少年――クウが口を開くと、スピカも了承するように剣を下ろす。
戦いが終わりクウは手に持っているキーブレードを消す横で、スピカは銀のレイピア――シルビアを鞘に納めた。
「ありがとう、いつも鍛錬に付き合ってくれて」
「…暇、だからな」
笑顔でお礼を言うスピカに対し、クウは顔を逸らして何処かぶっきらぼうに答える。
そんなクウに小さく笑うと、急にスピカは思い出す様に話しかけた。
「あなたが私達の家に来て、どれくらい経ったのかしら…?」
「もう3年は経ってる。これを持ったのが、この孤児院に来て1年ぐらい経った時だからな…――今でも覚えてる」
「クウ…」
「俺が両親無くして、師匠達に拾われて。なのに、二人にここに連れて来られた時『また捨てられたんだ』って思ってた。だけど…こうしてスピカと出会えて、本当に良かった」
「もう、クウったら…!」
笑顔でそんな事を言われたからか、スピカの頬がほんのりと赤くなる。
それに便乗する様にクウも笑っていたが、突然笑みを消すとスピカに背を向けた。
「俺、先に戻ってるから。遅くならない内に戻れよ」
「ええ」
スピカも何かに気付いたのか、クウの行動を咎める事無く後ろ姿を見送る。
やがて彼の姿が見えなくなってから、スピカは背後へと視線を向けた。
「――どうしたの、私に何か話があるの?」
優しく語りかけながら、自分達の後ろにいた人物の姿を視界に捕えた。
「ジャス」
緊張の面付きでこちらを見る銀の髪に青い目の幼い少年に、微笑みながら名前を呼ぶスピカ。
すると、少年――ジャスはじっとスピカを見つめながら口を開いた。
「スピカは、どうしてあいつを嫌いにならないんですか?」
「え?」
「あいつは偉そうなクセに何もしないし、この孤児院での仲間との協調性もない……毎日の鍛錬だって参加しないのに、どうして…」
つらつらとクウに対する不満をぶつけるジャスに、スピカはやれやれと言った表情で肩を竦める。
それはジャスにではなく、先程去っていた彼に対してだ。
「確かに、皆から見たらクウは問題児よね……でも違うの。彼は本当は誰よりも私達を思ってくれてる。とても優しくて家族思いな人なのよ。まあ、クウはそれを認めようとはしないでしょうけど」
「どういう事ですか?」
「不器用で恥ずかしがり屋なのよ。ああ見えて、ね?」
クスリと笑いながら、ジャスに向かってウィンクする。それでも、ジャスは意味が分からないと言わんばかりの訝しげな表情を浮かべている。
これ以上何も言っても無駄だと悟ったのか、スピカは話を終わらせた。
「それより、宿題の魔法の出し方はちゃんと覚えた? 今からテストするわよ」
まるで先生と生徒のような二人のやり取りの所で、記憶は終わった。
あの学園から移動し、記憶の歪みあった町中へと戻ってくるクウとイリア。
まだ子供だった過去の自分の記憶を見終わると、クウは頭を押さえながら顔を深く俯かせた。
「――どのスピカも、俺の事見透かしているのかよ…」
「顔、赤くなってるわよ」
「う、うるせぇ! 次行くぞ、次っ!」
顔に出した恥ずかしさを見抜かれてしまい、クウは足早に別の歪みへと向かう。
「あら、その記憶は」
イリアが何か言おうとするが、最後まで聞かずにクウは歪みへと入って行った。
視界に入って来たのは、夕焼けの光に包まれた木造の古い家。その近くに花と芝生の生えている庭がある。
その中心に、スピカがシルビアを持って黙って立っている。そんな彼女の前には、幼いウィドが傷だらけで地面に倒れていた。
「ねぇ…さ――」
どうにかして声を出そうとするが、力尽きたように倒れたままその場で意識を失う。
完全に気を失ったウィドを一瞥すると、何処か悔しそうにスピカは背を向ける。
「――ごめんなさい」
小さく謝罪の言葉を送ると共に、スピカはウィドから離れるように歩き出す。
家に戻る事無く何処かへ歩き出すスピカの前に、小さな人影が立ち憚った。
「…ジャス」
突然現れたジャスに、スピカは無表情に名前を呟く。
何時もと雰囲気の違うスピカに、ジャスも拳を握りながら彼女を見据えた。
「行くんですか…あのバカの所に?」
「ええ」
「どうして!? あいつは僕達を捨てて、自らあいつらの所に行く事を選んだんですよ!? なのにどうして――!!」
「クウは私達を捨てたんじゃない。私達を助ける為に自分を売ったの。だから行くの、あの人の所に。一人にはさせておけないから……あんな思い、したくないから」
「スピカ…?」
辛そうに胸を押さえるスピカに、ジャスは不思議そうに見つめる。
「ジャス、あなたに頼みがあるの」
何の前触れもなくそう言うと、スピカは握っていたシルビアを鞘に納める。
そうして、目の前にいるジャスに剣を差し出した。
「この剣を――いえ、この子をお願い。来るべき時が来たらウィドに渡して上げて。私はもう、守れそうにないから」
「な、何を言っているんですか…? スピカが渡せばいいじゃないですか…そんな、最後みたいな、言い方…!」
声を震わせながら、ジャスは必死で泣きそうな表情を堪えようとする。
だが、完全に胸の内を隠し切れずに顔が歪んでいると、スピカは剣を差し出したまま静かに話を続ける。
「ジャス。これから私は、別の人に変わる。記憶も出来る限り操作する。その為に…この魔力を、内にある力も、全て捨てると決めた」
「えっ…!?」
「クウが向かった所は、それほど危険な所だって知ってるでしょ? 私の事やこの剣の事が知れたら、きっとクウのように悪用される」
こうして自身の決意をジャスに語ると、不意に夕暮れの空を見上げる。
「あの人を追わず、残る選択……もう“あっちの私”がしちゃったの。だから、私は彼女が選ばなかったもう一つの道を選ぶ事に決めたから」
「あっちの、私…?」
理解出来ずにジャスが呟くが、スピカは答える気はないのか無言で近づいて押し付けるように無理やり幼くて小さな両手に剣を握らせた。
「ジャス、私の弟をお願い。みんなの中で誰よりもウィドと親しい貴方だから、頼める事なの」
最後に一つの望みを託し、スピカはジャスの横を通り過ぎる。
迷いの無い足取りで自分達から去って行くスピカに、ジャスの目から涙が零れた。
「あ、あぁ…!」
スピカから渡された剣が、ジャスの手から滑り落ちる。
同時に、ジャスの右手が闇に包まれて細長い形を成していく。
「――うわあああああああああああっ!!!」
ジャスの中の感情が爆発すると共に、手の内から黒い槍を具現化させる。
それを握り締めると、背を向けているスピカへと駆け出し、その矛先を――。
記憶が途切れ、二人はまた元の場所へと戻ってきた。
「さて、次に行きましょう」
イリアはそう声をかけて歩き出すが、どう言う訳かクウはその場から動こうとしない。
仕方なく足を止めて待っていると、目を合わせないままクウが口を開いた。
「イリア…『ジャス』って、何者なんだ?」
そんな疑問を呟くと、困惑した顔でイリアを見る。
「少なくとも、俺はあんな奴に会った覚えはない。スピカやウィドはどうか分からないけど…」
このクウの疑問に、イリアは軽く首を横に振った。
「彼が何者かは、記憶が不足しているから私にも分からない。ただ彼は――味方であり、敵である存在」
「味方で敵? 中立の存在って事か?」
「………」
「イリア?」
急に黙り込んだイリアの様子に、クウが思わず声をかける。
だが、イリアは顔を背けて再び歩き出した。
「行きましょう。私達に当てられた時間があとどれくらいなのか分からないのだから」
「あ、あぁ」
話を逸らされた感があるが、クウもこれ以上詮索するのを止めてイリアと共に歪みを探し出した。
■作者メッセージ
【パーティチャット】(ダイブ編・後日談)
リク「イタタ…酷い目に遭った…! 恐ろしいんだな、あの機械は…!」(頭を擦る)
サイキ「いえ、話を聞く限りはあなたの言い方……うーん、女心を理解していない所為って言った方がいいのかしら?」
アイネアス「お前も気難しい奴に好かれた物だな」
リク「好かれている、か……そう、なんだよな」(先程の出来事を思い返す)
サイキ「そうよ。あなた、彼女の心の中に入れたんでしょ? どんな形であれ、あなたを受け入れたのはちゃんと好かれている証拠よ」
アイネアス「ああ。しかも彼女の心の問題も解消出来たのだろう。上手く行けば、深層意識の最下層まで行けるかもしれないな」
リク「最下層? そこに行けばどうなるんだ?」
サイキ「それは、行って見てのお楽しみよ♪」(ニヤニヤ)
アイネアス「しかし、長年封印していたとはいえダイブして何事も無く戻ってくる奴は久しぶりに見たな。大抵の人間は心の問題を解消するのに何度か手古摺ったりするものなのだが…」
サイキ「そうね。もしかしたら将来、ダイブマスターになっているかも! ね、この事件が終わった後私達の城で働いて見ない?」
リク「か、考えておきます…(人の心にダイブするって、一体何の役に立つんだよ…)」
―――この時、彼はまだ知らなかった。後にこのダイブの力で、闇の中で眠りについたソラを助ける事になるなど…。
リク「イタタ…酷い目に遭った…! 恐ろしいんだな、あの機械は…!」(頭を擦る)
サイキ「いえ、話を聞く限りはあなたの言い方……うーん、女心を理解していない所為って言った方がいいのかしら?」
アイネアス「お前も気難しい奴に好かれた物だな」
リク「好かれている、か……そう、なんだよな」(先程の出来事を思い返す)
サイキ「そうよ。あなた、彼女の心の中に入れたんでしょ? どんな形であれ、あなたを受け入れたのはちゃんと好かれている証拠よ」
アイネアス「ああ。しかも彼女の心の問題も解消出来たのだろう。上手く行けば、深層意識の最下層まで行けるかもしれないな」
リク「最下層? そこに行けばどうなるんだ?」
サイキ「それは、行って見てのお楽しみよ♪」(ニヤニヤ)
アイネアス「しかし、長年封印していたとはいえダイブして何事も無く戻ってくる奴は久しぶりに見たな。大抵の人間は心の問題を解消するのに何度か手古摺ったりするものなのだが…」
サイキ「そうね。もしかしたら将来、ダイブマスターになっているかも! ね、この事件が終わった後私達の城で働いて見ない?」
リク「か、考えておきます…(人の心にダイブするって、一体何の役に立つんだよ…)」
―――この時、彼はまだ知らなかった。後にこのダイブの力で、闇の中で眠りについたソラを助ける事になるなど…。