心剣世界編 第一話「アルカナの提案」
星々が輝きを地上へ照らす。星を映すは水晶の木々と墓標の様に突き立つ残骸のような無数の剣たち。
死した心剣士の心剣が還る場所―――心剣世界。
此処に眠る一振りの剣を探し出す捜索、それを阻むは潜む謎の悪意であった。
「ここが、心剣世界…」
訪れる者が初めてである殆どのものらが感動に満ちた眼差しで異世界の光景を見る。
管理者として彼らに同行する中性的な容貌と厳格とした雰囲気を備えた男性――アルカナが口を開く。
「……やはり、何か潜んでいるか」
「えっ」
その言葉に一同が小さく身構える。その姿勢を解く様に彼は手を小さく上げた。
「警戒するのは森に進んでからにしよう。―――……ふむ」
潜む悪意を肌身で感じながらもその気配が複雑に隠ぺいされている。
この異世界に永く住み慣れた彼は潜む何かの出所が森の何処か、と判断した。
「森の中に、敵が…?」
テラは取り出していたキーブレードを下ろしながらも、警戒の色を緩めずにアルカナへと尋ねた。
「おそらくな。さて、どうするか…」
彼は答えを述べる前に、懐から数枚の同じ絵柄のカードを手渡した。
テラをはじめとした彼らは受け取ったが、その意図に戸惑いながら彼に教えを求めた。
「それは言わば『通信機』だ。これから、3チームそれぞれに分けて捜索を行う」
「な、なぜ?」
レイアは不安げに声を上げる。アルカナは厳格な表情に不釣り合いな平淡な声で、
「不服なら、意見を聞こう」
「……いえ」
「そんな睨まないでくれよ…おっかないぜ?」
淡々とした声に気圧されたのか、レイアは縮こまり、ヴェンが困ったように言う。
それにはアルカナも表情を少し緩めて、反省した様子で、
「すまない。――少し気が立っていたようだ……テラたちは何か意見するか」
そう問われたテラたちは顔を合わせ、少しの会話の末に答えた。
「アルカナさんの意見に従います。でも、一つだけ聞きたいことが。素材になる剣はこの辺りのものではダメ、なのですか?」
そう問われたアルカナは少し考えた様に口を噤んでいたが、やがて答える様に近くに突き刺さった崩れている心剣を引き抜いてテラに手渡す。
受け取ったテラは戸惑う。そんな彼へとアルカナの問いかけた。――感じるか?と。
テラは改めて受け取った剣を見る。その見目は澄みきっている、美麗ではある。だが、その剣から発せられる力も何も感じない。
「…抜け殻だよ、これらは。
心剣士たちの想いの結晶であるゆえに心剣が、主を喪ってもなお形を辛うじて保っている」
「想いを、保つため…」
テラの様子を見て、彼から剣を取り上げた彼は、刺し戻しながら説明した。
そうして、想いの根源だけが残った『虚(うろ)』とアルカナは抜け殻の心剣たちを意味なした。
素材に相応しい心の剣は、この『虚』になっていない状態が適していると推測していた。
殆どの心剣は『虚』になっている。その中から『虚』になっていないそれを探し出さなければならない。
「それは私たちでも解るものなのですか?」
「――触れれば解る。恐らく、途方もない力を秘めているものであろう」
「……本当に?」
怪訝に思ったヴェンが呟くと、アルカナがもう一振りの朽ちている剣を引き抜いて手渡す。
「わかるか?」
「……『空っぽ』ってやつか、これ……でも、この剣から何か、伝わる――?」
その『虚』の気持ちを汲み取りかけた瞬間、アルカナが淡々とした様子で取り上げて元に戻すように剣を刺した。
「――すまない。
想いを読み取ってもいい事は無いものだ」
心剣は想いによってカタチを得る。
だが、想いは千差万別である。
それは、誰かを護りたい想い、覚悟を秘めた想い、悲しみ、激しい怒りや憎悪、時に殺意すらも心剣はカタチを得る。
そして、朽ちたこれらに、それぞれ想いは宿っている。
「恐らく、ウィドに相応しい剣が在る。剣の形を保っているだけでなく、な」
「…とりあえずは了解。私たちも構わないわよ」
話を区切りを見計らったようにクェーサーら姉妹も彼らに同意した様子で応じた。
「アルビノーレ、お前もいいか?」
「それでいいさ」
深く言い返すこともせず、アルビノーレは手に持つ槍を手持ち無沙汰にして頷く。
アルカナも了承して、話を続けた。
「敵が罠を張って潜んでいる以上、一丸となって行動するのは危険だ。よって、三方向――3つのチームに分けて行動する」
アルカナの提案により、更に3チームへと別れる事になった。
それぞれ…
1:テラ、アクア、ヴェン
2:クェーサー、アトス
3:レイア、アルカナ、アルビノーレ
となった。
「わ、私…こっちなのですか!?」
「知れた仲間の方が良いか、やはり」
「あ…その…」
「嫌だったらテラたちの方に行けばいいわよ?」
アルカナの決めた割り当てに、面食らったレイアは困惑してしまい、見かねたクェーサーが落ち着いた様子で声をかける。
冷静な声にレイアはゆっくりと落着きを取り戻してから、アルカナへと言う。
「だ、大丈夫です! テラさんたちも心配しないでくださいね」
「ああ…ならいいが―――アルカナ、彼女をお願いします」
「無論だとも」
テラの言葉に、堂々とした様子でアルカナは答えたる。
「私たちも姉さんと二人で問題ないわ。案外これがベストかもね」
もう一方の組まれた姉妹たちのアトスは姉クェーサーを見やって、次にアクアとヴェンを見て、了承した。
そして、三方向からの森への進入の為に移動を開始する事になった。
「この森は大雑把に円の形をしている。今いる地点が『北』で、他の入口は『東』と『西』に在る。それぞれの入口は目立つからすぐにわかる。
とりあえずは森を進んで、中心に位置している教会で再度集おう。素材探しは不安要素たる敵を排除してからだな」
移動に関してはクェーサー姉妹らは飛行能力を備えた心剣、反剣を所有して居る事で問題なかった。
テラたちも飛行の魔法を覚えているが、得手不得手が在ると聞いた。
「なら、私の分身を使って」
それを聞いたアトスは反剣シューティングスターを翳し、閃光が放たれる。
光と共に、テラたちの傍に、3人の翼を纏ったアトスが現れた。光の力で具現化した分身は実体のある存在であった。
「おお…」
「すげぇ、分身かー!」
「私たちを運んでくれるの? ―――って、もう!?」
テラたち3人が驚嘆する間もなく、アトスたちはそれぞれ3人の手を引いて東の空へと飛翔していった。
「じゃあ、私たちも行きましょう。アルカナたちも気を付けて」
「ああ」
飛んで行き、あっという間に遠のいていくテラたちを見送りつつ、クエーサーらも自身の顕現した翼で飛び立っていった。
2組を見送ったアルカナたちは眼前の方にある森の入口へと向かう。
歩く中でレイアに声をかけていく二人であった。これは緊張している彼女を少しでも和らげておくのと、交友を積む事である程度の信頼を得る為だった。
「そうか。今まではあのクウと一緒に旅をしてきていたのかー……意外だね」
アルビノーレは城内でのクウの行動を思い返しつつ、小さく呟いた。流石にレイアも苦笑いで応じる。
「あはは……でも、クウさんは本当に頼もしくて……」
「それだけ信頼しているのは話しながらでも伝わるな」
「そ、そうですか…!?」
アルカナは頷き、
「と言うことは、君のみで旅とかはしたことは無いわけだな」
「はい…クウさんと一緒でしたから」
「一緒か。……その、大変じゃあなかったか? なんだかんだ親しい男女だろう?」
「……!」
アルビノーレの言う意味を理解してしまったのか、硬直、耳まで真っ赤になる様になった。
慌てて言い返そうと、誤解を解こうとするも、言葉が詰まってしまう。
「すまない、変な事を…」
「――まったく…」
アルビノーレも謝って、珍妙なやり取りをアルカナは呆れた様子で肩をすくめる。
しかし、それでも気丈に振舞おうとする彼女ではあったが、不安で堪らないのであった。
先ほどまではテラたちが居たが、今はつい最近知り合ったばかりの二人だけだ。彼女の不安になる気持ちを理解した上で二人も話を続けていった。
そうして、入口へと足を止める。
「――レイア、此処から先は危険に満ちているだろう。覚悟は出来ているな?」
アルカナの問いかけに、レイアは端然とした様子で躰を振り向き、頷き返した。
「はい。大丈夫です」
その頷きに、小さな微笑みで受け取った。
「よし、じゃあ…行くぞ」
アルビノーレの一声と共に、3人は森の『北』入口へと踏み込んだ。