心剣世界編 第二話「鏡の深謀」
一方、アトスの分身たちの助力の下で、テラたち3人は森の入口『東』へと到着した。
届けてくれた分身たちも役目を終えたのように光の粒子となって消え散った。
「よし、俺たちも進もう」
「ええ」
「ちょっと待った!」
散り様を見届けてから、テラとアクアが森へと踏み込もうとしたが、ヴェンが呼び止めた。
唐突な事態に怪訝な様子で二人は彼へと振り向く。
「なんだ、どうかしたのか?」
「敵って誰だと思う?」
不意を突く様な疑問に、聊か困惑したテラはアクアに目配せする。
そうして、彼女は数秒、沈黙の末にこの質問の意味をヴェンに確かめるべく尋ねた。
「……ヴェン。此処に潜んでいる敵―――それがいったい誰かって気になるのね?」
そして、その意味は本意を示していた。彼には似合わずな暗い頷きをする。
「うん…まさか、エンとかだったら――」
「その時は…その時だ。だが、俺たちはもう負けないと決めたんだ、その為の強さも得たんだ」
不安なヴェンの肩に手を添え、その気持ちは痛いほど理解できた。
しかし、彼は恐れを受け止め、立ち向かう決意を抱いている。
その決意の眼差しと言葉に、ヴェンは晴れた様に明るく頷き返す。
「――ごめん、俺…ちょっと弱気になってた」
「いいのよ、ヴェン」
「ああ」
「もう! 撫でないでくれよー!」
そう言って、アクアとテラはヴェンの頭を撫でる。それに気恥ずかしく慌てた。
談笑の末、テラたちはいよいよ森へと入ることになった。
「よし。行こう」
「うん」
「ええ」
3人は、改めて意を決して、深く生い茂る森の中へと入っていった。
そして、もう一方のクェーサーとアトス姉妹も自身の翼で目的の入口へとたどり着く。
森の入口を見やりながら、アトスは口火を切る。
「そういえば、姉さん」
「どうかした?」
彼女は森の上空を見据えながら、
「私たちだけでも『飛行して、館へ』向かうべきじゃあないかしら」
「――無理ね。この森全体が今や敵の張り巡らせた罠そのもの。上空からの進入は危険すぎる」
「…試してみる」
クェーサーの言葉に、半疑になりながらも、実際に確かめなくてはならない。
反剣シューティングスターを掲げて、分身を飛翔させた。
飛行する分身が森の上空に差し掛かった瞬間、無数の魔法陣が展開し、分身は瞬く間に消滅させられた。
「言ったでしょ」
その様を、固唾を呑んだ妹に対して、姉が呆れる様に注意した。
「…そうね。森の中に進むしかないわね」
渋々、とアトスは一息ついて、すぐさま調子を改めて、森へと進んでいった。
森の中にも心剣の残骸が散見していたが、当然、目当てのものではないと、尻目に置きながらも歩を止めなかった。
「にしても、罠が在る筈なのに一向に起きないわね」
「それでも用心しなさい。もう敵の領域のようなものだから―――っ?」
アトスを諌めながら、歩を進めていたクェーサーは前方に浮遊する何かを見た。
等身大の水晶―――否、鏡のようなものであった。
「…アトス、気を付けて。何か、居る」
「みたいね」
警戒に満ちたクェーサーの姿勢に、アトスも臨戦態勢に入った。
鏡は二人に気づいたのか、驚異的な速さでそれぞれの眼前に出現する。
「!!」
「このっ!」
迎撃しようと、鏡へと障害を払うべく、二人は、己の剣で突き立てた。
それは鏡に映ったそれぞれの自分が『見えた』。
剣の一撃を受け、鏡はあっという間に亀裂が走り、粉々に砕け散った。
「―――」
「……は?」
二人の目の前に、『鏡で映された二人』が鏡が無いのにも関わらず『存在している』。
映された二人も不敵に笑んで、剣を構えた。息をのみながらもクェーサーたちはもう一人の己と戦いを始めた。
その戦いの様子を銀色の梟が樹に潜んで様子を見ていた。
時同じく。
テラたちもまた、同じ状況へと陥っていた。
「お、おい!? なんだよ、コイツらぁ?!」
「落ち着くんだ、ヴェン。敵には変わらないッ!」
「……気味が悪いわ」
鏡の敵を一撃で撃退した瞬間、映し出された自分が『内側から出てきたように』現れていた。
映し出された彼らもまた、武器を構えて、彼らと対峙した。
クェーサーと同じように、銀色の梟が彼らの戦う様子を無情に見つめていた。。
そして、アルカナたちにも鏡の敵はそれぞれ襲い掛かっていた。
「アルビノーレ! レイアを護れ!!」
不可視、伸長の刀身を持つ心剣『アルカナハート』で振り放つとともに、伸びた不可視の刃の結界が張り巡らせる。
「解っている――ッ!」
大槍を構え、護る様に彼女の前に出て身構えた。
彼の背に護られながらも、レイアも困惑しながらも手に持つ杖を強く握りしめた。
アルカナの張り廻った結界の向こう側、3人の『それぞれの自分』たちを捉えた。
「……私、たちが…?」
「――取りあえずは皆さん、私の罠に掛かりましたか……存外あっけない」
モノクルを付けた黒衣の男が彼らの戦い始めた様子を見て、淡泊に呟く。
その傍らにはこぶし大の水晶が二つ、テラたちとクェーサー姉妹の戦闘の様子を映っていた。
「…此処も言うなれば神の領域。もう少し調べておこうか……彼らの言う目的のものも、奪えるやもしれん」
そう誰に言うでもなく、一人呟いた彼は手品のように銀色の梟―――『スパイ』を呼び出した。
スパイはその場に、アルカナたちの様子を伺い始め、水晶をもう一つ取り出してその様子を監視する。
そして、彼―――クォーツは、森の奥へと姿を消した。