心剣世界編 第三話「対鏡贋物(ミラーレプリカ)・1」
敵の罠により、アルカナたちはそれぞれの自分(コピー)に襲われる事態に陥った。
ただの贋物ではない、鏡に映った『自分』であると理解するのに、時間はかからなかった。
「――く…!」
アルカナは、鏡より現れた自分たちの攻撃を、我が身で防ぎ、阻んでいた。
伸縮自在の不可視の刃の結界で二人が逃げる時間を少しでも稼ぐ。
アルビノーレはともかく、レイアはこの不可思議な戦闘に巻き込むわけにはいかなかった。
対峙する敵は『アルカナ(じぶん)』であり、『アルビノーレ(なかま)』だった。
「ふん。自分一人で攻撃を全て抑え込めるのか?」
対峙する敵のアルカナが不敵に笑う。
手には同じ伸縮自在の不可視な心剣『アルカナハート』と、彼の周囲には力の結晶であるタロットカード『アルカナカード』が浮かんでいる。
敵のアルビノーレも大槍『曙光の導槍(レチェール・ヴィク・ランサ)』を構え、敵のレイアも杖を構え、彼女らしくない敵意の眼差しを向けている。
(護るといったものと戦わざるを得ない―――挙句は、自分を相手にするのも骨が折れるというに…!)
そう忌々しく内心で想いつつ、自分の持つ通信機用のカードが反応する。
予想する結果が一つに集約されていると思ってしまう自分が腹立たしいが、敵の動きに注意しながら応答する。
「テラ、そっちでも敵が仕掛けて来たか」
『ああ! アルカナ、まさかそっちも――!』
通信機から出るテラの声と、戦闘の激しさを物語る轟音が協奏していた。
しかし、アルカナは平淡な声で応じた。
「躊躇うな、お前たちは少なくとも戦えるはずだ」
『!』
打開策は思いつかない今、呑気に話し合える余裕は互いになかった。アルカナは素早くカードの通信を終わらせ、敵の自分たちと対峙する。
同時に、刃の結界はアルビノーレの大槍とレイアの杖から放たれた光弾の怒涛を受け、崩された。
そこへ、
「『魔術師』。――放て、四属の礫!」
偽物のアルカナがアルカナカード『魔術師』のカードを展開、炎、水、風、地の四属性による怒涛の魔法弾の礫がアルカナへと襲う。
「っ…!」
咄嗟に、真円型の盾を具現化し、魔法の弾雨を防ぐも盾の許容限界を超えて砕け散る。
残った弾丸がアルカナの躰を捉えた。痛みの叫びを噛み殺し、彼らとの間合いを取るために、わざと吹きとばされ、すぐに受け身を取った。
「逃すものか!」
偽物のアルビノーレが大槍を構えて、追撃する。穂先に収束した閃光を伴った一撃が繰り出されると同時に、アルカナも迎撃する。
だが、アルビノーレの一撃は強大と理解している故に、相応の力で迎え撃った。
不可視伸縮自在の優位さを捨ててでも。
「――曙光裂槍!!」
「運冥斬ッ!」
二人の激突し合った一撃に、押し負けたのはアルビノーレであった。
そして、倒れた彼に偽物のレイアが駆け寄り、すぐさま治癒の魔法を施している。
その様子を、アルカナは剣を下ろさずに、静かに見据えた。
(本物をコピーした事で、人格もコピーし、「本物」に演じているか)
そう黙考する間もなく、迫った殺気に剣を掲げる。
今度は『隠者』のカードによる本体の透明化からの不意打ちを繰り出してきたのであった。
遠くから狙い澄ました刃の一撃を、防ぎつつ、その方角へと目をやる。
「…戦法もコピーするか」
「お前ひとりで、我々を止められるというのか?」
偽物のアルカナがそう問いかける様に言う合間に、治癒を終えたアルビノーレとレイアが身構えつつ、彼へと間合いを詰める。
「止めるつもりだ。逆に聞く。……なぜ、『隠者』のカードを使ったままこの戦域から離脱しなかった? 私がお前の立場ならそうしていた」
「フッ。のこのこ一人で二人の方へと戻ってきた場合、疑われるのは確実だからだ」
彼の問いかけに、偽物のアルカナは失笑と共に応じた。
アルカナはその言葉に、小さく「そうか」と、呟いて、
「なら、お前たちを尚更―――進ませる訳にはいかないな」
アルカナは一人、罠によって作り出された3人の偽物たちと戦闘を続行する。
一方、森の奥へと進む形でアルビノーレとレイアは逃げていた。
しかし、レイアが途中で息切れしかけたので、一先ず警戒しながらも休憩を取る。
「すまない。……無理をさせたか?」
「――アルカナ、さんは――大丈夫…なのですか?」
レイアは樹へと背を預け、ゆっくりと座って呼吸を整えた。
そうして、息継ぎながら残ったアルカナへと心配の声を零す。
「……」
その不安に、アルカナが残った方向へ視線をやり、直ぐに彼女へ振り向いた。
「―――アルカナは、我ら半神を纏める半神だ。『師』でもある」
「師匠という、事ですか?」
「ああ。アルカナは半神全員と交流があり、親身に接してくれた。知識も、戦いもあの人から教わった」
遙か遠き過去を思い返すように、森の隙間から見える星空を仰ぎながら、彼はそう続けた。
「だから、アルカナは問題ない―――信じている」
「はい」
レイアはその顔に満ちた「アルカナに対する信頼感」を理解して、明るく応じた。
それは自分が「クウに対する信頼感」と近しいものだから。
だからこそ、彼が夢の世界で頑張っているだろうと想い、自分を鼓舞する様に立ち上がる。
「もういいのか」
「大丈夫です。私たちはこのまま進むっていう事でいいのでしょうか」
「…そうだな。今戻ったら混戦してアルカナに迷惑をかけてしまうかもしれない。――先に行こう」
状況を口にすることで思考を回転させる。
最適の選択を口にして、レイアは同意する様に杖を握る力を僅かに強めて、二人は歩き出した。
クェーサー、アトスら姉妹も偽物の自分たちの襲撃を受け、思わぬ苦戦を強いられた。
既に『彼ら』の主戦闘領域は、心剣世界の空中によって行われていた。
理由は大きく2つ。
1つ、クェーサー姉妹の戦闘における最も得意とするものが『空中戦』だから。
1つ、クェーサー姉妹の技の大きくは広範囲に炸裂する威力を伴うもので、探索における心剣の残骸、目的の心剣を破壊しかねないためである。
二人は同時に飛翔し、離れず戦闘を共にしている。偽物との混同を避ける為だ。
「ちっ―――偽物というよりはコピーね。面倒ったらありゃしないわ…!」
「この様子だと他の方も似たり寄ったりなはず」
舌打つアトスは飛行しながらも分身を機雷の様に配し、直接の戦闘を回避する。これは逃げの一手ではなく、『戦闘の為の会話』を順調にする為の手段だった。
森の各所――アルカナ、テラたちの向かった方角から戦闘の音などが轟いていた――に目を遣りつつ、クェーサーは呟く。
「――アトス。これ以上二人いっしょに戦うのは危険よ」
「で、でも…」
妹の戸惑う様子に、姉は凛然と言い続ける。
「『自己責任』――言葉通りの意味よ。
この状況で適した戦闘状況は『偽物との一対一』なのよ。仲間たちが居れば居るほど、偽物と本物の区別は困難を増す…!
私が突撃して、私の偽物を遠くに引き離す。あなたは、あなたの偽物を倒しなさい」
そんな中でも後方から放たれる光線や光弾の砲火を潜り抜け、躱して、話を切り上げる。
「わかった。――気を付けてね」
「ええ」
アトスの覚悟した表情を見て、クェーサーは凛々しさを損なわない微笑を浮かべ、行動を開始する。
まずは彼女だけが偽物二人へと突撃を仕掛けた。
「!」
「なんのつもり!」
偽物のクェーサー姉妹はその強攻に、迎撃する様に狙いを彼女へと定めた。
降り注ぐ光の嵐、幻惑する分身の怒涛を舞うように躱し、疾風の如く切り裂いて、偽物の自分の襟首を掴み、一気にブーストを加速した。
「!!」
「待っ」
「余所見は禁物よ―――『私』?」
遠くへ連れ去られる偽物のクェーサーと本物の彼女、振り向き、声をかける間も無く、背後より本物のアトスが光弾を叩きつける様に放ってきた。
「このぉ!」
光弾を全て、展開した分身たちが斬り捨て、身代わりとして爆破させる。眩い光の中、本体同士で剣を斬り結ぶ。
一方、本物の不意打ちで遠くへと引き離し、そうして距離を取ったのか、クェーサーは偽物を投げ捨てる様にした。
もちろん、追い打ちの集束した閃光を放射させて。
「――ふん、甘いわね」
追撃の一撃は彼女の手に持つ瓜二つの心剣―――『トゥース・ギャラクシアン』――で、難なく斬りつけるとともに、打ち消す。
「切り離したところで、これは自分同士の戦い。互いに手の内は知り尽くしているわよ」
偽物のクェーサーは冷笑と共に剣を掲げる。同時に、後背の翼も鋭く広げ、更なる輝きを起動する。
光り輝く翼――煌翼(センチュリオン)――の進化形態『第二煌輝翼(セカンダリー・センチュリオン)』の解禁だった。
その溢れんばかりの威光は、紛れもなく本物と同格を為すものだった。
「……ええ。自分ですもの、手の内なんて隠すだけ無駄なわけだったわね」
そう言いながら、本物のクェーサーも、己の煌翼を最大戦力―――『第二煌輝翼』―――へ解放して、臨戦態勢を取る。
仲間や、妹の健闘、勝利を祈るのも、今は思考の隅へと追いやり、戦いに勝つ事へと思考を移し替えた。
それに呼応するかのように、互いの翼と剣は輝きをより増していった。
そして、戦闘再開の始まりを鳴らす火花は、
「「――――!!」」
二人の同時攻撃の対衝突から幕を開く。