メモリー編18 「善か悪か」
突如聞こえた場違いな鳴き声に、二人は抱き合ったまま顔を向ける
自分達がいる坂の一番下、そこにピンクの色をした犬とも猫とも言えない不思議な生き物がこちらを見上げていた。
「なに…この生き物?」
「こいつも、ドリームイーターなのか?」
どこからともなく現れた生物に、思わず観察してしまう二人。
そうしていると、ドリームイーターらしき生物はトテトテと四足で坂を上り出す。そのまま座り込んでいるオパールに近づくと、全身を足に摺り寄せて来た。
「ん…ありがと」
まるで慰めているような行動に、オパールは涙を拭うと僅かに笑みを浮かべてドリームイーターの頭を撫でる。すると、ドリームイーターは嬉しそうに先端が花の形をした尻尾を振る。
その愛くるしい仕草にオパールが笑みを溢していると、急にリクへと視線を戻す様に見上げ始めた。
「ね、リクも撫でてみたら?」
「お前な、本気で言ってるのか?」
「もちろん。ほら、さっさとやる」
「わ、分かったよ…」
腕を解いてオパールを放し、隣に座り直す。彼女に言われるままに手を伸ばし、ドリームイーターの頭を触る。
しかし、触った部分が悪かったのか急に怒ったような鳴き声を上げリクを威嚇し出した。
「うわっ!」
「もう、ぎこちないんだから。もっと優しく撫でなさいよ」
「そんな事言われても、俺はこういうの…」
「ほら、手を貸して。力も抜く」
「え、あっ…!」
無理やり手首を握られると共に、されるがままに再度手をドリームーイーターへと伸ばす。
オパールに動かされる状態で今度は胴体の横の部分を撫でさせられる。すると、ドリームイーターはさっきとは違って気持ち良さそうに目尻を下げるとその場に寝そべった。
「ねっ、簡単でしょ?」
「…そうだな」
頷きつつ、オパールの助け無しでドリームイーターを撫でてみる。相変わらずそこが気持ちいいのか、目を細めて嬉しそうにキュウキュウと鳴いている。
動物との触れ合いは少し抵抗があるが、こうして直に触って気持ち良さそうにしているのを見ているとこっちまで嬉しくなる。いつしか隣にいるオパールと穏やかで心温まる一時を楽しんでいると、ドリームイーターが転がる様に手から離れてしまう。
横に転がったドリームイーターは手摺の手前で止まるなり、飛び跳ねてその上に着地する。そうして広間でも見たハート型の月を眺め出すので、二人も立ち上がってドリームイーターの傍に近づいた。
「ハートの月なんて、不思議…あれって何だろ?」
「キングダムハーツ。機関がハートレスから解放された人々の心を集め、作った物だ」
「キングダムハーツ…機関が、ゼアノートが求めていたモノ…」
オパールは手摺の上に腕を組む様に置くと、リクの言葉を噛み締めるように呟く。
何だか微妙な感じの空気に包まれる中、急にリクが手摺に腕を乗せて俯き始めた。
「俺は…間違っていたのかもしれないな」
「え?」
突然の話にオパールが振り向くと、リクは暗い表情を浮かべている。
「忘却の城の記憶は見ただろ。あの事件の後、ソラは記憶の修復の為に眠る事になった。だけど記憶を元に戻す為には…ロクサスの存在がどうしても必要だったんだ」
こちらを見るオパールに、リクは尚も目を合わせない様に説明する。
ソラの記憶が一年もの間修復出来なかったのは、ソラの半身であるロクサスが原因だった。彼がノーバディとして生まれた事で、ソラはハートレスから人の姿に戻っても不完全な状態だったのだ。
「ソラを目覚めさせるため、俺はロクサスを倒してソラの中に戻した…いや、あいつを消滅させたんだ」
そうしてリクが言わなければならない事を告げると、隣で聞いていたオパールはただ一言呟いた。
「そっか」
「驚かないのか…?」
「何となく、予想してたから。あたしだって、それなりにノーバディの知識はあるのよ。それに…あんたの事も恨んだりしない。ソラの為にやった事なんでしょ?」
リクがした行いを受け入れて許そうとするオパール。それに対し、リクの中では罪悪感が募っていく。
「だけど、ロクサスにも居場所や親友がいたのに……俺は自分の目的の為にあいつを犠牲にしたんだ。だからアクセルは、ロクサスを取り戻そうとソラをハートレスにしようとしたりカイリを浚ったりしていた」
「リア…」
この後に起こった出来事を話すと、明らかに表情を曇らせるオパール。
手摺の上にいるドリームイーターも話に感化されたのか顔を俯かせて悲しそうな仕草をする。そんな彼女達に、リクは顔を上げないまま問いかける。
「なあ、オパール。あの時の俺は、どうすれば良かったんだろうな?」
誰かを犠牲にして手に入れた未来。だけど、同時に誰かの未来を奪ってしまった。傷付き、傷付けて…結局、自分にはそんな事しか出来ない。一年前の事や忘却の城でのソラのように、誰もを救える事なんて出来ない。
過ぎ去りし過去に痛みを感じていると、黙っていたオパールがキングダムハーツを見ながら口を開いた。
「逆に、質問していい?」
思いもしない質問に即座にオパールに振り返ると、キングダムハーツに視線を向けたまま話し出した。
「あたし、恩人達と一緒に義賊やってたの。悪党の金持ちからお金や品物盗んで時に貧しい人に分けたり、汚職してる国の偉い兵士倒してその人救ったりしてさ。それって、悪い事かな?」
「えと……盗んだとしても、悪人からだろ? それにあっちの方が悪い事したんだよな? 普通に考えて、お前らは悪くないだろ」
「うん、普通はね。だけど…賞金首にされたんだよ、その恩人。空賊してるから、大きな国が悪者だって定めたの。いろんな人を救ったし、あたしを助けて育ててくれたのに……時に、狙われる立場にも置き換えられた。でも、それは世間から見たら当然の事」
そこまで話すと、オパールはどこか寂しそうな笑みを浮かべて空に浮かぶキングダムハーツを真っ直ぐに見つめる。
「ねえ、リクは何が正しいか分かる? あたしは…分かんない」
「…確かに、分からないな」
汚い方法で作ったお金を奪い、貧しい人に分け与える。悪事を働いた位の高い人物をやっつける。善人と捉える事は出来るが、見方を変えれば義賊の行為もそこらの泥棒と一緒だし、悪事を知らなければ国の重要人物に楯突いたと思われるだろう。
何が正しくて、何が悪いのか。考えるだけで頭がこんがらがってくる内容だが、一つだけ疑問に思った事を見つけた。
「なあ、オパール…お前はどうしてその恩人達と一緒にいたんだ? 世間から見れば悪者だったんだろ?」
リクが訊き返すと、オパールの目を閉じて言った。
「多分、リクと一緒の理由」
「俺と?」
急に自分の事を出され、疑問のまま思わず首を傾げてしまう。
そんなリクに、オパールは真っ直ぐに向き合うと答えた。
「間違ってるって分かっていても……大事な人だから、その人の為に力になりたい、助けたいって思ったから。違う?」
「――ッ…!!」
それは自分の中で忘れかけていた気持ち。これまでに起きた事件で生まれた罪悪感に阻まられて思い出せなかった事。
飛び出た答えにリクが絶句していると、オパールはそっと胸に手を当てる。
「誰かを犠牲にするって確かに辛いけど…結果的にあんたの親友は取り戻せたでしょ。ソラに関する記憶だって、みんな無かったかもしれなかったんでしょ? 自分の決めた事を全部悔やんだら、その気持ちも無かった事になるわよ」
「お前、何でソラの事…!」
ソラが眠りについた時、記憶が一度バラバラに解けた事で誰もが彼に関する記憶を失った。もちろん、自分にも少なからず影響は出ていた。
しかし、オパールがソラに出会ったのはつい最近だ。初対面も同然のオパールがその事を知ってるのがおかしい。
このリクの考えが伝わったのか、オパールは不満げに腰に手を当てた。
「レオン達から聞いたの、ソラ達の事一年間も忘れてたって。今までの話やこの世界の記憶と照らし合わせれば、その原因がナミネの事だってすぐに分かるでしょ?」
オパールが理由を話した事で疑問は解消したが、未だに後悔の念はリクの心から消えない。
「…お前の言い分は確かに正しいかもしれない。だが、俺は――」
「リク。あんたがその調子なら、エンもリリスも止められない。それどころかリリィも救えない」
「っ!?」
突然宣告された残酷な言葉に、リクが全身を強張る。
それでも、オパールは心を鬼にしてリクと向かい合う。ここで気を使う言葉を使って甘やかしてはいけないと感じているから。
「言い方がキツいって、自分でも思う。だけど、エンは自分の行いが間違いだって分かってて行動している。リリスもあんたの行いで復讐心を持っている。罪悪感に捕らわれてるあんたじゃ、何度戦っても二人には勝てない」
容赦なく厳しい正論をオパールが浴びせると、リクは顔を顰めて俯いてしまう。
オパールの言い分は尤もだ。抱いている感情がどうあれ相手は揺るぎない信念を持っている、きっと今の不安定な気持ちを抱いたまま戦っても勝てる訳がない。
手厳しい宣告をしたままじっと言葉を待つオパールに、ようやくリクが口を開く。
「お…俺は――」
「キューン」
その時、成り行きを見守っていたドリームイーターが突然手摺から降りる。
二人が会話を中断してドリームイーターに目を向けると、なぜか坂を下る。その途中で自分達を呼ぶように鳴き始めた。
「なんだ…?」
この行動にリクだけでなくオパールも不思議そうに見るが、とりあえずついて行くとドリームイーターは坂を駆け下りて突き当りの扉の隙間から城の中に入る。
二人も扉を開けて中に入ると、何やら底の見えない青い床の中心に例の歪みがあった。その前でドリームイーターが待っている。
「こんな所にもあったんだ…」
意外な場所に存在した記憶の歪みに、オパールは多少不安そうになりながらも近づく。
それでも警戒しているのか、中には入らず覗き込むようにして観察する。すると、ドリームイーターが顔を向けて催促している。どうにも罠とは思えず、二人はこの後の行動を決めた。
「リク、入ってみよう」
「…ああ」
ここまで導いてくれたドリームイーターを信じながら、二人は歪みへと足を踏み入れた。
■作者メッセージ
読者の皆様、そして他の作者の皆様。あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いいたします。
今年初の投稿はNANAがしましたが、例のあとがきは今回なしにしています。折角新年なってまだ一週間たってませんからね…。
久々の本編更新が出来て、ほんの少しテンションが上がっております。12月は番外編でも書きました通り丸々とある企画に参加しておりましたので…。詳しくは言いませんが、企画に参加したおかげで結構小説の書き方の勉強になりました。高校の頃からこう言った執筆活動を続けてかなりの年数が経ってるけど、まだまだ未熟だと思い知らされましたね…うん。
これからは遅れた分を出来るだけ取り戻していこうと思っています。今年の春夏は外せないイベントのラッシュだからねぇ…。
今年初の投稿はNANAがしましたが、例のあとがきは今回なしにしています。折角新年なってまだ一週間たってませんからね…。
久々の本編更新が出来て、ほんの少しテンションが上がっております。12月は番外編でも書きました通り丸々とある企画に参加しておりましたので…。詳しくは言いませんが、企画に参加したおかげで結構小説の書き方の勉強になりました。高校の頃からこう言った執筆活動を続けてかなりの年数が経ってるけど、まだまだ未熟だと思い知らされましたね…うん。
これからは遅れた分を出来るだけ取り戻していこうと思っています。今年の春夏は外せないイベントのラッシュだからねぇ…。