メモリー編20 「もう一つのセカイについて・3」
先程も見たスピカの墓の前。そこで、クウが白い花が添えられた墓を見下ろす様に立っている。
ただただ無言で時を過ごしていると、奥の方からクロトスラルがやってきた。
「――やっぱりここか」
「師匠…」
クウが気づいて振り返るが、顔には生気が無く目も虚ろだ。
クロトスラルは黙ってクウの隣に立つと、墓を見ながら話し出した。
「墓、作ったのか?」
「俺が作った訳じゃない…」
「そっか」
顔を俯かせたクウを見て、クロトスラルもそれ以上は何も言わない。会話は終わり、二人の間に沈黙が過る。
だが、少ししてクロトスラルが再び口を開いた。
「お前、この後どうする気だ? 当てはあるのか?」
「………」
「…なぁ、俺達の所に来ないか?」
突然の誘い文句に、クウは驚いた様にクロトスラルを見る。すると、彼は真剣な目でクウを見つめていた。
「バカ弟子。お前は、スピカちゃん達の所の孤児院と繋がっていた『組織』が目を付ける程の力を持っている。そして、奴らの活動していた一部を破壊した。あいつらは謎が多い分俺達も手を焼いているんだ、お前がいるだけで目的を掴んで潰せるカードが増える」
「…要は、あんたらの所に寝返れって事かよ」
「人聞き悪いなー、俺はお前の才能を見込んでスカウトしているつもりだ。大体、好きで『組織』に入った訳じゃないだろ?」
「それは…」
「元々、お前もスピカちゃんもシルビアに認められるほどの才能があった。いずれはあの子達の両親公認の元で俺達の部隊に引き取ろうと思っていたんだ。だが、その前に『組織』の奴らがお前に目を付けて引き込んだ。そしてスピカちゃんも後を追った事で俺達は完全に手を出せなくなった――だが、今は違う。手を伸ばせば届く場所にお前がいる。俺達はようやく助けようとする事が出来るんだ」
クロトスラルはそう話すと、腕を組んでクウに笑いかける。
「なあ、バカ弟子。スピカちゃん、どうして姿変えてまでお前の所に来たか分かるか?――放っておけなかったからだ。奴らに溜め込んだ孤児院の借金の肩代わりとして身を売ったお前をな」
スピカの事を語られ、ハッと顔を上げるクウ。
ようやく違う反応を見せた事で、そのままクロトスラルは話を続ける。
「お前にしてみれば助ける行為だったんだろうが、そうじゃねーよ。自分を犠牲にしたところで誰かが悲しむだけだ。どれだけ嫌われ様が、すでに絆で繋がってんだよ。スピカちゃんも、ウィドくんも、シルビアも…俺達にだって、な?」
これまであった人達を出しながらクロトスラルが笑いかける。しかし、クウは何も言わずまた顔を俯かせた。
「納得したくないならそれでもいい。んで、どうするバカ弟子?」
もう一度クロトスラルが問うと、顔を俯かせたままクウは歪んだ笑みを見せつけた。
「どうも何も、俺に選択肢なんてないだろ…」
「決まり、だな」
ニッと笑いながらクロトスラルは拳を作ると、クウへと伸ばす。それを見て、クウも同じように拳を作って腕を伸ばす。
そうして、お互いに拳を軽くぶつけ合う。それは師と弟子としての信頼の形。
「言って置くが、キーブレードマスターの後任をまっとうに育てるなんて事は期待すんな。俺にはもう、そんな資格なんてない」
「ああ、そんな仕事はさせねーよ。元敵側であるお前の身分を偽装させる分それなりのリスクがかかるし、俺もお前もそんなもんガラじゃねーだろ」
「正直に言うと、世界の平和や秩序を守るってのも堅苦しくて疲れるだけだろ」
どこか吐き捨てるようにクウが言っていると、クロトスラルは腕を降ろす。
そうして、今までとは違う優しさのある目をクウへと向けた。
「――ようやくお前らしくなってきたな、バカ弟子」
「え…?」
この呟きに、思わずクウが顔を向ける。
しかし、クロトスラルはその話をする事無く一枚の紙切れをクウに手渡した。
「これは?」
「ここから少し離れた町に行くための切符だ。全部の手続きが終わり次第、お前にはその町にしばらく住んで貰おうと思ってる」
「どうして?」
「この町にある学園は、裏で俺達の所と繋がっているんだ。なにせキーブレード使いだけでなくさまざまな人材を選り取り見取りに集めているからな」
クロトスラルの説明に、意図を感じ取ったのかクウが眉を顰める。
「俺に今後世界の平和を守れる様な後継者探しをしろって言いたいのか?」
「そこまでは言わねーよ。お前には教師を頼みたい、今人手が足りなくて困ってるそうなんだよ」
「はぁ!? 俺が教師!?」
思わぬ頼みにクウが驚いていると、反応を予想していたのかクロトスラルはおかしそうに笑い出した。
「安心しろ、それなりの勉学を叩き込む時間はちゃんと与える。何より、ウィドくんにも言われただろ? 『姉さんの為にも教師でもなってみたらどうだ。約束を守るのなら、やって損はない』って」
そのクロトスラルの言葉に、クウは自分の掌を見つめる。
「誰かを、守る…その為の、力に…」
まるで噛み締めるように呟くと、ぎゅっと拳を握る。
そうして手を胸に押しつけるなり、スピカの墓へと目を向けた。
「スピカ…こんな俺でも――お前の夢、叶えられるかな…?」
元の場所に戻り、今見た記憶を思い返しながらクウは感嘆の息を漏らした。
「これが…あっちの俺が教師になっている理由、か。『どうして俺が?』って思ったが、ちゃんとした理由があったんだな」
「人は常に誰かを支え、支えられている。あなたも同じ。一人でここまで歩んできた訳ではない」
それが生きる人達に共通する点。ここまでの道のりでさえも誰かに助け、助けられてきた。もし最初から孤独なら、きっと生きてはいないだろう。
イリアが語るのを聞いていたクウは、ふとある考えが頭に過った。
「なあ、イリアはどうなんだ?」
「私?」
「他の奴らに聞いた話じゃ、イリアは一人で悠久の時を過ごして来たんだろ。あんたも俺達と同じ心を持っているんだ。寂しかったり、悲しかったりしなかったのか?」
人としての純粋なクウの質問に、イリアは思わず遠き過去を思い返す。
「ああ…私は寂しかったのかもしれない。だから彼らを作った。一緒なのが当たり前になって、そうして……」
「イリア?」
途中で言葉を止めたイリアに、不安そうに声をかけるクウ。
だが、すぐに微笑を浮かべるなりクウを見た。
「まさか、あなたに過去に抱いた感情を指摘されるなんてね…」
「長い年月生きてると、初心を忘れたり大事な事を簡単に思い出せなくなるらしいからな。仕方ないさ」
肩を竦めながらクウも話すと、イリアは覚えがあったのか一つの記憶を引き出す。
「あなたの師匠の言葉ね、それ」
「あと、オッサン見てて改めて分かった。変な所で常識ない所為か頭固いんだよ、俺はあんな大人にはなりたくねぇ…」
「分かった。この件が終わったら無轟に伝えておくとしよう」
「止めてくれぇ!? 俺が燃やされる!!」
辛い体験を味わっているのに、前に進んでは時折冗談交じりの話をする。背負わされている世界の重荷を感じさせない程に。
どの世界での彼の変わらないのならば――“彼”にもあるのだろうか。変わらない部分が。
その頃、イオンとペルセは町の外れにある林の中に移動していた。両親との会合の記憶から、何か手がかりが見つかるかもしれないと思っての行動だった。
「うーん…なかなか見つからないね。ペルセー、そっちはどう?」
イオンが声をかけると、奥にいたペルセが背中を向けて静かに佇んでいた。
「ペルセ?」
まるで固まっているようにも見えて、イオンはペルセへと近づく。
すると、少し先の方に今までと違って全体にノイズのかかった妙な記憶の歪みが存在していた。しかし、その色はシャオの記憶でも他人の記憶でもなく、どこか不透明な色をしている。
「あれも記憶、だよね?」
「…入ってみよう」
意を決して、二人は謎の記憶へと入り込んだ。
入り込んだ先に見えたのは、何処かの家の中のようだ。断言出来ないのは、何故か周りの風景がぼやけている為だ。
今までと違った記憶に困惑していると、靄のかかった風景の中でシャオが両親と喧嘩をしているのか見えた。
「何で――分かって――!」
「――シャオ――」
「もう知らない!! こんな――!!」
「シャオ――!!」
途切れ途切れに怒鳴り声が響いていると、突然シャオが家を飛び出す。
それに気付いた時には、辺り一面がノイズに侵されて強制的に映像が途切れた。
気づくと、イオン達は半ば追い出される形で元の場所へと戻っていた。
「今の記憶、何だろう…酷く曖昧だった」
「うん、確かに…」
思い出とは明らかに異なる記憶に、ペルセも困惑したまま頷く。
ふと、何かに気付く様にイオンが辺りを見回した。
「イオン?」
「ねえ、ペルセ…何か、おかしくない?」
イオンの問いかけに、ペルセも周りに目を向ける。
確かにイオンの言う通り、同じ林の中なのに何かがおかしい。だが、何がと問われてもその答えが思い浮かばない。
二人はこの場にいる訳にもいかず、とりあえずここから出る為に歩き出した。
■作者メッセージ
【パーティチャット】(シャオ編)
クウ「はぁ…」
レプキア『精神的に疲れてるわね。ま、今まで休みなく記憶を見て、その全てがあいつの望むようなものじゃないんだし…当然と言えば当然か』
イリア「ふむ……クウ」
クウ「ん?」
イリア「辛いのなら、抱きしめてあげましょうか?」
クウ「ぶふぁ!? ななな、何なんだ急に!?」
イリア「? 辛い時は誰かが抱きしめたり、頭を撫でるといいのではないのか? 私が取り込んだ記憶では、辛い時はそう言う事をして貰っているわ」
クウ「いや、あの…! ある意味正論なのは正論だし男としては嬉しいんだが、俺としてはバレた後の方が――…んなっ!?」(抱きしめられて胸に顔が埋まる)
イリア「さて、どんな感じだ?」(抱きながら頭を撫でる)
クウ「…キモチイイデス、イロンナイミデ…!!」(硬直)
イリア(なるほど、これだけでも精神的な癒しとしての効果は絶大なのだな――後で神無に試してもいいかもしれない)
クウ(この柔らかさ、まさに神の領域…――駄目だ、これ以上考えたら命の危険が…!!)(滝汗)