心剣世界編 第四話「対鏡贋物・2」
森に囲われた視界の悪い場所で、残るテラたちが偽物の自分たちと戦闘を強いられていた。
現れた偽物たちは本物に引けを取らない連携を伴って攻めかかる。
「気をつけろ、来るぞ!」
しかし、それは本物である自分たちも同義であった。
偽者の連携攻撃に迎撃――強烈な一撃を振り放つテラ、
迅く怒涛に斬り込むヴェントゥス、
その二人の隙間を縫うように無数の魔法と冴え渡る剣技を繰り出すアクア――する。
両者の攻撃は総じて相殺され尽くす。
――が、構わずに次なる一手に出た。
更には言葉で作戦を交わす事も無い。
お互いに、本能的に、『自分へ攻撃対象(ターゲット)を変更する』のであった。
「――――ッ!」
正しく苛烈、鮮烈な攻防一対の嵐だった。
二人のテラの荒々しい斬撃は空気を震え上がらせ、
二人のヴェントゥスの迅い連撃は影すら捉えず、
二人のアクアの冷徹な魔と剣は舞踏の如く美しい戦いを繰り広げる。
「うおおおおぉおおおぁぁっ!!」
「はぁぁああああああっ!!」
二人のテラが吼える。鍵剣に纏った強力な闇のオーラを帯びた一撃を振るい、
「倒れろ、偽者ッ!」
「そっちこそ!」
二人のヴェントゥスが叫ぶ。高めた光の力による輝きを伴った剣戟を閃かせ、
「早く消えなさい、この偽者…!」
「出来るものなら―――やってみなさい…!」
二人のアクアが吐き捨てる。無数に踊り狂う魔法の砲火と共に、激しく。
そうして。
それぞれがそれぞれの戦いに思考を沈めていった。今、他者を慮る必要は無い。
他者――仲間たちなら『必ず勝ち残る』と信じているからこそ、思考のソトへ追いやる。
その想いは、真贋同じでも在った。
そして、その真贋たちの戦いを密かに銀の梟たちは見つめ続けた。
森の奥へと進む一人の人物。異装に身を包む男―――クォーツは『此処』への興味を抱いていた。
神の聖域レプセキアに続いて、重要な地でもあるこの心剣世界に、だった。
「ふむ、存外…」
一先ず足を止め、水晶に映るテラたちの戦う様子を一瞥する。
偽者との戦闘、自分が想像していた状況と異なる戦況に視線を鋭くする。
「……何事も順調とは言い難い物ですね」
レプセキアの件も、今回の件も満たされない成果と結果になるのではないか―――という諦観を抱きそうになる。
「―――」
水晶から目線を落とすして、ため息も零す。
益体も無い。成果と結果が満たされないのはいつだってそうだった。
自分がノーバディになってしまった事も、そうだった。
「……おや」
「むっ」
気配に気付くや、水晶をゆるやかな動作で隠した。思考にふけ過ぎたようだった。
彼が遭遇したものたち―――戦闘から離脱のために行動していたアルビノーレとレイアであった。
「問う。―――敵…か?」
言いながらもアルビノーレはすぐさま警戒態勢に身構える。
レイアも杖を握り締め、冷静に考える。
(此処に私たち以外の人……間違いなく、敵……!?)
「そういえば、あなた達は上手く離脱していたのですね…ルートにハマってしまうとは、いやはや」
クォーツはわざとらしい、困ったように肩を竦めながら戦闘の姿勢(スイッチ)を入れた。
偲び持つ宝石を幾つか手に取り、不意の一撃を見舞おうとする。あくまでもこの場から離脱するのは、自分の方だ。
「―――『幻光の琥珀(ミラージュ・アンバー)』!」
宝石を地面へ叩きつけると同時に、琥珀の閃光が二人の視界を支配する。
「!?」
アルビノーレは、敵が先手の一撃を放とうとする事は読めた。しかし、それが目暗まし、戦線離脱の一手とは読みきれなかった。
追撃するには危険すぎた。傍にはレイアがいる。護衛しなければならない以上、攻勢は必要以上に不要だった。
「―――っ、無事か?」
琥珀の閃光が消え、ゆっくりと視界が回復する。
アルビノーレは視界を眩まれる前にどうにかレイアを掴むことができた。
「あ………はい、大丈夫ですクウさん―――あっ」
視界がおぼろげに回復する中でレイアは掴んだ彼の手の強さに、意中の男性の名を呼んでしまった。
思わず零れた名前にレイアは顔を真っ赤になる。
彼の手を振りほどけばよかったかもしれない。だが、それを実行できるほどの力も思考の余裕もレイアには、ない。
「すまない」
アルビノーレも罰が悪そうに掴んだ手をゆっくりと放す。
そして、直ぐに気を紛らわす微笑みで言う。
「やはり、大切な人の方がいいものか?」
「え? ええっと…!?」
畳み掛けるような不意打つ言葉にレイアは混乱の極みであった。微笑はやがて楽しげに色を変え、
「はは。からかい過ぎたな―――悪かった」
そう軽く謝罪して、レイアもようやく落ち着きを取り戻す。
頬の赤みはまだ消えていないがアルビノーレは深くはいじらなかった。
「あの人は、敵だったんですよね…」
「おそらくな。出会い頭に逃げの一手を選んだという事は戦闘は不得手なのだろう。
―――まだ目的地は先か」
別の話題に逸らすように視線を森の奥へと見やる。
(それに相当の実力が在るなら、レイアを守らなければならない私に勝てると思うはずだからな)
目の前にいる彼女には言う事も無く、己の心中で呟く。
これはレイアを軽んじている意味での判断ではない。
戦闘者は常以上に『冷徹』を重んじる事が大切になる。
刹那の油断は、永遠の死となるが故であった。情だけでは時に何もかも失う危険性をはらむ。
アルカナが一人で殿を買って出たように。
「―――っ…! くっ…!」
偽者たちとの戦闘を始めて、アルカナはいよいよ苦戦の色を見せた。
敵の集中攻撃に、一人の実力だけでは覆しきれない「数の差」に忌々しく思いながら、受けたダメージをかみ締める。
「しぶといな、お前も」
偽者のアルカナが一人で戦った本物へ、呆れを込めた嘆息をこぼした。
満身創痍の本物はそれでも戦う姿勢を崩さない。
その様子には、ほかの偽者のアルビノーレ、レイアも呆れを隠せなかった。
「俺やアルカナはともかく、レイアには一度も攻撃はしないその度量は認めてやるが―――少し、調子に乗りすぎたな」
「全くです…。それは蛮勇。素晴らしくないです」
「……ふん、言うだけ言え」
本物のアルカナは偽者たちの言葉を失笑と共に払い飛ばす。
―――すでに、最後の切り札は切っていたのだから。
偽者たちはもはや彼にかける情けもない。満身創痍の彼を一息にトドメを指すべく、
「『星』よ、終焉となって降り注げ…!」
「『曙光の雷神槍(ランサ・トールエノ)』ッ!」
「光よ、万物を穿つ聖剣となれっ――ホーリー・カリバーン!」
流星の如き光弾の怒涛、雷光纏った大槍の投擲、光の力で形成した光剣の一閃、
三者同時の攻撃が直撃する刹那―――偽者のアルカナは見た。
「―――― 『世界』 ―――――」
本物のアルカナが唱えた『切り札』の言霊を。
―――気づくべきだった。
彼はなぜ、『今の今までアルカナカードを使わなかったのか』。
―――違う、使えなかったのだ。ただひとつの『アルカナカード』発動の為に。
たった一人、足止め的な戦法で長時間の時間を稼いでいただけなのだ。
そうして偽者たる自分が理解する瞬間、終わりが既に舞い降りた。
「っ―――!」
「……ぁ……」
「おのれ……!」
かつて無いほどの神速一閃。偽者3人は防御する間も無く、自分たちは斃れる意味も解せずに全身から生じた亀裂の末に粉々に砕け散った。
だが、切り札はその怒涛の手を緩めずに『残りの偽者と侵入者にも攻撃をしていた』。
「――」
「なっ」
水晶で戦う様子を監視していたクォーツは突如現れた不可視の斬撃をかろうじて回避した。
水晶にはクェーサーたち、テラたちの偽者が敗北による消滅を迎えたことを写していた。
そして、自分の前に現れた一撃の正体を捉えた。
「…かわしたか。運がよかったな」
その正体―――全身に浮かび上がった異質の文様を施されたアルカナが膨大な力を放出しながら、不可視の剣を構える。
クォーツは離脱の構えを崩さず、悟らせずにゆっくりと言葉を返す。
「…偽者をすべて、『同時に』倒したとでもいうのですか…?」
「ああ―――次は仕留める」
剣を小さく振り放つも前に、クォーツは全力で離脱を選んだ。
視界を遮る幻術の宝石や、身代わり程度のノーバディたちをこれでもかとぶつける。
それらを迷うことなく一刀と共に叩き切り、不可視の刃がクォーツへ届くも前に、彼の姿はどこにも無かった。
心剣世界から離脱したことを『知った』アルカナはそのまま残ったノーバディを斬り捨て、ゆっくりと剣を虚空へ収める。
「……」
全身に浮かんでいた文様も消え、アルカナは人形のように、そのまま倒れこんだ。
テラたちは突如倒された偽者に困惑しつつも、目的の中央へと教会を目指した。
途中で、彼らは倒れているアルカナを発見する。
レイアたちはクェーサーたち合流して、目的地とたどり着いた。
「あ、レイアたちが来たぜ!」
その入り口にヴェントゥスが待っていると、やってきたレイアたちの報告を中にいるテラたちへ声をかける。
中にいるテラも顔を出し、安堵した様子で彼女らへと駆け寄る。
「そっちも何とかなったみたいか?」
「ええ。突然ね。レイアたちはアルカナのお陰で戦闘には巻き込まれなかったみたい」
「そうか。…アルカナが倒れていたから、ここまで運んで今、休んでいる所だ。レイア、回復を頼めるか」
「はい、すぐに!」
テラについていくようにレイアも教会へと入る。話を聞いて、状況は概ね理解した。
自分たちを守る為に一人で残って戦ったのだ、無傷でいる筈が無い。
中には長椅子を台座代わりに横になっているアルカナと、回復魔法と応急手当程度の医療道具を用いるアクアがいた。
「手伝います、アクアさん」
「助かるわ、レイア」
レイアの加勢に感謝しつつ、二人でアルカナの治療を再開した。
テラとアルビノーレは教会内での警戒と護衛を、クェーサー姉妹とヴェントゥスは教会の外で警戒をとっていた。
そして、一時間ほど経過した頃に、
「っう……お前たち、か」
ゆっくりと意識を取り戻し、視界に入った二人を見るや、二人へ安堵したように微笑を返す。
レイアたちもその微笑に安心したように笑顔になり、テラたちに声をかけた。
「テラ! アルカナさんが目を覚ましたわ」
「そうか…!」
「――俺が外のみんなに報告しよう。ついでに外の警戒も任せてくれ」
「いいのか?」
「全員で安心するのは素材を入手してからだ」
テラの制止の問いかけもアルビノーレは小さな笑みで、構わずに教会を出ていった。
入れ替わる形で、すぐしてヴェントゥスたちが戻ってきた。
「アルビノーレが外で警戒してくれているから戻ったんだけど…」
「ああ、話は済ませてある」
クェーサーの言葉に、テラは簡潔に首肯する。
一同はアルカナへと歩み寄り、安堵しつつも、先の不可解な状況の説明を彼へ求めた。
そう、偽者との戦闘していたテラたち、クェーサー姉妹は見えていた。
熟練の戦闘者ゆえに、捉えることができた。
――偽者を驚異的なスピードで切り伏せたアルカナの瞬間的なまでの攻撃を。
常軌を逸する事象の真実を彼の言葉でなければ、気になって仕方が無い。
「――隠す必要も、ないか」
アルカナは一同の疑問の視線に、気にすることも無いようすで一息ついた。
そして、ゆっくりと彼は口火を切る。