メモリー編21 「もう一つのセカイについて・4」
様々な機械で作られた薄暗い部屋。あちこちにある電光板の光だけが明かりの代わりとなっている。
その部屋の壁際で気を失って傷だらけのクウに、癒しの魔法を放つレイア。
緑色の光に包まれながらもう少しで傷も治り全快となろうとした時、クウの目が開いた。
「ううっ…!」
「クウさん、大丈夫ですか!」
「レイ、ア…!?」
レイアの心配そうな表情を見て、クウは痛みを堪えるようにゆっくりと上体を起こす。
「クウさん、動かないでください! 怪我はまだ完治出来て――!」
「そんな事はどうでもいい!! どうしてここに来た!?」
助けて貰っている筈なのに、構う事無くレイアに向かって怒鳴りつける。クウに怒られた事に対し、レイアは肩を震わせて身を縮ませる。
「あの、私…!」
「分かってる、大方ソラ達と来たんだろ!! ちくしょう、ウィドもいない…!! とにかく、お前はすぐにでも戻れ!! 今回ばかりは巻き込んでいい問題じゃ――!!」
「嫌です!!」
クウの怒鳴り声を遮りながら、レイアが叫ぶ。
普段の内気な彼女が年上、しかも思い人に対して反論なんて事はしない。それに気付きながらも、クウも引く事はしなかった。
「言う事を聞け、レイア!! ソラ達と連絡取れるなら、あいつらにも戻る様に伝えろ!!」
「なんで…!」
怒られている事に不満を感じたのか、レイアは小さく呟くと目を鋭くしてクウを睨んだ。
「何で、今になってそう言う事を言うんですか!? 私は、私達はクウさんの力に…みんなの力になりたくて、ここまで来たんです!! なのに、どうして…!!」
とうとうレイアの目から一つ、二つとポロポロ涙が零れ落ちる。
泣かせてしまったレイアの姿を見てようやく落ち着きを取り戻したのか、クウはさっきまでの気迫を失くし壁に背を付ける。
「そうじゃない…そうじゃないんだよ…!!」
力無く頭を振ると、泣いてしまったレイアへと理由を話し出した。
心にある自分の思いを。
「俺は、もう誰も失いたくない…傷付けたくないんだよ…! それにお前らまで関わったら、嫌でもこの世界の残酷な真実を――」
そこまで言った瞬間、クウは我に返って口を手で押える。
だが、ちゃんとクウの話は聞こえていたようでレイアは泣き止んで訊き返す。
「しん、じつ…?」
目を瞬かせてじっと顔を見上げるレイアに、クウは明らかに居心地が悪くなり顔を逸らす。
この態度に、レイアは不安そうにまた質問をする。
「クウさんとウィド先生が戦っているのは…それが理由なんですか?」
「…少しだけ、な。残りは俺達の問題だ。だから、お前達を巻き込みたくない…巻き込んじゃいけないんだ…!」
本音を語り、クウは再び口を閉ざす。その気持ちが伝わり、レイアも顔を俯かせる。
しばらくの間沈黙が走るが、やがてレイアは顔を上げた。
「――やっぱり、私も行きます」
「レイアっ!?」
思わずクウが叫ぶが、レイアは笑いかけた。
「大丈夫ですよ。クウさんがいれば、私」
直後、レイアの口の動きが言いかけた状態で突然止まる。
そのまま声を発することなく、レイアは静かにクウへと倒れ込む。
その胸に、黒い刃を突き刺して。
「ジャ、ス…!」
倒れたレイアを受け止めながら、クウは目の前だけを見ていた。
右手に握る黒い槍を伸ばし、背後からレイアの胸を貫いたジャスの姿を。
彼の足元に転がっている、深い刺し傷を負ったまま意識を失っているウィドと一緒に。
「お前はあの時言ったな。守ると」
レイアを貫く為に伸ばした槍を元のサイズに戻しながら、震えているクウへと問いかける。
「彼とその手の者を見ても尚、本当に、守ってきたと言えるのか?」
どこまでも冷酷に突き付けるジャスに、クウの堪忍袋の尾が切れた。
「てっ…めぇぇぇ!!!」
レイアを退かすと共にクウが拳を握り、敵となったジャスに向かって飛び掛かる。
が、振り翳した一撃は武器である槍によって防がれる。
「答えろ。お前は何を守ったと言うんだ? どれだけの奴らを守れたんだ? そして…どれだけの者を傷付けた?」
鍔迫り合いの状態で、ジャスは容赦なく言葉のナイフをクウの心へと突き刺す。
これによりクウの表情が歪み出すが、湧き上がる黒い感情を押し殺す様に叫び出す。
「確かに大層な事は言えない、そんなの俺自身が分かってる! それでも、お前を止める事ぐらいは出来るだろ! 何の為にそっち側にいるか分からねーけど、行かせたらヤバイ事だけは分かるんだよ!」
そんなクウの叫びに、突然ジャスの目の色が変わった。
「笑わせるな!! キーブレードもまともに使えないお前に――スピカを救えなかった貴様に、私を止められる訳がない!!」
「だったら意地でも止めてやらぁ!! ここで止めなかったら、ウィドもスピカも悲しむ!!」
「貴様が二人の事を口にするかぁ!!! 誰よりも傷付けてきた貴様がぁ!!!」
逆鱗に触れたのか、今までにない怒りをぶつけるように槍を薙ぎ払ってクウを吹き飛ばした。
「…ッ…!」
地面に倒れる前にどうにか空中で受け身を取る事に成功し、そのままジャスを見やる。
いつの間にか漆黒の悪魔の翼を背中に生やし、黒ではなく青銅の槍を持ってクウへと切先を突き付ける。
その彼の目は鋭く、クウに対する憎悪の感情を剥き出しにしている。
「スピカが残した最後の情けだ。デア=リヒターとして貴様の罪を審判してやろう。極刑に値するか、そうでないのか」
全身に闇のような気迫を宿しながら、ジャスは冷酷に宣告を下す。
完全に敵となったジャスの姿に、クウも受け入れるように静かに拳を握り込んだ。
記憶を見終わっても黙ったまま動こうとしないクウ。そんな彼を見て、イリアが声をかける。
「クウ?」
「…平気だ」
「嘘」
ようやく口を開いて発したクウに対し、無表情のままはっきりと告げられてしまう。
イリアの目は偽る事は出来ないと分かり、クウは力無い笑みを浮かべ真っ白な空を仰いだ。
「ハ、ハハっ…まさか、また二人のあんな姿見るなんてな…! やっぱり駄目だ、震えが、止まらない…!」
恐怖、不安、悲愴…さまざまな負の感情がクウの中で溢れかえり、震える身体を沈めようと腕を押えつける。
二度と見たくなかった。大事な二人が傷ついた姿など。しかも、傷付けたのはあちらの世界で自分達と親しい人物の筈だ。
それでもクウには一つ、分かっている事があった。
「あいつの目…なんか、ウィドに似ていた。凄くスピカを思っている目だった。だから、あんなに激しい苛立ちを俺にぶつけていたんだと思う…」
自分のような恋とは少し違う。けれど、ウィドのように彼もまたスピカから深い愛情のようなものを受けていたのだろう。だからこそ、自分を許せなかった。
だからと言って、彼はウィドのように憎しみの衝動で動いていた訳ではない。怒りはあったにせよ、それ以上に曲げられない何かを抱いていたように思えてならない。
そう考えると、ジャスの裏切るような行動も自然と仕方ないと感じられた。
「あっちの俺…あいつに勝てたのか?」
「さあ、どうかしら?」
敢えて答えは伏せて、イリアは顔を背ける。ここで結論を教えるのは良くないと感じているから。
その時、イリアは何かを感じ取ったように顔を上げた。
『イリア…!』
同じように内にいるレプキアの神妙な声に、イリアも頷いた。
「――境目に入った」
記憶を見終わってイオン達が林を抜けて町の中に戻ると、景色が変わっていた。
「街並みが変わってるね、記憶の歪みも無くなってるし…」
「でも、さっきまでと似てるよね?」
ペルセの言う通り、変わったと言っても建物の位置や道は一緒で、店だった所が空き家に変わっていたり、民家も新しくなっていたりしている。
不思議そうに辺りを見回していると、ペルセがある問題に気づいた。
「クウさんとイリアドゥスさん、どこにいるのかな?」
「そ、そうか! まずは二人を探さなきゃ…」
もし何の前触れもなく周りの風景が変わったのなら二人も驚いているかもしれない。仮に自分達が別の場所に移動したとしても、二人のいるであろう場所に戻る道が何処かにある筈だ。
とりあえずイオンとペルセは学園の方に向かって歩いていく。だが、少しするとなぜか薄い銀色をした記憶の歪みを見つけた。
「初めて見る色だね」
「もしかして、イリアドゥスさんが言っていた元凶の記憶かな?」
イオンとペルセは互いに顔を見合わせると、一斉に頷く。
そして、二人は未知の記憶へと足を踏み入れた。
晴天によって見える頭上一面に広がる星空の下。場所は山の麓あたりだろうか。
そこには先程見たリクがしゃがみ込んでいて、泣き愚図っている小さな子の頭を撫でている。
「うえぇ〜ん…!」
「怖かったなぁ。あいつの怒りは凄まじいからな…だが、悪い事するとお兄ちゃんのようになるって分かっただろ?」
「うん…うん…!」
リクに撫でられながら頷く子供は、どう言う訳か全身の輪郭がぼやけている為姿はもちろん性別が特定出来ない。声も泣いている所為で男か女かを区別するのは難しい。
そんな曖昧な存在が出てきた記憶もだが、イオンはリクの言葉にある引っ掛かりを覚えた。
「お兄ちゃん?」
「っ、イオン!」
突如呼んだペルセに、イオンはすぐに顔を向ける。
すると奥の山道から、カイリに連れられた幼い頃のイオンと記憶で何度か見た幼少時代のシャオがリク達に向かって歩いていた。
「「うぇ…ひっく…!」」
よっぽど恐ろしい目に遭ったのか、リクがあやしていた子供よりも顔を酷く歪ませて泣いている。
これには思わずペルセが噴き出してしまい、イオンは他人の筈なのに凄く恥ずかしくなってしまい顔を真っ赤にしてしまう。
そうこうしていると、リクが立ち上がってカイリに笑いかけた。
「説教は終わったようだな。悪いな、シャオを送って貰って」
「気にしないで。イオンにもいい薬だったから」
カイリはそう言うと、未だに泣き止まないイオンを優しく抱きしめる。
一方、同じように泣いているシャオの元に、あの子供がよたよたと覚束ない足取りで駆け寄った。
「うぁ…ぐすっ…!」
「おにーちゃーん…!」
子供は小さな体で体当たりするようにシャオを抱きしめる。そうして精一杯シャオに抱き着く子供の姿は、どことなく微笑ましさを覚える。
やがて、何度も体験したように記憶はそこで終わった。
「シャオに、きょうだい…?」
今の記憶から明らかになった驚愕の真実に、イオンは絶句せざる負えなかった。
弟なのか妹なのかはまだ判別は付かない。だが、そう言った子が存在すると言う時点で信じられなかった。
「でも、シャオはそんな事一言も言ってなかった。ううん、あの子がいる記憶だってどこにもなかった」
ペルセもまた、今までの事を思い返しながら冷静に思考を巡らせる。
事前にシャオから家族構成の事を聞いているが、彼が兄だと言う事は一言も言ってない。それにシャオ自身の記憶もそれなりに見て来たが今のような子供の存在は何処にもなかった筈だ。
「一体、どう言う事なんだ?」
シャオの記憶の中に隠れていた人物に、イオンは顔を歪ませるしかなかった。