CROSS CAPTURE71 「素材探索、帰還」
「あれは私が使ったアルカナカード『世界』の力だ。
簡潔に言うと『この世界とほぼ同化(リンク)し、超大な力を借り受ける』状態になっていた。
だから、偽者(いぶつ)どもを瞬時に理解し、倒すことができた」
「そんなのが、できるのか…?」
ヴェントゥスをはじめに、アルカナ以外の全員が驚嘆したようすであった。
光の速さともいうべきスピードで悉くを討ち果たした彼の戦闘の様を思い返す。
驚嘆の様に対して、アルカナは困ったような苦笑を浮かべて続ける。
「できる。だが、強大無比な力を授かる事は大きな『代償』を支払うことになる」
「それは…あなたが倒れたように、ですか?」
アクアは小さな畏怖を抱きつつ、その言葉に質問する。
「『半神』という器(からだ)だからこそ、倒れる程度で済んでいる。人間なら即死なものだ。
それに、これを使えるのは私の場合は、『此処』だけだろうしな」
息を呑む一同の中に、アルカナは自ら作った雰囲気を破ろうと微苦笑を浮かべた。
「何、これくらいはすぐに回復できる」
言うと共に、立ち上がった彼は話を続ける。目的の話へ。
「――それよりも、素材の剣の居場所がわかった。すぐ近くにある」
「見つけていたのか?」
「いや。『同化』の際に調べ上げたのさ」
そう笑って返し、彼が先頭、遅れてテラたちが続くように歩き出した。
教会を出た彼らは迷うことなく進むアルカナを追いかけ、彼の足取りがとまった。
「これだ」
そういって、他のものたちに見せるように誘う。
無数に在る心剣の残骸を此処に至るまで見てきた彼らでも一目了見であった。
朽ちた残骸というには異なる印象だった。異質な存在感がその剣から感じとれたのだった。
「この剣も待ちかねていたようだ」
刺さっていた剣をゆっくりと丁重に引き抜いて、触れるだけで感じる力にアルカナは楽しげに言う。
無数の心剣の残骸たちはかつての主を想いが強い故に『虚(うろ)』となった。この剣は『新たな主』に巡り会うために待ち続けたのだ。
そう、アルカナは触れたことで流れ込んだ『想い』を理解した。
「目的のものは手に入れた――じゃあ、戻るとしましょうか」
達成の余韻をひとまずは後に置き、クェーサーが冷静に申しだす。
アルカナもテラたちも同意とそれぞれ小さく肯き返して、
「他のものたちも戻ってきていると良いのだがな」
アルカナはビフロンスへと通ずる空間の裂け目を開き、次々と裂け目へと通り、彼らは心剣世界を後にする。
キルレストたちが帰還した時間はおおよそ昼を迎えた頃、それから1時間を過ぎた時。
ビフロンス城手前の街道の草原で、一人座して待っていたキルレストは気配を察して目を開ける。
彼の傍から異空の扉が開き、出てきたのはツェーラス湖へと赴いていたイリシアたちだった。
立ち上がり、出迎えるキルレストは彼らに声をかける。
「戻ったか」
「ああ、キルレスト。お前たちが最初の様だな」
彼に声を掛けられた彼らは振り向き、その中でディアウスが少々の微苦笑を含んだ笑みで応じた。
一同の様子(服の荒れ具合や傷)を見る限り、同じように戦闘が在ったと直感し、続けて問うた。
「戦闘があったのか?」
「…ああ。酷く面倒な相手だったよ」
「詳しくはイリシアに聞いて頂戴。私たちより彼女のほうが一番熟知してるわ」
疲労を隠せずに率直に戦いの相手の評価と共にため息を吐く夫に、妻のプリティマは平静な言動と寄り添いながら視線を投げやる。
つられるように最後に出てきたイリシア―――であろう人物を捉えた瞬間思考が一瞬、止まった。
「―――――」
つい数時間前までの静かな少女然としたイリシアの姿はそこには無く、まさしく成長した姿の彼女がそこに居た。
キルレストの呆然とした様子に戸惑いながら、彼女はしおらしい歩みで近寄った。
「キ、キルレスト……」
若干震えた声に、はっとなったキルレストは慌てて声に応じた。
「す、すまない……突然の事だったからな、お前も驚いている筈だろうに」
「私はいいの。事情は後で。他のみんなを城に戻らせても?」
「そうだな」
キルレストは彼女の言葉に、思考が回復する。イリシアはどのような姿になったとしても彼女である、と心のどこかで安心したからか。
セイグリットを初めとした彼らを城へ戻って休息や治療を命じて、そうして彼らは了承してそれぞれの歩調で戻っていった。
それらを見送り、残ったのはキルレストとイリシアだけであった。
「――それにしても驚いた」
キルレストは心からそう想い、改めてイリシアと向き合った。
風貌の雰囲気、言葉の姿勢などはまだかつてのイリシアの名残を感じたが、他の3人の姉たちと同じような身長と体躯をしている事が大きな相違だった。
やがて視線に気づいたイリシアは顔を赤くして、呟くように言う。
「…その……ジロジロ、見ないで、恥ずかしい…の」
「すまない。事情を教えてくれないか」
雰囲気を改めるべく、性急な事情の説明を彼は求めた。
イリシアもそれを頷きで了解し、ツェーラス湖で起きた一連の出来事を説明した。
かつて調査したことのある自分であったが、あの時は何も異常事態は無かった。その『アニマ・ヴィーア』なる魔物も襲い掛からなかった。
敵との遭遇が無かったために、油断して彼女たちに場所を伝えたのだ(カムラン霊窟とツェーラス湖の危険度はイリシアの事情を知るまで前者が高かった)。
比較的、安全なほうへと導いたはずが危険な戦いを強いる羽目になったのだ。これを気にせずにはキルレストには到底出来なかった。
故に、謝罪の言葉を口火として切る。
「――本当にすまなかった。俺の調査不足だった」
「…いいの。貴方だけのせいじゃない」
イリシアは沈む彼に優しい笑顔を浮かべて、その手を己の手で包んだ。
「みんなのお陰でなんとか私も頑張った。あの魔物を取り込んだことでその力が成長という形で反映されたみたいなの」
「そうだったか。みんな驚くだろうな、特に姉たちは」
「ええ。でしょうね」
そう言い合って互いに顔を合わせると、再び笑みを吹きこぼす。小さく笑い合った末、
「水の方は調達できたのだったな」
「ええ。『ヴァッサー』」
イリシアの声に応じるように彼女から水があふれ、形を取る。
それはキルレストの知らない人型の女性となって。
「!?」
「私が成長したせいか、ヴァッサーも進化したみたいなの」
思わず瞠目する彼に、彼女は微苦笑を浮かべながら説明する。
そうしてヴァッサーは改めて、キルレストへ向き直って礼節正しく挨拶する。
「色々と気になる事は多いが…一先ずは神殿で待っていてくれるか」
「神殿へ?」
イリシアは首を小さく傾げて疑問に思った。
神殿はビフロンスの居城の近くに設置された訓練用施設の別名だった。
神無たちを初めとした自己鍛錬、仲間同士での戦闘訓練などを潤滑に執り行う場所として設けられた。
一度は無轟らの戦闘で修繕を要したが、その際に彼は『錬成工房』を取り付けた。
「あそこでウィドの武器を作り直す設備も出来てある。素材がそろえばすぐに取り掛かれる」
もともとの設備意図はキルレストが作り出し、半神らの武器となったそれらの調整(メンテナンス)であった。
一通りの工房機能も付加した結果、偶然にもウィドの武器を製作するに適した環境が出来上がったのだ。
「解った。先に待ってるわね」
「ああ。アルカナたちも戻ってきたら一緒に向かう」
イリシアは頷きで了承し、ヴァッサーを引き連れて神殿のある方向へと足を運んでいった。
アルカナたちが戻ってきたのはイリシアたちが戻ってきてから2時間ほどであった(その間キルレストはいったん町で軽度の食事を済ませた)。
もうじき空の蒼は夕暮れの赤に交じり合う中で、同じように異空が開き、出てきたのはテラたちだった。
戻ってきた彼らの様相には追求はしなかった。恐らくあちらでも敵に襲われたのだろうと察しが出来た。
少なくとも自分やイリシアたちと違う――カルマとエンの手勢と。
「見つかったか」
一先ずは目的の素材を手に入れた事をテラへ問いかける。彼は頷き、すぐに出てきたアルカナへ振り向く。
テラたち以上にボロボロになっていたアルカナがゆっくりとした歩調で素材の剣を見せるように小さく掲げる。
その様子には驚きを隠せなかったが、戻ってきたことにまずは安堵し、
「疲れたはずだろう、後は私がする」
「……ああ、すまん」
キルレストに素材の剣を手渡すとアルカナは片膝をつく。
倒れずに済んだのはすぐに支えに入ったテラやアルビノーレのフォローと何よりは己の精神力の気概だった。
しかし、彼の困憊により、眠りについた様子で静かな寝息を立てている。
テラは彼を背に抱え、キルレストに応じる。
「後は俺たちに任せてくれ」
「ああ。お前たちにも礼を言う。城に戻って、ゆっくりと休んでいてくれ」
「わかりました」
彼に代わってアクアが了解し、一礼してからテラたちは城へと戻っていく。
すると、
「あのちょっとだけキルレストさんと話があるんで残っていてもいいですか?」
戻って、終始俯いていたレイアが顔を上げて先に進んでいたテラたちに言う。
少し戸惑うテラたちだったが、すぐに迷いを払うように互いに頷き合って、レイアの申し込みを了解した。
レイアもそれには安堵して深く一礼して彼らを見送った。
彼らが城へと遠のくのを見てから、キルレストは漸く彼女へと向き直り、
「それでどうかしたのかな?」
畏まった雰囲気を和らげるべく(レイアを怖がらせないように)彼は丁寧な物腰で尋ねた。
彼女は少しの間言葉を噤み、俯いていたが意を決した様に顔を上げる。
「実は…アルカナさんがあんなにボロボロになってしまったのは―――」
レイアは心剣世界での経緯を打ち明けた。敵は圧倒的な戦闘能力のタイプではなく、罠を巡らせるタイプで、
素材のある心剣の残骸の森に入るや自分たちの贋物と戦わせようとした。
テラたち、クェーサーたちとは別々に行動していたが、2つの面々はこの術中に嵌り、自分たちも贋物と戦いそうになったこと。
アルカナが一人で3人の贋物を相手になり、自分とアルビノーレは戦線離脱することを選んだこと。
結果、アルカナの切り札によりどうにか贋物の軍団と罠を張り巡らせた黒幕を退けたが彼は、贋物たちの攻撃とその切り札の反動でかなりのダメージを受けてしまった。
「つまり、アルカナが倒れてしまった原因は自分にあったと言いたいのかな」
レイアは小さく頷いて、すぐに彼と向き合う。頷きの動作から俯いてしまいそうになったからだ。
「なら別段、君が気に悩む必要は無い」
「でも」
「アルカナが一人で君の贋物を含めた敵と戦う事を選んだのは切り札があったからじゃないと思うよ」
「……」
レイアは徐に反論の言葉を言えず、じっと彼の言葉の続きを待つ。
「君の戦う覚悟は最初の時に受け取っていた。だが、今回の敵は『贋物』−―自分との戦いならまだしも、
つい知り合った仲間までも贋物だからと戦わざるを得ない状況は心優しい君には酷だとアルカナは思ったんじゃあないかな」
無論、この答えが正しいかは眠っているアルカナに尋ねなければ定かではない。
だが、永く同族同胞としての知る彼の性格を踏まえて、キルレストはそう推論する。
「もし君のような存在が苦しみ、傷ついてしまう事になるくらいなら、アルカナはきっと『自分ひとり苦しく、傷だらけになればいい』と考えるだろう。
それが我々、半神のまとめ役の、我が『兄』なりの覚悟なんだろうね。だから、君が悩むことは無い。目が覚めたら『ありがとうございます』の一言で兄は満足する」
きっとね、と微笑を交えて、レイアにそう説いた。
レイアはその言葉に深く頷き、
「――わかりました。私、アルカナさんにお礼を言います。それが最善なんだと」
「そう。それでいいんだ。さあ、君も城に戻って休んでおいたほうが良い。まだクウたちは眠りについている。傍で待ってあげても問題ないさ」
「は、はい!」
少し顔を赤くしながらレイアは彼に一礼して、城のほうへと駆け出していった。
見送ってから、キルレストは神殿の方へと足を向ける。兄が責務を果たしたように、次は自分が果たすべき責務を全うする為に。
素材は揃った。
空の色は、夕暮れの赤へと変わり始めていた。