メモリー編22 「科せられた負荷」
今まで見て来たシャオの中に会った他人の記憶に繋がる歪み。
それらを素通りしながら、クウはイリアについて行く形で先を進んでいた。
「イリア、本当にこっちでいいのか?」
「ええ。彼らの入った記憶は分かっている」
何の迷いもなく頷くイリアを見ながら、思わず感心を表情に浮かべてしまう。
あらゆる面に置いて頼りになるその姿は、まさしく万能と言った所だろう。相手がカミと呼ばれる存在だから当然だが。
やがてイオン達と同じように林の中に差し掛かると、突然歩きながら訊いてきた。
「それより、そっちはもういいのか?」
この世界の自分の事を知る事を言っているのだと分かり、クウは頭を押さえながら溜息を吐く。
「ここに来たのはシャオの異常を解決する事だろ。さすがにあいつらに任せっぱなしにする訳にはいかねーよ。それにある程度は知る事が出来たんだから、そろそろ引き際にしておかないとな」
自分の事を知りたいと思ってはいるが、シャオの事をほおって置く訳にはいかないのも事実だ。クウとて本来の目的を忘れる程集中したい訳じゃない。
(そうだ、このままウダウダ考えても仕方ない。気持ちを切り替えないといけないって分かっているのに…)
自分の事を考えながら、無意識に米神を指で押える。
さっきから何かおかしいのだ。スピカの記憶は確かに自信を無くすほどにショックを受けた。だからこちらの自分を知りたくて、いろんな記憶を見て来た。悪い部分だけでなく良い部分だって垣間見たのに、未だに不安は消えない。
心の中でモヤモヤとした気持ちを抱えていると、イリアが足を止める。目の前には今まで見て来たのとは明らかに不自然な歪みがあった。
「あった。あの記憶が潜在意識の境界――」
その時、前触れもなくハートレスが二人を囲む様に何匹も現れた。
「またハートレスかよ! イリア、下がれ!」
守るとばかりにクウが前に出ると同時に、空中に浮遊するハートレスから魔法が飛び出す。
とっさに翼を具現化させて盾の要領で攻撃を防ぎ、黒い翼を大きく羽ばたかせると羽根を弾丸のように飛ばす。
反撃に出した『ウィングノクターン』は空中のハートレスに当たり、次々と消えていく。先程と同じように敵はあまり強くないと分かり、全滅させようとキーブレードを取り出した。
「え…?」
クウがキーブレードを握った途端、急に身体に違和感を感じる。
直後、何か重い物が圧し掛かったかのような圧力がクウに襲い掛かり、その場で膝を付いた。
「身体が、重…っ!」
「クウ!」
クウの異変にイリアが叫ぶ。その隙を突く様に、ハートレスが襲い掛かった。
町の中にある黄昏の色に染まった公園。
夕焼けに照らされながら、幼いシャオと例の子供が黒髪の母親と話をしていた。
「「サクラ?」」
「そう。あそこに見える丘の上に、とっても大きな桜の木があるんだけど…その桜はね、ピンクじゃなくて銀色の花を咲かせるの」
遠くの町外れを指しながら母親が語っていると、シャオの隣にいた子供は近寄る。
「ぎんいろって、ぱぱや『―――』とおなじいろ?」
「そうよ。一度みんなで見に行った事があるけど…綺麗だったなぁ」
「いいなー、ボクもみたーい! ね、かあさん。サクラみにいこうよー!」
幼子らしい純粋な眼差しでシャオが母親のスカートを握って強請る。そんなシャオに、母親は小さく笑う。
「だーめ。その桜は春になっても見れる訳じゃないのよ」
「そうなの?」
「いつ咲くかは分からないけど、その時が来たらみんなで一緒にいこうね」
「「うんっ!」」
二人が頷くと、母親が目線を合わせるようにしゃがみ込んで小指を立てる。
「じゃあ、お母さんと約束」
「やくそく?」
「ボク知ってる。“やくそく”って言うのはね、指をこうして――」
子供の手を取るなり、シャオは小さな手を使って小指を立てて自分の小指と絡めあう。
そうやってシャオが子供に教えた所で、記憶が途切れた。
気が付くと、イオン達は記憶で見たのと同じ公園に戻っていた。
「桜、か…」
「あっちの方だよね。行って見る?」
「そうだね。この場所も思い出に沿って動いた方が記憶も見つかるみたいだし」
これまでの経験を元にして、イオンもペルセの案に賛成する。
まずは町外れを目指そうと二人が公園を出た時、突然ハートレスが行く手を阻む様に現れた。
「ハートレス!? ペルセ、行くよ!」
「分かった!」
敵の登場に、イオンとペルセは狼狽える事無くすぐに武器を取り出す。
安全にイオンに魔法を使わせようと、ペルセは間接剣を構えて前に出た。
「――攻撃するな、お前らぁ!!」
それとほぼ同時に、クウの怒鳴り声が響くと黒い衝撃波がペルセの前方を通り過ぎる。
衝撃波の飛んできた方向を見ると、ここまで急いできたのかキーブレードを持って双翼を纏ったクウが二人の前に降りたった。
「クウさん!」
やってきてくれたクウにイオンが叫ぶ。だが、クウは見向きもせずに周りを囲むハートレスを睨んでいた。
「二人とも、下がってろ。絶対に手出しするな…!」
「そんな! 僕達も手伝います!」
「駄目よ」
凛とした言葉と共に、魔法の障壁が三人を包む様にドーム状に張られる。
すると瞬間移動してきたようにイリアも目の前に現れて、二人の前に立った。
「このハートレスは罠よ。消してしまえばペナルティが襲い掛かるわ」
「ペナルティ?」
不可解な単語にペルセが訊き返すが、ハートレス達が攻撃を仕掛けてくる。
恐らくイリアが張ってくれたであろう障壁は攻撃を受けているものの、壊れる素振りを見せない。この安全地帯の中、イリアは未だに警戒を見せるクウに話しかける。
「後は私が。私なら番人を倒しても影響は受けない」
「いや…念の為だ、さっきも言ったように殿は俺が守る。影響がなくても、倒しちゃマズイだろ」
そう言うと、クウは振り返ってイリアに微笑む。
「それに、女性を守るのが男の使命だ。例えあんたが全能の神様でもこの部分だけは譲れない――譲りたくないんだ」
己に課している信念を口にし、真っ直ぐな目でイリアを見る。
そんな彼に何かを感じ取ったのか、イリアは一つ頷いて身を引いた。
「分かった。二人共、ここは引くわ。クウ、合流はどうする?」
「こいつらどうにかしたら追いかける。それでいいか?」
「ええ」
クウが簡潔に答えると、イリアはハートレス達の攻撃が続いているにも関わらず障壁を解く。
これにはイオンとペルセが思わず目を閉じる。だが、何時まで経っても来るはずの痛みは来ない。
ゆっくりと目を開けると、戦いの場からなぜか向かおうとしていた町外れの近くへと瞬間移動していた。もしかしたら彼女が混乱に生じて自分達の記憶を読み取っていたのかもしれない。
「イリアドゥスさん、一体何がどうなって…? それにクウさんはどこに?」
クウだけがこの場にいない事にイオンが質問をぶつけると、イリアは説明を始めた。
「あのハートレスは夢の番人を司っている。夢の世界にやって来た私達を判断する存在。奴らに攻撃すれば、不利になる様にペナルティをかけるのは当然の事。今は私の力で負荷のかかったクウを動けるようにペナルティを軽減させているけど、何かしら番人を攻撃したり消して負荷が積み重なれば私でもどうする事は出来ない」
「ちょっと待ってください、イリアドゥスさん! そんな状態でクウさんをあの場に残したんですか!」
「そうしなければならないの。奴らは番人だから、どれだけ離れた場所でも私達を感知する。だからあの場に誰かを残して番人を引き付けて置く必要があった」
「クウさん、なんでそんな危険な事…!」
今のクウが危険な状態と分かり、ペルセも自然と武器を握る手に力を込める。
二人の会話を思い返せば、イリアドゥスに任せておけば良かったはずだ。どうしてわざわざ自身を危険に曝す真似を犯してまで自分達を逃がしたのか。
悔しさにも似た感情を湧き上がらせていると、イリアは再度口を開いた。
「彼が望んだの」
イリアが答えたこの一言に、二人の中にある感情が急激に引くのを感じた。
「クウは一度ハートレスを倒している。そして先程、ペナルティが積み重なってしまい影響が出始めた。だったらこれ以上増えた所で一緒だろって」
「でも僕達は!」
「私達の中でペナルティを背負っているのはクウだけ。クウもその事を理解した上であの場に留まる事を引き受けた。ならば、私達に出来る事は元凶に辿り着くまで出来るだけ無害で進む事よ」
「それはそうですが…」
理屈は分かっても、この決断に納得したくなくてイオンが顔を歪ませる。すると、イリアは尚も二人を見ながら語る。
「彼は託したのよ、あなた達に――例え自分が倒れたとしても、シャオを助けられるようにって」
「「託す…」」
クウがどんな思いで逃がしたかを知り、二人は表情を引き締める。
覚悟を決めるのを見て、イリアはゆっくりと手を広げると紫苑の力を具現化させて一枚の黒い羽根を出現させた。
「覚悟は決まったようね」
「はい。イリアドゥスさん、僕達はこれからあの丘に向かうつもりです」
「分かっているわ、さっきあなた達の記憶を覗いたから」
そうイオンに答えると、黒の羽根を空中に投げつける。あれは受信機となっているのでクウが受け取れば自分達がどの場所にいるか分かるだろう。
ヒラヒラと宙を舞いながら何処かに消えるのを見送ると、イリアは桜の木がある丘に続く道へと向いた。
「行きましょう」
■作者メッセージ
リラさんの誕生日から数週間、燃え尽きやら鬱やらから復活して久々にこちらを投稿させて頂きました。
夢さんの所は終わりに近い形になっていますので、しばらくはオマケも無しで急ピッチで進めていく予定です。と言っても、現在あるイベントに間に合うように他のギャグ作品も進めちゃっていますがね…。
夢さんの所は終わりに近い形になっていますので、しばらくはオマケも無しで急ピッチで進めていく予定です。と言っても、現在あるイベントに間に合うように他のギャグ作品も進めちゃっていますがね…。