メモリー編23 「理なき存在」
少しずつ数が増えたハートレスが襲い掛かる。猛攻を耐えながら、手に具現化した羽根を投げる。そうする事で直接攻撃を当てようとした敵を怯ませて上手く牽制する。
そんな事を何度も繰り返しながら、クウは町の中を走っていた。
「ほら、こっちだ!」
出来る限り囮になる為にわざと大声を上げて逃げると、ハートレス達は何の疑問も持たずに追いかけてくる。
時折飛び交う攻撃を避けながら、乾いた笑いを浮かべる。
「極力倒さずにとは決めたものの――骨が折れるな、こりゃ」
既に手にはキーブレードは持っていない。ハートレスはある程度距離が離れると消えてしまう性質を知っていた為逃亡を図っているのだが、なぜか一向に消える気配はない。寧ろ数を増やしている。
これでも格闘家として過ごしてきたのだ。スピードと体力には自信がある。それでも、この状況が続けば何れ力尽きてしまう。
何とかしなければ。そう思考を巡らせた一瞬の隙に、前方にハートレスが行く手を阻むように現れた。
「マズ!? ぐわぁ!!」
逃げ場を失い囲まれてしまった事に反射的に足を止めてしまい、そこを狙ってハートレスが一斉に飛び掛かってクウを地面へと押し潰した。
「うぐぅ……悪い、イリア…!」
大量のハートレスによって身動きが取れない中、クウは一言謝る。
そして、覚悟を決めたように目を閉じた。
町を離れて丘に続く入口が見えて来た時、急にイリアは足を止めて来た道を振り返った。
「イリアドゥスさん?」
「何でもないわ」
イオンの声に反応してすぐに視線を戻すイリア。
一先ず目的地の近くに着いた事で、三人は軽く雑談を始めた。
「何事も無くこれましたね」
「町から離れちゃったけど、良かったのかな?」
「さあ。でもここが間違いだったとしても、どうせ町まで戻ればいいのだし」
そうして万が一の事も話すと、イオンはある事を思い出した。
「そうだ、イリアドゥスさん。あなたはシャオに兄弟がいた記憶とかないですか?」
こちら側の記憶に存在していたシャオと関係のある子について訊くと、イリアは力なく首を横に振った。
「そんな記憶…どこにもなかった。あなた達の記憶を覗くまでは」
この答えに、イオンとペルセは顔を見合わせる。
全ての記憶を読み取るイリアですら、その子の存在を見破ってはいない。一体あの子は何者なのか。どうして存在を隠す事が出来るのか。
「まさか、ここまでくるなんてね」
その時、聞き慣れた声が自分達にかけられる。
振り返ると、丘に続く道の所に幼い頃ではなく今の少年の姿をしたシャオが立っていた。
「シャオ!?」
「あなた、シャオなの?」
信じられずにイオンが叫んでいると、ペルセも半信半疑なのか疑いをかけて問いかける。
半ば予想していたのか、シャオは苦笑しながらも頷いた。
「そう、だね。ボクはシャオの意識を司っているから当たってはいるかな? 詳しく説明するのはボクには出来ないしややこしくなるから、とりあえずその認識でいいよ」
説明に不足はあるものの、とにかく目の前にいる彼はシャオだと言う事は分かった。
こうしてシャオに関して最低限の情報を手に入れると、イオンは次に思っていた事を聞いた。
「大丈夫なの? 確か別の意思が蝕んでいるって…」
「――一応は、ね。偽の記憶が壊れた所為で、ボクの中に会った別の意思の記憶が露出しちゃって。今はこの場所でしか表に出る事は出来るけど、そいつをどうにかしないとボクは目を覚ます事が出来ないんだ」
「その意思って言うのはこの先にいるの?」
「…うん。あの先は、ボクの――」
イオンに向かって頷くが、途中で言葉を濁らせる。すると、顔を俯かせるなり口を閉ざしてしまった。
「シャオ?」
心配してペルセが声をかけた瞬間、黙っていたイリアが口を開いた。
「あなた、『夢の理』じゃないわね」
「イリアドゥスさん?」
突発に放ったイリアに顔を向けると、不審な目でシャオを睨んでいる。それに対して、シャオは顔を俯かせたまま肩を震わせて怯えを浮かべている。
「あなたはシャオの意識の存在。それならばこの世界を自由に操れる彼の理であるはず。だけど、あなたからはその力を感じ取る事が出来ない」
『夢の理』。
全ての夢に宿されている“心臓”のようなもの。理を持つのは夢の世界を作っている本人自身。『夢の理』を持っていれば、この夢の世界ではどんな事でも可能となる。
だが、今その理が彼から感じられない。シャオである彼が理を持っていないのだとしたら、結論は一つ。
自分達のいるこの夢は、シャオのものではない。
「あなた、本当は誰なの?」
瞬間、周りの空気が変わった。
「…てよ…」
再びシャオの肩が震える。
しかし、それは全てを悟った怯えからではない。
拒絶する為の怒りだ。
「黙ってよぉ!!!」
怒鳴り声と共に、シャオを中心に爆風が起こり三人へと襲い掛かる。
「わっ!」「きゃ!」
あまりの威力にイオンとペルセは思わず両腕で顔を覆う。しかし、吹き飛ばそうとした風は急に止む。
顔を上げると、なんとイリアが前に立って手を広げて光の障壁を作りだし、シャオから発せられた暴風から守っていた。
「夢の理でないにも関わらず、この力か…」
ゆっくりと手を降ろして冷淡と呟くイリアに、シャオは睨みつける。
「ボクはボクだ!! 誰の代わりでも偽物でもないボクなんだよ!!」
自分を否定されたと思っているのか、子供の様に癇癪を上げるシャオ。
そんなシャオに、イリアは取り合わないのか冷めた眼差しを送りつけた。
「一つ聞きたい。この世界で見た空白の記憶に存在した子供は誰?」
「知らない!! あんな…あんな奴、ボクの“妹”なんかじゃないっ!!!」
「妹?」
シャオの口から飛び出した言葉に、イオンが反応して聞き返す。
「あいつが……あいつさえいなければ、ボクは…!!」
だが、もう声は届かないようでシャオは譫言のように呟くとその場から消え去ってしまった。
「消えちゃった…」
「行きましょう。進めば何もかもがハッキリする」
まさしく嵐が過ぎ去ったような出来事にペルセが茫然とする中、目的は決まったとばかりにイリアは先へと進んでいく。
その迷いのない足取りにイオンもつられる様に追いかけるが、ペルセがついてこないのに気付いて声をかけた。
「ペルセ、どうしたの?」
「嘘、偽り…」
「ペルセ?」
「ほら。アルカナさんが見せてくれたカード。シャオの事を現しているって」
「あの月のカード!」
この世界に来る前に見せてくれた、アルカナのタロットカード。
クウが誤解を解いたとはいえ、嘘・偽りと言う言葉に、あの時は誰もがシャオが敵であるかもしれないと思い込んでいた。
だが、今のシャオとの会話を考えると、本当は別の事を表してる可能性がある。
「死神、塔、月のカードも、もしかしてシャオとあの子に関係があるのかな?」
「分からない、けど」
そこでイオンは言葉を区切ると、後ろへと振り返る。
道を進んで段々と小さくなっていくイリアの背中を。
その先にあるだろう、真実を。
「行けば分かるよ」
「ゼェ、ハァ…!」
荒い息を立てながら、傷だらけとなったクウは疲れきった表情で建物の壁に凭れかかる。
あれだけいた敵の姿は、もう何処にもない。
「あー、ちくしょう。結局やっちまった…」
そう吐き捨てると、手足を投げ出すように脱力する。その際に握っていたキーブレードは手の中から滑り落ち、地面に音を立てて転がると消えてしまう。
何だか身体がだるい。さっきみたいに歩けない程ではないが、この場から動きたくない。
神様から貰った加護も、数の暴力で薄れつつあるようだ。
「もういいや…あとは、あいつらに任せておけば…」
コートのポケットに手を入れると、そこに飛び込んだ黒い羽根を取り出す。三人がどこにいるか瞬時に脳内に伝わるが、向かおうとする気力は既に残ってない。
この場にいた大量のハートレスを倒したのだ。こんな状態では、きっと足手纏いになるだけだろう。
それならいっそのこと、ここで終わるのを待っていればいい。
もう、それしか自分には出来ない。
(師匠)
他人任せにしようとした時、脳裏にシャオの声が思い浮かぶ。
この声が引き金となって、次々とシャオと会合した記憶が蘇る。
(ボクにとって、師匠は大事な人だっ!!!)
初対面も同然なのに、自分の事を庇っただけでなく強大な相手と向かい合って戦った。
(だからボクは選ぶよ、師匠が闇に落ちない未来を!! 皆を助ける未来を!!)
誰もが希望を失い見失う中で、シャオだけは真っ直ぐに未来だけを見て信じていた。
(ボク、どうしても師匠の事を“師匠”って呼びたい)
たった二日しか一緒にいなかったのに、シャオにとっては別の人なのに、心から慕ってくれた。
―――どんな時だって自分を信じてくれる、単純な事なのにとても嬉しかった。
「良くないに決まってんだろ…何の為にここまで来たんだっての…!」
無理矢理にでも自分自身を奮起させ、鞭を打つように凭れていた壁に手を付けて起き上がる。
まだ、動ける。戦えない程身体も疲労はしていない。仮に足手纏いになるのならば、壁や囮になればいいだけだ。
弟子を助けられない師匠なんてなりたくない。他人任せ何て以ての外だ。
完全に立ち上がると、翼を顕微させクウは羽根の導くままに飛び立った。
■作者メッセージ
ようやく次の話を書き終えた…と言っても、更新スピードが遅すぎる…。一週間以上って、なにこれ…ここしばらくはゲームもお預けにしてパソコンに向かっていたって言うのに…。
とりあえず次の更新も頑張りますが、早いか遅くなるかはちょっと未定です。頭の中でストーリーは完成しているのに、手が追いつかないというね。
とりあえず次の更新も頑張りますが、早いか遅くなるかはちょっと未定です。頭の中でストーリーは完成しているのに、手が追いつかないというね。