メモリー編25 「決断と決裂」
あの言葉から、自分達はどのくらい黙っていただろうか。
シャオを目覚めさせる方法は蝕む意思を消す事。その意思の正体は彼の妹で、シャオはもう死んでいて、あの子が本物で…だからと言って、シャオをこのままにする訳にはいかなくて。
やる事は簡単なのに動きたくない。頭の中でグルグルと思考が掻き回されて答えが出ない。
「イオン、ペルセ」
そんな時、前触れもなくクウが急に声をかけてくる。思考を止めて彼を見ると、真っ暗な空間を仰いでいた。
「お前ら、迷ってるか?」
「…そう言うクウさんは決めたんですか?」
「ああ」
イオンにただ一言呟くと、そのまま歩き出した。
「え?」
「ク、クウさん?」
思わずイオンとペルセが声をかけるが、クウは何も返す事無く歩き続ける。
そうして、ある人物の前で足を止めた。
「師匠?」
目の前に立ってじっとこちらを見るクウに、成り行きを見ていたシャオは首を傾げる。
直後、シャオの頭に向かってクウが拳を落とした。
「…ッ…!?」
「ちゃんと存在したい? 死なせた妹を完全に消して欲しい? それがお前の望む事だと?」
全力で叩き落とした拳骨にシャオが目を白黒させる中、クウは静かに…怒りの篭めて言葉を紡ぐ。
「――ざっけんじゃねーぞ!!! クソガキィ!!!」
空間全体に響くぐらい、心の底からシャオに向かって怒鳴りつける。
今までシャオに対して師と言う立場で甘く接していた。そんなクウが今は怒りを見せている。
「てめえ、言ったよな? 俺の弟子だって…俺を尊敬してるって!」
肩を震わせシャオを睨む姿は、このまま泣いてしまうのではと錯覚してしまう。
「例え別の世界だとしても――俺は弟子に、女に酷い事させるような事は絶対に教えねーよっ!!!」
拳骨をぶつけたその拳で、今度はシャオの頬を殴りつける。強い衝撃なのか、シャオはそのまま床に叩き伏せられる。
「ッ…!?」
「あの子は確かにお前を死なせたかもしれない。だが、結局は事故だろ!? お前の妹は好きでやった訳じゃねえだろ!?」
「じゃあ…ボクはこのまま消えろって言うのっ!!! ボクがボクとして存在するには異分子であるあいつを消さないといけない!! 師匠も、イオン先輩もペルセさんも分かってるでしょ!!?」
痛みを堪えながら身を起こしつつ、シャオは少女を指しながら恨み言にも似た感情を吐き出す。
だが、クウの思いは揺らぐ事はなかった。
「だったらどうしてあいつは泣いているんだっ!?」
「「っ!?」」
この一言に、イオンとペルセは気づかされる。
あの少女は泣いている。微かに残った意識になっても尚、兄を死なせてしまった自分の罪を感じて闇の中で泣いているのだと。
「お前を死なせてから、ずっと…こんな殻に閉じこもって泣いていたんだろ? お前を存在させる為に、自分をこんな心の奥深くに閉じ込めて、自ら時間を止め存在を消して…――それだけお前の事を思ってるのに、何で分かってやれないっ!!?」
「がぁ!?」
少女の為に怒り、シャオを一方的に殴っている。だけど、それが暴力だとは感じなかった。まるでシャオの世界での教師のように、間違いを正そうとしているように思えたのだ。
少しは怒りが収まったのか、クウは殴っていた手を止める。殴られていたシャオは俯せになったまま動かない。とは言え、死んでしまった訳ではなさそうだ。
クウは殴っていた際に荒くなった呼吸を軽く整えると、イリアに振り返った。
「…イリア、あの子を助ける方法あるんだろ?」
「あるにはある。だけど、それは『シャオを消す』と言う事に繋がる。それでも」
「消させない」
話を遮りながら、クウははっきりと告げた。
「どっちも消したくない。それが俺の答えだ」
真剣な表情で第三の選択を述べる。そんなクウに、イリアは半ば呆れのような眼差しを送りつけた。
「随分と我が儘な選択ね」
「我が儘でもいい。誰も消したくないし、いなくなったりさせない。俺が選んだ道はそう言う事なんだよ」
例え罪深い存在だとしても、仲間であるなら助けたい。方法が誰かを消すしかなかったとしても、最後まで抗いたい。それがクウの決めた信念なのだ。エンにならない為に決めた、自分の進みたい道。
そうクウが断言していると、ペルセが口を開いた。
「…私も、同じです」
そう呟くと、ペルセも胸に手を当てて思いを口にする。
「私は家族を失った。だから分かるんです、家族がどれだけ大切な存在なのか。それが例え必要な事でも…選べません」
かつて、あるハートレスによって心を奪われただけでなく天涯孤独の身になった。悲しむ事も、嘆く事も、怒りを露わにする事も…先に旅立った家族に何の感情を持つ事も出来なかった。
でも今は分かる。家族と言う存在が、この子がシャオを思う愛情が。確かにいた大事な存在を無かった事にするなんて選択、取りたくない。
「僕だって、同じだ。二人が助かる方法しか選びません」
シャオのためとはいえ、あの子を消してしまえばきっと後悔する。そんな気がするのだ。
仲間であるシャオを、そして彼の為に闇で閉じ込めたあの子を助けたい。その思いが三人の中に確かに存在した。
しかし、この決断は彼らに破滅を呼んでしまった。
「っ、下がって!」
突然イリアがクウの前に出ると、前方に手を翳す。
瞬間、氷の力を帯びたキーブレードが飛んできてイリアの障壁によって弾き返した。
「イリア!?」
「そう――よーく分かったよ」
クウが声をかけると共に、地面に倒れていた筈のシャオが唸りにも似た低い声を上げる。
見ると、シャオは顔を俯かせながら闇のオーラを纏わせていた。
「あんた達は“味方”じゃない――ボクの“敵”だってねぇ!!!」
弾いたキーブレードを手元に戻しながら、憎悪を見せつけて宣言する。
直後、一瞬で『スピード・モード』になるとイリアに向かって二刀の剣で襲い掛かる。だが、イリアは背後にいるクウも包む様に障壁を張って防御する。
「なっ…シャオ!!」
「何これ…! まるで人が変わったみたい…!」
「イリア、説明しろ! この状況分かってんだろ!?」
敵となって二人を襲うシャオにイオンとペルセが悲鳴を上げる中、素早さ特化の猛攻を防ぐイリアにクウが叫ぶとこんな状況にも関わらず淡々と説明し出した。
「このシャオは、彼女が作り出した存在。私達は彼女の思いを否定した事で敵と認知して消滅させようとしている」
「どう言う事ですか!?」
思わずイオンが叫ぶと、シャオは狙いを変えて二人の元へと迫る。
しかし、すぐにイリアは二人にも障壁を張ってシャオの攻撃を防ぐとそのまま奥で蹲っている少女に目をやる。
「彼女はまだ幼かった。そして目の前で兄であるシャオの死を目撃してしまった。しかも、それは自分の所為」
「だから、自分の存在を犠牲にしてシャオの記憶を取り込んで長らえさせようとした。ですよね?」
「それともう一つ。あいつは自分の心を守る為に…記憶を“壊した”。そうだな?」
ペルセに続く様にクウが話すと、イリアは頷く。
「ええ。全てを受け入れるには彼女の精神は幼すぎた。『死なせたのは自分の所為だ』、『約束を守らなかったから』…やがてその考えが捻じれ、《自分がいなくなればいい》と考えたんでしょう。だから、シャオとしての記憶に彼女の存在はどこにも無かった」
「だから、あのシャオは私達があの子を消す様に誘導していたんですね…あの子がそう望んでいるから」
悲しそうな目で少女を見ながら、ペルセは呟く。
些細な我が儘を取った所為でシャオを死なせてしまった罪悪感。自分の存在を消してまで兄を存在させようとした思い。シャオとしての人格の奥底では、幼いまま自分を責め続けている。
このまま誰にも知れずに消えればいい。本人が望んでいる事であっても――他人から見れば、そんなの悲しいだけだ。
「イリア、この状況を打破する方法は?」
クウは尚も襲い掛かるシャオの猛攻を耐えるイリアに訊く。
「簡単よ。彼女がシャオを死なせた過去を少しでも断ち切ればいい、そうすればこちらでどうにか出来るわ」
「具体的には?」
「見ての通り、彼女は心を閉ざしている。だから、あの子に語りかけて“道”を作る。“道”が完成したら、意識を連れ戻して欲しい」
そう説明していると、幾ら攻撃してもビクともしない障壁にシャオは手を止めると今度は『ミラージュ・モード』になる。
魔法で攻撃せず、姿を消しながら補助魔法を使って強化している。時々感じる魔力に気を引き締めていると、イリアは障壁を維持させながら更に話を続ける。
「それともう一つ。“道”を作って維持している間、どうしても私は無防備になってしまう。その間だけ、私をシャオの攻撃から守って頂戴」
「守る…イリアドゥスさんをっ!?」
「大丈夫。道を作ると同時に、あなた達にも少しだけど支配権の影響を受けない様に補助するわ。そうすればあなた達でもシャオを抑え込むくらいは出来る筈」
「そう言う問題では…!」
さらりととんでもない事を告げられ、イオンは狼狽える。
全能でもある女神を守る。言い換えれば重要人物にも位置する存在をボディーガードするのだ。嫌でも並々ならぬプレッシャーがかかってしまう。
いきなり言い渡された指示にペルセも怯む中、クウだけは空間全体を見据えていた。
「分かった、そっちは任せる。二人とも、構えろっ!!」
迷うことなく条件を呑み込んだクウは、キーブレードを取り出すなり双剣にして構える。
いつも通りに戦おうとするクウの態度に、さすがにイオンも怒鳴ってしまう。
「クウさん、何簡単に言っているんですかっ!!?」
「おいおい、女神様を守れるんだぞ。滅多に出来ない体験だろぉ!!!」
言い切ると同時に、何処かにいるであろうシャオに向かって戦闘態勢を取るクウ。
只ならぬプレッシャーが圧し掛かっているのに臆にもしない立ち振る舞い。それでも何が何でもイリアを守ろうとする姿勢。そんなクウの姿を見て、自然とイオンとペルセも不安や緊張が引いて武器を構えていた。
何時でも戦いを始められる三人を視界に捉えると、イリアは維持していた障壁を消した。
そして、シャオとの戦いが開幕する。
少女を救う為に。女神を守る為に。
■作者メッセージ
どうにか区切りまで書けた…。前回まで続いて文字数制限に引っ掛かり、試行錯誤で削って修正した時期に比べたら今回は引っかからなかった事もあって早かった。
ここからはシャオとの戦闘ですが、一旦ルキル編に戻します。そちらは358からのシーンをパk…ゲフン、多めに使っているので、少し早いと思います。そうして区切りまで投稿次第またこちらの話に戻る予定です。
ここからはシャオとの戦闘ですが、一旦ルキル編に戻します。そちらは358からのシーンをパk…ゲフン、多めに使っているので、少し早いと思います。そうして区切りまで投稿次第またこちらの話に戻る予定です。