メモリー編26 「消えた存在、響く声」
二人がさっきの場所まで戻ろうとしたが、その途中にある通路の所でウィドとシーノ、リュウドラゴンと鉢合わせになった。
「ああ、お帰り」
「あの、ごめん…勝手にまた離れて」
動揺していたとはいえ、再び単独行動に走った事に対してシーノに詫びるオパール。
すると、足元でリク達についてきたドリームイーターもキュンキュンと鳴いてくる。シーノは僅かに驚きを見せて目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「またドリームイーター…しかもハナダニャンなんてレアも良い所のスピリットじゃないか。この子をどこで?」
シーノが問いかけるが、この子とは偶然出会ったようなものだ。二人はどう答えればいいか分からず困ってしまう。
その雰囲気で答えられないと察したようで、シーノはそれ以上訊く事はしなかった。
「そっか。でもこの子達は一体…」
次から次に現れる味方となるスピリットのドリームイーターに、シーノはハナダニャンを観察しながら考え込んでしまう。当のハナダニャンは可愛らしくシーノに首を傾げている。
ここでリクが何気なくウィドに視線を向けると、思いつめた顔で黙っているのに気付いた。
「どうしたんだ、ウィド?」
「…何でもない、それよりも敵の正体が分かった」
「敵?」
いきなり飛び出した話の内容にリクが訊き返すと、シーノもしゃがみながら続きを話した。
「レプリカだったんだ。それも、特殊な」
「レプリカ…」
先程の内容を思い出し、オパールも反応を見せる。
「何でもソラと言う人の記憶を使ったレプリカなんだって。まぁ僕はソラについては良く知らない。もちろん、カイリも君達の方が知ってるよね」
知っている者同士で話をした方がいい。シーノの台詞を訳すなら、彼はこう言いたいのだろう。
わざわざ遠回しな言い方をして身を引くシーノ。これにより二人の目は自然とウィドへと向いた。
「ウィド、話してくれ」
リクが言うのをキッカケに、ウィドはゆっくりと重い口を開いた。
「……お前達が離れた後、ある記憶を見た。忘却の城で正体に気付いた記憶。そしてナミネと言う少女と会合していた記憶だ」
そう言うと、その場面を話し始めた…。
忘却の城を思わせる全てが白い部屋。壁や床のあちこちに風景や人物の絵が描かれた紙が飾られていたり散らばっていたりしている。
そんな部屋の白いテーブルの向こう側に、ナミネが椅子に座って微笑んでいた。
「会いたかったわ、“―――”」
彼女が呼びかけると、コートを外したのか視界がより広がる。
そうして近くに会った椅子に座ると、ナミネと向かい合いながら口を開いた。
「ナミネ、あなたにはあたしの顔が見える?」
その問いかけに、ナミネは一つ頷いた。
「あたしはどうすればいいの?」
「“―――”はどうしたい?」
逆に問われると、視線を壁に貼ってある絵を捉える。それは黒コートを来た三人の絵だ。
「はじめはずっとロクサス達と一緒にいたいって思ってた。でも、今は自分の記憶…ううん、これは自分の記憶じゃないんだよね」
「あなたはソラでもロクサスでもない。ソラの記憶の中にいるカイリなの」
ナミネが告げた真実に、何かを思ったのか視線を落とす。
人形(レプリカ)とは別に知った自分の人格を構成している正体を訊くと、再び真正面にナミネに顔を向ける。
「思い出していく内に元の場所に帰らなきゃいけないって思ったの。どうすれば帰る事が出来るの?」
「ソラの所に帰るのね」
ほんの少しだけナミネが悲しそうに言うと、コクリと頷く。
「記憶をソラに返せば、あなたは消えてしまう。あなたは元々記憶を持たない代わりにみんなと記憶で繋がってるの。だから、あなたが消えてしまったら誰もあなたの事を思い出せなくなる。私の力でも、あなたと言う記憶の欠片は繋ぎ止めて置く事が出来ない」
ナミネの話を要約すれば、この子は消えてしまうだけでなく誰からも忘れられてしまう。いや…もう忘れられているのだろう。忘れられて、彼女の存在はまさしく《無かった事》になっている。
そんな残酷な現実を知っても、決意が揺らぐ事は無かった。
「もう覚悟は出来てる。でも、どうしたらいいのか分からない。だからあなたに会いに来たの」
そう言うが、まだ不安が残っているのか顔を俯かせる。
「本当はロクサスも一緒に帰らなきゃいけないんだよね。でも…ロクサスはまだ、すぐには難しいと思う。ロクサスはまだソラの事を感じていないから。だから、ナミネ。あたしが消えたらロクサスの事…お願い。他の人にもロクサスの事お願いしたの。あたしじゃロクサスの事…守れない」
自分が消えるとしても、大切な親友を守りたい。その意思に感化されたのか、ナミネも頷いた。
「わかった」
「ありがとう…」
「じゃあ行きましょう――ソラの所に」
その時、急に部屋の空間が歪む。
同時に闇の回廊が現れ、赤い包帯を顔に巻いた男が現れた。
「ナミネ、いかん! 機関に気付かれた、ここに来るぞ!」
焦燥したように叫ぶなり、こちらの方を睨んできた。
「この人形の手引きか! だから操り人形など信じるなと…!」
「あたしが何とかする!」
「待って、“―――”!」
急いで部屋を飛び出すなり、ナミネが後ろから叫ぶ。
しかし、立ち止まる事無く扉を開けて――目の前が暗くなった。
こうしてナミネとの記憶を話し終えると、ウィドはリクへと顔を向けた。
「ですから、あなたがレプリカの記憶を無くしているのも人形が消えた為でしょう。ソラは目を覚ましている――そうでしょう?」
問いかけるように話すと、リクは何とも言えない表情で目を逸らす。
既に終わってしまった事とはいえ、ソラにとって大事な人物を忘れてしまっているのだから。
「記憶が消えた、か…」
「酷いよ…そんなの」
リクと気持ちは一緒なのか、オパールも悲しそうに呟く。
だが、そんなオパールの呟きにウィドは不満げに目を細めた。
「ただの人形、しかも敵なのに同情しているのか?」
吐き出された冷酷な言葉に、オパールは即座に怒りを見せてウィドを睨み付けた。
「人形とか敵とか関係ないでしょ!! 記憶消えて、みんなから忘れちゃうのよ!? 悲しいって思うのが当たり前じゃない!! さっきから何でそう冷血なの!!」
「オパール、止めろ!」
「クウの事でいらついているからってあたし達に八つ当たりしないでよ!! そんなんで本当にルキル助けられると思ってんの!!」
リクの制止すら聞き入れず、ウィドに対する不満を逆にぶつける。
我慢出来なかった。ルキルと同じ存在なのに、敵と割り切れる彼が。憎しみに任せて大事な感情すら捨てているのを。
それにこのまま感情が変わらなければ、きっとまた…いや、それ以上に酷くなる。だからこそ、オパールは触れない様にした部分に触れた。
そして、風が吹いた。
「――えッ…!」
気が付いた時には、彼女の首元に細い刃が当てられた。その至近距離でウィドが睨んでいる。
「…もう一度言って見ろ」
誰も反応できない程の速さで近づいたウィドが、低い声で囁く。
さすがのオパールも、これにはゾクリとした怖気を感じる。いつ命を刈り取られてもおかしくない態勢に。完全に闇の感情に呑まれたウィドの表情に。
握っている剣を軽く動かす。僅かに身動きしただけでも喉元を切られる位置に、オパールは恐怖で息を止めてしまう。
「駄目だ、ウィド!」
直後、リクがキーブレードでその剣を弾こうとする。
突然の奇襲に驚くも、すぐにオパールの喉元に当てていた刃を離すと同時に身を翻しながらリクに向かって剣を振るってくる。
どうにか防御するが、先程のように鍔迫り合いはせずに剣を振るって攻撃する。対するリクも薙ぎ払うようにして襲う刃を受け流す。
「ヤっ…!」
「止めてくれ、二人共!!」
望まずして繰り広げられた戦いに、オパールは顔を青ざめてしまう。その横で仲間割れを止めさせようとシーノが叫ぶ。
だが、二人の振るう剣は止まらない。いや、止められない。感情が暴走してしまった所為で。それを食い止めようとする所為で。
このまま続いても、止まらない。
「ギュウ!!」
だけど、二人の持つ刃が何かを切り裂くと同時に、止まる。
「エ――っ」
リクは間に割り込んでその身を斬られたリュウドラゴンを見て。
《やめて!》
ウィドはリュウドラゴンを斬った瞬間に脳裏に響いた声によって。
「リュウドラゴン!!」
双方から身を引き裂かれ、重傷を負ったリュウドラゴンにシーノが駆け寄る。
オパールも顔は青いままリュウドラゴンに近づいて傷を見る中、リクは動きを止めたウィドへと目を向けていた。
「――ッ…!!」
まるで信じられないとばかりに目を見開き、身体を震わせている。
やがて耐え切れなくなったのか、心にある感情をぶつけるように床に剣を垂直に突き刺した。
「ッ――はぁ…はぁ…!!」
「ウィド…?」
明らかに激しい動揺をしているウィドに声をかけようとするリク。
その時、傷の具合を見ていたシーノが焦りの混じった声を上げた。
「傷が深い…!」
「どいて! リク、早くこの子を回復して!」
「あ、あぁ!」
損傷が激しいのか床に寝そべってぐったりとしているリュウドラゴンに、すぐに駆け寄って回復魔法を使う。オパールも同じく持っている回復薬で治療を始める。
ハナダニャンも心配そうに治療する様を見ている中、一人蚊帳の外になっているウィドは俯きながら頭を押えていた。
「ねえ…さん…?」
確かに聞こえた、姉の声を思い返して。