CROSS CAPTURE73 「3日目夕餉・2」
同時刻。
居城の近くにある神殿内部、訓練場にて、夜になっても訓練を行う者たちが居た。
だが。
「――っゃあ!」
訓練と言うには、それは熾烈にして、苛烈ではあった。
「はあぁっ!」
虹色に輝く心剣の刀を構え、白髪黒衣の青年――神月が背に纏う虹翼と剣尖を相手へ向ける。
すかさず、収束した破壊の閃光が放射される。
「ふっ!」
眼を灼くような輝き、迫り来る攻撃に、茜炎を纏う黒刀で手繰る男性――無轟は小さな片笑みを浮かべる、
そうして、閃光へと黒刀を振り下ろした。
振り下ろす刃を追うように刀身に纏った炎が一層と大きく荒ぶり、閃光と激しく激突する。
茜炎と虹光は揉み合い、刹那に絢爛と散った。
「うおおおおーッ!!」
舞い散る光と火の粉を付きぬけ、神月は虹の翼を羽ばたかせて無轟へと斬り込んだ。
二人の居る訓練場の空間は以前と大きく変化していることがあった。
そう。まさに広大無辺の荒野のような場所で二人は戦っていたのだ。
「むっ…!」
斬り込んだ神月の斬撃を、吐き切った炎も纏わない黒刀で受け止め、いなす。
怒涛の斬撃を防ぐ中で無轟は小さく驚嘆する。
繰り出される剣の筋、それは奇しくも自分と似通っていた。
いや当然だった。『こちら側の無轟』はこの世には居ない。
だが、彼が息子の神無へ、神無が神月へと剣術を訓え続けた。その血筋と共に、受け継がれている。
「――っ!」
そして、剣と刀の閃撃、光と炎の激突の末に、ついに神月は剣を弾かれ、手元から離れてしまう。
空を舞う刀は地へと刺さり、そこへ間髪いれずに黒き刃が寸での所で彼を捉えた。
黒い刃の主――無轟は、ゆっくりと息を整えつつ言葉を紡ぐ。
「…勝負あり、だな」
「……参った」
しばしの沈黙の末に、吐息と共に神月は降参の言葉を吐いた。
同時に訓練場の空間は変容し、本来の静謐さを纏った訓練場に戻った。苛烈な戦いの傷跡すらない無傷の訓練場のままに。
刀を鞘へと戻す無轟に神月は息を上げながらも、向き合う。その屈託無い眼差し異色の双眸で。
「訓練の相手になってくれて、ありがとう。…やっぱり強いな」
「いや。お前もいい戦い振りだ。伊達に神無の子ではないな」
彼の言葉に無轟は小さな微笑みを称えて、神月も頷いて彼らしいクールな笑みを交わした。
「お兄ちゃん、おじいちゃん。お疲れさまー」
駆け寄ってきた神月の妹ヴァイが二人にタオルとスポーツドリンクの入ったペットボトルを手渡す。
その呼び名を聞いた無轟は苦笑を零しながら受け取る。
「やれやれ、『おじいちゃん』か…色々と堪えるな」
「やっぱり…ダメだよね」
「いや、落ち込むくらいならそのまま呼び親しんでくれた方がいい」
落ち込みかけた彼女をすぐに宥め、無轟は苦笑から優しく笑んだ。
ヴァイも笑顔で頷く。そんな妹に神月もやれやれと表情を困らせる。
そこへ、杖を鳴らしながら老人がゆったりとした歩調で彼らへと歩み寄った。
「ふむ…順調に機能しているようで安心したぞ」
この訓練場の神殿を建造した一人である半神ベルフェゴルである。
彼は彼らの訓練の様子を見ていたのではなく訓練場に設けた『仕掛け』が十全に発揮されていたか、を確認に来たのだ。
それらの意図を知っている3人は向き直り、一歩前に出て無轟が頷き返して応じた。
「――ああ。別空間に仕立てて損害を出さずに戦うというは……楽なものだ」
『前回は暴れすぎたからねえー』
言った彼の隣で炎が逆巻き、彼と契約し、力を与えた炎産霊神(かぐつち)が現れ、苦言を零す。
それには無轟は表情を険しく、しかし事実と、言い返せずに黙ってしまう。
その様子を、ベルフェゴルは老獪に笑って、取り持った。
「気にせんで良いわい。逆に主らが暴れて壊したお陰で改良点や問題点も浮かび上がったと思えば気は楽じゃ。
この設備に取り掛かれたのも主らの暴れっぷりゆえじゃな」
「…そうか」
「うむ、そうじゃよ?」
かなり気にしているのではないか、と無轟らは内心思ったが口には出さないようにした。
そんな中で、好奇心のあるヴァイは翁へ、挙手してから問いかける。
「改良点って、えーっと『別空間に移し変える』ってことなの、ベルじいちゃん?」
「面白い呼び名じゃのお」
ベルフェゴルは何処か楽しげに呟き、話を続けた。
「まあよい。――うむ、ヴァイの言うとおり改良点の一つはこの神殿内…。
より厳密には此処、訓練場に更なる別空間を作り出す仕組みにしたのじゃ」
「そうする事で訓練場の損壊を無くすため、か?」
無轟はその当事者として、改めて言う。
そういわれたベルフェゴルは小さく笑って、杖で床を突く。
「そうじゃ。問題点の一つに主らは戦い慣れているが、訓練として加減も全力もできる。
が、それに神殿訓練場は対応仕切れなかった。強い技で損壊が生じてしまうからのお」
長く整えた髭を撫でつつ、ちらっと無轟らを一瞥してから話を続けた。
「そこで作り直すにしてもタダ直すだけじゃあまた壊れる。それじゃあダメじゃな。
考えた結果、『訓練場にもう一つの訓練場』を作ればいい事にした」
「もう一つの訓練場…?」
「この訓練場内限定の小型の『異界』を作ったのじゃ。この『異界』を維持するのは異界内部に居る戦闘するものらのエネルギーで、
強い技を使おうともそのエネルギーは異界の壁を突き破らずに、異界維持へのエネルギーに転換される、そういうわけじゃ」
異界を用いることで、特別なバトルフィールド内部でならば戦闘の余波は外界(神殿)に影響を受けない。
「さて、城に戻るとするかね。お主らはまだ続けるのか?」
「少し休憩を取ってから城に帰るつもりだ」
「そうか。時間も時間じゃな。では、先に失礼するぞ」
無轟の返答に頷き返して、ベルフェゴルは時計を見やってから老爺の足取りでゆったりと訓練場を後にする。
そうして、訓練場で残ったのは無轟、神月、ヴァイの3人だった。
ヴァイは彼の言葉に気づいたのか時計に示された時間を見て、また驚いた。
「あ、もう食事の時間過ぎてる!?」
「…む」
「つい熱を入れすぎたか」
釣られて無轟も神月も時計の方へ振り向き、それぞれ声を上げる。
と、ベルフェゴルとそこへ訓練場へとやってくる者たちが現れた。
遠くに居る3人へと声を掛けた。
「おーい。やっぱり、忘れていたかー」
「それだけ熱心でいいじゃない」
「親父!? それに母さんたちも」
楽しげに笑声と共に、やって来た彼ら…神無とツヴァイを初めとした家族と仲間たちである。
神殿の近くに在る城に居るはずが、何故揃って此処に来たのか、と神月が尋ねると、神無が陽気に答える。
「食事の時に来ていないから、仕方なく弁当として持ってきたんだよ」
「まったくオイラもついでだからこっちで食事しようってことになったんだ」
「サイキたちには少し申し訳なかったな…」
オルガ、菜月の手には弁当の入っていると思われる袋を持っていた。
しかし、サイキらに許可を得て、弁当を人数分用意し、用意された料理の幾つかを入れる作業を乾いた笑みでサイキは見つめていたのを凛那は忘れていなかった。
神無たちに呆れたように、此処にいないサイキらに対する呟きを零す。
「ま、それはそれってことで。――シートも用意してあるから、座って食べあうってのも悪くないぜ」
オルガたちに弁当を持たせ、神無は大人数が座することが出来る青シートをくるめて腕に挟んでいた。
せっせとシートを広げて、招き入れる。その手っ取り早さに一同は釣られるように笑みを交えた。
「あれ、アーファは?」
オルガと同行するであろう恋人でもある少女アーファが居ない。
その問いかけに恋人たる彼が苦笑を浮かべつつ答えた。
「ああ、弁当用意するのに顔真っ赤になって恥ずかしがって。――なーに、あそこにいるぜ」
彼が指差す方向、それは彼らが入ってきた入り口で、ちょっとだけ身を乗り出して覗いているアーファがいた。
視線に気づいたのかすぐに身を引いたかと思えば、先ほどの事など無かったかのように彼らの方へすばやく歩み寄ってきた。
「ひ、暇だったから付いてきただけよ! それだけだからね!」
「ああわかってる。お前もまだ途中だったろ? なら一緒に食べようぜ」
そんなアーファの気性を良く知り、慣れているオルガは苦笑しつつも彼女を招き入れる。
「…ええ、言われなくてもっ」
誘いを笑みで返して、神無たちは広げたシートの上で各々気楽に座して食事を再開した。
城の料理はやはり美味で、飽きる事が無かった。